イセタン死す
カズトの手には光るものが握られている。
あの剣のような見た目の鋭いナイフ。
くそ! 危ないからとすぐに没収しておけばよかった。
こんなものに刺されたら怪我だけでは済まないぞ。
「何をしてるカズト? 」
「ははは…… 先生も運が悪いな。ちょうどいいところに立ってるんだからさ。
それでは先生さようなら! 」
まるで帰宅時の教師と生徒の何気ないやり取りに聞こえるがもちろん違う。
ここは学校でもなければ我々のよく知る世界でもない。
ただの異世界だ。聖地・エンジェリックハウルだ。
まだ何だかよく分かってない俺に対してカズトはすべて把握している。
相当不利な状況。俺がすべて理解する前に片を付けるつもりらしい。
うおおお!
きゃああ!
悲鳴と怒号が鳴り響く。
もはや完全なパニック状態。
「やめろ! 」
誰かがそう叫ぶと次々に悲鳴が上がる。
「やめるんだカズト! 」
最後の最後まで説得し犯行を思い留めようとするがどうやら無駄らしい。
「先生逃げて! もうカズトはカズトじゃない。人間じゃない! 」
イセタンが引っ張ってくれた。
「おい何を言ってるイセタン? 」
「いいから早く! 先生早く! 」
もはやここまでくれば説得が不可能なのは俺だって……
「ははは! 行くぞ! 」
「やめろ! やめろカズト! 」
「遅い! 」
「青井先生早く逃げて! 」
ミホ先生が叫ぶ。
なぜかよく分からないがターゲットは俺らしい。
「うおおお! 」
「やめて! ダメ! やめなさいカズト君! 」
「うおおお! 」
もはや何が起き何が起きようとしてるのか分からない。完全パニック状態。
カズトの喚き声とミホ先生たちの必死な叫び声が響き渡る。
カズトは躊躇することなく向かって来る。
イセタンに引っ張られどうにか逃げようとするがカズトは決して見逃しはしない。
「やめろ! やめろ! カズト…… 」
「先生! 」
グワ!
異音とともに血が流れる。
血が! 血が!
大量の血が下へ下へ流れ落ちる。
熱い血だ。沸騰したような熱い人間の血だ。
若い者の血。その血はすぐに熱を失い始める。
俺の腕から滴り落ちる血は…… 俺のじゃない!
俺は無傷だ。俺は一滴も血を流していない。
では俺の体から滴り落ちるこの血は誰のもの?
まさか…… そんな……
「先生…… 」
イセタンの血だった。
カズトの剣がイセタンの胸を貫いていた。
こんなことってあるのか?
イセタンは俺を庇って刃を受けた。
そんなバカな。バカな! バカな!
「先生…… 何だかすごく寒い」
「イセタン! ダメだイセタン! 目を開けろ! 」
もはや即死でもおかしくな深い傷。
それでもイセタンは最後の言葉を残そうとした。
だが何一つ聞き取れない。
「先生…… 先生…… 」
「イセタン! 部長! お前の夢が叶ったんだぞ! 死ぬなイセタン! 」
だめだもう。いくら呼び掛けてもぐったりしたまま。
仮に目を覚ましてもここは異世界。どうしてやることもできない。
「ヒガ! ヒガ! ヒガ部長! 」
完全に息を引き取った。
「おいヒガ! ヒガ君! ヒガ! ヒガ! 」
それでも何度でも呼びかける。
せっかくここまで来たのに命を落としてしまった……
あまりにも悲惨で見ていられない。
俺を庇って刺され命を落とすイセタン。
何回、何十回と呼び掛けても生き返ることはない。
そんな絶望的な未来。これって現実?
異世界だからフィクションだよな?
医者一家のヒガ家の長男。
異世界探索部を創設した部長。
この探索隊の副隊長。実質リーダーのようなもの。
そんな彼が命を落とす。
異世界を目指し歩んできた彼はどこへ?
再びの異世界へ。新世界へ。
彼の運命はそう決まっていた。
異世界を発見したことで目的を遂げ役目を果たす。それでお終い。
イセタン! 戻って来てくれイセタン!
「えへへへ…… しぶといな先生も」
「動くな! 大人しくしてろ! 」
ミコが取り押さえる。そこにミルルが加勢。
その後大人しくなったカズトを神殿に引き立てて行く。
「おいその物体を何とかしろよ! 」
カズトが嫌悪感を示す。
「何を言う! イセタンはお前の仲間だろうが? 」
神殿にイセタンを安置。一番神聖な場所に遺体を安置。
「どうしてこんなことを? 」
「ははは! 」
「なぜ笑う? 」
「ははは! 」
「なぜだカズト! 」
「愉快だからさ」
「カズト! 」
「先生も運がいい」
「何? 」
「部長が庇わなかったらあんたはこの世界にいないよ。
まあここは異世界だけどね」
だいぶ落ち着いたようだがそれでも油断ならない奴。
「ふざけるな! 」
「そんなに怒らないでくださいよ。仲間でしょう? 」
そう言って再びの馬鹿笑い。
「何を言ってるカズト! 」
「先生は生き残った。仕方がないから仲良くしましょうと言ってるんです」
余裕のカズト。どう言うつもりだ?
続く