掛け持ち
つい昔の思い出に浸ってしまった。
「どうしたぼうっとして? 」
「いえ…… それにしても驚きましたよ。先生が引率を引き受けるとは」
「おいおい! 当たり前だろ? 教師が一人ついて行くのが決まりだからな。
私が断ったらあの爺ちゃんが行くんだぜ。それでは生徒があまりにも不憫だ。
それに体力的に無理だろあの爺ちゃんじゃ? 」
もう一人の英語教師。
爺さん、爺さんと悪口を言うがまだ六十代。
老け込むような年ではない。まあ見た目は体力のなさそうなお爺さんだが。
それを言えばこの人も人のこと言えないだろう。
さほど交流もなく何も言えないがあまり良いイメージを抱いてないのが分かる。
「あの年齢じゃ絶対に無理だって! それに私が許しても保護者が納得しない。
最近のモンスターはそれは怖いぞ。お前も気をつけるんだな。いいか…… 」
実際に遭遇したことがないのでどんな感じなのか気になる。
「うるさいですかね? 」
「それはもううるさいうるさい。
せっかく教えてもらったのに突然変更されては困りますと乗り込んできた者も。
ちなみにこれは数学の話だがな」
「でもそれなら先生だって留学するんですから代わるんですよね? 」
「そうだ! 仕方ないだろ? 」
まずい。とばっちりでお叱りを受けるのか? 興奮させないように謝るか。
「私のところはいいんだ。適当にやってるんだから。適当で」
もう一杯と注文を追加する。
「適当に俺でいいと? 」
「ははは…… そんなこと言うなよ。まだ酒来ないかな」
口が滑ったのだろうが本心が窺えた。
この程度のこと気にしてはいない。
何と言っても正式に採用されたのだ。理由がどうであれラッキーに変わりはない。
酒を呷ると嬉しそうに笑う。
俺は遠慮がちに締めのお茶漬けを注文。
「それでな…… 」
言いにくそうに下を向く。
仕方なく促す。
「ええっと…… 何て言うか…… 頼まれてくれないかな」
どうしたのだろう? すごく言い辛そう。
「はあ…… 」
締めを食べそろそろ帰り支度しようかなとしたところで頼みごと。
まさか今回の飲み会はこれがメイン?
さっきから言いたそうにしてたな。引き受けるかは内容次第だが。
まさか今までのはすべて前座でこれからが本題なのか?
だとすれば時間の無駄以外の何ものでもない。
お茶漬けをかき込んだせいでやけどしそうになる。
「あちっちち…… ふうふう…… それで何を頼むと? 」
もしもの時に備え身構える。これは警戒すべきだろうな。
酔わせて無理矢理頼み込もうとした節もある。
「顧問を一つ二つ。君は暇だったよな? 」
とんでもない頼みごとをしやがる。
誰が暇だよ? これ以上顧問なんかやってられるかよ。
「まさか本気なんですか? 」
「君に頼みたいんだ。頼むよこの通り」
そう言って頭を下げる。
だが俺では期待に応えられそうにない。
「ちょっと待ってください! 俺は今年から夏部の顧問を任されています。
授業も忙しくなるし暇なんてありませんよ。残念ですが他を当たってください」
拒絶する。これでいい。下手すると承諾したと受け取られる。
もう絶対に無理。不可能。何で俺が顧問を掛け持ちしなければならない?
「頼むよ。この通りだ! 」
頭を下げるが誠意が感じられない。
もしそこまでの用件なら居酒屋で済ますのではなくレストランで会食すべきだ。
フレンチとは言わない。イタリアンでもいいし中華だって構わない。
それを居酒屋で済まそうとはどう言う神経をしてるんだろう?
呆れてものも言えない。
ああもう嫌だ。嫌だ。でもきっと引き受けるんだろうな。
あちらには酔わせる以上の秘策があると見た。
その前にこっちも打てる手は打っておこう。
「先生の申し出を断るのは心苦しいのですが顧問の掛け持ちは禁じられてますよ」
理由は簡単。ただでさえブラックと言われてる拘束時間の長さ。
そこに顧問まで引き受ける馬鹿がどこにいる?
俺は生徒想いのただのお人好しではない。
少なくてもメリットでもなければ引き受けない。いや引き受けようがない。
夏部はほぼ夏にしか活動しないので引き受けたがこれが限界。
続く