仮定法過去(完了)
「待って青井さん! もう少しだけ話を聞いて! 」
ミルルは必死だ。どうやらまだ肝心なことを伝えてないらしい。
「青井先生。急がなくてもよろしいのでは? 」
「ですがミホ先生。こいつらがもたない。このままでは精神が破壊されてしまう」
徐々に精神が蝕まれていく。そして元の心優しい人格は影を潜め狂うだろう。
その前に何としても異世界にたどり着かなければならない。
異世界にさえたどり着けば恐らく彼らの痛みも消えるだろう。
これもアークニンの戯言を基に推測した仮説に過ぎないが。
とにかくやれることはやる。それがベスト。
化け物は異世界を目指す我々を邪魔するもの。試練として存在している。
だから着けば当然その苦しも解消される。ただの希望的観測に過ぎないが。
付け加えればこれだってそうであったらなあと言うだけの願望。
あり得ない現実。あり得ない未来。
仮定法って奴だな。
それは俺たちが無事に戻ってくることに似ている。
全員が無事に帰れるなどと言う妄想はとっくの昔に捨てた。
ここまで来れば異世界探索隊は選択を迫られることになる。
犠牲者。より多くの者を助けるために一人を切り捨てる。
非情な決断をする時がもう目前に迫っている。
その時俺は正しい判断ができるだろうか?
絶望的な未来しか思い描けない。
いつそんな最悪の展開になっても何らおかしくない。
「だから話を! 」
「はいはい分かったよ。続けてくれミルル」
「集落や旧東境村は異世界からの化け物を食い止めるために作られたようなもの。
だから自分としては異世界の扉を叩いて欲しくなかった。
何匹倒せばいい? 異世界からの流入が止まらない。
恐らくアークニン探索隊が異世界の扉を開いたのでしょう。
だから未だに化け物は活発なまま。
私たちの村には影響はありませんがここには村の者が何人も。
幼馴染の鏡子ちゃんのように」
ここで一旦切る。そして再び語りだす。
「もしこれ以上の流入があるともう防ぎようがありません。
第一ゾーンが安全でなくなってしまう。青井さんも見たでしょう?
あの衝撃的なシーンを。あなたたちと別れてすぐに襲われたそうですね。
目撃者が居るんですよ。噂が広がるのは早い。
その日のうちに皆の知ることに。
確かにあの女性はしゃべり過ぎたかもしれないですが犠牲になることはない。
これ以上活性化すればあのような悪夢が毎日のように繰り返されることに。
もしかしたら何らかの作用で結界が破れ常冬地方に流入することだって。
そうなったらお終い。何年後かには世界各国に姿を見せることに。
食い止めることは不可能。
取り返しのつかないことになる。それだけは理解して欲しい」
ミルルの衝撃的な話に皆言葉も出ない。
勇んで異世界の扉を開けようものなら罰が与えられる。
それは我々にではなくそれを生み出した世界全体に。
とんでもない話だ。
「そんな大惨事に…… 異世界の発見には何らかの犠牲が伴うと言うんだね? 」
「今からでも遅くありません! 引き返しましょう皆さん。
異世界に行って何の意味があると言うのです? 」
そうミルルの言う通り何の意味もない。
あるとすれば世紀の大発見で全世界に知られ歴史に名を遺すことぐらいか。
そして異世界探索を果たすと言う小さな目標達成ぐらいか。
意味など初めからありはしない。ただアークニンに唆されてやる気になっただけ。
でもそれでも俺たちは……
「ミルル…… 済まない。それは無理だ。ここまで来て引き返すのは不可能」
それは何も気持ちだけの問題ではない。
ここが晴れた世界ならまだしも相変わらずモヤが掛かった状態。
少し歩けばもうここがどこか分からない。
残念だが戻ろうとしても同じでたださまようことになる。
それならば音を頼りに第三ゾーンを目指す方が理にかなっている。
そう帰り道を示していなかった。何の目印も置いてない。
これは探索隊としてはあまりに愚かな行為。
しかし音につられてそこまで気が回らななかった。
大体下など見てやしない。常に上を警戒していたのだからな。
落とし穴がある訳でもないしそこまで気が回るはずない。
続く