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どうぞこちらへ

 全て終わってさてどうしようかと思案している内に、部屋に焦点が合わなくなり、気づけば最初の部屋に居た。


 先程と何も変わらない様子で黒羊執事が声をかける。

「おかえりなさいませ。お支度お疲れ様でした……失礼」

 執事がすい、と指を動かすとノランの髪がいとも簡単に綺麗に一束にまとまった。留め具の角飾りらしきものも美しい。

 何よりうちの羊達の毛糸と長い黒灰髪を一緒にした細かい編み込みが、そのまま束になっているのがありがたい。しかし。

「色々とご手配頂き、ありがとうございます。とても感謝しているのですが、やはり服や杖がないのは困ります。どうか返していただけないでしょうか」

「申し訳ございませんが、致しかねます。夜燈の書庫の代理人様もご存知の通り、羊季の舞踏会は羊達の為の神聖な季節の祝祭です。今年の出来を決める会場に、これ以上の無粋な羊飼いの要素の持ち込みは、羊達の為にもご遠慮くださいませ」

 ぎろりと睨まれて、どうやら予防で行った誓いは逆効果だったらしいと知る。

「……わかりました。気をつけます。それではうちの迷子の羊を探すことに問題はありますか?」


 執事は重ねた問いに片眼鏡を直して、不気味なほど静かに回答する。

「探すのは構いませんが、その羊が姿を表したいと思わないと見つからない旨はご理解下さい。重ねて申し上げますが、舞踏会を脅かすものは羊季に連なる者として、排除しますのでご承知おき下さい」

「ええ、こうしてご配慮頂いているのですから、場を乱す様な事はしたくありません。ただ、未の世話役として、大切な未が粗雑に扱われるのは容認出来ません。そういう意味の少なくとも、と言わせて頂きます」

 金色の目がずいと迫る。

「それは人の目から見てですか?」

「人である以上、どうしたって人よりの見方になります。しかしこれでも夜燈の恩恵を受けている身です。この高位の方々の為の会場に、俺が場違いである事は重々承知しております」

 静かに答えるノランに執事は少し身を引いて思案した。

「ふむ…無闇に妨害しないと貴方の大切なものに誓えますか?」

「夜燈の鍵と俺の大事な羊達の角にかけて誓いましょう」

 ここで怯む訳にはいかないので、しっかりと執事の目を見返す。


「……我々の立場は変わりません。警告はしましたよ。

 どうやら、必要なのはご案内より、見学許可証のようですね」

 諦めたように指を鳴らすと上着の襟に羊の足を模した銀のピンがついた。

「本日はご来場ありがとうございます。どうぞ良い羊季をお過ごしくださいませ」

 そう言葉を残すと、黒羊は踵を鳴らして姿を消した。

「ご配慮ありがとうございます。ご忠告は胸に刻みます」

 届かないかもしれないけれど、声に出して礼を言う。

 そうしてノランは階段の奥に見える通路から、探す事にした。 


 ◆


「大皿二つ、あがり!」

「氷係どこだ?全然たりねぇぞ!」

「精霊担の前菜、もう少しかかる!!」

「次の有機肥料は植物担が使用!裏に月麦結晶届いてる、羊担!」

「土地担、林檎が脱走してるぞ!あと、眠り溶岩、魔術鉱物結晶、板状節理足りてない!」

「今裏に取りに行ってる!」

「おいおい、夜の実をここに置いたバカはどいつだ?今すぐ片付けろ、増殖するぞ!」

「芋剥きが倒れた――!次確保してこい」 

「サラダあがりー!こっちと一緒に持っていって」

「皿係が逃げた!洗い場担回収――!」

「はいっ!」

「流星がそっちに逃げたぞ!悪い、捕まえてくれ!」

「はいよ!――おら夜担、採取時間だ!月露、宵鳥、山金蓮花、明け消し草は多めにとってこい!」

「ここの前菜持っていった奴誰だ?!連れ戻せ!まだ完成してないぞ!?!!」


 ノランが廊下の先に見つけた扉の先には戦場があった。

 勢いよく走り回り食材を集めるもの、料理をひたすら作っている者たち、延々と何かを作っているもの達、ひっきりなしに料理を外に運び出す者達、料理しながら周囲に檄や指示をとばすもの達、何より疲労困憊して壁際の床に山積みに放置されている脱落者達。


 あまりの怒号と勢いと荒々しさに、ノランは引っ込みたくなった。

 ここにうちの子がいたら確実に食材だ。

 いや、毎年の子が帰って来てるのだから、そんなことはないはずだ。

 でも、しかし、万が一迷子になって食材になっていたら。

 …………どうにかして助け出さねばなるまい。


「芋剥き確保!」


 気づくと狼頭のコックに手を取られて引っ張られていた。

「はい、これ包丁。この籠に入っている芋の皮を向いて」

「は?」

 急な展開に変な声がでる。こちらに構わず、狼頭コックは無理矢理包丁と芋を持たせてきた。

「ほらちゃんと持って。じゃ、ここに跨いで座って。剥いたらこっちに入れて。皮はこの上で剥けば下に落ちて勝手になくなるから。あ、ここに物を落とさない様に注意してね。粉砕されるから」

「え」

「じゃ、よろしく!」

 言うだけ言ってコックは調理台に戻って、調理の仕込みを始めた。

「………………ええと」

 うちの子を助ける為にも、ここは貢献しておいた方がいいだろう。芋は街から仕入れる内でいちばん安く手に入れられる食材だ。ノランは慣れた手つきで皮を剥き始めた。

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