船出
主人公は遅れてやって来るもの。
出発前に果たして青井は到着出来るのか?
十分と言ったのにクルミが五分としないうちに戻ってくる。
何てせっかちなんだろうか?
「まだかよちくしょう! 早くしろっての! 」
イライラして我慢の限界。これはまずい。まずいぞ。
「よしもう待てない! 」
十分にはまだ遠いが我慢できないそう。
船では済みません。済みませんとミルクが皆に謝罪。
決してクルミのせいではない気も。
「うん? 何だあれは? こっちに来る! 走って来る! 」
「あー先生だ! 」
アイが嬉しそうに手を振る。
幾筋にも反射する陽の光に照らされながら船の方へ全力疾走する男の姿。
ここからも息遣いが聞こえるほどの激しさ。
間に合わないと焦っている様子。
さあ迎え入れる準備をしなければ。
まだタイムリミットの十分は経過していない。
叫び声がする。
「おい早く船を出せ! 早く! 飛び乗るから。早く! 」
遅れて来たくせして自分勝手にただ要求する男。何て奴だ。
心配ばっかりさせやがって。
全力疾走の男と町の者との距離は思ってるほど迫っておらず錯覚に過ぎなかった。
下り坂だったことが影響しているようだ。
「よし乗ったな? 出発! 」
エンジン全開で暗くなり始めた海へと旅立つ。
「行ってきまーす! 」
「バイバイ! 」
「ははは! ここまで来やがれ! 」
追い駆けて来た者に最後の挨拶をする。
影はすぐに引き返していく。
海原に逃亡した者まで追いかけるほど暇ではないと言うこと。
それにもう追い駆ける手段もない。諦めたのだろう。
一人二人と帰っていく。
きちんと見送りもせずに薄情な奴らだ。
「ふう…… 疲れたな」
ようやく一息吐くことが出来る。
ギリギリでかわしたことで異常な興奮状態。
なかなか収まりそうにないな。
「先生! 遅い! 」
危うく捕えられるところだった。
危機を脱して今ハイな状態になってる。
「いや参ったよ。お世話になったレストランの店主に挨拶に行ったんだけどさ。
変装を解いて顔を見せたら客が騒いじゃって。仕方なくすぐに店を出たって訳。
そしたら外で待ち構えていた者に捕まりそうになったんだ。
それでもどうにか振り払って全速力で船へ飛び乗った。
ああ大変だった。でも思い切って動いて良かったと思っているよ。
町の者にも盛大に送ってもらえたからね」
情けない言い訳だ。ハイになってるものだから止まらない。
「先生? 」
おっと俺が仕切らないでどうする。
生徒たちもミホ先生も俺を求めているのだから。
では異世界探索隊の隊長として音頭を取るとしようか。
「よし皆。行くぞ! 旧東境村へ! 」
ついに目的地の旧東境村へ。
夢にまで見た旧東境村とはどのような場所だろうか?
期待と不安が入り混じる。
「おい! いつまで無駄口を叩いてやがる!
そう言うことは出すもの出してから言え! この馬鹿野郎が! 」
船頭さんはぶち切れ寸前。
このままでは乗船拒否されてしまう。
引き返すなどと言われたら厄介だ。大人しく払うとするか。
「ああクルミちゃん。悪い悪い! これが例のものだ。さあ受け取ってくれ! 」
バックパックからイントを取り出しクルミの手に十枚乗せる。
「一二三…… 九、十」
クルミは抜け目がない。きちんと十枚あるか一枚一枚確認。
その間はなぜか俺が渡しの真似事をする羽目に。
「うんこれで十枚だ。毎度あり。では改めて旧東境村へレッツゴー! 」
クルミはイントを大事そうにポケットの中へ。
うふふふ…… 笑いが止まらないようだ。
考えても見なかったがイントの価値は我々には分かってない。
これは思いがけなくクルミに有利な取引となってしまったのかもしれないな。
「それでクルミちゃん…… 」
親しみを込めてちゃん付けをしてるつもりだがクルミは頑として受け付けない。
「船長と呼べ! 船長とな! 」
人が変わったように大柄な態度を取る。
「ハイハイ船長。それであとどれくらいで到着するんだい?
ほら子供たちの我慢が足りなくて文句が出そうなものだからさ」
一応は気を遣う。クルミに対して強く言えないだろうと考えて。
ミホ先生中心に皆素直で大人しいから。
アイみたいに騒ぐこともあるがそれは限定的でしかも俺に対してのみ。
「うるさい! 我慢できないのはあんただろうが!
すぐに着くさ。大人しく見守ってるんだな」
「本当かよクルミ? 」
「ああそこに見えるモヤモヤした霧だか何だか。
とにかくあの常にモヤモヤしたエリアを通り抜ければすぐそこだ! 」
船長のクルミが胸を張る。
嘘ではなさそうだな。
続く