めでたい
居酒屋で先輩教師に勧められるまま一杯。
「ほらもう一杯! 一杯だけ! 」
「もう飲めませんって! 勘弁してくださいよ」
「だから一杯だけだって! 」
いくら粘っても無理なものは無理。困った人だな。
ソフトドリンクでのお相手は気に入らなかったようだ。
「いや…… 本当にもう結構ですから。俺に構わずに注文してください」
失礼だったかな。先輩だもんな。でも嫌なものは嫌。これ以上は無理。
「何言ってるんだ! これは君の祝いじゃないか。ほら呑んで! 食べて! 」
そう言われると弱い。もう一杯だけ付き合うことに。
「ふう…… もうお腹一杯だな」
注文し過ぎたようで一人では食べきれないとこちらに皿を寄せる。
俺もお腹一杯なんですけど? 考えて注文してくれよな。
残したらもったいないじゃないか。
「ほらもう一杯! 」
ビールの次は焼酎だ。
ノーンアルコールとソフトドリンクで相手する。
「少食だね。ダイエットでもしてるの? 食べなって! 」
枝豆、焼き鳥、唐揚げ、ポテトフライまで。
今年から臨時ではなく正式採用になった。
嬉しいが復帰が遠のく気がしてならない。
高校での英語教師も悪くないかな。
勝手も分かってきて自分でも板についてきたと思っている。
でも復帰こそが俺のキャリアには必要なこと。
高校教師では限界がある。燻ってる時ではない。
「だからめでたいんだって! ほら好きなの注文しちゃって! 」
一人で妙にはしゃぐ。お酒のせいで気分がいいのだろう。
でももう少しすれば説教が始まる。
「それでだが君に折り入って話があるんだ」
あれおかしいな? 説教が始まらない。
さほど酔ってないらしい。
「ほらまずは食えって! 好きな物を注文していいからな」
「好きな物好きな物っと…… 」
もう充分なんですけど……
それよりも余りの処理をどうかしなくては。
お腹と相談して処理に集中。
「もうお腹が一杯だ。後は本当に頼むぞ! 」
「うわあ! ちょっとそれはないですって」
押し付ける気満々。考えずに追加するからこっちが苦労する。
「めでたいんだからよ」
二言目にはそれだ。本当に迷惑。
おごりなら文句ないけどね。
「そうだ忘れてました。先生こそめでたいじゃありませんか?
あちらに行ってみたかったんでしょう? おめでとうございます」
めでたいことが二つ重なった形。
こっちは別にはしゃぐほどではないが。
「まあね。でも一年間だし。メインは私ではなくあくまで生徒だからね」
イギリスの姉妹校に留学する生徒の引率。
何でも交換留学するとか。
こちらから数名。あちらから数名。
その栄誉に選ばれたのが何を隠そう彼と言う訳だ。
英語教師になればそれぐらいのご褒美がもらえる。役得って奴だな。
俺もいつかは行ってみたいが確かに生徒のお守なんだよな。
意外にも遊んでる暇はなさそう。
どうであれ仕事でイギリスに滞在できるなんて最高だよな。
給料をもらって海外旅行気分。ロンドンの町並みはさぞきれいだろう。
冬は日本の比じゃない寒さと聞くが。
「良いことばかりじゃないさ。冷え性だから大変だ。特にロンドンの冬は寒いぞ」
「うわ! それは嫌ですね。ははは…… 」
「君には私がいなくなった後を任せたい。ぜひ頑張ってほしい」
「はいお任せください! 」
イギリスで見聞を広めるのも勉強。日本で研究を続けるのも勉強。
良い経験になりそうだ。彼には感謝してる。
何を隠そう海外に行ってくれるおかげで受け持っていたクラスを任されることに。
一年生の二組から四組までと二年生の三組と四組を担当。
棚から牡丹餅ではないがラッキーは続く。
学生時代から運は良い方だった。
罰ゲームで教室の掃除用具室に押し込まれたらいきなり脱ぎだす女子たち。
そう次がプールの時間だった。
私は仕方なく静かに様子を見守った。
まあ結果は大したことなかったがなぜか英雄視されるし。
マイナスがプラスに働くことが多かった。
それから風の強い日に俺だけ見えて……
何をとは言わないけれど。
他にも道を歩いてると歩道橋から悲鳴を上げ落ちて来た少女をキャッチ。
そのまま付き合うことに。一年で別れたが今思えば良い思い出。
それから…… あれはいつだったかな?
つい思い出に浸ってしまう。
続く