イント十枚で旧東境村へ
「なあ聞いてるのか? 俺の船に乗せてやるって言ってんだろ! 」
生意気なガキに絡まれたな。これは後が大変。
マスターの子でないならこの子もお客ということになる。
こんな時間と言ってもまだ深夜ではないがそれでもうろついてていいはずがない。
俺は一応は教師なんで見逃す訳にはいかない。
「マスターカクテル一丁! 早く頼むわ! 」
雑な注文の仕方を見るとどうやら何度か足を運んだことあるな。常連か?
クンクン
クンクン
カクテルが邪魔して匂いが分かり辛かったが香水の良い匂いだ。
男が香水をつける時代になったんだなと言えば生徒たちに馬鹿にされる。
もちろん学校につけて来てはいけないが外なら何の問題もない。
この謎のガキが香水をつけるのは何ら不思議ではない。
ただ彼には合ってない気がする。
余計なお節介だろうがきちんと言ってやるのも優しさだろう。
「ちょっと…… 」
「あとマスター特製のケーキ一丁! 」
よく飲むしよく食うな。ガキの癖に…… いやガキだからか。
おっと俺は教師だ。飲ませる訳にはいかない。
「まだ早すぎるぞ! 」
「はあ? そうだマスター。お代はこの人につけておいて」
とんでもないこと言いやがる。
俺にたかるとはいい度胸してるな。だが大人を舐めるなよ。
もう我慢の限界だぜ。
「それじゃあ遠慮なく。よし乾杯しようぜ」
そう言って挑発する生意気なガキ。何てマイペースなガキなんだ。
本当にマスターの子供じゃないんだな?
もう一度マスターに確認してから叱りつける。
「ふざけるなお前! 」
「へへへ…… 何熱くなってるんだよお兄さん。情報料でしょう? 」
悪びれる様子もなくカクテルを空けケーキをワンフォール。
どれだけ飲み食いするんだ? 化け物かよこいつはよ。
「さあ行こうぜお兄さん」
こうして我々はバーを後にする。
何かまずい気もするが言われるままついて行く。
大丈夫かな? こんなんで捕まったらシャレにならないよ。
明かりが僅かなせいか今どこに向かってるのか分からない。
「ああここだここだ。さあ入ってくれ」
バーから十分近くだから約一キロってところかな。
促されて一軒の家に侵入する。
こんな言い方するのも変だがどう見てもぶっ壊して侵入したようにしか。
「何をしてる? さあ入った入った」
「おい本当に大丈夫かよ? 」
住居不法侵入で逮捕されてもおかしくない。
俺だって一応は教師。見逃せない。
説得して改心してもらうのが教師の役目だろう。
「大丈夫。大丈夫。ここは空き家でね。仲間内で勝手に使わせてもらってるんだ。
だからほら電気だってつくだろ? 水道だって問題ない。
ガスだって問題ないが寒いかな?
気をつけな。朝起きたら凍死してたなんてことになるかもよ」
そうやってくすっと笑う。
「おいお前本当に旧東境村を知ってるんだろうな?
ただ大人をからかってるだけじゃないだろうな?」
「へへへ…… 俺を信用しろっての。のこのこついて来たくせによ」
あー寒い! 寒気がする。何か危険な香りがするんだよな。
「お前何か匂うな」
「ああ良い匂いだろ? ちょっと仕事で必要なんでつけてるんだ。
要は一種の臭い消しって奴だ」
「それでもう一度確認だが旧東境村を本当知ってるんだな? 」
「知ってるも何も…… いや何でもない……
心配ない。金さえ払えば連れて行ってやるって! 」
「それでいくら? 」
交渉する。金額次第だが出せる範囲ならいくらでも。
「イントコイン十枚」
「おい! 現金ではダメなのか? 」
現金はそれなりにある。ドルだって多少は持ってきた。
しかしこの男はなぜかイントだと言う。おかしな奴だ。
「現金? ここでは使えないんだよ! 」
「でもバーでは使えたがな」
「ごちゃごちゃ抜かすな! いいかよく聞け? イントと言ったイントだ。
十枚集めて持って来たら旧東境村に連れて行ってやる」
どうやらイントではないとダメらしい。
珍しい。これはレアケースだな。
「本当に本当だな? 」
「ああいい加減俺を信じろ! 明後日が期限だ。明後日の午前零時過ぎに出港さ。
俺も一週間に一回しか動けない。そもそもそんなに必要ないしな」
明後日の零時と言うことは残された時間は一日と少しだけか。
二十四時間以内に何としてもイントを十枚集めねば。
どうも信用ならないがまあこれ以外に手掛かりがない以上すがるしかない。
それが男には分かってるのかどうも高圧的だ。
ガキのくせに本当に生意気なんだよな。
続く