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ふたり  作者: 碧衣 奈美
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大魔法使いとアッシュ

 人捜しをするには、当人の持ち物を必要とする。そこから本人の気配などを魔法で追うのだ。

 しかし、そんなことにリモールの気が回るはずもない。第一、そんなことをするなんて今日初めて知ったくらいだ。

 ラノーラがいなくなったのがルクの森。最終確認をするために、アッシュもその森へ行くと言い、どちらにしろラグロの村へ向かうことになった。

 だが、話がすっかり長くなり、陽はとっぷりと暮れてしまっている。今から出掛けても、ラグロの村に着く頃には真夜中だ。それから森へ向かうのは、時間的にも危険。

 そういう事情と、今日はリモールも疲れているだろうから、明日の早朝に出ようということになった。

 宿を取ってないのなら泊まって行くといい、とジークに勧められたので、リモールはその言葉に甘えることにする。少しでも出費を抑えれば、アッシュに早く依頼料を渡せるからだ。

 明日の準備をすると言ってアッシュは部屋を出て行き、リモールは食事の用意をすると申し出てキッチンへ向かった。ジークが案内し、そのまま手伝いに入る。

「大きな台所ねぇ」

 そんなに大きくない屋敷、と思っていたが、何のことはない、ここは縦長の屋敷だったのだ。間口が広くないから大きくないと思ったリモールだが、奥行きがある。さらに二階建てだから、魔法使いの仕事がなくても宿屋だってできそうだ。

 実際、住み込みのメイドや弟子がいた、とジークに教えられた。弟子は住み込んだり自立したりで出入りが多かったため、正確な人数は言えない。だが、常に十人を超えていたはずだという話だ。それなら、こんな広いキッチンが必要になるのもわかる。

 鶏肉があるから、今日のメインはこれにしようか、とジークが出して来たので、リモールは下味をつけ始めた。

「リモール、ちょっとぶっきらぼうな部分もあるけど、アッシュはいい奴だから」

 じゃーいもの皮をむきながら、ジークが言った。

「え? う……うん」

 いきなり言われても、返事に困った。依頼を受けてくれた、という点では、一応いい人、ではある。

「あいつ、メルザックが亡くなったことを、まだ受け止めきれていないみたいなんだ。アッシュの気持ちもわからないではないけれど、いつまでも落ち込んではいられないだろ。今回の話も、やる気があるんだかないんだかって顔をしていたから、ちょっと挑発してみた。悪かったね。リモールだって大変なのに、つまらない言い合いを聞かせてしまって」

「ううん、気にしないで」

 やっぱり挑発だったんだ。でも、それにあっさり乗ったような感じだったし、アッシュってああ見えてもやっぱりまだ子どもなのかな。それとも、ちょうどいいきっかけだから乗ったように見せた、とか。

「忙しく動いている方が、気が紛れるからね。リモールが依頼してくれて、本当によかったよ。ありがとう」

「そんな……あたしだって、妹を捜してもらえるんだもん」

 ありがたいと言うのなら、それはお互い様。いや、ありがたさで言うなら、リモールの方がずっと上だ。

 アッシュに断られたら、リモールにはその後どう動けばいいかわからない。依頼料だって、他の魔法使いに頼んだら分割払いは駄目、と言われるかも知れないのだから。

「ねぇ、ジークは竜なんだから、魔法を使えるんでしょ?」

「使えるよ」

「じゃ、魔法で皮むきしたら? その方が早いんじゃないの?」

 手伝い始めてくれた時は何も思わなかったが、竜がナイフを使って皮むきなんて妙だ。

「こっちの方が面白いから。魔法なんて使わなくても形が変わって、味も変わるなんて不思議だと思わない?」

 妙な竜だ。それとも、こういうタイプが普通なのだろうか。

「魔法使いは何でも魔法でやる、なんて思ってた? 練習が必要な時ならともかく、普段は自分の手で用事をするよ。横着して、魔法で物を引き寄せたりすることはあるけれどね」

「そういうものなの? せっかく便利な力があるのに」

「細かいことに魔力を使っていたら、いざ大きな魔法をする時に魔力が足りないってことにもなりかねないからね。それは極端だとしても、将来魔力がなくなった、なんて時に魔法を使うことに慣れきっていたら、自力で何もできなくなる……かも知れない」

「えっ、魔力がなくなるの?」

 魔法使いにとって、それは一大事ではないのか。

「年を取れば弱くなることはよくあるよ。全くなくなるのは、仕事中に問題が起きたりした場合かな。若い時の力を保つ魔法使いもいるし、人によって色々だよ」

「あたし、昔読んだ絵本なんかで、魔法使いのおじいさんって強いんだって思ってたわ」

 大魔法使いと呼ばれる老人がものすごい魔法を使う。誰よりも強い。

 情報が絵本からなのは申し訳ないが、魔法に馴染みがない人というのはその程度のものだ。

 今なら想像や脚色がふんだんに入っていると思えるが、子どもの頃は素直に、そして本気で受け取っていた。

「老人なのに魔法がすごいっていうのは、魔力が特別に強い訳じゃなく、要領がいいんだよ。経験の差だね」

 お(とぎ)話が妙なリアリティを持ってしまった。

「魔法使いの家には、ジークみたいに竜がいるものなの?」

「ベイルの街に住む魔法使いの家にはいないかなぁ。同胞の姿を見掛けたことがないから。他の街や国は知らないけれどね。でも、魔獣や妖精なんかがそばにいることは多いよ。呼び出されたり、勝手について来たり、そこにいる事情も様々」

「ふぅん。ジークはどういう事情?」

「オレは勝手にくっついて来たケース。まだ若いメルザックと出会って、その時にあいつの技に惚れたから。魔法使いになるために生まれたような奴だったよ」

「メルザックさんって、いくつだったの?」

 覚え間違いでなければ、アッシュは「じいちゃん」と呼んでいた気がする。

「んー、百六十……をちょっと越えてたかな」

「え……ひゃく?」

 桁を聞き間違えたような気がする。

「魔法使いとしては、それなりの年齢じゃないかな。もっと長生きする場合もあるから」

 そのメルザックが若い時に会ったと言うジーク。当時の魔法使いがいくつかはともかく、彼もそれなりの年齢ということになる。さっきアッシュが言った「(ひい)じいさんが生まれるはるか昔」も、大げさではなかったのだ。

 んー、魔法使いも竜も、あたしが思ってたよりずっとすごいのねぇ。住む世界が全然違うわ。

「他に人がいないみたいだけど、メルザックさんが亡くなって、お弟子さん達は出て行ったの? あれ、アッシュも弟子なんでしょ。どうして彼だけが残ってるの? あ、養父って言ってたっけ」

 ジークは皮をむいたじゃーいもを、まな板の上で一口大より少し大きめに切ってゆく。

「アッシュはメルザックの最初で最後の家族なんだ」

 リモールは「聞かない方がよかったのかしら」と思ったが、ジークは何でもないように話してゆく。

 青年のメルザックには、将来を誓い合った恋人がいた。その彼女は、彼と生活を共にすることなく、こじらせてしまった風邪が原因であっけなく逝ってしまう。それからずっと、メルザックは独り身を通した。

 時は過ぎ、彼の元に多くの弟子が集うようになる。やがて、彼らは独立したり、国の主要な位置の役職に就くなどしていた。

 それぞれの弟子達の活躍は、本人や周囲の口からメルザックの耳に入っていたのだが、時としてその中には不幸な報告もあった。

 まだ年若い弟子の訃報(ふほう)

 弟子のルードとその妻が、御者を失い、暴走する馬車に撥ねられた、という知らせだった。

 魔物との戦いで傷付き、果てたという弟子もそれまでにいたが、こういう訃報もやりきれない気持ちになる。

 当時まだ三つだったアッシュは、彼らの息子だ。その日はたまたま近所に預けられていたので、災難は免れた。しかし、彼は自分を愛し、育ててくれる大切な人達を失ってしまったのだ。

 夫妻には親戚が一人もいなかった。どちらも孤児で、施設で育ったのだ。なので、二人がいなくなったと言っても、アッシュを引き取ってくれるような親類縁者はいない。

 そのままであれば、アッシュは施設に預けられただろう。その彼を、メルザックが引き取ることを申し出た。

「自分の弟子だからって、その子どもまで引き取る義理はないんじゃないかって周りは言ったんだけれどね。メルザックはどうしても放っておけなかったらしい。大切な人に置いて行かれた、という境遇を自分と重ねたんだろうね。黄泉(あちら)の世界は、魔法使いにだって手が出せない領域だから」

 魔法使いを父に持っていたためか、この家へ引き取られたアッシュは色々な物に興味を示した。普通に置かれているような調度品などではなく、魔法道具や魔法書などにだ。

 試しにメルザックが少し教えてみると、乾いた砂が水をすぐに吸い込むように、アッシュは知識を吸収していった。魔法使い志望でも、やはり人には向き不向きというものがある。その点、アッシュは間違いなく魔法使いに向いていた。

「ものすごーく喜んでいたよ。筋がいいって、いつもオレに話してた。まるでのろけ話を聞かされている気分になったこともあるくらい」

 形式上は「養父」だが、すでに百五十を越えていたメルザックの外見は老人。なので、アッシュは「じいちゃん」と呼んでいた。

 幼い時は本当に自分の祖父だと思っていたようだが、アッシュが理解できる年頃になるとメルザックはちゃんと説明した。

 アッシュは両親のこともメルザックとの関係もちゃんと理解はしたが、慣れてしまった呼び名は変えられず、だからそのまま。

 その頃には、高齢を理由にメルザックは弟子をとることはやめていた。独立できる者はさせ、まだそこまでに至らない者は自分が信頼できる魔法使いに師事できるように手配した。

 そのため、アッシュが十歳になった頃には屋敷にいるのはメルザックとジーク、数人のメイドだけになっていた。

 本当なら、身の回りの世話を大まかにしてくれる人が一人いれば十分だったのだが、そこは元・王室付きの魔法使い。顔が広いので、普段から来客が多いのだ。

 弟子はとらなくても来客を拒む理由はないので、そういった人達が来る時に一人でまかないをするのは無理だから、数人のメイドが残っていた訳だ。

 やがて、メルザックは自分に最期の時が訪れようとしているのを感じ取った。そう長くはないと悟り、メルザックはアッシュにこの屋敷を好きにすればいいと告げる。

 もう一人前と言っても恥ずかしくない技術はあるが、もしまだ不安が残るようであれば、話はしてあるからこの魔法使い達を頼るといい、と言って魔法使いの名前が連なった紙も渡した。

 メルザックにとってはまだまだ幼い「我が子」を一人残すことは忍びなく、自分がしてやれることは何でもしてやりたかったのだろう。

「その話をして、ちょうど一ヶ月後だったよ。で、さっきも話したけれど、国葬があって、その後の雑用なんかが全て終わって、ようやく一段落したところ」

 ということは、いなくなった淋しさが実感としてわいてきた頃ではないだろうか。ジークがやる気がどうのと言っていたのも、その辺りが関係しているのだろう。

 話している間に、じゃーいもが茹で上がった。

「アッシュもこれまでに何度か、魔法使いとしての仕事をしたことがある。ただ、その時はメルザックが後ろで見守るような形だった。アッシュ自身は気付いていなかったらしいけれどね。でも、今回は間違いなく一人でやることになる。メルザックとはもちろん比べ物にならないし、他の魔法使いと比べても場数は圧倒的に少ない。だけど、リモールは心配しなくていいからね。結果がどう出るかはともかく、アッシュの腕は確かだし、いざとなればオレも手を貸すから。あ、これはアッシュには内緒だからね」

 基本的には魔法使いの仕事に関与しないらしいが、その竜が手を貸してくれると言うのならこれほど心強いことはない。

「ありがとう、ジーク。でも、あたし、全然心配してないから。ここへ来るまでに、魔法使いに頼みさえすれば大丈夫って思ってたの。頼む相手がメルザックさんではなかったけど、その人直伝ってことでしょ。ちょーっと口が悪いところが気になるけど、アッシュのこと、頼りにしてるわ。もちろん、ジークも」

「オレの名前を忘れずに言ってくれるところが、嬉しいね」

 赤い瞳はともかく、今までに見たことのないような美形の男性に微笑まれると、本当は人間でないと知っていてもどきどきする。

「あの……えっと、ジークはいつも女の人に対しては、そんな口調なの?」

「そんな?」

「かわいい、とか何とか……」

「言うよ。自分の気持ちは素直に出さないと。出さない方がいい場合はちゃんと心得ているけれど、普段は思ったままを言うよ。リモールのことも、かわいいと思ったからかわいいって言った。オレにとってはそれだけ」

 口説き文句のようなことを言いながら、いつの間にかじゃーサラダができあがった。

「もしかして、リモールの周りにはそういうことを言うような奴がいなかった?」

「いないわよぉ、そんな人」

「んー、それが真実だとしたら、そいつらは目がついている意味がないな。咲いてる花を愛でないのと同じだ」

「花って……」

 村でこういったことを次から次に言う人など、少なくともリモールの周りにはいなかった。ほめられれば「お上手ね」と軽くかわしたり、素直に「ありがとう」と言えばいいのだろう。だが、こういったことに免疫のないリモールは、どう相づちをうてばいいかすらもわからない。

「いい加減にしろよ、ジーク」

 いつの間にか入ってきたアッシュが、テーブルに転がっていたオレンズを投げた。それがジークに当たることはなく、投げられた方は軽くキャッチする。

「ガキをからかって遊ぶなよ」

 やっぱりからかわれてたのかな。それにしても、ガキって……自分だってそう変わらないくせに。

「からかってなんかいない。真実を言ったまでだ」

「どうだか。ジークだけだと、何を言ってるかわからないから来てみたら、案の定だ。おい、リモール。ジークが言ったことなんて本気にするなよ」

 それはつまり、かわいいという言葉を真に受けるな、ということだろうか。

 それって、あたしがかわいくないって言いたい訳?

 ちょっとうがった見方かな、とも思うが、そういう意味に取れなくもない。

 本当にこれで落ち込んでるの? 魔法の腕は実際に見てないから何とも言えないけど、もしかして性格に少々難ありの魔法使いに頼んだのかしら……。

 ほんの少し、リモールの中に不安がよぎった。

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