幻影 スリリングな追いかけっこ
レストランは閉店らしく中に入れてくれない。
仕方なく近くの店を教えてもらい大人しく外へ。
ここは地元の者以外お断りなのかもしれないな。
それとも閉店間際の迷惑客だとでも思われたか?
実際そうだし。俺だって自覚はある。
だとしても扱いが雑で対応が違い過ぎないか?
俺だって一応はお客なんだけどな。
そんな惨めな気分になりながら東へ向かう。
ポトポト歩いてると斜めからぶつかるように男が近づいて来た。
「ごめんよ! 」
「ああ…… これは失礼しました」
ついぼうっとしてたから気づくのが若干遅れた。
どっちが悪いのではないので一応頭を下げておく。
「気をつけやがれこの野郎! 」
捨て台詞を吐いて行ってしまった。
すれ違えずに叱られるなんて本当に情けないな。
つい反射的に謝ってしまった。調子づかせてしまったかな?
まあぼうっとしてた俺も悪いか。
こう言う輩はどこにでもいるからな。気にしない気にしない。
生徒に被害がなければいいんだ。
うん? でもこのパターン? どこかで? 確か? 待てよ……
血の気が引く。
うわ…… やられた! 財布がなくなっていた。
ない! ない! どこにもない! いくら探しても見当たらない。
嘘だろ? とんでもない目に遭ってしまった。
昼間の騒動では収まらずに再び洗礼を受けることになるとは。
今日は厄日だな。呪われてるな。
知り合いの占い師にでも占ってもらうか…… ってここは東常冬町だった。
山奥のこんな田舎では占いも…… あっても不思議ではないか。
ははは…… 冷静だろ俺って?
いつもは左のポケットに仕舞っていた財布。
レストランに入る時に懐に移動していたんだ。
その懐の財布が無くなってる。
いや落ち着け。ただの勘違いかもしれない。
よく体を調べてみる。だがやはり見当たらない。
ダメだ。これはスラれたな。
全財産が奪われた。これは一大事だぞ。
まずは落ちついて深呼吸。ってしてる場合じゃないか。
パニックで訳の分からない余裕をこく。
今はそんなことしてる時ではないのに。
急がなければ見失う。いやもう見失ってるが。
振り向いてレストラン方面に戻る。
まずは小走り。それでも追いつかないならダッシュ。
一瞬だったので男の顔をまったく覚えてない。
いや男だったかさえあやふやだ。もしかして女? そんなはずないか。
「待て! 」
暗い上に雪のせいでただ闇雲に走ってるだけ。
しかも当然だがぶつかった相手は初めて見る顔でまったく印象に残らない。
残念だが諦める? そうはいかない。
「待て! 」
声の限り叫び続ける。
暗い夜道を腹も空かせてる状態でダッシュ。疲れてしょうがない。
ダメだ誰もいない! 影も形もない。人ひとりいないじゃないか。
実際にはいるのかもしれないが暗くてまったく認識できない。
これ以上の単独行動は危険。深追いはすべきではないな。
残念だがもうこの辺で諦めるとしよう。いやまだだ!
「待て! 」
レストランから五百メートルは行っただろうか。
誰もいない。もう遅いのさ。遅すぎる。
犯人はとっくの昔に逃げた。そうに違いない。
諦めるかな? うーんでもまだどうにかなるさ。
下を向いても仕方ないので上を向いて歩くことにした。
それがせめてもの抵抗だろう。
それにしても何であいつ俺を?
最初から狙われてたんだろうな。
待てと言って待つ訳がない。
やっぱりもう諦めよう。
諦めたくないけどもうこれ以上は無理だ。
諦めるしかない。それは分かってる。でも……
財布の一つや二つどってことないさ。
良いのさ。ただ運が悪かっただけなんだって。気にするものか。
うん? 気のせいかな。誰かが呼んでいる。しかも追いかけてるみたいだ。
「お客さん! アー良かった。もうそそっかしいな。
店じまいなんですから気をつけてくださいよ」
「はあ? 」
この男に見覚えがある。確かレストランの……
でも俺は落とし物などしてない。
「ほらこれ。さっき落として行ったでしょう?
もういい加減にしてくださいよ。探すの大変だったんだから」
愚痴を零す。
息を吐きながら必死に俺を追い駆けてきてくれたのか。
何て良い人だろう。それで俺は一体何を落としたのか?
「失礼。興奮してしまいました。お客さん観光で来たんでしょう?
珍しいからよく分かるんだ。
自分も居ついたクチだからお客さんの寂しい気持ちよく分かるんだわ。
金曜日以外やってるから早めに食べに来てね」
そう一気にまくしたてると満足して行ってしまった。
続く