名もなき犠牲者
イント十枚で極秘情報を得る。
どうも口が軽い。聞いてもいないのに余計なことをベラベラと喋りだす女性。
黙ってられないタイプなのだろう。
こちらからすれば有り難いが本当に大丈夫かな?
心配するレベル。
「毎度。これは秘密だからね。そこんとこは覚えておいてね。
第二ゾーンについてだ。まあ第一ゾーンは異世界からの流入は稀さ。
ただ第二ゾーンはすぐにでも。遭遇確率がぐっと上がるんだ。
だから第二ゾーンでは備えが必要だね。
それだけではない。大型の肉食獣の宝庫でもある。気をつけな。
当然だけど第三ゾーンはもっと危険だ。デッドゾーンと言われるほどだからね。
それから第三ゾーンへ入るには鍵が必要になる。
最後の難関を突破すればそこはもう第三ゾーン。
口で説明するよりも実際に見た方が分かりやすいだろう。
気づいたら最後。一瞬で喰われちまう。
第三ゾーンでは身を守る術はないと思った方が良い。
私は絶対にお薦めしないよ。
命がけなんてレベルじゃないんだ。
誰かを犠牲にでもしないと生き残るのはまず不可能だと思った方が良い。
ふふふ…… 誰かをね。
それはそれは恐ろしいところさ。絶体に行かない方が良い」
長い長い為になる話を聞かせてもらった。
大げさに言ってるだけで実際はどうかな?
とは言え決意が揺らぐのも事実。
あまりにも恐ろしい場所。
我々はこれからそんな地獄のような場所に赴かなければならない。
残酷で冷たい世界。それが第三ゾーンなのだ。
何となくは予想していたがここまでとは。
想像するだけで吐き気がする。
しかしなぜ彼女はこんな貴重な情報を知り得るのか?
噂や誰かに聞いたレベルではなく実際体験しているかのよう。
だからこそ真実味があるのだがそれでも疑問は残る。
果たして真実は? やはり聞くのは憚られる。
「他には? これではイントを返してもらわないとな」
相手にプレッシャーを掛ける。
十枚には十分な情報を得たが駆け引きをしてみる。
「ハイハイ分かったよ。あんたら本当にがめついね。
よしとっておきの情報を教えてやるよ」
「そんな悪いですよ…… 」
「いいからいいから。第三ゾーンの鍵の在り処が知りたいんだろ? 」
自分から言い出してしまってる。これはイントを増やしてあげようかな。
「当主に頼めば快く貸してくれるよ。ほらなんて言っても名前が鍵守だろ?
そこから推測できるじゃないか」
そう言えばおかしな名字してるなと思ったんだよな。
そうか。唄子様はこの島の実力者だけでなくきちんとした役割があったんだな。
ただ旅行者を庇護する為にあるのだとばかり。
「ありがとうございます」
感謝の言葉を述べる。
「そうだ。これはもう今更教えてあげることでもないけどさ。
この島にはいくつもの鏡があるね。
これは化け物を封じ込める道具だけどいつ襲ってくるとも限らない。
第二ゾーン以上に行くなら絶対人数分の小さな鏡を持って行くんだ。
ほらあそこにあるみたいな大きな鏡を引っこ抜いて運ぼうとしても無理だからね。
小さな鏡ならその辺の道具屋で安く手に入るはずだから」
物凄く為になった。貴重な情報を得る。
これは五枚追加してもいいかなあ。
「おお追加してくれるの? それは有難い」
「ではこれで」
再び礼を言い立ち去る。もう充分だが念のために次の家に向かう。
女性も外へ。さっそくどこかに出掛けるみたいだ。
我々とは反対方面へ走っていく女性。
どうやら臨時収入があったので買い物するのだろう。本当に元気な人だな。
「あんたらいい線行ってるよ! 前にやって来た奴らも私からだからね」
振り返って大声で叫ぶ。
浮かれてるのか喜びが隠せない。
「だからさ…… 」
次の瞬間女性の目の前に何者かが現れる。
嘘だろ…… 冗談はやめてくれ。
こんな奴らとやりあえってのか?
とんでもなく邪悪な化け物。
翼を広げた醜い鳥のような化け物。
いやただ翼を広げたのでそう見えるだけで実際はよく分からない。
一瞬で恩人をさらって行く。
ガリガリ
ボリボリ
不快な音を立て女だった肉を喰らう。
我々はただその場で立ち尽くして見てるだけ。
助けようともしない無責任さ。
しかし相手が悪い。
ただ話に聞いてたのよりももっと巨大で不気味。
色は青いがどことなく黒ずんでいて不気味。
そこに血の色が加わる。
容赦ないハンティング。
もうほぼ食い尽したらしい。
満足したのか東の空へと消えて行った。
一瞬の出来事。もうどうすることも出来ない。
ただぼうっと見守るのみ。
呆然自失の三人は立ち尽くす。
ははは……
恐怖のあまり笑いが止まらない。
俺どうなってしまったんだ?
なぜこんなことに?
もうどうすることも出来ない絶望的な世界。
ここは第一ゾーンではなかったのか?
なぜ簡単に襲われるのだ? 鏡は?
あり得ない! そんなことあり得ないじゃないか!
さっきまで動いていたものがだだの骸に。
いや骨さえも残らない徹底ぶり。
我々はこんな残酷な世界に足を踏み入れていたのか?
続く