道を閉ざす者
ポツポツ
ポツポツ
雨?
雪?
ポツポツ
ポツポツ
どうやら雨のようだ。だが安心ばかりはしていられない。
ここは常冬地方。いつ雪に変わってもおかしくない。
ただこの辺りは暖かかったはず。
水だってほら…… うわ冷たい! 何でだ?
「急ぐぞ! 二人とも! 」
「はーい」
さっき記憶を失くした訳を必死に考えるが思い当たる節がない。
俺の中の何かが理性を失わせようとしているのだろう。
たぶんこれは俺だけじゃない。皆少しずつおかしくなっている。
要するに異世界に近づきつつあるのだ。そう考えるのが妥当。
異世界がどんなところかまったく予想がつかない。
恐らく人間の理性を崩壊させてしまうような何かがあるのだろう。
「急げ! 風邪をひくぞ! 」
「はーい。あーあ濡れちゃったよ」
二人は自慢をするように見せつける。
俺は堪らずに凝視する。
あれ? どうしたんだ俺? 止まらなくなってるぞ。
もう襲い掛かる寸前でどうにか堪えてる状態。
俺は教師だぞ? いくら理性が崩壊しても生徒に襲い掛かるなど出来る訳がない。
だがどんなに理想の教師像を思い描いたところで無駄な抵抗。
もうとっくの昔に理想像は崩壊してるのだ。
二人からはふざけてるようにしか見えないだろうな。
早くこの苦しみから解放してくれないか。
ハアハア
ハアハア
振り返ると港は遠くの方。徐々に小さくなっていく。
急いで集落に辿り着かなくては俺の理性が保たない。
誰でもいい。誰でもいいから人ひとりいてくれればいいんだが。
今非常に危険な状態。
俺が抑えきれずに本能の赴くままに行動すれば俺の負けだ。
我慢だ我慢。もう見ないようにするしかない。
「おいお前たち! これ以上俺を妄想地獄に落とすな! 」
二人に注意を与える。
「先生訳の分からない話はやめてください! 」
ついにタオが怒り出す。確かにふざけてるようにしか見えないよな。
それは俺だって自覚してる。だが今この状況を説明するのは難しい。
離れて欲しいが二人だけにはしておけない。
自分をコントロールしてどうにか理性を保っている。
「俺から離れろ! 」
命令するも真剣には受け止めず二人は笑い合う。
「もう先生訳分からない! 」
アイはそう言うと腕に絡みつく。
教師の言うことは聞くもんだぞ。もう打つ手なし。
どうすればいいんだ俺は?
途方に暮れていると救いの女神が現れた。
.
「青井先生! 」
前方から声がする。
「ミホ先生何で…… 」
「先ほどから後をつけられている気がして戻ってみたんです。
やっぱり青井先生たちだったんですね? 」
俺が感じたのと同じような不可思議な現象に見舞われたらしい。
そこで意を決して戻ってみるなんて度胸あるな。
俺には真似出来ないよ。ミホ先生は恐らく何もないと信じてるんだろうな。
俺たちと同じように集落の話を聞いてここまで。
先を行ってるBチームと合流。
危うく理性が吹っ飛ぶ前に己を取り戻せた。
収穫はあっただろうか?
ミホ先生と二人がお喋りしてる間にイセタンとカズトを呼ぶ。
「どうしたんですか先生? 」
「お前たち体調の変化は? 」
「はあ何を言ってるんです。極めて健康ですよ」
「カズトはどうだ? 」
「何かイライラするんだよな」
どうやら大したことはなさそうだ。
ミコについても問題ないそう。
これは一体どう言うことだ?
俺だけがかかるおかしな風土病。
あれは普通ではなかった。
記憶を失うなどあり得るのか?
「先生気にし過ぎですよ」
「それだけじゃない。気配を感じるんだ」
「ははは…… もうどうしたんですか」
「いやどうやらこれは本当のことらしい」
今気配が消えた。恐らく俺たちが合流して襲うチャンスを逃したんだ」
もはや妄想でしかないのは二人の表情を見れば分かる。
でもこれは嘘じゃない。誰かにつけられていたんだ。
「ミホ先生。怖かったんだから。先生に襲われそうになったんだから」
うわ…… そのまま言わなくても俺はギリギリで食い止めたぞ。
「青井先生。どう言うことですか? 」
ミホ先生が怒るが俺は知らない。一緒に泳ごうなど言ってない。
異世界探索隊はさらに東へ。
港町を越え外れに差し掛かった。
町から離れたところに集落を発見。
雨はほとんど上がったが暗くてよく見えない。
もう夜。完全な闇が支配する。
だが七人もいれば心細くない。
先頭のイセタンと俺でライトを照らす。
集落には今のところ人の気配がない。
もう集落も終わりかと言うところでこちらにライトを向ける者を発見。
二、三人は居るだろうか。お年寄りが集まっている。
どうやらこの近くで集会があったとかでその帰りらしい。
さっきまでつけていた連中とは違うのだろう。
「おおよく来たね! いらっしゃい! 」
笑顔が弾けしわくちゃだ。
「どうも…… 」
山で会ったお婆さんが俺たちが来ることを伝えてくれたらしい。
「なかなか来ないから心配してたんだよ」
「ありがとうございます」
「ほらこっちだ。ついておいで」
光を失い危うく野宿のところを迎えてくれた。
これでもう安心だろう。
続く