バーにて
追い駆けて来たのはさっきの店の人。
一気にまくしたてると満足して行ってしまった。
一体何だったんだろう?
思い当たる節がまったくない。
先ほどの対応がまずいと思ってわざわざ謝りに来たのか?
でも謝ってないしな。ただの宣伝。
ダメだ訳が分からない。
うん? 財布が戻ったことに気がついた。
そうかあの人俺に財布を届けるために……
まったく気づかなかった。
そうだお礼の言葉を言ってなかったな。
でもどうやって取り戻してくれたんだ?
あれはぶつかった時に盗まれたんだったよな。
念の為に来てみたがもう店仕舞いだもんな。
レストランの中は真っ暗。
店内にいた客はもうとっくにいなくなっていた。
きちんとお礼もせず恩人を行かせてしまった。
俺は何て薄情なんだろう?
ふう…… まあいいか。
今日は本当に疲れたよ。さあ気分を変えるとしよう。
「いらっしゃい! 」
まだやってるな。良かった良かった。
「マスター! カクテルを一杯」
騒動が片付き予定していたバーを訪問。
行くのを迷ったが足を運んでみることにした。
もう絶対に財布を忘れない。
それから落とさないように気をつけなければ。
結局どう言うことだったんだろう?
店に財布があったと言うことは俺は男に盗られたのではなかった。
ただの幻想だった。男だってすぐに姿を消した。
もしかしたら最初から存在してなかったのかもしれないな。
とにかく気をつけないとな。
「それとサンドイッチに…… 」
注文を終えてトイレを借りる。
レストランもバーも暑いぐらいに暖房が効いてるが雪もちらついてるしな……
道中は夜と言うこともあって相当冷え込んだ。
寒いな。寒い。
この町の人はこの生活に慣れてるのだろうが俺にはきつい。
ここに永住する人の気が知れない。
トイレがどんどん近くなっている気がする。
さあもう一度気分を変えて。もう一回だ。
ここは町唯一のバーでである。
黒で統一されたシックな店内。
お洒落なのはいいが僅かな明かりではぶつかりそうで気が気じゃない。
ライトで浮かび上がる赤やオレンジの光が大人の雰囲気を漂わせている。
すぐにカウンター。後方にテーブル。
外から想像したのとは随分違ったお洒落で落ち着いた雰囲気。
これなら町の若者にも流行りそうだが。
しかしなぜか俺以外に人はいない。
高すぎるのかな? 飽きられたか?
マスターの癖が強すぎるのか?
いろいろと推測は出来るがまだ時間が浅いとも取れる。
「マスター暗いよ」
「ああ気づかれましたか? 少々暗いですよね。足元には充分注意してください。
それで何にしましょうか? 」
笑って対応。うん感じのいいマスターだ。
でももう少し文句が言いたい。
「トイレに行きにくいんだが」
俺一人だから愛想よく相手してくれる。
貸し切り状態と言うのも悪くないか。
「そこは私のこだわりですから申し訳ない。はいこれをどうぞ」
緑色のカクテルにチェリーが乗っている。
何だろう? メロンソーダ―じゃないよな?
「これはこの辺りで…… 」
何のカクテルかはよく聞き取れなかったがマスターオリジナルのカクテルだそう。
「美味い! 」
一口つけて感想を述べる。これもマナー。
匂いもきついし味も濃いが美味いと言えば美味い。
とんでもなくまずくない限り飲み干すし褒めもする。
「いや本当に美味いね。お替り! 」
「ありがとうございます」
同じものを頼むのは果たしてマナー違反なのかは分からないがまあいいだろう。
そう言う珍しいお客だっているさ。
「ねえマスターはこの町の出身なの? 」
何となく違う気がする。洗礼された感じはここには似合わない。
「いえ訳あって流れてきました。詳しくは聞かないでやってください」
そう言って無口になってしまう。
ここではよそ者だと何かと不便なんだろうな。でも俺にとっては好都合。
この町に詳しくさほど愛着を持たない者は絶好の情報源になる。
しかも今は貸し切り状態だから気兼ねなく聞ける。
「メニュー見せてくれる? 」
三杯目はレッドアイをオーダー。
さすがにハイペースかな? これではますますトイレが近くなってしまう。
外もまだ雪がちらついてる訳だしな。
「どうぞ」
「それで…… 」
そろそろ暖まって来たことだし本題に入りますか。
「マスターの過去は置いておくとしてこの町について知っておきたいな」
表情を見る。うん変化なし。
「何なりと。自分の分かる範囲でお教えしましょう」
そう言うと癖なのかコップを拭き始めた。
これは緊張を和らげるため? 俺は聞く者を誤ったか?
続く