イント
最終バスに乗り最終目的地へ。
我々は前方の席を占拠。
そう言えば他の乗客はいただろうか?
後方は見なかったものの隣にもいなければ前後左右にもいない。
せっかく暇だから話を聞いてみれば良かったかな。
でも静かだったし恐らく乗ってなかったのだろう。
我々だけの貸し切り状態。
そこへ乗客が一人乗り込んできた。
あれからどれくらい経っただろうか?
雪は止むどころか激しさを増している気がする。
運転手によると夕方から朝にかけて季節に関係なく降るそうだ。
我々のような旅行者から嫌がられ珍しがられる雪も地元の者には単なる日常風景。
常冬村は一年を通して一定してる。
四季がないとも。常に冬だから南からの客は大変寒い思いをする。
逆に北からの客はどうってことないらしいが真夏に体験するとなると別だ。
もう少し温かければ避暑には持ってこいなのだろうが。
平均して五度から零下五度で暑ければたまに七度になったりする場合もある。
大体一年を通して一定している。
雪は積もることはないそうで数センチが限度だと言っていた。
もちろん晴れていれば別だが。晴れてる方が珍しく曇りがちだそう。
そう言う意味でも避暑や観光には不向き。
どんどん寂れて行くばかり。
駅前にデカデカと立てられた看板が虚しい限り。
もちろんそれは我々部外者から見た感想だろうが。
ここまでの僻地だと観光客など元々相手にしてないのかもな。
「運転手さん! 」
先ほど乗って来たおばさんが運転手を困らせている。恐らく地元の者だろう。
おばさんと呼べばいいかお婆さんと呼べばいいか微妙なラインにいる。
ここはおばさんと言うことにしておこう。
「お金これしか持ってないんだよ。後五十円足りないんだが明日でいいかい? 」
よっこらせと重い荷物を背負いバスを降りようとしている。
「あんたまたかい? いい加減にしなよ」
運転手とは顔馴染らしい。
運転中にも関わらず運転手の斜め後ろの席から話しかける。
降りる直前で言い争いされてはこちらが危ない。
よく耳をそばだてる。
「ケチケチせずに。いいだろ? 」
「困りますお客さん。他の方もいらっしゃっるので止まってからお願いします」
運転手は受けつけない。
「なあ頼むよ! 五十円は必ず明日返すからさ。
それもダメだって言うならイントで払うから。頼むよ」
願い倒すおばさん。
口がうまいな。これは何か商売でもやってるのかな?
それにしてもイントって何だろう?
「困るよ。イントじゃややっこしい。あーんどうすっかな…… 」
運転手も面倒だと折れそうな雰囲気。
おばさんはもう大丈夫と安心している様子。
「ほら早くしておくれよ! 」
「うーん。ちょっとな…… 」
おばさんの迷惑行為に強く言えずにどんどんおばさんのペースに。
雪の降る道路で散漫運転になりかねない異常事態。
これは俺が何とかしなければ。
生徒たちも二人のやり取りで目を覚ましたようだ。
「先生…… 」
「お前たちはまだ寝ていろ。俺が行ってくる」
「どうなんだいあんた? 」
「あの…… お困りでしたらこれをどうぞ」
五十円を渡す。
運転手に安全に早く行ってもらいたいが為。他意はない。
こう言うのはミコ先生の方が得意だが札はあっても小銭がない。だから大人しい。
さすがはお嬢様だけのことはある。我々庶民とは感覚が違うのだろう。
でもお弁当は…… そうかこの頃はまだカードが使えたんだよな。
「ありがとうよ兄ちゃん。助かった。これは礼せんとな。
よしこのイントどうだい? 記念になるよ」
運転手に渡す予定だったイントをお礼にと。
「ありがとうございます」
地元民とは仲良くするのが旅の鉄則。
仲良くなればもしもの時に助けてくれる。
親切にもしてくれるだろう。
交流も深まって何よりだが結局バスは遅れてしまう。
それにしてもイントとは何だろうか?
おばさんが使用してるところを見ると何かのコインみたいだが。
銀色のギザギザした手触り。
これは恐らく安物に違いない。
まあ五十円の代わりに出すようなものだから当たり前か。
バスはおばさんと別れて終点へ。
おばさんの迷惑行為と雪で予定到着時刻より大幅に遅れたがどうにか無事に到着。
これも俺の日頃の行いが良かったからだろう。
午後八時。徒歩で十分。皆黙々と歩いた。
こうして一日目の移動を終える。
続く