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ふたり  作者: 碧衣 奈美


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14/19

魔王の城へ

 リモールが目を覚ました時、空はまだ暗かった。それでも、眠る時よりは幾分明るく思えるから、朝が近付いているのだろう。

 アッシュと同じで、リモールも少し眠ることで身体がかなり楽になったように感じられた。

「目が覚めたかい、リモール。おはよう」

「あ……おはよう。もしかして、寝過ごしちゃった?」

 アッシュもジークも、すぐに出られる準備をしていた。

「出る時間は決めてないからな。寝坊って訳じゃない。少しは眠れたか?」

「うん。こんな場所で眠れるくらいだから、あたしって実は神経が図太いのかも」

「かも、じゃなくて、そうだろ」

「失礼ねぇ。そう思っていたって、そんなことないってくらいのこと、言えないの?」

「ジークはともかく、俺はそういう嘘は苦手だから」

 起き抜けからずいぶんな言われ様だ。

「ふんだ……。アッシュはどうなの。もう平気?」

「ああ。休める場所が確保されて、しっかり休めた」

「そう、よかった。あたしの前で、またあんな倒れ方しないでよね」

「倒れ……って、ちゃんと眠るって言っただろ」

 アッシュはムッとして言い返すが、リモールにすればささやかな仕返しだ。

「はいはい。朝の会話はそれくらいにして、そろそろ出掛けようか」

 本当はもう少し聞いていたかったが、ジークが中へ入った。放っておくと、延々と掛け合いをしていそうだ。

 アッシュ達は一晩過ごした廃屋を出て、ランシェのいる北の城へ向かった。

 北の城、と呼ばれるからには、城は北にある。

 と言っても、この世界へ来て最初に入った街から見ての北ということだ。あの街がこの世界では一番大きく、そこから見て北側にあるのでそう呼ばれるのが一般的で、特にちゃんとした名前はないらしい。

 そのため、他の小さな町などでは東の城だの、西の城というように、その場所から見て城がある方向に名前が変わる。これはあの魔物達から聞いたことだ。

 昨日のことがあるので、街の中を通らずに迂回するようにして城へ近付く。念のためにまたジークの気配をかりていたので、空を飛ぶ魔物や通りすがりの魔物達は人間が紛れ込んでいるとは気付いてないようだ。

 リモールは相変わらず、魔物の姿を見るとビクッとしている。本人はなるたけ平静でいようとしているのだが、怖いと思ってしまうのは性格と言おうか本能と言おうか。

 その手は昨日と同じく、アッシュの腕をしっかり掴んでいる。

 よくこれで「一人で行く」なんて言えたよなぁ。

 勢いもあったのだろうが、リモールがあんなことを言い出したことについてはやはり感心する。

 あの時は本気で「行ってやる」と考えていたのだろうが、こんな調子では実際に城へ近付くどころかあの路地から一歩出ることすらもかなわない。本人だって、それはわかっていたはずだ。

 それでも……行くって言えるんだよな。

「なぁ、リモール。兄弟って……あ、お前の場合は姉妹か。それってどんなものなんだ」

「え、どんなものって言われても……」

 ふいの質問に、リモールも戸惑ったように口ごもる。

「んーと、ケンカもするし、腹が立ったら口もきかないってこともあるけど、やっぱり大切な人、かな」

「それだと、友達や恋人でも当てはまらないか?」

「そう言われればそうだけど……大切さの度合いが違うわよ。家族と友達じゃ、同じ大切って言葉でも微妙に違うと思う。……どうしてそんなこと聞くの?」

 唐突な質問だし、魔王がいる城へ向かう時の話題とは思えない。

「俺は兄弟がいないから、そういうのがよくわからない。本当はものすごく怖くて、今すぐにでもここから逃げ帰りたいって思ってる。それでも、妹のために足を踏み出せるお前の強さがどこから来るのか、俺には想像できないんだ」

 家族が大切だというのはわかる。だが、アッシュの家族だったメルザックは、アッシュの助けなど必要ないくらい強かった。だから、アッシュがメルザックのために強くある必要がなく、強くあらねばならない機会がなかったのだ。

 もちろん、魔法使いとして強くなりたいとは昔も今も思っているが、それは家族のための強さとは別もの。

「アッシュだって、いざという時が来たらわかるわよ。その相手が兄弟でなくても」

「……そうかな」

 アッシュにだって、親しい友人はたくさんいる。だが、いざという時、リモールのように動けるかと問われれば、すぐには(うなず)けない。

 魔法使いだから、多少のことがあっても自分を守ることはできる。だから、動こうと思えばいくらでも動ける。

 でも、リモールのように何の力もない状態であれば。

 助けたいという気持ちはあっても、実際に身体が動くかどうか自信はない。

「アッシュは優しいし、強いもん。自分の大切な人に何かあれば、絶対助けに行くわよ」

「……。おだてたって、依頼料は安くならないぜ。リモールの方から払うって言ったんだからな」

「もうっ。本当にそう思ってるから言ってるのに」

 アッシュの照れ隠しと気付かないリモールは、頬をふくらませた。

「アッシュは兄弟がいないって言ったけど」

「ああ。両親は俺がガキの頃に亡くなってるし、家族って言えばじいちゃんだけだった」

 過去形になってしまったことには、まだ慣れない。

「あら、ジークは家族じゃないの?」

「それを言われると微妙だな。実際、家にはじいちゃんの弟子の魔法使いがいつも何人かいたし、メイドのおばちゃんやねぇちゃんもいたから、そういう意味では大家族みたいなものなんだろうけど。ジークもその中にいて……だいたい、竜を人間の家族と一緒にしていいのかって部分もあるしな」

「そう。でも、ジークと話しているところを見てると、兄弟みたいよ」

「……ジークが? そうかぁ?」

 言外に「冗談だろ」と聞こえた気がする。昨日と同じように、少し離れて歩いているジークに聞こえているかどうか。

「うん。何でもないような顔で、でもちゃんとやんちゃな弟のことを気遣ってるお兄ちゃんって感じよ。アッシュはメルザックさんに引き取られてからずっと、ジークとも一緒にいるんでしょ? そんなふうに感じたこと、今までになかったの?」

 外見が似てないのはともかく、雰囲気としては兄弟に見えなくもないとリモールは思う。

「ジークとは物心つく頃から一緒にいて、それが当たり前みたいに思ってるけど……兄貴って思ったことはないな。ガキの頃は遊び相手で、魔法を習うようになってからは練習相手で、時々口うるさい親父みたいな感じに思ったことはあるけど」

 ジークを親父と呼ぶのもかわいそうな気がするが、実際は親父どころかおじいさんでも追い付かない年齢らしいから、それも仕方がない。ジークが聞いたら、何と言うだろう。

「だけど、もしジークがラノーラみたいなことになったら、アッシュはジークを助けに行くでしょ? そりゃ、ジークは竜だから、そんなことはまず起きないんだろうけど」

 ジークが誰かに捕まって助けを求める、という図は想像しにくい。それでも、本当にそんなことが起きれば……。

「かもな」

 竜を捕まえる程の相手に、自分の力が通用するとは思えない。でも、きっと動こうとするだろう。見殺しにはできないから。

「ね? そんなものよ」

 そう言うリモールの手に、力が入った。上空を鳥の骸骨みたいな魔物が通り過ぎるのが見えたからだ。

 だけど、やっぱりお前の方がずっと強いぜ。

 引きつりながらも叫び出さないように努力しているリモールを見て、アッシュはそう思った。

☆☆☆

 魔界でしなくてもいいような話をしながら、アッシュ達は北の城のかなり近くまでやって来た。まるで一枚の大岩から削りだしたような石の城だ。

 魔物の城と言っても、おどろおどろしい雰囲気はなく、周りをコウモリが飛び交うというのでもない。知らないで見れば、王子様やお姫様がいそうには見えないけど頑丈そうなお城ね、といった感想を抱く程度だろう。

 でも、中にいるのは魔界の王と、その王に従う魔物達だ。

 このまま進んでも城の門から入れるはずもなく、アッシュ達は城へ向かうコースから一旦外れた。

 この周辺は、大小の岩がゴロゴロしている。城の周辺と言っても、特に整備はされていないのだ。あの城は本当に岩から削りだしたもので、周囲の岩は建設の際の破片だろうか、なんて思えるほど。

 アッシュ達は、その中で目立って大きい岩がある方へと進んだ。

 ここからあの魔物達の話していた抜け道へ入るのである。

 魔物達が教えてくれたのは、城の西側に転がっている岩の中で一番大きいものの下に掘られている地下道だ。アッシュとリモールが並んでも楽々隠れられる大きさの岩で、城から見て岩の裏手に当たる所には人が入るのに十分な穴が地面にあいている。

 それは枯れた色の草で隠されているが、手でかき分ければすぐにその穴が顔を出す。こんなことをしていても、岩が壁の役目をしてくれているのでちょうど死角になり、城からこちらを見ても透視能力でもなければ見付かることはない。

「俺が先に入る。合図したら、リモールも入って来い」

「わかった。あら、ジークは?」

 振り返れば、後ろをついて来ていたはずのジークがいない。

「ジークはどこからでも自由に入れるからな。お前は自分の心配だけしてろ」

 アッシュはそう言うと、目視できる限りで様子を窺った後、穴の中へ入る。

 この間、一時的にリモールは一人になってしまう訳で、さっきまで穴を隠していた草が風で揺れただけでもビクッと肩を震わせていた。

 なので、入って来ても大丈夫だ、とアッシュが呼び掛けてきた途端、すぐに中へと飛び込んだ。

 這うようにして少し進むと、すぐに立って歩ける高さになる。アッシュはそこで待っていた。

 その手には一本の松明(たいまつ)。その炎は、昨夜泊まった格好になるあの部屋で見たものと同じ。きっと魔法で出されたものだろう。

 穴の中は、ひんやりとしていた。道となる部分は二人が並んで歩くのにギリギリの幅で、壁には地下水がじんわりとにじみ出している。足下の所々に水たまりがあるのが、暗さに慣れてきた目にぼんやりと見えた。

 魔物達の話では、この道を進むと城の地下倉庫に出るらしい。

「リモール、そこに立て」

「え? あ、はい」

 リモールがアッシュと向き合うようにして立つと、アッシュがリモールの方へ手を伸ばし、何やら呪文を唱える。

「何をしたの?」

 呪文が終わったのを見計らって、リモールは尋ねる。

 今のは明らかに魔法をかけられていた。だが、リモールには何の自覚もない。

「結界を張った。攻撃されても、まともに影響を受けることはなくなる。……だけど、限界はあるからな。余計な動きをして、敵を増やすなよ」

「わかった。……ねぇ、結界って魔法の一つよね?」

「そうだけど?」

 魔法使いにとっては基本的なことを聞かれ、アッシュは不思議そうに(うなず)く。

「アッシュ、魔法を使っちゃダメなんじゃないの。また昨日みたいになるわ」

 守ろうとしてくれるのはありがたいが、そのためにアッシュがまた倒れたりしたらその方が困る。守ってもらえなくなる、という事態になってしまったら、もう目も当てられないではないか。

「攻撃の魔法じゃないんだ。そんなに魔力は使わない。それに、一度経験すれば無駄な力の使い方をしなくなるから、昨日みたいにはならない。心配するな」

 ジークは「魔法を使うと体力を奪われる」と説明した。力の使い方を加減すれば、本当に体力を奪われずに済むのだろうか。

 リモールには細かいことはわからないので、アッシュにそう説明されれば「そうなの」と納得するしかない。

 それに、これから行く場所を考えれば、魔法使いに魔法を使うなと言う方が無茶だろう。

「じゃ、行くぞ。俺から離れるな。森や街の中とは訳が違うんだから、絶対におかしな行動はするなよ」

 昨日から何度似たようなことを言われただろう。

「わかった」

 そう返事しても何度か念を押され「信用ないわね」と思ったが、昨日の自分の行動を思い返してみれば言われても仕方ないか、と考え直す。

 とにかく、ここは魔王の城なのだから慎重にいかなければならない。

 二人して、暗い道を進んで行く。外で城を見ていた時は、城が大きいせいもあってか、すぐ近くに見えた。でも、こうして暗い中を歩いていると、景色が変わらないので歩いた距離もわからず、どれだけ城に近付いたのか知りようがない。

 それに、時間の流れの感じ方も変わる。実際はそんなに経っていなくても、すごく長い時間が経過したような気になってしまう。なのに、まだ城へは着かない。

 不安と焦りが、リモール心の中に広がってきた。

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