タピコ対アイ 全面対決
登山中に出会ったお婆さん。
東常冬町に戻るところだそう。せっかくなので同行することに。
「先生重いよ! 」
両手が塞がって危ないので風呂敷の一つを持ってもらうことに。
「悪いなカズト。お前たちが頼りだからな。無理して怪我だけはするなよ」
まあきっと大丈夫だろう。問題はこっちだよな。
「もういいんじゃない? 先生は身軽になったよ」
アイがパピコに詰め寄る。
「でも…… 先生が慣れないと危ないでしょう? 」
そう言って放そうとしない。あの逆に危ないんですけど。
「ほら代わって。私が先生を引いてあげるから」
休憩を取りそろそろ頂上と言うこともあり皆動きが良くなっている。
支えてくれるタピコには悪いがもう少し急ぎたいな。
「ほら先生大丈夫? 」
「私は左持つ! 」
結局両腕が塞がってしまった。
何をするんだこの子たちは? 山登りは悪ふざけしていいところじゃないぞ。
ふう疲れるな。俺の邪魔ばかりして何なんだよ。
おっと…… 優しさだよな。善意だよな。愛情だよな。
せっかくの好意を無に出来ない。ここは全力で受け止めなくては。
お婆さんは大丈夫かな?
お喋りに夢中で先頭のイセタンを追い越す勢いのお婆さん。
小さい頃から登っていた山だからほぼ庭みたいなものだと大げさ。
「本当にお婆さんお元気ですね。腰を痛められてるなんて信じられませんわ」
「なに…… 荷物さえなければ問題ないのさ」
ミホ先生の一言でお婆さんへの疑惑が浮上する。
誰も思っていても口にはしなかったのにまさかミホ先生から。もう止まらないぞ。
「ははは…… いつもそうやって登山客に持たせてたりしてな」
聞こえないようにこっそりと。
「先生! それは言い過ぎです! 」
タピコが諫める。
「俺もそう思うな。何となくそんな気がするんだよな」
カズトまで疑いだした。もう少し辛そうにしてもいいのに元気だからな。
お婆さんに気づかれないように観察する。
登山客がいつも来る訳ではないので顔見知りや村の若者に同じこと繰り返してる?
おっといけない…… 俺たちは疲れすぎて気持ちに余裕がなくなってるのだろう。
これではダメだな。お婆さんを最後まで信じなくては。
それは生徒たちにも言える。このまま教師として放ってはおけない。
「お前たちいい加減にしろ! これ以上疑うのは止せ! 」
「何言ってるの? 最初に言ったの先生でしょう? お婆さんが信用ならないと」
カズトはこの旅を通して随分ワイルドになった気がする。
どうも何か変化するキッカケがあったような。
少し不安なんだよな急なカズトの変わりようが。成長ならいいんだが。
「そうだな。でもこれ以上詮索はなしだ。貴重な情報提供者になるかもしれない。
俺たちを救うかもしれないんだ。だから絶対に失礼のないようにな? 」
「ハイハイ」
カズトはまだ納得行ってないのかいい加減に返事する。
他の者は真剣に聞いてくれた。理解したようだ。
お婆さんを加えた一行はようやく頂へと到着。
これからは下り道を残すのみ。
登山では登りよりも下りの方が危険とされている。
それは滑落等の目に見える分かりやすいものが言われている。
だが実際は集中力も落ち無理なペースで足がつい行かない等もっと複雑な事情が。
それと登り切ったと言う慢心から注意散漫に。
焦りから標識を見落とすことも。さすがに登りではそうはならないだろう。
一見簡単そうな下り道には危険が多数存在する。
いくら口を酸っぱく注意しても初心者ほど嵌ってしまう。
もはや誘われたと言ってもおかしくない惨状。
だからこそ我々も登りよりも慎重に一歩一歩ゆっくり下りて行く。
「何だか急に寒くないか? 」
イセタンが騒ぎ出した。
「寒い! 寒い! 」
「手の感覚が…… 」
「寒い! 痛い! 」
「どうしたお前ら? 」
「先生何だからどんどん寒くなって行く気がするんですけど」
「ミコはどう思う? 」
「これくらいどってことないでしょう」
ミコは恐ろしく冷静だ。何も変わらない。
それは初日の朝からまったく変化なし。
ミコにとっては些細なことらしい。
でもこれでは俺が寒いと泣き言が言えなくなる。
ミコが異常で他の者が正常だと判断するだけの材料がない。
「なあミコ。本当に寒くないのか? 」
「まさか先生は寒いんですか? 」
まずいまずい。誘導しようとして逆に追い詰められるなんて。
「ミコちゃん凄いね」
タピコが感心する。
「こいつはいつもこんなもんだよ」
イセタンだけはミコの異常性に早い段階から気付いてるらしい。
異常性は言い過ぎか。
他の者よりも鈍感なのかもしれないな。
だからこそ恐ろしく冷静に見えるのだろう。
続く