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ふたり  作者: 碧衣 奈美


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19/19

帰宅

 リモールは目を丸くしていた。

 さっきまでは確かに城の中にいたのに、ジークの手が肩に置かれたと思った次の瞬間には森の中にいたのだ。

「ここって……」

「昨日来た所。オレ達の世界と魔界との間に存在している空間だよ。覚えてる? ここを通り抜ければ帰れるよ。逆方向へ行けば、街の手前にあった草原に出るから」

「だ、だって、さっきまではお城の中にいたのに……」

 この状況に、リモールは目を白黒させる。

「だから、フツーに力を使えるって言っただろ。知られてかまわないなら、もっと早く城へ行くこともできたんだけれどね」

 リモールは何と呼ばれる方法か知らなかったが、早い話が城から世界のつなぎ目がある森へとテレポートしたのだ。

 つなぎ目で力を使って変な作用が起きても困るので手前で止めたが、その気になればわざわざこの森へ来なくても自力で人間界へ戻れるだけの力をジークは持っている。

「こっちの世界で力を使えなかったのはわかるけど、アッシュの家から村へ行く時は使ってくれてもよかったんじゃないの?」

「おやおや、突っ込まれたね。だけど、リモールのように魔法にまるで関わりがなかった人だと、長距離を移動した時、ごくまれに体調を崩したりすることがあるんだ。さぁ、これからって時に寝込んだりしたら困るだろ」

 そう言われたら、魔法に関わりのなかったリモールとしては納得するしかない。竜の魔法でそんなことが起きるとは思いにくいが、もしも、ということを考えてくれたのだろう。

「ところで、リモール。戻ったら、休む場所を提供してもらえるかな」

「え? ああ、いいわよ。あんな狭い家でよければ」

「ありがとう、助かるよ」

 リモールには感じられなかったが、少し歩いているうちに世界のつなぎ目を抜け、元の森へと戻って来たようだ。

 すると、またジークが力を使い、気が付けばリモールの家の中へ戻っていた。

 城から森への移動も驚いたが、森から家の中への移動もかなり戸惑う。

「悪いね、リモール。横になれる場所はあるかな。ベッドだとありがたいんだけれど」

 そこまで言われ、リモールはアッシュがふらふらなのにようやく気付いた。

 ジークの魔法で驚かされ、さっきからアッシュは何も言わなかったのでそちらに気が回らなかったのだ。

 昨日以上に魔法を使い、床に叩き付けられたり殴られたりしている。昨日の夜、話をしている間に眠りに落ちたことを思えば、今も立っているのが不思議なくらいだ。

「ごめん、気付かなくて。こっちよ」

 リモールが寝室のドアを開けた。そこへジークに肩をかりてアッシュが入って来る。が、すでに意識はほとんどなさそうだ。

 二つ並んだベッドのうち、ラノーラが使っていた方にジークはアッシュを寝かせた。アッシュから聞こえてくるのは、寝息だけだ。

 こういう場合、父のベッドがある部屋へ案内するべきなのだろうが、長く使われてないのでシーツなど全てを取り外している。ずっと放っておいたら、本当にカビが生えてしまいかねないからだ。

 少しでも早く休ませてあげようと思えば、ラノーラのベッドの方が手っ取り早い。それに……ラノーラのベッドはもう使われることはないから。

「こうして見ると……ずいぶんとまぁ、男前にされちゃって」

 左の頬からあごにかけて、かなりひどく腫れ上がっている。黙っていたのは身体がつらかったせいもあるだろうが、これでは話をしづらいだろう。

「ランシェに殴られたの。人間並みに力を抑えたって言ってたけど……あいつ、人間の力をわざと過大評価してるわよ。床に落とされたり、胸を手の平で突かれたりしてた。骨、折れてないかな」

 ジークがアッシュの胸を開くと、内出血を起こしてあちこちが青黒くなっている。胸を中心にしてジークはアッシュの身体に手をかざした。

「どこも骨折はしていないね。防御の魔法が少しは役に立ったみたいだ」

 その言葉にほっとする。あの時は本当に殺されるかと思ったが、ジークの診断では命に別状はないようだ。アッシュが丈夫な人で助かった。

「頬やあご、冷やした方がいいわね」

 腫れがひどい。村医者を呼んだ方がいいだろうか。

「名誉の負傷、といったところだけれど……今回はオレが気付くのが少し遅れたから、特別におまけ」

 ジークがアッシュの顔に手をかざすと、頬の腫れがひいてゆく。口の端が切れていたのもなくなってしまった。

「普段はこういうことはしないんだけれどね。人間自身の治癒能力が落ちてしまうから、手は出さないようにしているんだ」

「ジークも人のケガ、治せるんだ……」

「ある程度はね。だけど、その人間の生命力にもよるから、瀕死の重傷を治したとしても亡くなる場合はあるよ。今のアッシュは、かすり傷みたいなものだったからね」

「あれがかすり傷って……」

 あれをかすり傷と言うのなら、他の傷は何と言うのだろう。

 それでも、一瞬で治せてしまうのはすごい。リモールは大きく目を見開いて感心していた。

 こうして「すごーい」と言われたり思われたりするのが、ジークはけっこう好きだったりする。人間なら、ほめられて伸びるタイプだ。

「他は? 手や足なんかもきっと青あざができてると思うけど」

「それはアッシュの治癒能力にまかせよう。若いんだから、すぐに治るよ」

 あとは本人の体力と医者の仕事、とジークはウインクした。

 そう言えば、アッシュも命にかかわる傷でなかったら、魔法では治さないって話してたっけ。竜も同じなんだな。

「リモール、タオルを貸してもらえるかな。このままじゃ、アッシュも気持ち悪いだろうし、ベッドも汚れるから」

 ランシェとの戦いで、ほこりだらけだ。服もあちこち破れている。

 今は眠っているとは言え、確かにこのまま放っておかれたらアッシュも気持ち悪いだろう。

「ベッドが汚れたって構わないけど、着替えた方がいいわよね。父さんの服が引き出しに入ってるけど……カビ臭いかも。ずいぶん長い間着てないし」

「貸してもらえるなら、それくらいのことに文句は言わないよ。このままでいるよりずっといい」

 リモールは父の一番ゆったりした服を引っ張り出した。アッシュの方が背が高いので、普通の服では少しきつめになってしまうからだ。

 ジークはアッシュの身体を拭いてやり、その服に着替えさせた。そうしている間もアッシュはぐっすりと眠り込み、まるで大きな人形みたいにされるがままだ。

 昨日はそれどころじゃなかったから気にしてなかったけど……アッシュの寝顔って子どもみたい。起きてる時の口の悪さを思えば、まるで別人ね。本人に言えば怒るだろうけど……かわいい。

 アッシュの寝顔を見ていると、気持ちが穏やかになってきたように思えるリモールだった。もう安全なのだ。

 そうこうするうち、夜になる。あの城にはどれだけの時間いたのだろう。少しばかりこちらの方が時間の進み方が早いようだから、あちらに一日しかいなくても二日前後の時間が過ぎているのかも知れない。

 リモールもほこりだらけの服を着替え、食事を作った。もちろん、ジークも手伝って。

 アッシュはいつ目を覚ますかわからないが、いつでも食べられるようにしておく。

「アッシュはオレがみてるから、リモールもお休み。疲れているだろ」

 そう、色々ありすぎて疲れてるはずだ。少なくとも身体は疲れているのに、あまり眠気を感じない。あれこれありすぎて、頭は興奮しているのだろう。

「あたし、そんなに眠くないから」

「うん、それはわかってるよ」

 言いながら、ジークがリモールの方へ手を伸ばした。

「だけど、今はお休み。いい子だから」

 額にジークの手が触れたと認識した途端、リモールはすっと眠りに落ちた。何も疑ってないので、簡単にジークの魔法にかかってしまう。

 もっとも、疑っていたって竜の魔法に逆らうことはできない。

 ジークはリモールを運んでベッドに寝かせた。同じ部屋で、並んで眠る少年と少女。

 今夜だけね。オレがいなくても、この状態で間違いなんて起きようがないし。

 そんなことを考え、ジークはくすりと笑った。

 メルザック、オレに頼まなくてもアッシュならちゃんとやっていけるよ。心配するなって。

 二人の寝顔を見て、それからジークは窓から見える星空に視線を移した。

☆☆☆

 アッシュが目を覚ますと、見知らぬ天井が見える。

 しばらくぼんやりとそれを眺め、自分が置かれた状況を思い出した。

 ジークがリモールに休み場所を提供してほしいと言っていたのを、遠ざかろうとする意識の中で聞いていたような気がする。とすれば、ここはリモールの家だ。

 窓の外が明るい。意識がなくなってすぐに目を覚ましたとは思えないから、次の日の朝なのだろう。

 ゆっくりアッシュが起き上がると、ベッドの脇にイスがあり、そこに自分の服が置かれていた。その服を見て、今は違う服を着せられていることに気付く。ジークが脱がせた服をすぐにリモールが洗濯し、乾かしておいてくれたのだ。

 でも、アッシュにそんな事情はまだわからない。

 しっかり働いてくれない頭を抱え、とりあえず自分の服に着替えた。ランシェの力で裂かれてしまった袖は、ちゃんと(つくろ)われている。

 ふぅん……うまいもんだな。

 遠くから見る分にはわからないよう、上手に縫ってある。こういう作業をするのに慣れているのがよくわかった。さすがに縫い物を仕事にしているだけはある。

 部屋を出ても誰もいないので、アッシュは家の外へ出た。そこには、ちょうど洗濯物を干し終えたリモールがいる。

「あ、おはよう、アッシュ。気分、どう?」

「……おはよう。……すっげーよく寝た気がする」

 頭がぼんやりするのは、寝過ぎのせいか。もしくは魔力の使いすぎのせいだ。

「もうお昼前だもん。本当によーく眠ってたわよ。そう言うあたしもかなり寝坊しちゃったけど。あ、寝ぐせついてるよ」

 くすくす笑いながら、リモールがアッシュのはねた髪に手を伸ばした。髪を束ねていないアッシュは、何だか別人に見える。

「ジークは?」

「村を散歩して来るって。ルクの森の道にもまだ興味があるみたい。……アッシュ、もう苦しくない?」

「俺は別に……お前の方こそ……」

 結局、リモールにとっては最悪の形で、アッシュの仕事は遂行された訳だ。

 アッシュは身体的にはかなりつらかったが、休んでいればすぐに癒される。

 だが、リモールの心の傷は浅くないはず。あれだけ必死に捜した相手から目の前で「帰らない」ときっぱり言われたのだから。

 ジークが「リモールにとってつらい結果になるかも知れない」と言っていたのを思い出す。彼がどこで何を知ったのか、何を見たのか、アッシュは聞いていない。きっとある程度の情報から、ラノーラの心境を推測したのだろう。

 一応、最初に警告はしておいた。不幸な結果が待っていることもある、と。リモールもそれはちゃんと納得していた。

 しかし……こんなケースはまれだろう。

「昨日は帰って来てからやたらバタバタしてたし、夜はジークが眠れるようにしてくれたみたいなの。朝起きて、あれこれ用事をしてるうちに時間が過ぎちゃって、あんまりラノーラのことを考える余裕がなかったのよね。だけど……不思議なの。今こうしてラノーラのことを考えても、涙が出ないわ。お城で思いっ切り泣いたせいかな」

 あっけらかんと言うリモール。それでもつらいはずだと、アッシュは思う。今は心が麻痺して理解しきれてないだけだ。

 これが一人になり、夜になれば……。

 状況は違うが、アッシュも大切な人を亡くしたばかり。リモールの心情を多少なりともわかるつもりだ。

「ラノーラってば、いいわよね。相手が人間ではなかったにしろ、あんなに想われてるんだから。同じ顔してるのに、何が違ったのかしら」

「ランシェの好みのタイプが、おとなしい性格だったんじゃないか」

「何よ、それ。失礼ね。あたしだって、普段はおとなしくて優しい女の子よ」

「……それ、自分で言うか? 俺はそういう部分をまだ見てないから、(うなず)けない」

 叩かれそうになったので、アッシュはさっさとかわしておく。

「ねぇ、アッシュ。その……依頼料、少しずつになっちゃうけど、ごめんね」

「え? ああ、それは……」

 最初にそれで承諾したのだから、別に問題はない。

「割り増し、取られそうね。かなり無理させちゃったから」

「……」

 本来なら、ルクの森で捜査は打ち切るべきだった。魔界へ入るなんて予想外。さらにはその世界の王とまで対峙した。しかも、命がかなり危険な状況にまでなって。

 これで単に人捜しの料金だけだと、割に合わない仕事だ。

 リモールがそう考える一方で、アッシュは依頼料などどうでもいいように思っていた。確かに危険な状況にはなったが、そんな所へ依頼人を連れて行った点ではこちらにも非がある。

 いや、そんなことは問題ではなく、単純にアッシュはリモールから料金を取る気がなくなっていたのだ。

 依頼人にいちいち感情移入していたら、自分の生活が成り立たない。それはわかっているが、請求書を作成して「じゃ、これ」と言う気になれなかった。心に穴が、それも相当大きな穴があいた人間に、追い打ちをかけるのは心苦しい。

 しかし、それではリモールが逆に納得しないだろう。ちゃんと約束したんだから、とか何とか言いそうだ。

 それに「どうして?」と問われれば、アッシュは答えられない。自分でもよくわかっていないのだから。ジークが最初に「練習で」と言っていたのを受け入れておけばよかった、と今更ながらに思う。

「その……お前さ、俺に金を払いながら同時に生活していけるのか?」

「んー、そう言われると、あんまり蓄えがないからかなりきついけど。あ、ラノーラがいなくなった分、収入がかなり減っちゃうな。だけど、食費が一人分になる訳だし……」

 あれやこれやと頭で計算しているリモール。

「ここにいるより、街の方が稼ぎはいいぜ」

「え?」

「住み込みで仕事をさせてくれる所は何件か知ってるし、同じ仕事をするなら村より街の方がずっと実入りがいい。親父は滅多に帰らないって言ってたよな。だったら、親父が帰って来た時に行く先を誰かに伝えてもらうようにしておいて、そうした方がリモールも楽だと思うぜ。借金返すなら、早い方がいいだろ」

 意外とも思えるアッシュの提案だった。

「う……うん、そりゃあね……」

 リモールだって、同じ仕事をするならたくさんお金をもらった方がいい。村に固執する理由なんてないのだから、街へ出たってかまわない。反対する人は……いないから。

「あ、でもお前の場合だと、転んだ時の傷薬代で大半が消えるかな」

「アッシュ! もうっ。あなたはお昼ご飯、抜き!」

 持っていた洗濯カゴを投げ付け、怒りながらリモールは家の中へ入って行った。

「メシ抜きって、おい。一昨日からまともな食事をしてないんだぞ」

「そんなの、知らないっ」

「知らないって、あのな……」

 リモールの後を、洗濯カゴを抱えたアッシュが慌てて追った。

 あの様子だと、魔法使いの家もまた賑やかになるかな。

 とっくに戻っていたジークは、陰で二人の会話を聞いてくすくす笑っていた。

 中でどんな展開になっているのか気になるけれど……邪魔をするのはもう少し後にした方がいいかな。

 ジークは小さな竜に姿を変え、もう一度散歩に出掛けることにした。

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