どうぞ最後の舞踏を
すり鉢状の会場の底にノランと有角の少女達が残された。
「順番でいけば、私の番かしら?」
「そうね、リリア。お先にどうぞ」
黒い少女はドレスを翻して一段上の会場に座り込んだ。
「じゃあ……一緒に踊って?」
まっすぐこちらを覗き込む白の少女は、確かにいつもの甘えん坊の羊の眼差しで手を伸ばすから。
だから仕方ない、とノランは手をとった。
流れ始めた聞き慣れないが素晴らしい曲に、リリアはそっと身を寄せた。
緊張して身を強張らせる彼の見慣れない仕草が新しい一面を見れたようで嬉しい。
明るいけれどどこか急いたような流れるリズムでワルツを踊る。
いつか遠い国の宮廷で流れると書庫の客が話していたのを、彼の隣で聴いたのを思い出して気分がいい。
彼も慣れてきたのだろう。いつものように柔らかく笑ってこちらを見てくれている。
踊る、踊る。
腕を伸ばし、腕を引かれ、回る。
世界は彼と回る。
脚を横に置き、足を引いた彼の近くに足を伸ばし、彼が足をのばせば私は引く。
私はあなたと世界を回す。
ああ、私がおかしくなる。
でもこれがいい。ずっとこのままでいい。
……うん。
私は恋をした訳じゃない。
彼とどうにかなりたかったわけでもない。
彼の心が欲しかった訳でもない。
ただ一度、こうして二人楽しく踊ってみたかった。
ありえない。そんな事はおきない。きっと無理だと群れのみんなは言っていたけれど。
叶ったね。
曲が終わりに向かい、熱と速度を上げて踊る、踊る。もう少し、あとわずか。
ああ、満足だ。
彼と私の為に魔術になって皆を祝福できるなら、それはとてもいい。
もう少しだけ、踊っていたいけど、曲ももう終盤だ。
不意に手を離し、一人独壇で舞う
驚いて私を見つめる視線
今、この瞬間だけは、私だけが彼の目に映っている
きっとあなたは傷つくね
傷つけて、ごめんなさい
叶えてくれて、ありがとう
ノランは曲の途中で突然振り解かれた手を、咄嗟にもう一度取ろうとした。
白い少女は微笑んでリズムをずらし、拒絶した。彼女は幸せそうに微笑んだまま、高速でひとりターンを重ね、そのまま身が透けたかと思うと、一瞬で霧散した。
リリィは一部始終を観ていた。
彼女の覚悟も喜びも同じように感じていた。
だからこそ、余計に何故手を離したのか信じられなかった。
私のことだ、きっと場に酔ってここで消えたら幸せとか思ったのだろう。
リリィだってそうしたかった。
でも、だからこそそうしてはいけないと、彼を傷つけると知っていたはずなのに。他にもやり方はあったはずなのに。
心の痛みは後回しにしなければ。
ここからは幕引きだ。
もう失敗は許されない。
彼女は望みを叶えた。
次は私が未としてこの季節の祝祭を完成させる番。
「さあ。次は私と踊ってくださいな、羊飼いさん」
「……あの……ええと、彼女は……」
呆然とする彼にリリィは安心させるべく微笑みかけた。口の端が少し引き攣るがこれくらいなら気づかないだろう。
「彼女が望んだ結果です。リリアは望みを叶えて幸せだったから。だから羊季の魔術に還ってこの季節を祝福したの。次は私達が羊季の舞踏会を完成させて、次の季節に場を渡してあげなければ。きちんと綺麗に渡さないと、秋渡りの鳥達が慌てて失敗してしまうわ。そうしたらきっと鳥を満足に食べられなかった冬狼達がお腹を空かせて沢山やってくるわ」
リリィの言葉に、彼はハッとした表情で手を差し出した。
リリィはにっこり笑って手を繋いだ。
「ワルツなんて知らないものじゃなくて、麓の人達が踊る踊りがいいの。……いい?」
「ああ!君がよく麓を観てると思ったら、豊穣の感謝が気になっていたのかい?」
「豊穣の感謝?輪になって踊る?」
「そうそう。元々は土地住みの人々の踊りらしい」
「じゃあ、それがいい」
その言葉を合図に、聞き慣れた楽器の演奏が聞こえてくる。
リズムをとる打楽器に、高音のメロディをとる縦笛とそれに色を添える弦楽器の和音。
リリィは彼と両手を繋いでぐるぐるまわる。
先程のワルツと違い、まるで普段の山にいるような心地で踊る。
知った曲に彼の心も上手くのっているのが嬉しい。
踊る、踊る。
腕を伸ばし、腕を引かれ、回る。
世界は彼と回る。
脚を横に置き、足を引いた彼の近くに足を伸ばし、彼が足をのばせば私は引く。
転びそうになればうまく支え、こちらの失敗も補ってくれる。
楽しい。こう踊っていられるのも、ここまで連れてきてくれた全てのおかげ。
私はあなたと世界を回す。
ああ、楽しい。幸せだ。私がおかしくなる。
でもこれがいい。ずっとこのままでいい。
でもそれももうおしまい。
奇跡は滅多に起きないから奇跡なのだから。
未の身なのにこうして踊りたいという奇跡を叶えたのだから、次は私が皆に返す番。
踊り終わって2人は頭を深く下げ、拍手喝采を浴びる。
羊季の舞踏会が無事終わった。
拍手喝采をおいやるように山の涼しい風が吹く。
ふと顔をあげれば、羊と羊飼いはいつもの柱状節理の山、ノランが杖を倒した辺りにいた。
黒い少女は真っ黒な羊になり、羊飼いはいつもの格好に何故か少し白く長くなった杖を携えて。
「めー……めぇ。めぇええぇええぇえ!!」
羊がとおくながくなく。
ノランには失った半身を思って泣いているようにみえた。
しばらくそっと見守っていると、少し涼しい風が吹いた。
「……そうか、羊季が終わったんだね。じゃあ明日は毛刈りをはじめなきゃ」
「めぇえぇえ……め」
毛刈りの言葉に、羊はぴたりとなくのをやめて、そっとノランに寄り添った。
「明日も早い。そろそろ帰ろう」
そうしてひとりと1匹は崖を後にした。




