お料理は少しお時間を頂いております
ひたすら芋を剥き始めて、それなりの時間が経った気がする。気づくと、籠から芋が出てこなくなった。
どうしていいか分からず、先程の小さな料理人に尋ねる。
「ねぇ、芋が出てこなくなったんだけど、どうすればいい?」
「ん?終わった?じゃあ悪いけど、こっちの作業も頼もうかな……」
「おいそこ!」
「ひゃい!!」
急にこちらに向けて声が飛ぶ。
声の大きさと勢いに、こちらを向いていた小さな料理人が、気をつけの姿勢で飛び上がってそちらを向いた。
「いつまでもメインに取り掛からないでどうする。悪いが時間が押してるから、代わるぞ」
「わかりましたっ!」
先程から広い厨房で何人かと分担して料理しながら、指示を出していた人の倍の大きさの料理人がこちらにやってきた。
「?!」
そしてくるなりノランを小脇に抱えて元の調理台に戻ると、両手足を縛り上げて調理台の上に置いた。
そして隣で巨大なフライパンの上にバターをたっぷり入れた。
「……ええと、俺ってもしかして食材?」
「ん?だってお前さん、もう既に綺麗に下ごしらえされて、ムニエル用になってるじゃないか」
「ムニエル」
「今夜のお客様は人をお好みの方も多いからな。お前なら人気のメインディッシュになれるよ」
「いや、羊季の舞踏会に羊飼いはまずいんじゃないですか?」
黒羊執事の言葉を思い出して、そのまま言ってみる。
「何言ってるんだ?数年に一皿は必ず出る羊飼いのムニエルだ。毎回骨も魂も残らずなくなる人気の一品だよ」
どうやら墓穴をほったらしい。
執事の言葉は親切心からの忠告だったようだ。
「人気確定?!俺はうちの迷子の羊を探しにきただけなんです。申し訳ありませんが、ムニエルは辞退します」
「みんな似たようなこというんだよな。大丈夫、こう見えて祝祭の調理統括の一端を担えるだけの腕は持ってる。一瞬で楽にしてやるからそんな硬くならなくていい」
「そうじゃなくて」
「そんなにムニエルが嫌か?」
「是非とも遠慮したく」
「そうか……仕方ない。カラッと揚げ物にして、サクサクにするか」
「サクサクも辞退します。そうじゃなくて、生きてここから出たいのですが」
直球で言葉を投げてみた。
すると悪食を見るかのような顔をされ、そっと距離をあけられた。
「ええ……さすがにそれは……羊飼いの生食なんて祝祭で大っぴらにはできないなぁ。それに踊り食いされるのは苦しいぞ……?」
「踊り食い……なぜそうなるんだ」
「感情は妖精に、魂と身体は幸運の享楽と涙のクリームを挟んで」
「そうじゃなくて……!」
「じゃやっぱりムニエルでいいよな?」
「夜燈の書庫の番が出来なくなるのは困ります」
「夜燈の書庫?」
「ご存知ですか?!」
「いや、俺の実力じゃまだ祝祭から出られないんだ。そんなものがあるのか」
「月のある夜にしか入れない書庫なので、来れるようになったら是非」
「料理本もあるのか?」
「書棚五つ、丸ごとの料理関連の棚です」
「分かった。覚えておこう」
そう言ってフライパンの下の調理具に火をつける。
どうやら止めるほどの魅力はなかったようだ。
「……ムニエルになったら、俺がいないから書庫入れなくなりますよ?」
「どうせその書庫は高位の夜の方の持ち物だろう?実力をつけて、認めてもらえばどうにかなるだろ」
「えええ」
「……なあ、その胸のやつ邪魔だからとってくれよ」
「胸のやつ?」
指差す先には、襟についた見学許可証の羊の足を模したピンがあった。
不意に閃いて逆に訊いてみる。
「あの、迷子の羊を探しにきたのですが、どこにご存知ないですか」
「迷子の羊。知ってたとして教えると思うか?」
「正しく教えて頂けたら、このピンを外してもいい」
「へぇ。そんな事でいいのか?まあ、別に教える位いいか。というか、訊く必要あるのか?この羊季の舞踏会の主役しかいないだろ、そんな奴」
「どこに居ますか?」
「どこって……そりゃあ会場だろうよ。ほら、教えたんだから、それを取れよ」
「それが正しいかどうか確認するまでが約束ですよね」
「あー……まあな?約束するって言った覚えはないけどな」
料理人は小さなナイフを手に取ると、ピンの周りの生地に切れ目を入れてちぎり取る。
「はい、そこまで。これは私どもの領域にて使いますので、持っていきます。主催の采配ですので、よろしくお願いしますね」
突然小柄な白の少女と黒の少女が乱暴に調理場の扉を破るように侵入すると、ノランを抱えて宣言した。
「主催代行様、承知致しました。しかしこちらも材料の確保に苦心しておりまして」
「材料なら、これをかわりにして頂戴」
反論する料理人に黒の少女が見覚えのある角の山羊とぼろぼろの狼が差し出す。
「……冬の奴らの妨害ですか。グラタンに特殊料理、焚き付けやスパイスに丁度いいですね。分かりました。これでどうにかしましょう」
「取引成立でいいわね?では後はよろしく」
白の少女に抱き上げられたまま、ノランは厨房を後にした。