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ノランは少女達に両脇を取られて会場に入った。
天井高く、白と黒で壮麗な会場には神聖な空気が満ちている。
そんな様子の中、集う客たちからの好奇の目が痛い。皆大体人の様な姿をしている。しかし山で遭うものや夜燈の書庫の客達と同じ様なものだと感じる。
正直自分ひとりで立ちたいが、周りの有様をみるに、立ったら最後だろう。
よだれを垂らすままにしてる客が数名、
じっと獲物を見る様な視線多数、
少女の真横まで来て隙を伺ってる奴もいる。
今襲われていないのは、この少女達が真横にいるからだろう。
「主催様、お待たせ致しました。未の舞踏会、最後を締めくくる今宵は、舞踏にて算定頂けませんでしょうか」
会場の一角に高位の者たちが集まっていた。
「……さすがに調理中の侵入者と踊るのはないな」
明らかにこの会場内で突出した美貌の一団のうち、装飾が派手なものがため息をついて否定する。
「?!ですが……!」
「彼は侵入者ですか?」
「そうですね。招待状もなく、羊季の許可証も持たないものはさすがに。せめて一片の突出した資質でもあれば良かったのですが」
シンプルを突き詰めたような正装の男が残念そうに告げる。
どうやらあの銀のピンは必要なものだったらしい。
「許可証!!まさか……」
「君たちが来る直前に取られたね」
「……間に合わなかったの……」
自分より絶望的な顔をする少女達に申し訳なさがわく。
「ごめんな。私の羊が迷子みたいでね、それと交換にしようと思ったんだけど、失敗してしまったんだ」
「っ……」
「……いいえ、いいえ。ありがとうございます」
「私達を探しに来てくれたんですか……?」
「ん?私が探しているのは羊なんだけど」
「羊季の舞踏会で姿が変わってふたつに分かれていますけどね」
「私達はあなたを追いかけてばかりだった羊のリリィリリアですよ」
混乱する脳内を整理するより先に事態が動いた。
かつり
「正式な未達の選択だ。見合うか否か算定だけでもしてやらなければ、公平ではないだろう。誰か、この人間の突出した資質を知るものはいないか」
他の人外と遜色ないほど美しいのに、誰よりも場に馴染み、目立たないが親しみを覚える男が会場内に呼びかける。
その呼びかけに、参加者達は遠巻きにノランを観察し始めた。
「山住まいとしては平凡」
「特に信心深いわけでもない」
「特段機転が効くわけでもなく、突出した好奇心がある訳でもない」
「情に流されやすいがかといってそこに準じる程のものではない」
「月の書庫の鍵番だけどそれもまあまあ」
「力強いわけでもなく心が強いわけでもなく」
「魂も皮も良くて中の上ってところだな」
「刃物の扱いも嫌になるくらい凡庸な雑さ」
「縄はむかないな」
「食も雑」
「孤独が好きだが寂しがり屋なつまらない奴だ」
「運だけはいいみたいですが、早晩それも尽きそうですね」
「月の魔物の評定は……ああ今夜は新月だから休みか」
ざわざわと周囲からこちらを測る声が無遠慮に聞こえてくる。本人がよく知っていることでも、他人から言われると悲しいのは何故だろう。
そこにベールを被った変わった美しい服装の方がやってきた。
「なあ、君。杖はどうした?」
「杖?」
「羊追いの杖だよ。見たとこ持っていないようだけど」
「……ええと多分、執事さんが預かっていると」
「なるほどね……信頼様。申し訳ございませんが、この者の杖を貸して頂けないでしょうか」
「杖?」
「ええ、多少は余興になるかと」
「ふむ……これでいいか」
愛用の杖がベールの彼女の手におさまる。
螺旋模様の変わった長い山羊の角みたいな杖。
腰につける金具以外、飾り気のない杖だ。
「感謝いたします……さて」
長い袖で受け取ると、そっと下から上に撫でる。
すると撫でた端から磨かれたように白く輝きはじめる。
捩れた角の一番太いところまで白くすると、両手で掲げる。杖がぐんと伸びて元の倍くらいの長さになる。
「これは私、水蛇竜メリュジーヌの角。この者は己の身を代償に私を頸木から解き放ったもの。またその頸木の約定を今も違えることなく果たし続けているようだ。これをもって突出した資質を持つと、三日月山の主は認める」
ふわりとベールが舞い上がり、そこから見えるのは記憶より余程美しい先代がいた。
「………………メリィ……さん?」
「やあ、ノラン。元気そうで何よりだよ」
にこりと微笑む彼女はやはり綺麗で。
あの頃と違って、もう虚でも空っぽでもないようだ。
「三日月山?」
「北域の暴れ山の竜?!」
「あの、山に穴を開けてそのままにしてるって噂の?」
そんな自分をよそに、彼女の宣言に更に会場が騒めく。
「おや、この土地の領域のものでなければいけませんでしたかね」
「いや……そのような条件はなかったな」
信頼のその一言に、途端に会場の様子が変わってゆく。
会場が回転し、内側は下がり、外側は高くなる。
「今宵の算定は舞踏!」
「竜の認定者と未が踊るってよ」
騒めく者たちとをおいて、段々のすり鉢状になり、未達とノランだけが一番の底に残される。
「ノラン!彼女たちにとって最初で最後の舞踏なんだよ。しっかり華を持たせてあげなね」
一番高い外周からメリィさんの声がかかる。
「いや……メリィさん、俺踊ったことないんですが?!」
「群や街の踊りくらいあるよね?……え?それもやってないの?!仕方ないなぁ……補助してあげるから、せめて堂々といいお人形してるんだよ」
杖だった角をひと振りすると、服の様子が変わった。正直、詳しくないから何が変わったとかは分からないが、すごく動きやすいけれど、立派な正装になったようだ。