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石と誰かの物語

アンバーのキャンディー

作者: 河 美子

石と誰かの物語です。


 私は今日も又数学の先生に呼ばれていた。

「おい、どうするんだ。今回も45点。この問題なんか、サービス問題だぞ、昨日やったじゃないか」

「はい、ちょっと指が動かなくて」

「は? 何のんきなこと言ってるんだよ。俺と違ってパチンコしないだろ?」

「先生、また負けたんですか?」

「昨日なんかなけなしの5千円だよ。違うよ、お前の話」

「お前って駄目なんですよ。名前を呼ばないと」

「くそ、なんだ、先生に向かって」

「それで、38番で5千円ですか」

「そうなんだよ、腹立つ。初めはよかったんだよ」

「手首が凝りましたね」

「おう、そうなんだよ。右手首がコリコリ」

 職員室でクスクスと笑い声が聞こえる。

「おいおい、木下先生、どっちが生徒なのかわからなくなってますよ」

 落ち着いた国語の山川先生が笑ってる。

「こら、この点では再テストだからな」

「はい、予定空けときます」

「うん、よろしく」

 思わずこらえていた職員室で大爆笑。

 山川先生は膝を叩いて笑っている。

「予定空けとくって」

 大学出たばかりの木下先生は頭を掻きながら早く教室へ帰れと手を振った。

 その様子を見ていたのが優等生の神戸セリ。

「京さん、待って」

「え? 何か」

「あなた、いつもあんな感じに話すの?」

「あんな感じって、どんな感じ?」

「木下先生に対して」

「おっかない熊本先生には言わないけど、木下先生は同級生とあんまり変わらないな。ついつい先生ということを忘れて」

「本当にびっくりよ、私」

「そう?」

「だって失礼じゃない?」

「かもね、でも、あのパチンコ店、うちだから」

「あ、そうなの」

「うん、ときどきやってるの見たし、先生もどれが出るんだって聞いてくるし」

「へえ、そうなんだ。すごい、秘密握られてるのね」

「秘密って、みんな知ってるよ、うちがパチンコ店なのは」

「でも、私は知らなかったわ」

「ふうん」

 とりとめのない話なんだけど、いつの間にかセリとは話すことが多くなった。

 私はクラスで別にガード作ってるわけではないけど、クラブも入らないし、夜更かしで眠いし、みんなもいじめたくなるほど弱くも見えないようで、放っておいてくれる。

 父は一代でパチンコ店を大きくしたし、母は子沢山の家系だったのに、私を生んだ途端に亡くなった。わずか24歳だった。父はそのショックが大きくて、私を祖母に預けて働くことに生きがいを見つけた。祖母は優しかったが、口数が少なく、いつも漫画を読んでいた。よその家では絵本を読んだりしているのに、うちは漫画がたくさんあった。しかも父の部屋は女性の裸体の多いいわゆるエロ漫画、祖母の部屋はアトムや仮面ライダー、ときには浮浪雲、ポーの一族などなど。

 私はどちらの部屋もうろうろしていた。友達が来ても、男の子は父の部屋、女の子は祖母の部屋でじっと読みふける。みんな外遊びをして来いと家を出されても、うちの漫画部屋で一日ゴロゴロ。

 その快適さにどんなことをしたかと家で聞かれたら、みんなドッジボールと答えていたようだ。

 そんな私も一応高校を卒業間近に、祖母と父から今後をどうするんだと聞かれた。

「外国を見たいな」

「行ってこい」

「いや、漫画も好きだから」

「描けよ」

「そういわれても」

「何かしないと退屈だぞ」

「うん、そうだね。店を手伝うよ」

「いや、あんまり娘がうろうろするとやりにくい」

 考えるとずいぶん緩いいい家だと思う。

「うん、ちょっと考える」

 分厚い参考書は枕にピッタリ。

 ゴロゴロしながらこれと言って将来の展望も浮かんでこない。

 勉強は好きではないけど、学校を休むほどでもない。緩く放っておいてもらうと私はどこでもなじむ。

 大学もここに行きたいというところはなくて、うっすらと東京に対しては劇団などがあって魅力的に映る。地方にいると小中学校の時はいろいろな劇団が巡演するのだ。俳優がトンカチもって舞台も作っていく。それが楽しそうだといつも見ていた。大学よりも劇団に入ろうかな。

「お父さん、私決めた」

「おう、どこにする」

「東京」

「うん、いいじゃないか。どの大学だ」

「大学行かない」

「じゃ、専門学校か」

「ううん、劇団に入る」

「…まあ、個性的な顔の俳優もいるしな」

「違うわよ、演じるほうでなくて、舞台を作る裏方」

 すると、祖母がやってきた。

「それなら舞台芸術を教える学校もあるわよ」

「あ、そうか」

 急に前が開けてきた。

 パソコンから入学できそうなところを探す。いろいろあることに驚く。祖母はすごいな。どうしてこう頭が柔らかいのだろう。

 翌日、木下先生に数学で呼ばれた後、早速相談してみる。

「ぎりぎりで65点。まあ、いいだろう。この調子でこのぐらいの点はコンスタントにとれるようにな」

「ところで、先生、私大学受けます」

「え? 勉学に目覚めたのか? 俺のおかげで数学の先生にでもなるか」

「違います」

「きっぱり言うなあ」

「舞台芸術を習いたいんです」

「ふーん、儲からないぞ。同級生でそっちに進んだ奴は今もバイト掛け持ちだからな」

「へえ、その方紹介してください」

「いやいや、女房持ちだから」

「何言ってるんですか。お話聞きたいんです」

「世の中甘く見たらだめだよ。金に困るって経験ないだろう」

「はい、おかげさまで」

「舞台はお客様が入らなければ生活は成り立たない。特に小さな劇団はな。今はコロナで学校総見もないしな。本当に大変だぞ」

「はい、でも作ってみたいんです」

「まあ、目標が見つかったのはいいな。親御さんはなんて言ってるんだ」

「どこでもいいって」

「恵まれてるなあ。僕も婿養子になろうかなあ」

「断ります」

「ふん、いいよいいよ。数学でしごいてやる」

 その夜、祖母が部屋に入ってきた。

「京ちゃん、勉強している?」

「うん、どうしたの」

「これ、アンバーていうんだけど京ちゃんにつけてもらおうと思って」

 みると、べっ甲飴のような色をしているペンダント。

「これはね、おじいちゃんに買ってもらったの。まだ若いころにね。心の平安を授けるんですって」

「ふーん、いいの、そんな大事なもの」

「助けられたのよ、おじいちゃんやママが亡くなったときにずいぶん握りしめたわ。あなたが赤ちゃんの時も」

 ああ、きっとそんなことあったはず。祖母に甘えておんぶしてもらった感触が残ってる。ふと抱きしめる祖母の肩があんまり細いから泣けてきた。思い出した祖母の背中のぬくもり。早くに亡くなった嫁、残された孫。どんなにかつらかっただろう。父も泣いて暮らしたはず。その悲しみの中アンバーを握りしめただろう。

「おばあちゃん、大切にするね」

 うなずいた祖母の目には涙があふれていた。初めて見た祖母の泣き顔。

 たくましいと勝手に思っていた。

 そういう風に孫に見せていたのね。

 

 あれから7年。

 今日から関西の小学校に劇団は向かいます。私は俳優兼大道具係。

 アンバーは仕事着の下で揺れています。

 なぜか、セリもこの劇団にいるんです。

 しかも子連れで主役です。



 

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