誘惑と迷い
居酒屋で盛り上がること一時間。
そろそろ頃合い。お開きの時間だ。
もうとっくに締めのお茶漬けを平らげた。
残すはデザートぐらいなもの。
「なぜ女生徒が大半なのですか? 」
どうも引っ掛かる。
注文を付ける生徒とそれを忠実に遂行する顧問。
もはや危険な関係ではないだろうか?
本来顧問とは優しく陰から見守ってやるものだろ?
俺はそう思うがこの人はただ飼いならされてるだけ。
エサに尻尾を振る犬。教師と生徒の立場が逆転してしまっている。
「ここは元々女子高だったのさ。だから今も圧倒的に女子の数が多い。
数年前に共学になってからも男子はなかなか」
元女子高を目指すのは女子か僅かな男子。
「へえ何度かこの学校に足を運んだ時には女子しか見かけなかったな。
もしかするととんでもないお嬢様学校なんてことは? 」
「まあそうとも言える。今はその面影もないがね」
昨年の秋まで大学の方で教鞭をとっていた。
まさかその時はここに来るとは思いもしなかった。
付属の高校ではあるが真横にキャンパスがある訳ではない。
だから辞令が下ってすぐに引っ越すことに。
決して通えない距離でもないが気分を変えたかった。
それと遅刻しては生徒に申し訳が立たないからなるべく近くのアパートを選んだ。
そのおかげで今のところ遅刻はない。ただ体を壊しては意味がないがな。
「お嬢様学校…… 」
「数年前まではそんな感じ。君が想像するほど美しいものではないがね。
共学になってからの方が華がある。
やはり男子がいればそれだけ刺激されるからね。
女子だけだとどうしても違う方向に。変にねじれてしまう。変にね」
変に? ねじれる?
おっと危ない危ない。想像してしまった。
アブノーマルな話に持って行くつもりだろうがそうはいかん。無視することに。
これ以上の刺激はいらない。
俺の理性が吹っ飛ぶ前にどうにかこの会食を終わらせなければ。
「それで話を進めると俺が適任だとそうおっしゃるんですね?
ですが俺には夏部がありますからご期待には沿えないかと」
もったいないがこの辺で断るのが良い。
この人は明らかに俺に押し付けようとしている。
絶対に触れてはならない領域にまで誘い込もうと。
そんな気がする。ただの予感でしかないが。
先生には悪いが正当な理由があれば断ったって構わない。
廃部だの可哀想だの言ったって出来ることと出来ないことがある。
まさか夏部を犠牲にしていい訳がない。
「その辺のことはこちらで調査済み。夏部は週に一回? 」
「はい夏に近づくと活発になりますがそれまでは週一回程度で良いそうです。
合宿や大会には引率しなければなりませんがそれも夏が中心ですね」
夏部の詳細は落ち着いた次の機会にでも話せばいいだろう。
夏部が週に一回だから顧問を引き受けたんだぞ。
顧問を引き受けないと他の先生の手前もあるので。
そう言う意味では夏部は願ってもない部。
一週間に一回では逆に物足りないぐらい。
だからと言って余計なのを押し付けられても困る。
「我が部は月・火・土の三日間。被らないかと」
「はい夏部は水曜日ですから。確かに…… 」
うわ…… 知ってるよなそれくらい。隠してる訳でもないし。
これはまずいぞ。こうなってはもう逃れられない。
断わりたい気もした。だが断りたくない自分がいるのも確か。
何て優柔不断で気が弱いのか?
いや違う。俺は何かを期待してる。
今までになかった美味な体験を求めてる。
これほどまで愚かしいとは自分が情けない。
引き寄せられていく感覚。体が自由を失う。
ああもうダメだ。
「それでは引継ぎ事項をお教え願いますか? 」
ここで聞くようなことでもないが早く知っておきたい。
もうダメだ。引き寄せられる。
恐怖よりもワクワクが勝ってしまう。
「おお本気で引き受けてくれる気になったんだね。さすがは先生だ」
「いや誤解です。まだ引き受けるとは一言も…… 」
どうにか粘るがもう陥落寸前。
「慌てなくてもいい。無理にとは」
よく言うよ。酒を呑ませた勢いで顧問をやってもらおうとしてたじゃないか。
それに失敗すると今度は写真で誘惑する。とんでもない教師だ。
あんなことされたらどんな男でも落ちる。俺は耐え続ける自信などない。
続く