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ふたり  作者: 碧衣 奈美
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依頼

「ラノーラがいなくなったのが七日前、か……。そんな状態じゃ、メルザックが亡くなったって噂が流れていたって、聞いていられる余裕はないね」

 リモールが何も知らずにここまで来た理由を知り、ジークが(うなず)いた。

「魔物が関わってる可能性は高いな」

「やっぱり魔物の仕業なのっ」

 アッシュの言葉に、リモールは身を乗り出した。

「落ち着けよ。そんな中腰で話を続けるつもりか?」

 言われて不服そうな顔をしながらも、リモールは座った。

「ずっと話して、喉は渇かない? お茶を飲めば、少しは気も安らぐよ」

 ジークに勧められ、リモールはカップに口をつけた。いい香りが口の中に広がる。

 話が長くなってしまい、話をしていた時間から考えてもお茶は冷めているはず。それがまだ温かく、気持ちがほっとした。

 魔法に馴染みがないリモールは、ジークが魔法で温めた状態にしていたことに気付いていない。

「おいしい」

「それはよかった。お茶を上手に淹れるメイドさんがいてね、彼女に教えてもらったんだ。味は彼女のお墨付きだよ」

 ジークのウインクが見事に決まる。

「竜もお茶を飲むの?」

 すごく意外な気がする。それに、竜が人間に習う、というのも不思議な感じだ。

「もちろん。お茶もジュースも蒸留酒も醸造酒も。その他人間が口にする物は何でもね。一番好きなのは蒸留酒かな。あの澄み切った色と香りがたまらない」

「竜は酒飲みが多いらしいぜ」

 アッシュが冷めたコメントをはさむ。確かに、例を出すのに酒が二種類あった。

「あの……竜には人間のルールなんて関係ないんだろうけど、ジークって何歳なの?」

 人間の世界では、子どもが酒を飲んではいけない、ということになっている。子どもを何歳までとするかはその地域によるが、基本的に禁止。

 ジークは竜の姿の時、とても小さかった。今はどう見ても大人で通用する姿だが、どちらの姿から彼の年齢を判断すればいいのか迷う。

「オレ? んー、だいぶ前に数えるのをやめたから、改めて尋ねられると困るな。まぁ、少なくともリモールが生まれるよりは前だよ」

「それどころか、俺達のじいさんや(ひい)じいさんが生まれるより、はるか昔だろ」

「え……」

 リモールの目が丸くなる。

「んー、そうだったかな。思い出したら報告するよ、リモール。ちなみに、アッシュは十六になったばかり」

「十六っ? あたしと一つしか違わないの?」

「ってことは、お前は十七か」

「十五よっ」

 年上に間違えるあたり、絶対わざとだとわかっていても、しっかり訂正するリモール。

「アッシュ、女性に年齢のことは口にしない方がいいんだぞ」

「隠すような年か」

 最初に見た時から、同じくらいだろうな、ということは思っていた。でも、それは同じ年代という意味であって、二つ三つは確実に離れてると思っていたのだ。

 ジークは「なったばかり」と言ったし、リモールの誕生日は半年先。ということは、厳密に言うと一年も離れていないことになる。大人びて見えた気がしていたが、きっと彼の長身に惑わされたに違いない。

「……と、話が違う方向へ進んだな」

 ジークに目で(うなが)され、アッシュは本題に戻った。

「村人の話だと、ラノーラは自分の足で森へ向かっていたんだろう? それが自分の意志であれ、操られていたのであれ、魔物が絡んでいると思った方が自然だな。まともな状態で人さらいみたいな奴がいる所へのこのこ行くとは思えない。ラノーラが連れ去られた、もしくは殺された形跡をまったく見付けられないのであれば、魔物の可能性は高いだろう」

「ルクの森に魔物が……」

「山や森には、だいたい魔物がいるんだ。でも、絶対魔物の仕業だとはまだ言えない。可能性が高いってことだ。……で、どうする?」

「え? どうするって……」

 言われた意味がわからず、リモールは聞き返した。

「正式に依頼するのかってことだ。俺はどっちでもいいけど。お前、金はあるのか?」

「え……」

 やはり言われた意味が掴めないリモールは、まともな返事ができない。

「え、じゃないだろ。お前、まさか慈善事業で捜してくれって言うつもりか?」

「……」

 リモールは何も言い返せなかった。お金のことなど、こうして言われる今の今まで、本当に何も考えていなかったのだ。

「あのなぁ、魔法使いだって人間だぜ。それはわかるよな? で、人間だったらメシも食うし、服も着る。衣食住が必要なんだ。それを保つためには生活資金がいる。言ってること、わかるか?」

「うん……」

「魔法使いをものすごーく特別な目で見ているみたいだけど、言ってみれば技術職だ。お前が村人から注文を受けて服を仕立てて、収入を得るのと同じ。俺達は無料で人助けをしてるんじゃないんだぜ」

 説明されれば、もっともだ。リモールは勝手に「助けを求めて、それに応じてもらったら何とかなる」くらいにしか考えてなかった。

 とにかく、いなくなったラノーラのことだけしか頭の中にはなくて。

 魔物が関わっているということになれば、命の危険も増すだろう。そうなれば、依頼料というものが高くなるのは当然のこと。

 さっきジークが「客を譲る」などと話していたのは、単なる来客ということではなく、依頼主という意味だというのが、今頃になってわかった。

「いいじゃないか、アッシュ。人捜しくらい、してもいいだろ」

「それ、ただでって意味か? リモールだけを無償でやった、なんて話がもれたら、他にもそういう奴らが来るだろ。で、依頼料を請求したら無償でしてくれるんじゃないのか、なんて言われる。こういう話に限って、すぐに広まるんだ」

「なるほど。それじゃ、練習ってことにすれば? リモールにすれば少し聞こえが悪くなるけれどね。そう言っておけば、他の依頼が来た時に言い訳できる」

「それだと、まるで俺がやましいことをしてるみたいじゃないか。だいたい、ジークはどうしてリモールだけを特別扱いしようとするんだ」

「かわいいから」

 その答えに、アッシュは脱力しそうになった。言われたリモールの方も、こんなにはっきり言われたのは初めてなので、頬が赤くなっている。

「あのなぁ」

「大事な家族がいなくなったつらさは、お前にだってわかるだろ? それも、予告なしなんだから、心配も倍増だ。村から出て、ひたすら魔法使いを頼りにしてここまで一人で来たんだぞ。健気だし、かわいいじゃないか」

「この……女好き」

 アッシュは頭を抱える。

「何を言っているんだ。男が女性をかわいいとか好きだって言うことの、どこがおかしい。ごくごく自然なことだ」

「だからって、仕事にそういうのを持ち込むなよ」

「お前、頭がかたいねぇ。若いくせに」

「ジークが軟派すぎるんだっ。俺まで同類に見られるから、やめてくれ」

「あれ、お前、男の方が好きなのか?」

「どうしてそういう話になるんだっ」

 完全に話が本題から遙か遠くへ行ってしまっている。

「はは~ん。お前、自信がないんだな」

 ジークの言葉に、アッシュの目が明らかにつり上がった。

「……何だと」

「できないから、金がどうこうって言い訳しているんだろ。失敗したら、格好悪いもんな」

「てっめぇ……俺が人捜しの一つもできないって言うのかよ」

「あれ、できる? 本当に魔物が絡んでたりしたら、なかなか難しいぞ」

 本当にできるのか? と言いたげな目を向けられ、アッシュは思わず立ち上がる。

「俺だって、じいちゃんに叩き込まれたんだ。その言い方だと、じいちゃんまでコケにしてるようなもんだぞ」

「そうかな。メルザックは確かにあれこれと技を叩き込んだけれど、それをアッシュが使いこなせるかっていう話とは別だぞ」

「この……」

 場の空気が張り詰め……いや、アッシュの周囲の空気だけが張り詰めている。好きなように言っているジークは、むしろのほほんとしていた。

「やってやろうじゃないか。俺ができるかできないか、その目で確かめやがれ」

「ほう、言ったね。では、お手並み拝見といこうか」

「あのっ! ……あたし、一応はお客でしょ。お客の前でケンカするのは、やめた方がいいんじゃないの」

 遠因はリモールということになるが、今の会話だとリモールをダシにしてジークがアッシュを挑発してるようにしか聞こえない。

「これは失礼。レディの前で無粋なことをしたね」

 ジークは素直に謝った。浮かべられた笑顔を見ていると、アッシュが言った「女好き」というのも、あながち嘘ではなさそうだ。

「あたし、お金はないわ」

 リモールがあまりにもきっぱり言い切ったので、アッシュはあっけにとられた顔になる。ジークは「クッ」と喉の奥で笑ったような音をたてた。

「はっきりしているね。(いさぎい)いと言うか。嫌いじゃないよ、そういうの」

「好きとか嫌いの問題じゃない」

「そう? ぐずぐずと口ごもってすっきりしないより、ずっといいじゃないか」

「ちょっと待って。払わないって意味じゃないわよ」

 誤解を招きそうなので、リモールは急いで付け加える。

「もちろん、無償でしてもらえるならありがたいけど。アッシュが言ったように、魔法使いだって生活があるから甘えてばかりもいられないわ。だけどあたしは裕福じゃないし、人捜しにはこれだけかかるって言われても、すぐには全額を払えない。でも、少しずつでも絶対払う。一生かかっても払う。誓って踏み倒したりしないわ」

「ここで踏み倒すって宣言する奴もいないと思うけど……ま、いいか」

 踏み倒されたって、捜し出せばいいだけの話だ。

 リモールのような世間の事情にうとそうな少女が逃げようとしても、魔法使いならすぐに捕まえられる。

「じゃ、正式に依頼ってことでいいのか」

「うん。お願いします。ラノーラを……あたしの妹を捜してください」

 改めてリモールは頭を下げた。

「わかった。あ、先に言っておくけど、仮に不幸な結果が出ても、文句は言うなよ」

「え? それは……そうなってたら仕方ないわ。アッシュのせいじゃないんだし」

 ラノーラが魔物に喰われるなりして、その身体が見付からなかった場合。

 それをアッシュが告げてもリモールが「ラノーラをちゃんと見付けてないじゃない」と言って料金を踏み倒す。

 そういうことをするな、と言ってる訳だ。それは言いがかり、もしくは筋違いというものだろう。リモールだって、そこまで石頭ではないつもりだ。

 リモールが知りたいのは、ラノーラの行方。もし不幸な結果が待っているとしても、それならなぜそうなったのかを知りたいのだ。

「だけど、わからず屋がいたりするんだ。以前、先輩魔法使いでそういうバカに当たった人がいて、ぼやいてたのを聞かされてるからな」

「そんな人がいたの?」

 残念な結果が伝えられたとして、そのことについての文句を魔法使いに向けるのは筋違いだ。

「まぁな。世の中には、面倒な奴がいるんだ」

「今のリモールみたいに、人捜しを魔法使いに依頼した人がいた。でも、不幸なことに、行方不明者は魔物に害されて亡くなっていたんだ。それをその魔法使いは依頼主に伝えたんだけれど、その亡くなった人間は違う、そうだと言うなら証拠を出せ、なんて相手がゴネた訳。その人が着ていた服の切れっ端が見付かったから、彼はそれを証拠として渡した。でも、似たような布はどこにでもある、なんて言う始末で、結局依頼した人間を見付けてないから依頼料は払わない、とまで言い出したんだ。自分の大切な人間の死を受け入れられないのはわかるから、馬鹿と言うのはどうかと思うけれど。あの魔法使いもかわいそうだったね。最終的には泣き寝入りしたから」

 そういう前例があるなら、アッシュのさっきの言葉も理解できる。余計ないざこざは、誰の間にもないに超したことはない。

「あたしはそんなこと、しないわよ」

「なら、いいんだ」

 ラノーラがいなくなって、もう一週間。彼女が森へ向かったというのを聞いて、リモールも最悪のことは一応考えている。それでも、捨て切れない希望があるから、ここまで来たのだ。

「これで確かに交渉成立だね」

 さっきまで言い争いをしていたことなどきれいさっぱり忘れたように、ジークが笑みを浮かべた。

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