ZERO
新作。夏への招待状シリーズ。
『タピタピクライシス』
≪プロローグ≫
暑い! 暑い!
それが口癖のような毎日。
朝はどうにか凌げるがもう十時には太陽の光にさらされている。
じっとりと汗が流れ出る。不快で仕方がない。
汗は強烈な臭いを発生させるからどうしても周りの目が気になってしまう。
皆そうだからと何の対策も取らないまま汗を垂らしていれば不潔だと近寄らない。
俺が悪いんじゃない。夏が暑いから汗を掻くんだ。
だが文句を言っても始まらないのも事実。
夏とは暑いもの。いくらそう自分に言い聞かせても我慢など出来るはずもない。
特に今年の夏は酷い。毎年言ってるように思うが今年は本当に酷い。
熱帯夜は当たり前。最高気温が三十度を下回る日は珍しい。
もう夏本番だ。いや夏真っ盛りだ。
あー嫌だ。嫌だ。早く秋が来ないかな。
でもきっと秋になれば過ぎ去った夏を懐かしみ恋しく思うのだろうな。
それでも涼しいほうがいい。
出来るなら暑くなく涼しい快適な夏休みが続いたらどれだけいいか。
もちろんそんなことあり得ない夢物語。
さあ今日も地獄のお外へ。
そんなよくある夏の一場面。
だがここはどうだろう?
暑さどころか寒ささえ感じない場所。
昨日まではあんなに寒かったのに。
凍えるほどの冷気が顔を直撃し体全体が冷え切っていた。
今はまったく感じなくなってしまった。
おかしい。本当におかしい。どうしてしまったのだろう?
俺の体がおかしいのか? いや違う。寒くも暑くも感じない。
そんなおかしな場所が世界にはまだ残されてるのか?
いや残されてなどいない。
だとすればこの世界は……
春。
「ねえ! ねえ! 知ってる? 」
校内で密かに囁かれている真偽不明の噂。
無責任で尾ひれのついたただの怪談話に過ぎない。
だからこそ人から人へと広がっていきやすい厄介なもの。
「だから何? さっきか聞いてるでしょう? 」
「ごめん忘れちゃった」
「もういつもそう! 思い出しなさいよ! 」
「ごめん。カナちゃんに聞いて来るね」
慌てて出て行くそそっかしい女の子。
「ごめんごめん。もう一度」
ようやく戻ってきたが息が上がってまともに会話にならない。
もう! イライラするな! でもわざとじゃないし。
「ねえ! ねえ! 知ってるゼロの噂? 」
何のことかと思ったらゼロ? それ昨日私がカナに教えてあげた話じゃない。
誰にも内緒だとカナに釘を刺したのに。
まさかクラス中に言い触らすとは…… 分かってたけど。
張本人にまで親切に教えなくてもさ。
「うーんゼロって何だろう? 」
噂の最終走者は詳しいことを知らされずにバトンを渡そうとする。
それでは上手く伝わるはずもなく見つめ合う形に。
「あんたそんなことも知らないの? 」
「うわ凄い! 物知り」
「どうしたの? 」
また余計なのが来た。
「この子ゼロの話が知りたいんですって」
「ゼロ? あああれのことか? 」
「ONE-TWO-ZERO」
二人で合わせる。
本来0-1-2、2ー1ー0の順番のはず。
でもこれで間違っていない。
「ONE=当然あれでしょう? 」
「TWO=間違いなくあれ! あれ…… 」
「ZERO=ZERO ZERO? 」
きゃああ!
いやああ!
うわああー!
何が楽しいのか騒ぎ始めた。
意味もなく騒ぎたい年頃なのだろう。
キャア!
ダメだって!
キャア!
一人が騒げばもう一人が。それでも騒がなければ釣られてもう一人の子が。
連鎖は止まらない。
何が面白くて騒いでるのか誰にも分からない。
ただ騒ぎたいから騒いでる。
ただ叫びたいから叫んでいる。
彼女たちの誰一人として自分の行動に意味を見出せずにいる。
もう己を失っている。
ただ騒ぎの中に身を置くことで自分の存在意義を確かめようとしている。
だから馬鹿とはちょっと違う。
皆本当は頭の中で理解している。
ただ誰も咎めない。叱りもしない状況では好き勝手に振る舞っていいのだ。
そう咎める者がいなければね。
きゃああ!
きゃああ!
いやああ!
だが無意味に騒いでるのではなさそうだ。
これには深い訳がある。
他者には分からない深い訳がある。
彼女たちには彼女たちのルールが存在する。
そして騒ぎ立てなければいけない何かがそこにはある。
物なのか人なのか? それとも目に見えない概念なのか?
到底理解出来るものではない。
続く