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愛しのFORGETDOLL


始まりは、ただのサイン会だった。どこにでもある人気小説のサイン会。人気というのだからそれなりに人だかりはできるはずなのに、誰もいないサイン会場。なぜこんなにも人気がないのか、サイン会など、こんなものなのか、内容はどんなものなのか。あの時僕は、抑えられない好奇心のまま、君の描いた本を手に取りサインをもらいに向かった。あの時、君の本を読んで、僕の世界は変わったんだ。


サイン会に出されていた本の内容は、今まで読み漁ったどんな小説よりも美しく、儚く、そして残酷だった。主人公は、ごく普通の高校生で特に病気や肉体的苦痛などもなかった。ただ一つ、学校を除いて。主人公の親友をいじめる”陽キャ”からいじめを受けないように、背景として過ごす主人公の心を描いたストーリー。見てみぬふりをする周り、親友、自分自身どこか他人事になれないドロッとした人情なはずなのにスラスラと読むことのできる文字の羅列は美しい以外に言葉が見つからなかった。それ以来、サイン会には必ず足を運ぶほど、僕は彼の熱烈なファンとなっていった。

サイン会で言葉を交わすうちに、僕らは連絡を取り、プライベートでもあうようになった。その後、僕らの関係はどんどん進展していって今では同棲をしている。それぞれの仕事をこなしながら、日々が過ぎていく。料理は僕の担当だ。彼女の好物は、クラムチャウダーだ。

「あぁ〜今日もお疲れ様ぁ。って、もしや今日はクラムチャウダー!?やったぁ」

「君もお仕事お疲れ様ぁ。座って待ってて。もうできるから。」

「いやいや、箸とか運ぶよ。一緒に準備しよ?」

こんな何気ない、普通の日々に終わりが来るなんて、このときの僕は知らなかった。


今日は彼女はサイン会のあとに編集長との新しい小説の打ち合わせがあるから遅くなるらしい。遅くても22には帰るらしいけど、今は20:30。ちょうど打ち合わせの予定時刻だ。次はどんな小説なんだろうか。。期待しかできない。

ガチャ

「ただいまぁ」

「?、、、え?今日編集長と打ち合わせがあるから遅くなるんじゃなかったの?」

「え?そう、だっけ?、、、、、、、、、本当だ。」

「疲れてるんだよ。今詰めすぎないで。何かできることあれば手伝うし。何でも言って」

「ありがとう。いってくるね」

「い、いってらっしゃい」

ガチャ

最近、彼女の物忘れがひどいなと思っていた。疲れてるんだ。今日は、クラムチャウダーにしようかな。


ー彼女視点ー

最近、ふとしたときに頭の中から何かが燃えてしまったみたいに記憶が灰みたいに真っ黒になって思い出せなくなる。ずっと前から楽しみにしていたものだってふっと解らなくなる。頭のどこかではおかしいってずっと思ってた。ただ、気のせいであってくれと願っていた。

でも、仕事のことまで忘れるなんて。どうしよう、心配かけたくないなぁ。病院に行こう。


「いってきます」

「いってらっしゃい。急なお仕事、疲れちゃうだろうけど頑張って。」

「ありがとう」

ガチャ

はぁ、仕事と偽って病院かぁ。どうか、気のせいであってください。


「アルツハイマー病ですね。新しい記憶から徐々に生きるために重要なことも忘れてしまう病気です。未だ治す方法は見つかっていません。」

え、うそ、それって彼のことも忘れちゃうってこと?そん、な、、


ガチャ

「ただいま、、、」

「おかえり。案の定お疲れみたいだね。今日はどっか食べに行っちゃう?」

「ううん、ごめん。今日はご飯いいや。」

帰宅してそのまま、部屋にこもる。

まだ、記憶がなくなるまで時間がある。今までのこと、一日のこと、彼のこと、全部書く。寝てる暇なんかない。忘れても、思い出せるように、傷つけないように。


ー彼視点ー

やっぱり、様子がおかしい。普段こんなこと絶対ないのに。丸二日も部屋から出てこない。

声をかけても、もう少し、早く書き上げないとと言って絶対に開けてくれない。もう、倒れちゃうだろ。締切まで溜め込むようなことはしないはずなのに。やっぱり、おかしい。


家に帰ると、彼女がいた。2日見ていないだけなのに、ひどく久しぶりに感じた。

「書き上げられたの?おつかれさま。ねぇ、最近、変だよ。」

「変じゃ、ないよ。いつも通り。ただ、、、、私達、お別れしよう?」

「最初は、さ、疲れてるんだって思ってた。でも、だんだん物忘れがひどくなってて、急に2日も部屋から出てこなくて、何かあったんでしょ。支え合うために僕がいる。話して?」

そういった途端、彼女は涙をこぼし始めた。

「私、病気なんだって。治せない病気。いつかあなたのことも忘れちゃう病気。」

なっ、それって、アルツハイマー病っていう?嘘、だ。

「忘れないように、今までのことを全部、書いた。でも、書いてる途中で大好きな場所とか思い出せなくなったりして、すごい、苦しくて、いつかあなたを傷つける。別れよう?」

「嫌だ。君と別れるなんて嫌だ。忘れちゃうなら思い出せばいい。ずっと側にいる。」

それから彼女は泣いて、泣いて、苦しい思いは君だけに背負わせない。


あの話以来、たまに彼女は僕を忘れることがあった。忘れても、すぐ思い出してごめんって泣きながら謝る。こんな彼女を見るのは苦しい。そんなある日、一瞬のことだった。

「おはよう。朝だよ。寒いからって布団にこもってちゃだめだよ?」

彼女が珍しく起きてこないから、起こしに行った。彼女にそっと微笑みかける。

「誰、ですか?なんで、私の部屋に?」

「え、、僕だよ?、、、、思い、出せない?」

「いや、でってってください。なんで、いや、こないで、ごめんなさいっごめん、なさい」

謝り続ける彼女に僕は涙が止まらなかった。なんで、彼女がこんな目に、

「君の小説、君のことが書いてある。読んで。僕は、君の味方だから。信じられなくてもいい。ただ、君自身は絶対に忘れちゃダメだよ。ご飯、作っているから何かあったら呼んで」

そう言って一方的に部屋を出る。

サク、サク

あぁ、どうしよう、思い出せるって言ったのになぁ。こんなに辛かったんだね。ごめん。

「う”ぅ、、、、う”ぁあ、、、ひぐっ、、、ごめん。ごめんね。」

泣いちゃダメだ。そう思うのに涙が止まらなかった。

フワッ

んなっ、うそ、、

「泣かないで。ごめんね。辛い思いさせて、傷つけて。」

「泣いて”な”い”、、、、、思い、出して、、、?」

彼女は首をふった。

「最後の火種みたいな記憶。もう、思い出せるのは最後かもしれない。」

「そう、なんだ、、、じゃあ、これだけは、今の君に、これからの君に言わなくちゃ」

「       」


それが、記憶のある彼女とした、最後の会話だった。


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