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無能な騎士が、泥酔して酒場を出禁になりそうになるが、結局は美人の冒険者を助けることになった件について

「おい、マスター!酒だ!酒を持ってこい!」


 アレクはカノンに無碍に扱われたことに対してショックを受け、やけ酒を行っていた。

 プルチェはその凄い剣幕に、またしてもプルプルと震える。

 酒場の客たちも、アレクの呑みっぷりを見て囃し立てる。


「いいぞ、アレク!」

「いけ!あと一杯だ!」


 アレクはビールの入ったジョッキをテーブルに叩きつけて大声で叫ぶ。


「俺は《ぼうけんしゃぎるど》に入るんだあ!だから野犬退治にだって行くんだあ!!」


 酒場の客たちはさらに盛り上がる。


「《ぼうけんしゃぎるど》って何だよ!わけわかんねぞ!」

「いいぞお!やれやれえ!」

「あと一杯呑んだら勇者になれるぞお!あと一杯!」


 周囲の騒ぎに、プルチェは怯えて震えるのみ。

 そんな騒ぎの中、マスターがカウンターにやってきた。


「おい、アレクといったか?さすがに呑みすぎだぞ。もう帰れ」


 しかしアレクも引き下がらない。


「マスター!私は《ぼうけんしゃぎるど》に登録する勇者様だぞ!野犬ごときなど……」


 アレクが言葉を続けようとすると、マスターがアレクの頬を叩く。

 アレクは椅子から転げ落ち、そして床にへたり込む。マスターはカウンターから出てきて、アレクの胸倉を掴む。

 アレクは冷静になってマスターの表情を見た。その目は怒りで充血しているように見える。


「たかだか小娘にちょっと嫌味を言われて拒絶されたくらいで、何が冒険者だぁ?」


 酒場の客はお開きという形で、アレクから背中を向ける。

 そして、良く見た光景だと言わんばかりに、雑談に花を咲かせる。


「マスターもなあ、昔は冒険者だったからなあ。ちょっと思うところがあるんだろうな」


 酒場の客たちは、アレクを憐れむかのように見つめる。


「もういい。不愉快だ。俺がお前を出禁にする前に出て行ってくれ」


 プルチェは相変わらず震えることしか出来なかった。

 アレクは懐から金貨を一掴み取り出すと、テーブルに置いて、そそくさと退散した。


 ◇◆◇


 アレクは酔いを醒ます意味でも、夜の街を千鳥足で歩いていた。

 今日は満月で、月の光はとても眩しい。石作りの家と地面が、美しく光っている。

 アレクは広場にある噴水でジャバジャバと顔を洗うと、備え付けられたベンチにだらしなく座る。


「おい、プルチェよお。こういう満月の日ってのは、人狼が出てくるってもんでさあ。それを俺は小説で読んだことがあるんだよなあ~」


 酔っぱらっていて、呂律の回らない口で、プルチェに声をかける。

 プルチェは人狼という言葉を聞いて、怖くなってプルプルと震えだした。


「プルチェよお。まさかお前、人狼なのじゃあ……」


 プルチェは首をブンブンと横に振る。

 アレクはそれを見て笑いだす。


「そうだよなあ。そんなわけないだろお!スライムがオオカミになるなんて聞いたことねえや!」


 そう言いながら、ベンチに座ろうとふと横を見ると、何やら路地で兵士と女性が揉めているのに気が付いた。


「おい、もしかしたら人狼が出たのかもしれないぞぉ?急ぐぞ!プルチェ!」


 プルチェはアレクの剣幕にびっくりしながら、アレクの後を追いかける。

 アレクが路地に行くと、一人の女性が兵士たちに囲まれており、兵士と女性の間で何やら口論になっているようだった。


「私は何もやましいことはありません。だから早く離してください」


 兵士たちは、自分たちのほうが優位であることを確信している男特有の下品な笑みを浮かべながら女性を尋問している。


「お嬢さんさ、だいたい夜中のこんなところでウロウロしているのは怪しすぎますよ」

「いいでしょ。今日は満月だから《月光の魔力》を採取していただけよ。それの何が悪いの?」

「それが怪しいんだよな~。どうせ本当は盗賊で、空き巣がいないかどうかチェックしていたんだろ?」

「はあ?だから違うって言ってるでしょ!」


 そこで絡まれていたのは、先ほどのカノンだった。

 アレクはこのやりとりを陰から聞いていたが、段々と不愉快になってきて、兵士たちのほうにずかずかと歩き始めた。

 兵士たちは足音のほうを見て、それがアレクだとわかると、愉快そうに指をさした。


「おい、見てみろ。あれは無能すぎて地方に飛ばされた『ドン・ポテト』様じゃないか!なんでこんなところにいるんだ?」


 そのようなからかいの言葉をかけた途端、アレクの棍棒が兵士の兜に振り落とされる。


「ガハッ!」


 兵士はもろに打撃を食らい、地面に経たりこんでしまう。

 確かに、打撃系の攻撃はスライムには効かないかもしれないが、兵士のような甲冑を来た相手には効果的である。

 そして、この思いもよらなかった攻撃に、兵士たちは狼狽する。


「おい、お前。国の兵士に手を上げるなんて、騎士の身分が惜しくないのか!」

「騎士じゃねえって言ってるだろ!おれは異世界から転生してきた勇者なんだよ!」


 何度も言うが、アレクはただの愚鈍な騎士であって、決して、決して、けーっして 《異世界から転生してきた勇者》 などではない。

 

 兵士たちはアレクを見るが、先ほどの嘲笑ではなく、今度は恐怖である。

 そう、明らかに異常な人間を見るときの恐怖。

 ――《異世界から転生してきた勇者》 って何を言っているんだよコイツ!


 そんな兵士たちの困惑を尻目に、アレクは棍棒を振り回す。

 酔っぱらっているからか、棍棒の軌道が読み切れず、次々と兵士の鎧に棍棒が当たる。

 さらに、力加減もわからなくなっているもんだから、兵士たちにとってはたまらない。

 ガッ、ゴッ、ガッ!と鈍い音がし、兵士たちは地面に倒れ伏す。


「ひええええ!」


 最後のの兵士は完全に恐怖に負けてしまい、気絶した二人の兵士を放置して逃げ出した。

 アレクは棍棒を振り回すのをやめると、女性に声をかける。


「お嬢さん!大丈夫ですかぁ~?お怪我はないですか~?」


 カノンはアレクのほうを見ると驚いた表情を浮かべるが、すぐに元の表情に戻った。そして淡々と答える。


「大丈夫よ」


 アレクはカノンを見ると、その美しい瞳に吸い込まれそうになる。

 カノンの容姿は酒場で見るよりも、本当に美しかった。

 銀髪は月に照らされて、より美しく輝いていた。さらに、そのスカイブルーは神秘性を増し、まるでこの世のものではないような美しさだった。アレクがその神秘性に見とれていると、カノンは口を開く。


「あなた、大丈夫?怪我はないの?」


 アレクは我に返る。


「あ、ああ!大丈夫だ!私は《ちーと能力》を持ってるから、こんなのへっちゃらだ」


 ちなみに、釘を刺しておくと、アレクには《ちーと能力》は一切ない。


「まあ、とりあえずお礼は言うわ。ありがとう。ちょっと身分を散策されると困るから、助かったわ」

「なんのなんの。美人はとりあえず助けておけば損をしないってのが、勇者の掟だからな。それに従ったまで」


 そう言うと、アレクは手を振りながらその場を立ち去ろうとする。

 それを見て、カノンは声をかける。


「あ、あの、野犬退治の依頼なんだけど、お礼に、もし一緒に……」


 と言った直後、アレクは広場のベンチで豪快に爆睡をし始めたのだ。

 カノンはため息を吐くのだった。

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