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ふたり  作者: 碧衣 奈美
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意外な場所

 村と村をつなぐ道から外れ、アッシュ達はルクの森の奥へと入って行く。あちこちに馬や人間の足跡が残っているのは、ラノーラを捜しに来ていた村人達のものだろう。しかし、奥へ進むに従って、それらの足跡は次第に減ってくる。

 やがて、完全になくなったのを見ると、その辺りまでが彼らにとって限界だったのだろう。これ以上踏み込んで、自分達が魔物に襲われでもしたら笑い話にもならない。

「ジーク……」

「ああ」

 村人達の足跡がないということは、この辺りは未調査だということ。どこかにラノーラがいた痕跡がないかと探していたリモールには、アッシュとジークが真剣な目で周囲を窺っていることに気付いていなかった。

「リモール」

「え?」

 どうしたのか尋ねる前に、リモールはアッシュに右手を掴まれていた。

「な、何よ」

 相手に下心その他があるなしに関わらず、突然男の子に手を掴まれたらいやでもどきどきしてしまう。

「約束しただろう。離れるな」

「そ、そんなに離れてなかったじゃない。お互いが見える位置にいたし」

 リモールの抗議も聞かず、アッシュはまた歩き出す。手を引いて行かれる形で、仕方なくリモールも歩いた。形だけだと、親に連れて行かれる子どもみたいだ。

 自分の手を握るアッシュの手には、普通に手を握るよりも力が込められているように感じられる。男の子と手を握ったことなどないリモールはこういうものなのかしら、などと思ったが、アッシュの怒ったような横顔を見ていると違う気もした。

 離れてたって言っても、せいぜい数歩ってところじゃない。真横にはいなかったけど、そんなに怒ること? 違うのかな。もしかして……アッシュ、緊張してる? 魔法使いが緊張するってことは……本当にこの周辺が危ないってことかしら。

 こういう場所で楽観的になれるほど、リモールものんきではない。無言で進むアッシュとジークを見ていれば、和やかな会話をしていられる状況ではないというくらい、想像できた。

「あれ?」

 さっきまでは森の奥へ向かうほど、辺りが暗くなってきていた。それが急に明るくなったのだ。

 気が付けば、森を抜けてしまっている。自分達が歩いていた森は、すでに後ろだ。

「アッシュ、どういうこと?」

 眠りながら歩いていたつもりはない。なのに、あっという間に景色が変わった。

 別のどこかへ出たらしい、というのはわかる。森を出てすぐの所、今立っている現在地には草原が広がっていた。

 でも、その向こうには想像していない光景がある。

 リモール達の進行方向には、ベイルの街にあるような建物の影らしきものが見えていた。このまま進めば、大した時間もかからずにその街らしき所へ着くのだろう。

 とは言うものの、ルクの森のどこからどう出ても地図的に街はないはずなので、目の前に街が見えるというのはおかしいのだ。

「ここは……俺達がいる世界じゃない」

 そう説明されても、リモールにはすぐに理解できなかった。

「あの、意味がわかんない」

「森の中を歩いている間に、別の世界へ入ったってことだよ」

 代わりにジークが説明してくれる。

「え……別の世界って……」

 言葉はわかるが、すぐには信じられなかった。

 ここが別世界だ、と言われても、どこが自分達の世界と違うのか、今のところ見分けがつかない。

「ジーク、ここは何なんだ?」

 アッシュの口調からして、彼も戸惑っているらしい。自分達の世界と違う、と断言していたのにアッシュもわかっていない、というのは意外だった。

「こんなに魔物の気配がする場所、来たことがないぞ」

「ま、魔物? どこに?」

 その言葉に驚き、アッシュの腕にすがりながら、リモールは周囲を見回す。何かがいるようには見えないが、魔物というものは魔法使いにしかわからないのだろうか。

「気配がしたって、当然だよ。ここは魔界だから」

 ジークがあっさりと告げた事実に、リモールだけでなくアッシュも言葉を失う。

「魔界へ入り込んだのか、俺達」

「森を歩いていた時、ある地点で気配が変わっただろ。あの辺りがこの世界への入口だったんだ」

 アッシュとジークが周囲を警戒し、アッシュがリモールの手を取った時のことだ。

「気配が変わったのはわかったけど、こんな所に通じてたなんて」

 魔物の気配を強く感じた。だが、それだけだ。こうまで状況が変わることをアッシュは予想していなかった。経験の浅さ故、か。

「……そうか。ラノーラの行方が森の奥までで見えなくなったのは、こちらの世界へ来てたからなんだ」

 人の行方を探る魔法を使っても、途中からどうしても見えなかった。世界が変わってしまっては、いくらアッシュでもそこまでは見通せない。余程高位の魔法使いでなければ、難しいだろう。

「ねぇ、ラノーラはこの世界にいるってことなの?」

「そうだろうな。確かめる」

 アッシュはリモールの手を離し、ポケットに入れていたラノーラの紐を取り出した。リモールの家でやっていた魔法を再び行う。

 また白い煙が出たが、やはりリモールには煙以外の物は見えてこない。

「ラノーラはこの世界にいる。……駄目だ、細かい部分がわからない」

 自分達の世界とは違い、ここには周囲に魔力が漂っている。それがアッシュの魔法を邪魔し、アッシュに見えるはずの景色を歪ませてしまうのだ。

 一方で、リモールの顔が明るくなる。

「でも、ラノーラは生きてるってことよね。魔物に喰われたり、死んだりしてないってことよね」

「そのようだな。命が消えたっていうのは見えない。どういった状況に置かれているにしろ、生きてる」

 やはりラノーラは死んでいなかった。いる場所が魔界だろうと何だろうと、ラノーラは生きているのだ。

 ほっとしたと同時に、リモールの中で別の心配が浮上する。

 ラノーラは無事だろうか。彼女が一人でこんな場所まで来られるとは思えなかった。リモールはアッシュ達と一緒に来たからここにいるが、ラノーラが一人で森の奥へ入るはずはない。

 つまり、この世界の誰かに連れて来られたのだ。

 その誰かは、ラノーラにひどい仕打ちをしていないだろうか。召使いのような扱いならともかく、拷問などされていないか心配だ。

「助けに……行かなきゃ」

 言いながらリモールは街がある方へと歩き出す。アッシュが慌ててその手を掴んだ。

「いきなり魔物達の中へ突っ込んで、どうするつもりだ。喰われるかも知れないんだぞ」

「今はラノーラが生きてても、遠からず喰われるかも知れないわ。だったら、早く助けなきゃ。ここまで来た意味がないわ」

 妹のためだというのはわかる。だが、どうしてここまで突っ走れるのだろう。少しは状況を考えろ、とアッシュは言いたい。

「リモール、ただ闇雲に突っ込んで行くのはどうかと思うよ。少しはこの辺りの様子を探らないと。魔界ということはわかるけれど、オレもここは初めてなんだ。ちょっと待ってて。オレが街を見て来るから」

 ジークがパタパタと小さな翼をはためかせ、街がある方へと飛んで行った。

「お前、ある意味魔物より怖い奴だな」

「魔物よりって……どういう意味よ」

 アッシュの言葉に、リモールが食ってかかる。

「森の奥へ向かう前、約束したよな。ちゃんと覚えてるか? 俺から離れるな。勝手なことはするな。お前の起こした行動が、最終的に俺やジークにまで不利な状況をもたらすことがあるんだ。俺達に何かあれば、助けられるはずのラノーラも一緒に殺されかねない。魔物と行動するよりずっとやばいって意味だ」

 はっきり言われ、リモールはしゅんとなる。アッシュの言葉に、いやというほど納得させられた。

 ここは安全な街の中とは違う。リモールにとって、完全に未知の場所。ジークはともかく、それはアッシュだって同じで危険かも知れない。普段なら何でもないはずの行動一つで、全員が命を落とすこともありえるのだ。

「ごめんなさい」

「本当なら、一人で帰れ……と言いたいところだけど、さすがにそれは無理だからな。せめて俺とジークの言うことくらい、聞いてくれ」

「わかった」

「さっきもそう言ってたぞ」

「謝ったじゃない。しつこいわよ」

「多少しつこく言わないと、わかってくれそうにないからな」

 やっぱり口が悪いわね、この魔法使いは。

 自分に非があり、反論しきれないので余計に悔しい。

 しばらく、沈黙の時間が流れる。

 聞こえるのは、後方にある森の木々を風が揺らす音。自分達が立っている草原は一面明るい緑で、足首までしかない草が波打っている。

 何て穏やかな場所なんだろう。ここが魔界と言われても、疑いたくなる。

「……ねぇ、アッシュ」

 ジークが向かった先を睨むように見詰めているアッシュに、リモールが声をかけた。

「何だ」

「ラノーラは魔物にここへ連れて来られたのよね?」

「普通の人間が迷って入り込むこともあるけど……世界の入口が森のかなり奥だったことを考えれば、迷い込んだって説には無理があるな」

 リモールが考えたように、アッシュも魔物の仕業と考えているようだ。

「どうして……魔物は人間を連れて行くの」

「どうしてって……それは魔物による。それぞれ事情があるんだろ」

「魔物の事情って……どんな?」

「俺達の世界、つまり人間界じゃゆっくり喰っていられないとか、何かの力を得るために儀式のいけにえにするとか。見た目を気に入って、自分のコレクションに加えたいと考える奴もいるそうだ」

 聞いていて納得したくないものばかりだ。どれにしたって、ラノーラに明るい未来は訪れないではないか。

「俺達が想像できないような事情があったりもするだろう。単なる獣と違って、奴らは知恵があるからな。独自の思想や文化みたいなものもあったりするし、状況によっては対応が難しくなってくる。そいつらのレベルにもよるけど」

「ラノーラがまだ生きてるなら……喰うためじゃないわよね」

 リモールの言葉に、アッシュは答えてくれない。

「ねぇ、喰うためじゃないでしょ。だって、ラノーラはまだこの世界のどこかで生きてるんでしょ。連れて来られて一週間も経ってるのに生きてるなら、別の目的があったのよね」

「そうとは……限らない」

「限らないって、どういうことよ」

 絞り出すようなアッシュの言葉に、聞き返すリモールの声がかすれる。

「人間と同じだ。食糧があっても、今すぐに食べるんじゃないってことはあるだろ。そういうことをする奴も、魔物の中にはいるんだ」

 アッシュの説明に、リモールは足の力が抜けてしまった。そのままその場に座り込む。

「じゃあ、今は生きていても、やっぱりラノーラは危険の真っ直中にあるってこと?」

「事情がわからない今の時点では……そうだな」

 アッシュだって、こんな可能性など口にしたくない。

 ラノーラの居場所を探る魔法を使った時、とりあえず生きていることはわかった。だが、正体のわからない魔物が関わっている以上、楽観はできないのだ。

 ここで聞こえのいい答えを返しても、万が一の場合が起きた時、リモールが必要以上に傷付く。覚悟しておいてもらわなければ、もし最悪の結果が出たらリモールが悲しみに押しつぶされてしまうだろう。

「アッシュ……」

 リモールが何か言おうとして、アッシュがそれを手で制した。

「ジークが戻って来た」

 向かった街の方から、小さな影がこちらへやって来るのが見える。間を置かず、ジークが二人の前へ戻って来た。

「どうだった」

「人間の街とほとんど変わらないな。通りを歩いてる奴らも、かなり人間に近い姿が多い。街の中心部がどうかってところまでは確認していないけれど。ざっと見た限りだと、この世界にはそれなりにルールを持った奴らが棲んでいるみたいだな」

「この世界にはって……他にもあるの?」

「ああ、たくさんあるよ。人間の世界にも色々な地域が存在するようにね。魔界も千差万別ってやつだよ。荒くれ者ばかりがいたり、貴族が集まっていたり」

 魔法使いと関わるだけでもリモールにとっては大きな変化なのに、話は彼女の想像をはるかに超えてゆく。

「まぎれ込めそうか?」

「人間にしか見えないような奴もいたから、入ることはできる。でも、気配でばれるなぁ。魔物らしからぬ奴でも、気配はしっかり魔物だったから」

 カラスの中に白いハトがいたら目立つように、魔物の中に人間がいたらすぐにわかってしまう。人間がいると気付いて、魔物達が放っておいてくれるかどうか。

 手を出さなくても、注目の的になることは間違いない。

「オレの気配でカムフラージュする? 短時間ならごまかせるだろうし」

 同じ気配を複数感じたら「おや?」と思われるかも知れない。しかし、ずっと一つの場所にとどまるのでないのだし、人間の気配のままよりはずっとましだ。さっさと通り過ぎてしまえば、あるいは……。

「あたしも行く! 連れてって」

 アッシュより先にリモールが手を上げた。

「勇敢だね。大丈夫かい? 一見するだけなら街だけど、実際は魔物の巣窟へ行くようなものだよ」

「ラノーラがそこにいるなら、あたしは行くわ。見付けるまで、あたしは帰らない」

「……えらい奴の依頼、受けちまった」

 横を向いて、アッシュがぼそっと一言。

 アッシュとしては、リモールの周りに結界を張って留守番させ、自分とジークだけで街へ入り、ラノーラの情報が得られないか探る……というつもりでいたのだが。

 きっとおとなしく待っていろと説得しても、リモールは断固拒否するだろう。自分の魔法に自信がない訳ではないが、リモールならどうやってでも結界を抜け出てしまいそうな気がする。

「アッシュ、とりあえず行ける所まで行こうか」

 魔法使いの気持ちを悟ったジークは、笑いをかみ殺しながら言った。

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