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サンタが殺しにやってくる!?

作者: ヤスゾー

 今年のクリスマスこそ、人を殺したい。

 相手は誰だっていい。男でも女でも、子供だっていい。


 今年のクリスマスこそ、誰かと過ごしたい。

 相手は誰だっていい。男性でも女性でも、子供でもいい。


 クリスマスが大嫌いだ。

 家族が集まって、笑顔で過ごす?

 そんなの、俺の人生には一度も無かった。


 クリスマスが大好きだ。

 恋人達はプレゼントを交換し、子供達はサンタを待ちわびる。

 そんなの、私の人生には一度も無かったけど……。


 電飾まみれの街路樹も、

 ショーケースに並ぶチキンやケーキも、

 騒いでいる奴らも。

 クリスマスの全てが憎い。

 ぶち壊してやる。


 綺麗に輝く街路樹、

 ショーケースに並ぶ美味しそうなチキンやケーキ、

 幸せそうに笑う人達。

 クリスマスの全てに憧れる。

 素敵だな。


 ああ、クリスマスが楽しみだ。



▲▽▲▽▲


「これがサンタクロースからのプレゼントさ!」


 サンタ姿のジョゼフが叫ぶと同時に、短機関銃は火を吹いた。

 耳をつんざくような音が鳴り響き、物が次々と炸裂する。

 クリスマスを祝っていた家族は悲鳴を上げる間もなく、凶弾に倒れた。子供でさえも容赦なく銃弾を浴びせられ、鮮血が飛び散る。壁に飾られたガーランドは赤く染まった。


「アーハハハハハハッ!!」


 標的はすでに倒れているのに、ジョゼフは銃を止めない。

 狂ったように発砲を繰り返し、クリスマスツリーも、ケーキも、チキンも、全てが粉々になった。


「全部、クリスマスが悪いんだあぁぁ!!!」






「お前が悪いんだよ!!」

「ひっ!」


 鋭い声が部屋中に響き、作家は肩を震わせた。

 都内にあるマンションの下層階。そこに位置する1LDKは、ごみが一つも落ちておらず、家具も統一感のあるオシャレな部屋であった。


「ダ、ダメかな?」


 明らかに不機嫌な担当者に、作家は恐る恐る近づく。


「言われた通り、クリスマスをテーマに書いたんだけど……」

「クリスマスをテーマにした絵本だよ! 絵本!」


 手に持っていた原稿を、担当者はテーブルの上に叩きつけた。女性が出した音とは思えないほど、その音は大きい。


「全部、書き直し。来週までに仕上げろ」

「来週!?」


 作家の眼鏡がずり落ちる。

 眼鏡をかけ直しながら、作家である彼女は壁にかかったカレンダーを見た。

 今日はクリスマス。その来週という事は、大晦日になってしまう。


「え。私に年末の休みは無いの!?」

「無いの!」


 「先生に無いって事は、私にも無いんだよ!」と言いかけて、担当者は言葉を呑みこんだ。

 ただでさえ、休みがない事に苛立っているのだ。それをここで爆発させたら、間違いなく、この泣き虫な女流作家は号泣するだろう。そうなれば、原稿は永久に仕上がらない。


「いいから、書け」

「向いてないよ。私に絵本なんて……」

「仕事だ」

「だって、私、バイオレンス作家なのに」

「……」


 それを言われると、強気の担当者も反論出来ない。

 そう。

 信じられない事に、このなよなよした作家は、暴力とセックスを描いたバイオレンス小説を得意とするプロ作家であった。


 彼女の書くバイオレンス小説は、過激なだけじゃない。どこか人の心に突き刺さる話が随所に散りばめられていた。その作風に惹かれ、ファンもそれなりに付いている。

 まさか書いている人間が、泣き虫で、丸眼鏡の下からニコニコと愛想笑いばかりしている女性だとは、誰も思っていないだろうが。


「最近、先生の小説の売り上げが落ちてきている。バイオレンスだけでなく、違う方向の作品も書いた方がいいと思って、この仕事を持ってきたが……無理か?」

「いや、頑張ってはみるけどさ……」


 作家は口を尖らせる。

 バイオレンス作家が絵本の原作を書く事に抵抗を感じているのは、当然であった。

 だが、この作家の人気がどんどん下がっているのも事実なのだ。このままでは仕事がなくなり、彼は世間から忘れ去られてしまうだろう。

 担当者としては、今までの作風を変えたとしても、物語を書き続けて欲しかった。


「あのね、ボス」


 作家は丸眼鏡の奥から、遠慮がちに問いかける。

 苛立った様子で、担当者は作家を睨みつけた。


「ボスって呼ぶな」

「前みたいにモデルさんって呼べないかな? そしたら、イメージがつかめて、少しは筆が進むと思うんだけど……」

「モデルねぇ」


 あれは五年前くらいの事だろうか。

 「主人公の行動が想像つかない」と悩んでいた作家の為に、雑誌部門からモデルを借りてきた事があった。モデルが銃を構え、タバコをくわえると、とても絵になった。作家は喜び、筆の進みは早くなった事を思い出す。

 結局、その時、書き上げた本はあまり売れなかったのだが……、筆が進んだのは確かだ。


「この年末の忙しい時に貸してくれるかね?」


 乗り気はしないまま、担当者はハンガーにかけてあったコートを手に取った。黒いスーツの上から厚手のコートが覆うと、外が極寒である事を思い出させる。


「あまり期待するな。連れて来られなくても、書き続けろ」

「ごめんね」

「あと、玄関の鍵はかけておけ。ここに来た時、かかっていなかったぞ」


 普段、作家は家の事をしっかり行っていた。部屋は綺麗に片付いているし、冷蔵庫の中でさえ、一目で何が入っているのか分かるようになっている。

 しかし、切羽詰まって来ると、人間、どこか抜けるもの。最近、作家は鍵のかけ忘れが多くなっていた。


「気をつけるね、ボス」

「ボスって呼ぶなって言っているだろう!」


 鬼のような顔で担当者は作家を睨み、玄関の扉を強く閉めた。



▲▽▲▽▲


「ダメ! どうしたって、誰かが死ぬもの!」


 事情を知らない人が聞いたら、思わず振り向いてしまうような言葉を、作家は玄関で吐いた。


 担当者が出て行ってから、三時間は経っている。

 作家もずっと家にいたわけではない。

 外に出て、街中を探索していたのだ。少しでもクリスマスの雰囲気が視界に入れば、楽しい話が書けると思ったからだ。

 綺麗なイルミネーション、衣服やバックが並ぶショーウインドウ、可愛いサンタやトナカイが描かれたポップ……。

 しかし、頭に思い浮かぶ景色は、どうしても虐殺・銃殺・絞殺のオンパレードだ。


「はあ~。つい、こんなの買っちゃった……」


 外がダメなら、家でクリスマスを楽しもう。

 そう考え直した作家は、クリスマスらしい物を手当たり次第、購入した。クリスマスツリー、ガーランド、チキン、クリスマスケーキにワイン。

 リビングに移動し、それらをテーブルに広げるが、今一つ、ピンと来ない。


「私の実家、クリスマスを祝った事ないのよ!」


 箱に入ったままのクリスマスツリーを目の前に、後悔する。

 どうやって飾り付ければいいのか、まったく見当もつかない。


「誰か手伝って欲しいな……」


 ブツブツ文句を言いながら、クリスマスツリーの入った箱を開ける。


 その時だ。


「おい!」

「きゃっ!!」


 聞いた事もない野太い声が、作家の背後からした。

 驚きのあまり、作家は飛び上がって後ろを振り向く。


 そこに立っていたのは、サンタだった。

 いや、もちろん、本物のサンタではない。

 よく街角で見かける、売店に立っているサンタだ。

 安物のサンタの衣装に、明らかに付け髭と分かる白いひげ。黒い手袋は革製ではなくビニール製だし、背負っている白い袋はペッチャンコである。

 帽子と髭ではっきりと見えないが、サンタの男は作家と同世代の二十代の若者のように見えた。


「……あ。もしかして、モデルの人?」


 作家は疲れていた。

 クリスマスグッズを買うほど、疲れていた。

 目の前のサンタは、どう考えても不法侵入者だ。

 しかし今、作家の頭の中は「早く原稿を書き上げなくてはいけない」しかなかった。自分の都合のいい解釈で、物事を進めていく。


「は?」


 侵入者も焦っていた。いや、焦り始めていた。


 たまたま目に入ったマンションに入り、片っ端から玄関のドアに手をかけ始めた。その結果、この部屋だけ鍵がかかっていなかったのだ。

 侵入した部屋には、誰もいなかった。

 金目のものを奪って逃げる事も考えたが、それでは新聞にすら載らないだろう。

 押し入れに隠れて、人が帰って来るのを待った。

 全ては、サンタの姿で人を殺す為!

 クリスマスへの嫌がらせこそ、彼の大願なのだ。


「あはっ。もう来てくれたの~? 助かる!」


 そしたら、この歓迎である。

 拍子抜けしそうなところを、侵入者は気合で持ちこたえた。


「な、何を言っていやがる!?」


 彼はサンタの袋から包丁を取り出す。

 よく台所で使われているタイプの包丁だ。

 この女が、なぜ自分を歓迎しているのはわからない。

 しかし、武器を見せれば、さすがに恐怖におののくはずだ。


 が。


「いやだ、最高! 私、そういうの大好き! ああ、いいアイデア、浮かびそう!」


 更に、歓迎ムードを高めている。


 侵入者はますます混乱した。

 見知らぬ男が住居に入っていて、包丁を突き付けているのだ。

 喜ぶ事ではないだろう。


「い、今から、俺はお前を殺す!」

「ありがとう!」

「ありがとう!?」


 思わず、オウム返しにすっときょんな声を出してしまった。

 想像と真逆の反対に、どう対応していいのか、分からない。


「分かっているのか!? お前は殺されるんだぞ!」

「いいね!」

「いいのかよ!?」


 侵入者はだんだん、目の前の女に恐怖を覚え始めていた。

 包丁を持った手が震え始める。


「お、お前、何者だ!?」


 目の前の弱弱しい女は、なぜか人殺しに慣れているようだ。

 自分の命の危機さえ感じる。


「はっ! もしかして……!」


 侵入者の頭に、一つの推測が浮かんだ。

 それは突拍子もない考えだが、ナイフを前に落ち着いている姿を見ると、それは現実的に思えた。


「まさか、お前、そういう事を仕事にしているのか?」

「そういうこと?」

「人を殺す……」

「ああ、そうなの。私の得意分野」

「っ!!?」


 あっけらんかんと答えられて、侵入者はギョッとした。

 同時に、「やはりな」と心で納得する。「ただ者ではない」と思った自分は、間違っていなかったのだ。


 もちろん、作家は人を殺した事はない。

 作家が言っているのは、「人を殺す話を書く仕事をしている」という意味だ。


「な、何人だ……?」


 誤解したまま、侵入者は質問を続ける。


「え?」

「今まで何人殺したんだ!?」

「えー、覚えてない」

「っ!」


 侵入者は、子供の頃、読んでいた漫画の悪人のセリフを思い出した。

「殺した人間なんぞ、いちいち数えていられるか」。

 現実に、それを言う人間がいたなんて!


「大体、一仕事につき、五人くらいかな……? ボスに調べてもらう?」

「ボスとな!!?」 


 推測が、いよいよ確信へと変わっていく。

 そうだ。

 この世界には、必ず殺しの指示を出してくる上の人間がいるのだ。


「あ、ボスっていうのは、私の担当者さんでね。女性なんだけど、すっごい怖いの! 口は悪いし、目つきも悪いし……。だからね、私、「ボス」って呼んでいるのよ」


 一生懸命、作家が「ボス」について説明している。

 しかし、侵入者は聞いていなかった。


 ああ、間違いない。

 この女は……、

 プロの殺し屋だ!!


「やはり、仕事をボスからもらうわけですね!?」

「急に敬語?」


 作家は我が目を疑った。

 言葉が変わっただけじゃない。

 このモデル、自分を見る目や態度が変わっている気がする。


「……あ。そうか」


 作家はニヤリと口で弧を描いた。

 このモデルは、自分のファンに違いない。

 でなければ、こんなに自分の仕事内容に質問してこないはずだ。


「興味あるの? 私の仕事に」

「……いや、ドラマや映画でしか見た事のない人達と、こんな風に話が出来るなんて思わなかったので、つい興奮をしてしまいました」

「やだ。そんな大した事ないよ」


 頬を赤く染めて、作家は顔を緩めた。

 今はうだつが上がらないが、それでも褒めてくれるのは嬉しいものだ。


「大した事ありますよ。普通、出来ません」

「うふふ。子供の時からやっていたからね」


 作家は手で何かを書く仕草をする。

 それは「幼少の時から、バイオレンス小説を書いてきた」という意味なのだが、侵入者は見ていなかった。それよりも、「やっていたから」という言葉が頭に引っかかる。


「子供の時から……!」


 侵入者の手から包丁が落ちると、乾いた音がリビングに響いた。

 スケールが違い過ぎる。

 子供の時から「人を殺っていた」なんて……!


「お願いがあります!」


 突然、侵入者は帽子と髭をとると、雑に床に投げ捨てた。

 その素顔は、やはり作家と同じくらいの二十代の若者であった。


(あれ?)


 作家は首をひねる。

 顔がモデルっぽくない。

 その辺を歩いていても、人の目を引く事はなさそうだ。

 だが、深く考える前に、侵入者が黒い手袋をはめた手を床につき、頭を下げた。


「俺を助手にしてください!」

「え!?」

「こんな俺でもやっていけるとしたら、この世界しかないと思うんです!」


 侵入者にとって、これはチャンスだった。

 殺し屋の世界に「学歴」や「資格」が必要だとは思えない。

 この二つを持っていない侵入者にとって、殺し屋の世界は魅力的だ。

 それに、「人を殺そうと侵入したら、殺し屋の住居だった」なんて偶然、これからは起きないだろう。


「でも、この世界、全然甘くないよ!?」


 突然の申し出に、作家は丸眼鏡がずり落ちる。もはや、目の前の男が「モデルらしくない」という事は頭から消えていた。


「覚悟の上です!」

「ボスに聞いてみないと……」

「何でもやります!」


 頭を下げたまま動かない。

 その、ただならぬ決意を見て、作家の心は揺れた。


「じゃあさ」


 担当者も話せば、わかってくれるはず。

 そんな甘い考えに至った作家は、クリスマスツリーの箱を手にした。


「クリスマスの飾りつけを手伝ってくれる?」






「出来た!」

「大変だったね~」


 力を合わせて、クリスマスツリーを完成する事になった作家と侵入者。

 そのクリスマスツリーの飾り付けが今、終わった。


「電飾、つけてみます?」

「あのチカチカするやつでしょう? 見たい、見たい!」


 不思議な光景だった。

 家族でもない、友達でもない、たまたま出会った二人が、クリスマスツリーを組み立て、胸を躍らせながら、電気がつくのを待っている。


「いきますよ!」


 侵入者が電源プラグを入れ、スイッチをONに切り替えた。


「うわああ!!」

「おお!!」


 目の前のクリスマスツリーが輝き出すと、二人の顔に喜びが溢れた。

 決して大きくはない、百二十センチほどのスタンダードなクリスマスツリーだ。

 それでも、二人には、観光スポットにある巨大なクリスマスツリーほどの感銘を受けていた。


「綺麗ですね!」

「うん! こんなにも美しいものだったんだ」


 作家は丸眼鏡を外して、目に溜まった涙を手で拭った。

 それを見て、侵入者は目を丸くした。


「な、泣くほどですか?」

「あ、ごめんね。私、ずっとクリスマスに憧れていて……。夢だったの。誰かとクリスマスを過ごすのが」


「おかしいでしょう?」と言いながら、作家はもう一度、目頭を押さえた。


 侵入者は違和感を覚えた。子供の頃から人を殺していた人間が「クリスマスに憧れていた」なんて。仕事とプライベートは別と言うが、そういうものなのだろうか。


「私さ、小さい時に両親死んじゃったから、祖父母に育てられたの」


 眼鏡をかけ直しながら、作家は身の上話を始めた。


「ほら、高齢者ってクリスマスに疎いじゃない? だから、クリスマス、祝った事なくって」

「あ、俺もです!」


 「クリスマスを祝った事ない」という言葉に、思わず侵入者は食いついた。

 彼がクリスマスを憎むのも、ここから始まっている。


「俺の家、みんな仲が悪くて、両親の仲なんて最悪。言葉を交わしているところを見た事もありません。クリスマスって言っても、静まり返っていましたよ」

「じゃあ、君もクリスマス祝うの、初めてなの?」

「ええ」

「嬉しい! 初めてのクリスマスを過ごす人が、同じ「初めて」だったんなんて!」


 子供みたいに目を輝かせて喜ぶ作家の姿に、侵入者は思わず見入る。


 クリスマスが憎かった。居心地の悪い家から自立したものの、要領が悪くて、仕事は長続きしなかった。クリスマスなんて祝うどころじゃない。その日、食べていくので精一杯だった。


 何をしても上手くいかない。

 つまらない人生。 


 だから、壊そうとしたのだ。手に入らない「素敵なクリスマス」を。浮かれている雰囲気に、水を差してやりたかった。


 でも、目の前の殺し屋(と思っている)は、憧れ続けていた。諦めることなく、腐ることなく、いつかはきっと「クリスマスを楽しめる」と願って……。


 自分の器の小ささを思い知らされる。

 同時に、この人と一緒に過ごしたいと思った。


「あの良ければ……」


 侵入者は頬をほんのりと染めながら、不器用ながらに笑う。


「また来年も一緒に過ごしましょう」

「……うん!」


 モデル(と思っている)の嬉しい言葉に、作家は破顔した。

 嬉しくて、また涙が出てくる。

 それを誤魔化すように天井を仰ぎ、立ち上がった。


「よ、よし! とりあえず、飾りつけを終わらせて、夕飯を一緒に食べようよ!」


 テーブルの上には、先ほど買ってきたごちそうが並んでいる。それにまだ、ガーランドやクリスマスの装飾も残っていた。


「たくさん買ってきたの! クリスマスらしいもの。ケーキもチキンもあるよ! あ、ワインもね!」


 お肉やお酒なんて、しばらく食べていない。

 食べてもいいと言われ、侵入者は喜びを隠し切れない。


「い、いいんですか!?」

「もちろん、二人にとっての初めてのクリスマスに乾杯しよう!」

「はい!!」


 幸せいっぱいのクリスマスパーティにするべく、二人は準備を始めた。

 壁にバルーンやガーランドを飾っていけば、ツリーの電飾に反射して、一気に部屋がクリスマスパーティ会場のように華やいだ。


 それから、クリスマスのごちそうをテーブルに並べる。

 その時だ。

 玄関口から、女性の声が響いた。


「先生!!」


 その声は怒気を含んでいた。

 荒々しく足音をたて、リビングに入って来る。


「また鍵がかかっていない! 誰かが入ってきたら、どうするんだ!?」


 それは作家の担当者だった。

 ボブショートの髪を振り乱しながら、顔を真っ赤にしている。


「ボス!」

「ボス!? え、女!!?」


 噂の「ボス」が、自分達と同世代の女性だったので、侵入者は腰が抜けそうになった。

 どこにでもいそうな、この女が殺しを命令を出しているなんて!

 しかも、それを実行しているのが、フワフワした感じの女の子だ。

 やはり裏社会の奥は深い、と思わず感じ入ってしまう。


「ボスって言うな!! ……ん?」


 鋭い女性の瞳が、侵入者を捉える。 


「え、誰?」

「嫌だ。モデルさんでしょう?」

「モデル?」


 表情が緩みっぱなしの作家とは反対に、担当者は首をひねる。

 モデルの話はしていたが、ここにいるわけがない。

 なぜなら、ここに再び訪れたのは、「モデルが借りられなかった」と話をする為だからだ。


「何を言っている?」

「え、だって……」


 楽しい雰囲気が、急に不穏な空気へと変わっていく。

 作家は奇妙な気持ちになりながらも、男に向き直った。


「君、ボスから頼まれて、仕事のモデルになってくれる人じゃないの?」 

「仕事のモデル? 仕事って「殺し」ですよね?」

「うん。知っての通り、私は作家で、よく人を殺す話を書いているのよ」

「え?」

「え?」


 作家と侵入者は、やっとお互い誤解をしている事に気付いた。

 確かに、ずっと違和感はあった。作家からしたら、モデルらしくなかったし。侵入者からしたら、殺し屋らしくなかった。

 二人は顔を見合わせ、その後、担当者に視線を移す。

 突然、二人から救いを求めるように視線を送られ、担当者も戸惑いを禁じ得ない。


「え、え!?」


 しばし、沈黙。

 そして。


「警察――!!!」


 担当者が叫んだと同時に、侵入者は一目散にマンションの部屋から飛び出した。

 逃げ出しながら、頭の中で状況を理解する。

 あの部屋は、殺し屋のアジトではなかった!

 ましてや、あいつは殺し屋なんかじゃない!!


「あ、待って!」


 作家が引きとめようとしても、侵入者はあっという間に消えてしまった。

 床には侵入者の残骸が残ったままだ。サンタの衣装に付け髭。包丁の入った白い袋。


「だから、言っただろう! 鍵を閉めないと、不審者に入られるって!」


 ブツブツ文句を言いながら、担当者は携帯電話を取り出した。

 警察に通報するようだ。


「……うん。ごめん」


 ふと、床に落ちているサンタの帽子が視界に入り、作家は拾い上げた。

 夢をかなえてくれた人が犯罪者でショックだった……というよりも、彼は本当に犯罪者なのか。事実を受け入れられない自分がいる。


「もしもし、警察ですか!? 泥棒です! 泥棒!!」


 担当者が声を荒げて、警察に事情を説明している。


 1LDKを一通り見るが、荒らされた形跡はなかった。

 リビングには綺麗に輝くクリスマスツリー。

 これを一緒に飾り付けた時、本当に楽しかった。あの時の事が全部、嘘だと思いたくない。


「ボス」


 サンタの帽子を抱えたまま、作家は首を振る。

 彼を捕まえて欲しくなかった。

 夢見ていたクリスマスに、楽しく人と会話が出来たのに、それが加害者と被害者の関係なんて悲しすぎる。


「大丈夫よ。何も盗られていないわ」

「うるさい! そういう問題じゃない!」


 だが、担当者に睨まれ、作家は何も言えなくなってしまった。




 その後、警察が来て、現場検証が行われた。

 サンタの姿をしていた彼は、ずっと黒い手袋をはめていたので、ほとんど指紋は残っていなかった。

 しかも、何も盗られていないし、作家自身にも怪我がない。

 事件性がほとんどなかったせいか、不法侵入者の男が捕まったという情報は、作家の耳には入ってこなかった。

 担当者が怒り狂う陰で、作家は安堵のため息をつく。


 そして、

 机に向かった。



▲▽▲▽▲


 一年後……。


「これ、目立つところに貼っておいて」


 都内にある、開店前の本屋。

 そこの店長が鼻息を荒くして、丸まったポスターを店員に渡した。


「はい」


 本の整理をしていた店員は手を止め、そのポスターを受け取る。

 店長が興奮しているのも、無理はない。

 今、話題沸騰中の絵本の作者が、この本屋でサイン会を行う事になったのだ。


『サンタが盗みにやってきた!』

 センセーショナルなタイトルだが、それとは反対に、内容が感動的だと評判を得ている絵本だ。

 クリスマス前夜、生活に苦しんでいた男がサンタの姿で強盗に入る。家に住む子供達は、男を本物のサンタだと勘違いし、歓迎してしまう。人の温かさに触れた男は後悔し、懺悔を繰り返し、気が付けば本物のサンタクロースになっていた……という話だ。


「……」


 その絵本が話題に上がると、店員は複雑な気持ちになった。

 内容が、あまりにも一年前の実体験にそっくりだからだ。

 主人公を自分に、子供達を丸眼鏡の作家に置き換えると、そのまんまである。

 ……もちろん、自分はサンタクロースにはなっていないが。


 一年前のあの日。作家の家から逃げ出した後。

 逮捕されるのが怖くて、細い裏路地にずっと身を潜めていた。そしたら、たまたま通りかかった本屋の店長が声をかけてくれたのだ。


「あんた、さっきからそこにいるね? 暇なの? なら、うちの店、手伝って。クリスマスだから、人が足りてないんだ。あ、履歴書は後でいいから」


 そして、そのまま、今も本屋で働き続けている。

 相変わらず、要領よく動けないが、意外な事に辞めようとは思わなかった。

 ここだと様々な作家の名前に触れる。その度に、作家のあの笑顔を思い出すからかもしれない。


「……また、あの子とツリーを飾りてえな……」


 誰に聞かせるわけでもなく、店員はポツリと呟いた。


「え?」

「あ、いえ。このポスターを飾るんですね?」


 誤魔化すように、店員は丸まったポスターを広げた。

 その直後、彼は悲鳴を上げた。


「ぎゃああああああ!!」


 なにせポスターには、見覚えのある丸眼鏡をかけた女性が、ぎこちない笑顔を浮かべて映っていたのだ。ご丁寧に、その頭の上には、安っぽいサンタの帽子が乗っかっている。


「ど、どうしたの?」


 店長が心配するのも無理はない。

 店員の顔は真っ青で、全身震えていた。

 ポスターに映っている作家は、あの時の作家ではないか! かぶっているサンタの帽子は、一年前、自分が被っていたものだ。


「いや、あの……」


 店員としては、作家に会いたくなかった。

 いや、会いたい気持ちもある。あのクリスマスをやり直せたら、と思い返す事もあるくらいだ。


 だが、それ以上に、自分があの時の不法侵入者だとバレるのが嫌だった。そしたら、捕まってしまう。やっと続けられる仕事に就いたのに、それは避けたい。


 だが、そんな事は知らず、店長は残酷な一言を言い放った。


「あ、この作家さんの接待ね。あんたがやってね」

「ええぇ!!」


 一年前のクリスマスの続きが、奇妙な形で始まりそうな予感がした。


最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

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[一言] ううう クリスマスに読めなかったのが残念です~!!
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