少年は聖女の証を宿して 中
趣味は創作小説投稿、さんっちです。ジャンルには広く浅く触れることが多いです。
1話の文字量ってどれくらいが読みやすいのでしょうか?まだまだ模索中。
リーリムは王城に来てからというもの、身の回りのことや介助を専属メイドに任せるようになった。まぁ欲深い彼女のことだ、メイドの先にいる王族や権力者の好青年と親しくなりたいのだろう。次第に聖女使いとして執務に取り組む以外で、彼女と関わることがなくなっていくラティ。
しかし、彼にとっては好都合だった。ラティはカルムという知り合いが出来てからというもの、王城では彼とよく過ごすようになったのだから。彼にも「リーリムの回復魔法は自分が担っている」ことを隠しているため、少々心苦しい。とはいえ、以前よりかは幾分か心が楽だった。
直接魔法を褒められた喜びは、次第に魔法を使うやる気へと変化する。ラティは王城にて、積極的に回復魔法をするようになった。
ある時は、庭で枯れかかっていた花々を咲かせて。
ある時は、巣から落ちた雛鳥を手当てして。
しかし、その治療の様子をリーリムに見られれば「あら、こんなところで無駄に力を使って良いのかしらね」と憎まれ口を叩かれる。
かと思えば、後ろからやって来たメイドや王子に対し「綺麗な庭にしたかったのです、彼も綺麗だと褒めてくださってますのよ」「怪我をしていたので、治してあげたのです。使用人に巣に戻してもらっていますの」と、真っ赤な嘘を平気でつく。口出ししようにも、彼女の睨むような目付きで思いとどまってしまう。彼らは何も疑わず、ただただリーリムの評価を上げるばかり。
こっそりやっていては、ずっとリーリムの手柄を立ててしまう。これでは彼女の思うつぼだ。思い悩んでいる彼に、救いの手が。
「ラティ、王城近くで軍隊の訓練があるんだ。だけど最近、いつも回復魔法を頼んでいた魔導師が急にやめちまって。お前の回復魔法の力がどうしても必要になったんだ、頼む!」
そうか、あの時カルムに見られたように、誰かの前で使えば良いんだ!
ラティは当然承諾し、正々堂々回復魔法の力を使うようになった。回復魔法が必要な聖女使いの執務には強引に出されるが、それ以外はなるべく協力するようになる。いつしかラティの力は、王城の下働きから評判になっていた。「イスティア家の使用人は素晴らしい」という評価に繋がることから、リーリムも次第に隠せとは言わなくなったという。
「いやぁカルム様、あの少年は良い子ですね。魔法の技量云々よりも、誰かのために魔法を使う意志がある」
「えぇ、アイツは良い奴ですよ。・・・・・・というかナストニア隊長、ここでは様呼びや敬語はやめてください。貴方の方が年も立場もずーっと上ですし」
「おや失敬、カルム“王子”」
「ですから!ここでは王子じゃありません、母の姓でやってるんです。秘密にするって約束でしょう」
そう、カルムは国王の実の息子・・・というか隠し子だ。既に婚約者が決まっていた国王が、没落寸前の貴族令嬢に手を出して産まれた子ども。立場の違いだけでなく、跡継ぎである第一王子がいる以上、もはや結ばれることはない。彼はそのまま、母の実家で生まれ育った。それからずっと剣術を磨き、彼の母の知り合いでもあるナストニアに見込まれて、ここで細々と生きている。
そんなカルムの背景を知っているのも、上司兼協力者であるナストニアくらいだ。それを吐き出せないのを空しく思うときもあるが、必要ないとも思うので隠し続けている。その背景がなんとなく、回復魔法を持っているのに使用人であるが故に輝けない、ラティと重ねてしまうのだ。立場による弊害へのもどかしさを、誰よりも知っている自負がある。
(アイツはいつも頑張っているのに、いつも自分を隠してる感じがするんだよな。無理してるのも隠そうとするから、スッゲぇ不安。俺だったら大変さも抱えてやるし、苦労も減らしてやるし、もっと笑顔にしてやれるのに)
それからカルムは、ラティをやけに気にするようになっていた。過酷な軍務の合間を縫って、ラティと関わる機会を増やしていく。ラティも使用人やら回復魔法やらで忙しくとも、カルムと会うのは嬉しかった。
しかし魔法を使いつつ下働きするのは、体力的にキツかったらしい。軍隊に回復魔法を施していたある日、ラティが膝から崩れ落ちた。慌ててカルムをはじめ、複数人が駆け寄る。
「ラティ、大丈夫か!?」
「い、いえ・・・回復魔法使いすぎて、体力・・・無くなっただけ、で。まだ、やれ・・・ます」
「膝から崩れたんだ、もう休んだ方が良い。部屋まで運ぶ」
カルムはラティの体を軽々と持ち上げた。いわゆる、お姫様抱っこだ。「だだだ、大丈夫ですよ!?」とラティが慌てて言っても、カルムが最後までお姫様抱っこで運んでいく。部屋に着いた後、カルムはそっとラティをベッドに横にさせる。
「ラティ、本当にどこも痛んでないのか?ちょっと見させてくれ」
「え・・・は、はい」
流されるように承諾してしまったが、他人に自分の体を見られるのは初めて。それも相手は、初めて心を許した人。妙にドキドキしていると「っ!?」と、カルムは驚きの表情をした。
「な、なんだこのアザ!」
え?と思ったがすぐにハッとした。リーリムが聖女使いとして選ばれる前、彼女の魔法攻撃を受けたからか出来たアザだ。最初に見てから数カ月は経ったのに、あれから傷つけていないはずなのにアザは未だ消えない。それどころか、前よりも大きくなって形が変わり、赤みも増して濃くなっているような気がした。
触っても痛くはないのだが何なのだろう、病気?では何故、回復魔法で治せないのか。そんな不安を抱えつつも、忙しくも充実した日々で気にしなくなっていたのだ。「大丈夫ですよ」と何度言っても、カルムは目を丸くするばかり。これは倒れたことに、あまり関係ないはずだが。
「・・・・・・ボインセチア」
え、ボインセチア?ラティは一瞬、カルムが発した言葉の意味が分からなかった。
「聖女に選ばれた証として浮かび上がる、ボインセチアの印。それに、見える」
聖女ボインセチアの印。それでようやく、言われていることの意味が分かった。が、それは信じられないことを意味するもの。
一文で表すなら「男の魔導師に、聖女の証が浮かび上がった」と言いたいのだ。
ただの使用人である自分に、聖女の証であるボインセチアの印が・・・?
「い、や。いやいやいやいや!!何かの間違いですよ、きっと、いや絶対!こんなの、ただの偶然ですって!僕は確かにちょこっと回復魔法は使えますけど、そんなに強いわけじゃないですし。そもそも、僕は孤児の使用人で、しかも男で」
「でもこの形、前に書物で見たボインセチアの印に似ているんだ。歴代の聖女に浮かんだ印は、こんな感じだったはず」
勿論、そうじゃないこともあるだろう。ラティの言うとおり、ただの偶然かもしれない。それなら尚更、調べる必要がある。そう言いくるめてカルムはラティに、まずは調べてみようと誘う。
「わ、分かりました。ですが、リーリム様には」
「リーリム嬢なら明日、第一王子と避暑地へ出掛ける約束をしているはず。夜までは戻らないさ」
カルムの言葉を聞いて、ラティはホッとする。まさかリーリムが、王子と出掛ける予定を入れているとは思わなかったが。最近やたら王子と仲が良いのだが、そういった関係なのだろうか?
翌日、リーリムが王子と城を出たのを見送り、カルムとラティは書物室へと足を踏み入れた。聖女について調べるなら、ブレイズ王国についての歴史書が手っ取り早い。2人は早速、書庫にあるだけの歴史書を読みあさる。
「へぇ、こりゃ興味深い。今まで癒やしの力や再生の力いわば強力な回復魔法を持つ魔導師で、ボインセチアの印が浮かんだ奴は、全員女性だった。だからボインセチアの印が浮かんだ奴を「聖女」として祀っていたらしい」
「ほ、ほら!やっぱり女性じゃないと、聖女にはなれない・・・」
「違う違う、ボインセチアの印が浮かんだのが女性ばっかだったから、いつしかブレイズ王国はそういう奴を「聖女」とするようになったんだよ。そもそも祀られる奴が「聖女」と呼ばれるようになったのは、ここ半世紀のことらしい。
その証拠にほら、ここの文章。祀られるのは【癒やしと再生の力に長けた魔導師】とか【ボインセチアの印が浮かび上がった魔導師】で、別に女だけとは書いてないだろう?つまり男でもなれるってわけ。それに歴代の聖女は記録が残っている限り、まだ5人しかいない。その全員が女でも、6人目で男が選ばれても、そう不自然じゃないと思うけどなぁ」
カルムの言っていることは、筋が通っている。それから教会に勤める神父に過去の聖女について聞いたり、魔導師ついても詳しく調べたりもした。回復魔法の力は、突発的に限られた魔導師が得られる力。そしてボインセチアの印も、回復魔法の力が強い魔導師に、偶然浮かび上がるモノ。
全てが偶発的で、そこに年齢や性別、境遇や才能すらも関係ないのだ。しかし、ラティはどうしても認められなかった。
「僕なんかが選ばれたなんて、信じられません。だって、僕は孤児の使用人で、その・・・」
「アハハ、でも歴代の選ばれた聖女、いや、魔導師もそう言ってたみたいだぞ。全員が“自分が選ばれたなんて信じられない”と言ったって。生まれは平民だけど、突然としてボインセチアの印が浮かび上がった奴もいるって、神父様が教えてくれたし。
それに選ばれたからって、何も世界救おうとかそんな馬鹿デカいことしなくても良いんだ。今までの回復魔法みたいに、小さくとも誰かを救えたらそれで良いんだよ。選ばれた称号があろうが、ソイツの心でソイツの人生は決まるんだし。
ボインセチアの印があろうが無かろうが、お前はお前だ。無闇に抱える必要は無いよ。だって今のラティは、凄く良い奴なんだから」
カルムの言葉と笑みに、何故か急に泣き出したくなってしまうラティ。何故だろう、彼の言葉が胸に染みる。今までずっと諦めていた、認めて褒められる自分を。今までずっと欲しかった、頑張ってる自分を見てくれる人を。この人なら受け止めてくれるかもしれない。そんな思いが、ラティの胸にポッと灯る。
聖女に選ばれるより、貴方といられる方が嬉しい。ずっと貴方といたい。
そんな本音を出そうとしても、言えなかった。お前の言うことなんか大切じゃないと、記憶の中で誰かが嗤ってきたのだから。
○
それからもリーリムの回復魔法を誤魔化す傍ら、王城で役に立つよう働いたり、カルムと茶会やら買い出しやらで過ごしたりと、屋敷にいた頃よりずっと幸せな日々を送ったラティ。ボインセチアの印については、カルムとの間で秘密にしてもらうよう頼んだ。幸いカルムも約束を守ってくれているので、特に騒がれることない日々を過ごせている。
一方でリーリムは聖女使いとして執務する傍ら、第一王子を筆頭に王族や権力者の好青年と交流を重ねているという。お陰で今回の聖女使いは男癖が悪い、複数の異性関係を持っているなど、悪い噂が少しずつ立ちはじめた。このままでは立場が危ういと危惧した王族は、既成事実を作ろうとばかりに、第一王子とリーリムの婚約を認めたのだ。
その日、王城では2人の盛大な婚約発表がなされた。聖女(使い)は王族に迎え入れられることが流れのため、予定調和に進んだことに多くの権力者はホッとしていた。数ヶ月後、国を挙げて盛大な結婚式が催されることも発表される。
「いやぁ、王族の婚姻儀式はここまで豪華なんですね。発表でこれだと、結婚式はどうなることやら」
「この国は本気で危ない。聖女に固執して上手く国政を回せていないというのに、権力誇示のために財政圧迫してる噂ですから。これでまた王国は傾くかもしれないのに、不安しかないです」
ナストニアとカルムの会話に、全く入れないラティ。ふと目をやると、注目を浴びるリーリムは王子と目を合わせて微笑んだり、周囲の人々に愛想良く手を振るばかり。一瞬ラティを目が合うと、すぐにそっぽを向かれてしまう。
その日の夜、ラティは久しぶりにリーリムに呼ばれた。やけに嬉しく生き生きとした笑顔に、どこか恐怖を感じてしまうのはおかしいだろうか。
「聞いてラティ。今度の結婚式、お父様とお母様もいらっしゃるって!それにしても私が、第一王子の王妃になるなんて。これでイスティア家も、王族や権力者の仲間入りね。でもまだまだよ、この結婚もまだ始まりに過ぎないわ。これからもしっかり、聖女使いとしてこの王国に貢献しなくちゃね。
分かってるでしょ?アンタはしっかり、私を完全な聖女使いにしなさいね?アンタはこれしか出来ないでしょ。別のところに行っても生きられないんだし。
ずっと私の「影」として生きてなさい。逃げようと思わないでよ」
「・・・・・・ハイ」
先程の笑顔と打って変わり、あたかも侮辱するような目で睨むリーリム。心を空にして、ラティは返事する。その日は気分が良かったのか、もう良いと話から解放された。王子と結婚してからどうしていくのだろう、どう誤魔化そうとしていくのか。自分は一生、嘘をついて生きなければいけないことが辛い。影として生きろと言われ続けるのが辛い。
それでも、幸せを感じられる日々があるのが救いだ。どうせなら、幸せを。カルムと過ごす日々こそが日常になれば良いのに。
しかし後日、その幸せを打ち砕くような会話が、王子とリーリムの間で行われているのを聞いた。
「財源不足、ですか」
「あぁ、君との結婚式は大丈夫だ。問題はその後。色々なモノを規模縮小しないと間に合わなそうだと、父上からお達しが来てね。とはいえ、王族の威厳を削ってはいけない」
掃除中のラティは、思わず聞き耳を立てる。カルムが危惧していたように、やはり王国は財政危機にあるようだ。リーリムは、どう答えるのだろう。
「でしたら王族以外の人員を削ってはいかがです?例えばほら、王都の軍隊にある第三軍隊。王都外を担当するといってますが、いらないでしょう。王都外は外でなんとかさせれば良いのですし、私の聖女使いの力でモンスターから王都を守れば良いのですし。全員適当にクビにすれば、数百人分の人件費や維持費が浮きますわ」
息が止まる感覚だった。それは、カルムがここから追い出されることを意味するのだから。聖女使いの力つまりラティの力で国を守るということをほざいていることより、先に浮かんでしまう。
「なるほど、確かにそれは良い案だ!すぐに父上に献上しに行こう。すぐに王命として出されるさ」
明るく笑い合いながら歩く彼らの声が、自分を卑下しているかのように聞こえてくる。せっかく手に入れた幸せを、また奪われるのだ。嫌だ、絶対に嫌だ。だが自分はただの使用人、決定を覆せる訳がない。財源が危ない王国は、数百人の兵士くらい簡単に切り捨てるだろう。もしかしたら、王様は思いとどまってくれるかもしれない・・・なんて、淡い期待を寄せてしまう。
だが、そんな期待はすぐに消えた。翌日には王命により、第三軍は突如として解体されたのだ。当然反発も出てきたが、王族がいる以上全て押し黙らされてしまう。猶予は、王子と聖女使いの結婚式まで。
しかしカルムとナストニアは、王命が出た日には王城・・・いや、王都から姿を消してしまったのだ。丁度その日、ラティは聖女使いの執務で引っ張り出されていた。それを知ったのは、既に夜も更けた頃。
「カルムさん・・・カルム、さん・・・・・・」
それから毎夜、ラティは泣いた。1人、誰にも見られぬように。お別れもこの思いも言えなかったことに、ラティは酷く傷付いていた。自分で動けなかった、ここでも自分の弱さを責めるばかり。
だが、悲しみに暮れることも許されなかった。気持ちが揺らぎ回復魔法が上手く使えなければ、リーリムからまた虐げられる。魔法を使うのも面倒か、物を投げつけられては「いい加減になさいよ、出来損ない!」「誤魔化すくらい、子どもでも出来るじゃない!」と罵詈雑言を浴びせられる。
「アンタはイスティア家のために利用されるのが決まってるの。余計なことは考えないで頂戴」
僕はこのまま、幸せになれずに終わるの?ずっとずっと彼女の影として、利用されていくしかないの?ポロリ、ポロリと涙が止まらない。床に涙で染みを付けても、彼の涙はそう簡単に止まらない。
窓の外で心配そうに見つめていた1羽の烏カラスが、冷たい雨が降り続ける空に飛び立つのだった。
読んでいただきありがとうございます!
楽しんでいただければ幸いです。
「下」は明日夜に投稿する予定です。