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ふたり  作者: 碧衣 奈美
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森の中へ

 次の日、まだ薄暗いうちから一行はラグロの村を目指して出発した。

 アッシュとリモールは馬に乗り、ジークはあの小さな竜の姿になってアッシュの肩に乗っている。馬なら半日とかからず村へ入れるし、リモールに貸した馬は帰りにジークが乗って行けば済む。

 少しでも早くラノーラの行方が知りたいリモールとしては、馬を出してもらえたことはとてもありがたかった。

「リモール、昨夜はしっかり眠れた?」

 アッシュの肩にいるジークが尋ねた。

 リモールとしては、こちらの姿の方が落ち着いて会話ができる。声が子どもっぽいし、どきっとしてしまうような笑みを向けられることがないからだ。

「うん、おかげさまで」

 ラノーラがいなくなって以来、しっかりと休息を取っていなかったし、アッシュが依頼を受けてくれたことで安心したのだろう。リモールは久々に深い眠りに落ちることができた。

「白々しく、よくそんなことが聞けるよな」

 アッシュがぼそっとつぶやいた言葉は、リモールの耳には届かなかった。

 リモールが不安で眠れない時間を過ごしているのではないか、と気にしたジークは窓からこっそりとリモールの様子を窺っていたのだ。

 もちろん、リモールはそんなことなど知らない。アッシュが知っているのは、ジークが「ぐっすり眠っていた」と報告したからだ。

 それを聞いて「まさか夜ばいするつもりだったんじゃないだろうな」「彼女の心理状態がもっと落ち着いたものだったらねぇ」などとくだらない口論までしていた。

 道中は大した会話もなく、馬を急がせたおかげで予定よりずっと早くラグロの村へ到着する。

 家へ入ると、リモールはラノーラがいつも髪を結わえていた紐をアッシュに渡した。

 女同士だし、だいたいの物は共同で使っている。だが、それだけリモールの気も混じってしまうので、捜しにくい。雑念が入ってしまうのだ。

 ラノーラだけが使っていてすぐに渡せる物、ということで、リモールはこの紐をアッシュに渡した。ラノーラはリモールよりも髪が少し長いので、いつもその紐で髪をまとめていたのだ。リモールの髪は肩までなので、こういった紐はほとんど使わない。だから、これにはラノーラの気だけが染み込んでいるはずだ。

 数年前、ラノーラはこの紐を買って、髪を結うようになった。リボンなんてしゃれた物ではない。本当に少しきれいな紐だ。

 お金がないので、髪飾りなども気軽に買えない。それまでは色が地味で質素な紐を使っていたが、数少ないおしゃれとしてラノーラはこの赤い紐を買ったのだ。

 時間が経ったことで、今はそれも少しあせた色になっている。

 リモールから話を聞き、紐を受け取ったアッシュは、それを見詰めながら呪文を唱えた。じっと見詰めるリモールの前で、その紐から白い煙が立ち上り始める。最初はアッシュが紐を燃やしているのかと思ったが、紐は元の形のままで彼の手の中だ。

 魔法使いと彼の肩にいる竜は、その煙を真剣な表情で見詰めている。リモールも改めて見たが、やはりただの白い煙だけ。

 魔法使いには、あの煙の中に何か見えてるのかしら。

 集中力を途切れさせてはいけないと、リモールは煙の中に何が見えるのか尋ねたい気持ちを懸命にこらえた。

「森の奥……は間違いない。でも、それ以上が見えない。おかしいな、どうしてここで途切れるんだ」

 独り言なのか、説明しているのかわからない。

「途切れるって、まさかラノーラは……」

 その先が怖くて口にできない。ある程度の覚悟をしていたとしても、それはそれ。

「いや、まだ生死は確認できない」

 はっきりした口調だが、内容ははっきりしない。

「確認できないって、どういうこと?」

「通常なら、この紐の持ち主は森にいる、と断言できる。いる場所もだいたいわかる。それが今の場合、森へ入ってその後が見えてこないんだ。もし魔物や森の獣に喰われたとしても、それならそれで痕跡があるはずなのに、それすらもない」

 魔法使いでさえ見えないのだ、村人が捜してもわからないはずである。

「どういうこと……」

 アッシュの説明がわかるようで、やっぱりよく理解できない。

「何かの力が邪魔してるみたいだ。現場に行ってみないと、ここではこれ以上の情報を得るのは無理だな」

 アッシュの言葉が終わると同時に、紐から出ていた煙がスッと消えた。もちろん、紐に焦げ跡などはない。

「現場ってことは、ルクの森へ行くのね」

 ラノーラが最後に目撃された所だ。

「ああ。場所を教えてくれれば、俺達が行って来る」

「あたしも行くわ」

「何があるかまだわからないから、危険だ」

「あら、アッシュが行くまでにも、あたしは一人でさんざんあの森の中を歩き回っていたのよ。本当に危険なら、とっくに何か起きてるわ」

「怖い物知らずだね。なかなか頼もしい」

 今のジークに言われると、子どもにほめられてる気分になる。

「あたしの妹のことだもん。ただ待ってるなんて、あたしはいや。一緒に行くわ」

「何かあった時、足手まといになる」

 きっぱり言われ、リモールは口ごもる。

 もし魔物が出たりした場合、何もできないリモールがそばにいれば、確かに邪魔になるだろう。

「不利になる状況が起きない、とは言えない。だけど……アッシュ、女の子一人守れないってことはないよな? 森の中のことはリモールの方がよく知っているし、彼女の持つ情報が役に立つことだってあるぞ」

 ジークは賛成のようだ。リモールの顔がぱっと輝く。同行の許可を得たも同じだ。

「じゃ、行きましょ。森はそんなに遠くないから」

 リモールは先に家を出て行く。こうなったら出た者勝ちだ。アッシュが止める間もない。

「はは、元気だねぇ」

「ああいうのは、跳ねっ返りって言うんだ」

「そう? オレは嫌いじゃないよ。かわいいじゃないか」

「……またそういう話になるのか」

 アッシュの顔がうんざり、といった表情になる。

「どんな時でも、楽しいことは見付けないと。心の余裕がないと、大事なことを見逃すぞ」

「物は言いようだな。もしかして、本当にリモールのことが気に入ったのか?」

「そうかも。これまで魔法使いの周りにいた女性は、従順な性格が多かったからな。ああいった元気で、たぶん勝ち気な女の子には久しぶりに会った」

「ジークの好みにケチをつける気はないけど、仕事の依頼主に手は出すなよ」

「あ、取られたくないから、牽制(けんせい)してる?」

「あのなぁ……」

「勝負はいつでも受けるぞ。でも、それは後で。リモールが待ってるぞ」

 何か言い返そうとしたアッシュだが、さっさとあきらめて家を出た。

☆☆☆

 ルクの森の中を通る道は、アッシュが想像していたよりきれいに整えられていた。

 田舎の道だから、歩行に邪魔にならない程度に木々や草が除去されたくらいだろうと思っていたのだ。

 しかし、思っていたよりしっかりと舗装されていて、歩きやすい。村同士をつなぐだけの道とは思えなかった。街道と呼んでも差し支えないくらいだ。

「でも、きれいな所はこの道くらいよ。森の他の部分には一切手を入れてないから」

 アッシュの感想に、リモールはそう言った。

「子どもの頃、近所にいたおばあちゃんが話してたわ。あの森で人間が入れるのは、あの道の部分だけ。他の場所へ入れば、そこは魔物の領域だから何をされても文句は言えないって。子どもが森の奥へ入らないための作り話だと思っていたけど、本当かも知れないわね」

 大人であっても、村人は森の奥へは行かない。それはラグロの村だけでなく、隣にあるザントの村でも同じこと。

「この道、誰かが頻繁に掃除している訳じゃないよな?」

「え? そういう話は聞いたことないけど」

 森の中を突っ切るように伸びる道を掃除するなんて、考えたこともなかった。

「それにしてはきれいすぎる。道の部分には、草一本生えてない。リモールが知らないだけで、村人の誰かが草むしりしてるにしても、これだけきれいなのは少し妙だ」

 リモールはこの状態が当たり前だと思っているので、妙だと言われても「そうかしら」くらいにしか感じない。

「今が落ち葉の季節じゃないにしても、一枚の葉すら落ちてないのは不自然だと思わないか? 頭上にはあんなに葉が生い茂ってるのに」

「あ……そう、ね」

 言われてみれば、不自然な気もしてきた。

 ベイルの街は、道が全て石畳だ。少なくとも、リモールが通った道はそうだった。でも、石と石の間から根性のある名もないような草が生えていたのを、リモールは見ている。

 この道は、単なる土の道。舗装と言っても、平らにされているだけなのだから、同じようにたくましい草があってもおかしくないはずなのに。いや、たくましくなくても、この道なら生えることはできそうだ。

 しかし、実際はわずかに小さな石ころが転がっているだけ。虫に食われた葉一枚すらもない。

「それじゃ、ここって何か特殊な道なの?」

「危険なものは感じないけど……人の手以外の力が加わってるな」

「魔法ってことなの?」

「断定はまだできないけど、似たようなものだろう」

 今まで何度となく通って来た。危険ではないと言われたものの、そういう不思議な力が漂っていたなんて考えたこともない。もちろん、聞いたこともなかった。

 村の年寄りに聞けば「実は森の道は……」という話が出てきたりするのだろうか。

「……」

 ジークは黙って周囲を見回している。

 枝葉に光が遮られ、陰った道。わずかに湿り気を含む空気。

 森の木々以外にこれといって何もない空間に向けられた竜の赤い瞳には、一体どんな物が映っているのだろう。

「ジーク、何か感じるのか?」

「ん……この道、結界みたいだね」

「結界って何?」

「魔物が入れない、もしくは出られないようにする見えない壁……みたいなものと言えば想像できるかな。魔法使いにとっては、ごく基本的な魔法だよ」

「それじゃ、この道は魔法使いが造ったもの?」

 そんな話は聞いたことがない。もしそうなら、小さい頃から、あの道は魔法使いが造ったんだよ、なんて話を耳にするはず。

「魔法使いとは限らないよ。ある程度の知力と魔力があれば、魔物にだって結界を張るくらい、簡単にできるからね。この道には……人間の力を感じない」

 魔法使いではない。つまり、魔物が張った結界。

「魔法使いでもすぐにはわからないように、巧妙に張ってあるね」

「かなりの術者ってことか」

「半端な力じゃないことは、確かだ。でも、ずいぶん古いな」

「あたし達、魔物が造った道をずっと使ってたの……」

 誰が造った道か、なんて考えたこともなかった。せいぜい自分達の先祖が造ったんだろう、とぼんやり思う程度だ。それはリモールに限ったことではない。

「リモールが聞いた、道以外は魔物の領域って話。真実だったってことだね。オレが想像するに、村人と魔物達はどういう形でか交流があったんだ」

「魔物と交流? そんなこと、できるの?」

「仲がよかったか、険悪かまではわからないよ。交流という言葉が合ってるかも怪しいし、関わっていたのはほんの一部の村人や魔物かも知れない。どちらにしろ、互いが互いの領域に踏み込まないよう、この道ができた。そんなところかな。で、時が流れて詳しい話は忘れられたんだ。よくあることだよ。この道は、竜に影響はなさそうかな」

 何の変哲もない、どこにでもあるような村に住んでいると思っていたのに、実はこんな近くに魔物が潜んでいた。

 それを知らされて、リモールは言葉もない。

「やっぱり魔物がらみってことだ。ラノーラはこの結界を踏み越えてどこへ向かったのか、奥へ入って調べる。リモールは帰っていろ」

「ここまで来て、帰れないわ」

「ここまでなら帰れるんだ。意地を張らずに帰った方が身のためだぜ」

 道を踏み外さなければ、危険はないはず。だが、この先は……。

「だから、森の奥へは何度も行ったって話したじゃない」

 結界が何か、まだしっかり理解していない。とにかく、この道以外の森は危険だということらしい。

 しかし、今まで何度も道以外の所を歩いていたが、何もなかった。

「お前だけだから、見逃してくれたのかも知れない」

「どういう意味よ」

「この先が魔物の領域、誰かのテリトリーだとしたら、魔法使いの俺やジークが踏み込むことでそいつらが現われることだってありえる。ただの人間だから、お前や村人が入っても何もされなかったんだ」

「でも、ラノーラだってただの人間なのに、魔物が連れて行ったかも知れないんでしょ。だとしたら、アッシュのその仮説は成り立たないわ」

 こいつ、頭の回転がいいのか悪いのか、判断しかねるな……。

 リモールの反論を聞いて、アッシュは内心戸惑った。

 魔法使いの家というだけで門に魔法がかけられている、なんて思っていたくせに、なぜ今はこうもあっさりと弱い部分に突っ込んでくるのだろう。

「アッシュ、一緒に行く方がよさそうだ」

 ジークが口添えする。

「ほら、ジークだってこう言ってくれてるじゃない」

 アッシュは自分の肩に乗っている竜を横目で睨む。

(残れと言ったところで、リモールなら後ろからこっそりついて来るくらいのことはする。それなら、一緒にいる方が安全だろ)

 この声はリモールには聞こえていない。ジークがアッシュの心に直接話しかけているのだ。

(いなくなったラノーラは、リモールの双子の妹だ。相手の目的はまだわからないし、オレ達がいない間に残った姉を連れに来ることも考えられるぞ)

 そこまでアッシュも考え付かなかった。双子ということは、特に一卵性であればほとんど同じ顔。顔で選んだのではないかも知れないが、(つい)を必要とした魔物の仕業であれば、リモールも標的とされることは十分にありえる。

 一度に連れて行かなかったのは、力のなさか、別の事情か。妹をさらい、捜しに来た姉が自ら飛び込んで来る形になるのを待っている、とも考えられる。今回はたまたま妹が先に被害に遭った、というだけで。

「一つ約束しろ」

「何?」

「絶対に俺から離れるな。勝手な行動はするな」

「……それ、一つじゃないわよ」

 リモールの言葉に、ジークが横を向いて吹き出した。

「細かいことを突っ込むなよ。それより、わかったな」

「わかったわ。アッシュの邪魔をするなってことでしょ」

「まぁ、そういうことだ」

 リモールはああ言ってるが、どこか不安の残るアッシュだった。

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