伝説の島
二日目。
朝風呂騒動は収束に向かった。
土下座に加え二度としないと誓約書にサインして事なきを得る。
そうだよな。いくら若女将を探してたからって女風呂に突撃するのは間違ってる。
それはそうなんだが。焦っていたからつい。
あれ? これってもしかして嵌められたか?
どうもあの仲居さんも知っていたようだし。
ミホ先生だって怪しい。
落ち着いてから話を聞くことに。
あーもう時間がないんだが。早くしてくれないかな。
おっと心の声が漏れかかった。
「お客さん。本当に勘弁してください! 」
カンカンな若女将を宥めるのは一苦労。
誓約書を書いたからもういいとは言わない。
でもこちらの話も少しは聞いて欲しい。もう俺には彼女しかいないんだ。
「済みません! 本当に申し訳ありません!
不可抗力と言いますか別に覗こうとか思ったのではなく……
純粋に興味があったのでもない。ただイントについてお話を伺えればと思い。
詳しいのは若女将だと聞いたものですから。
少々張り切り過ぎてしまいました。ははは…… 」
あれおかしいな? 下手な言い訳を繰り返してるぞ俺。
これでは印象が悪くなるだけ。
若女将も忙しい。俺だって忙しい。ここは早く聞いてしまおう。
「いつも朝風呂に? 」
「はい。お客さんの後に交替で朝風呂に。
その後で掃除することになっていたんです。それをそれをあなたと言う人は! 」
まだ怒りが収まらないのか迫力がある。
確かに朝の一時を奪ったんだから叱責を受けるのも当然。
真摯に向き合い反省すべきだろう。
ああ俺は何てことをしてしまったんだ? トラブルを引き起こすなんて……
罪悪感から逃れそうにない。
「そうでしょう。そうでしょう。だからもう大丈夫だと思って風呂に。
しかし運の良いことに…… いえ残念なことにまだ風呂に入っていた」
どうにか言い訳するがこれで上手く行くか?
「もういいです。分かって頂けたなら。それで御用とは何でしょう? 」
長くて洗い立てのシャンプーのいい香りが漂う。
ああ、何て心地よいのだろう。居心地は最低だけど心地よいと言う矛盾。
浴衣を羽織る色っぽい若女将を見てるだけで癒される。
はあはあ
はあはあ
ついつい興奮を覚える。これはいけない。冷静に冷静に。
目的が違う。俺は若女将に聞きたいことがあるだけだろ?
「ちょっとお時間をと思いまして…… ご協力を」
「協力できることなら何でも」
さあトラブルはあったもののどうにか聞き出すことが出来そうだぞ。
「ではイントについて教えてて頂けませんか? 」
笑みを消し見つめる。
これで少しは真面目に見えるかな?
「イントですか。うーん。パンフレットにも載ってますがここから東へ。
さらに東へと行きますと港町があります。
名前を東常冬町と言います。
そこからさらに東へ。
つまりは船に乗って東に進むと島が見えてきます。
そこは人口百人も満たない村で独自の文化を形成しております。
この村は円が使えません。代わりにイントを使用することになっております」
「……以上がイントの簡単な説明です。
私はもちろんこの村の人のほとんどがその島に行ったことがありません。
この地域に伝わる昔話として観光客用にアレンジし面白おかしく作り上げたもの。
実際に存在してるかさえ定かではありません。
ただの昔話で伝説に過ぎないかもしれませんね。
私は半信半疑で。どちらかと言えば否定派ですね。
これで少しは潤えばいいなと思ってるだけです。
ただお年寄りを中心に信じてると言うか実際行ったと言う者もいるので。
満足してもらおうと大げさに伝えてます。
私どもとしては夢を見てくれればそれでいいんです。
ただ今のはあくまで噂や昔話や伝承に過ぎません。
だから多少違ったり勘違いしてる部分もあるかと。その辺はご容赦ください。
何度も言いますが私どもは実際に行った訳ではないんです」
「へえ若女将は相当詳しいんですね。噂通りだ」
「これくらいのことは誰でも知ってますよ。
ただよその方に教える者がいないだけ。
私は聞かれたらなるべく答えるようにしてます。
ここも恥ずかしながら観光業でどうにか成り立っている寒村。
お客様が第一なんですよ。まあどこの田舎も似た様なものなんでしょうけどね」
円ではなくイントを使った独自の文化が形成されたおかしな島。
伝説の島ってところか。
これは予想以上の収穫だな。
続く