黒の想い
黒の未のリリィはずっと待っていた。
白の未のリリアが決断するのを。
羊季とは策謀と抵抗の季節。
未として羊季の舞踏会に招かれた1匹の羊だったリリィ=リリアは会場に辿り着くなり、己の意志を白と黒に分けられた。
白のリリアは無垢を好む者たちのあいだを無邪気に泳ぎまわってみせ、願いを叶えるべく立ち回った。
あざとく見えたとしても、無知で素直で実直な信仰者としての姿勢を崩さなかった。
黒のリリィは幻惑を好む者たちを取り込むべく、綱渡りのような賭けを繰り返した。
小賢しく見えたとしても、信用を第一に無知を許さず、貶められる事を厭わずに智謀知略を尽くして舞踏会を泳ぎ回った。
羊季の舞踏会ではリリィとリリアのそれぞれの考えを言外で撚り合わせ、ひとつの結果を出す必要があった。
双方一歩も引かない今年の舞踏会は、勝者の願いを叶える対価になる事を、敗者に納得させる何かが必要だ。もう己があの山に帰れなくても構わないと思える何かが。
たとえ彼らにとって大したことがなかったとしても、世界の為に贄になれと言われて、納得できるだけの対価がなければ、己の半身をくれてやる気にはなれない。
それはまた、世界を運行する人外達をどうにか巻き込んででも叶えたい事。幸い、高位の力持つ者どもが比較的直接世界に介入できる場でもあるようだ。普通であれば叶わないはずのことを、どうにかならないかと画策する。
「この性悪どもが」
「あら、素敵な言葉をありがとうございます?」
初見ですれ違ったところで、急に吐き捨てるように言われて、リリィは言い返した。
「ここは神聖な季節の祝祭だ。お前らの卑賎な願いを叶える為の場ではない」
「ええ、その通りですね、祈りの竜様。充分承知しておりますわ。でもこの小さな願いさえ叶えば、その神聖な祝祭に喜んで身を捧げるのですから、安いものでしょう?」
大多数の客の気持ちを代弁をしたつもりになってくれてありがたい。更に哀願しようとするが、割り込みが入った。
「リリィ。遊んでいないでこちらへ」
主催より高位の招待客がリリィを招き寄せる。祈りの竜は招待客に敬意を表してそっと一歩下がる。
この舞踏会の参加者達はそれぞれの思惑から、リリィとリリアに力添えし、深謀遠慮から祝福や災いを落とす。季節の天秤の内側であるのだから当然だ。
リリィを今担ぐのは、主に信用、白薔薇、本、そしてこの道を司るものだ。
一挙手一投足、常に彼らはこちらが今年を良くする一石になり得るか裁定している。
「道の方、お呼びですか」
「前代未聞だが、信頼の承認はとれた。これで決まらなければ、今冬は狼どもがあの一帯を食い荒らす。いいか、必ず祝祭を成せよ」
「ありがとうございます。必ずとびきりの祝祭に致します」
競い合って27夜。
最初から願いはひとつだけ。
それを叶える舞台を作る為、リリィは必死に舞を合わせた。
それが夜ごとにあらゆる分野で舞いあうことになっても、高位の者たちを魅了する接戦になるように。ある晩は知識の深さを、ある晩は剣舞の危機を、ある晩は危うい会話のすれ違いを。何より難しかったのは、すぐ決着がつきそうなのに勝負つかずで終わりながらも、飽きずに続きが気になる道筋を描く事。
だから黒のリリィになって真っ先に決めたのは、道の方をいかに味方になってもらうかだ。対価が最初に決めた勝者の片角と前足の毛で済むよう、必死でバランスをとってきた。
今夜で28夜目。
今日ここで勝敗が着かなければ、決着ならずとして、リリィもリリアも願いを叶える事なく、この季節に今年の豊穣の対価として差し出される。
しかしただひとつの望み、人型で彼と踊ることが、できるのだ。リリィであれ、リリアであれ、それ以上の望みはない、はずだ。
分たれて時間が経ちすぎたのだろう。リリアの考えが読みきれなくなってきていた。リリアはリリィを切り捨てる覚悟を決断できただろうか。
本来のリリアならリリィなど薙ぎ倒して勝利できるはずなのだ。それをしないのは未練があるから、のはずだ。
だから、リリィはリリアが生きる覚悟を決めるのを待っている。
「さて、覚悟があってもなくても、最後の舞踏会よ」
全てを引きちぎり、置いていく覚悟はできた。
「……ん?おい待て。なんだそれは…………リリィ、例のものは厨房に混入した。これを持って回収してこい」
「……はい……?」
渡されたのは舞踏会の主催者、未と信頼の代理章だった。
方々に頭を下げてどうにか紛れ込ませてもらった彼が何故厨房に?疑問符が頭から消えないが、ここは白と一緒に迎えに行くしかないだろう。
リリィは走り出した。