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ふたり  作者: 碧衣 奈美
13/19

アッシュとジーク

「おやおや、アッシュはやっぱりオチちゃったか」

 眠り込むアッシュを見て、ジークはくすりと笑みをもらした。

「少し眠るって言って、あっという間に眠ったの。ああいうのを寝落ちって言うのかしら」

「仕方がないね。場所が変わると、いつものようにはいかないから」

「いつものように……どういうこと?」

「世界にもよるけれど、この世界では魔法使いが魔法を使うと、普段よりずっと体力を奪われるみたいだね。さっき、アッシュは汗をかいていただろ。普段のアッシュなら、あれくらいの魔法で汗なんかかかないよ。珍しく休みたいなんて言うし、かなりつらいんだろうとは思っていたけれど、これだけ眠り込むってことは相当だったんだね」

 何でもない、という顔をしていた。リモールは魔法使いが魔法を使って何かするところを見るのが初めてだったから、アッシュにとっては本当に何でもないことなのだと思っていた。

 でも、さっきの眠り方は少しおかしかったかも知れない。あっという間に眠ってしまった。あれは眠りと言うより、実は気絶に近かったのだろうか。

 休みたいと言ったのは、歩き疲れたというのではなく、休まなければ倒れる一歩手前まできていたのかも知れない。

 それでもここまで歩いて来たのは、きっと気が張っていたからだ。少しの間だけでも休める場所が確保され、安心したと同時に力が完全に抜けたのだろう。

「アッシュは大丈夫なの?」

 話を聞くと、急に不安になってきた。

 アッシュは何かあれば起こせと言っていたが、本当に何かが起きてもちょっとやそっとでは目を覚ましてくれないような気がする。

「あたしが無理を言ったから、アッシュは結局ついて来る羽目になったんでしょ」

 ついて来てくれ、なんてリモールは言っていない。だが、落ち着いて考えれば、あんな状況で「じゃあ、勝手に一人で行け」なんてことを言う人もあまりいないだろう。ここまで連れて来た、という責任を感じるはずだ。

 わざとそう言って、後からこっそりついて来る人もいるだろうが、本当に放ったらかしにするのはきっと少数。

「アッシュはあたしのわがままに振り回されちゃったのよね。彼がこうなったの、あたしのせいなのかな……」

「ああ、それならリモールが恐縮することはないよ。ここにいるのはアッシュの意志なんだから。本当に帰るつもりなら、リモールに魔法をかけてでも無理に連れ帰っているからね。だから、リモールはそんなことを心配しなくていいよ。身体の方も、休めばすぐ元気になるから。何なら、今叩き起こして聞いてみる?」

 ジークはもちろん冗談で言ったのだが、リモールは慌てて止めた。

「え、そんなのダメよ。かわいそうだわ。すごく疲れてるんでしょ」

 あまりに素直に反応され、小さな子どもを相手にしている気になる。本当にリモールがかわいいと感じたジークは冗談だとは言わず、

「うん、そうだね」

 と、(さと)されてやめたフリをしておいた。

「じゃあ、こっちはこっちでやろうか。フルーツくらいだけれど、みつくろってきたよ」

 アッシュがゆっくり眠れるよう、リモールとジークは少し離れた場所へ移る。

「本当に人間界と似てる世界だね。とうとう夜になった」

 周囲はどんどん暗くなり、リモール達のいる部屋もすっかり暗くなった。ガラスのない窓から星がよく見える。ジークが拳より二回り大きいくらいの炎をふわりと出し、その場が柔らかな明かりで満たされた。

「魔法使いにとっての状況は過酷のようだけれど、他の点については人間界と似ていて助かったよ。ほら、これならリモールが食べても害はないから」

 言いながら、ジークは宙から柑橘らしい果実を数個出した。さっき出した炎よりやや小さい。

「……どこから出したの?」

 手品すらもほとんど見たことがないリモールは、目の前の光景にどう対処していいかわからない。

「んー、そうだね。透明なポケットから、と言えば想像しやすいかな」

「ポケット……ね」

 魔法を知らない人間が、全てを理解しようとするのがいけない。リモールはそこで起きたことをそのまま受け止めておくことにした。

 皮は簡単に手でむけ、中はよく知る柑橘と同じような果肉が詰まっている。暗くて色は判別しにくいが、甘い香りがふんわりとただよっておいしそうだ。

 産地が産地だけに、食べるのはちょっと怖い気もしたが、竜が大丈夫だと言うのだからそれを信じることにした。

 口に入れると、思ったより酸味が少し強いように感じたが、味そのものは悪くない。むしろ、おいしい。

 あたし、結構お腹がすいてたんだ……。

 食べる物を口にして、リモールは今更ながらに空腹を意識した。

 昼頃に森へ入ってからずっと、何も口にしていない。水すらも。時間の流れ方が自分達の世界と同じなら、夕食の時間だ。ずっと歩いていたのだし、空腹なのも当然。

 空腹を意識すると同時に、身体がずいぶん疲れているのを感じた。

「明るくなるまで、ここで休んだ方がいいだろうね。アッシュもまだしばらく眠るだろうし、リモールも疲れたろ? 自分のテリトリーで活動する魔物にすれば、昼も夜もあまり関係なく動くだろうし、それなら焦っても意味がないしね」

 リモールの疲れを察したのか、ジークはごく自然に提案した。

 アッシュが動けない以上、リモールも動けない。抜け道については一緒に聞いていたがあまり頭に入っていないし、やはり彼の助けがいる。

 それ以前に、リモールも一度座って休んでしまうともう動けない。別世界へ来たという緊張で、心身共に疲れ切っていたのだ。

「うん……」

「気になるだろうけれどね。あの魔物達は嘘をついていなかったようだし、それならラノーラがどういう心境であれ、無事でいるには違いないから」

「そうね」

 早く行かなくては喰われてしまう、という状況でないのは、今のアッシュやリモールにとってはありがたかった。そうでなければ、こんな所でのんびりと休んではいられない。

「ねぇ、リモール」

「え……あ、何?」

 ぼんやりしながらジークが持ってきてくれた果実を食べていたリモールは、声をかけられて顔を上げた。

「こんな話をしたら、リモールはあまりいい気はしないかも知れないけれど」

「な、何なの」

 そういう言い方をされると、構えてしまう。

「リモールは、魔物は人間を喰うものだって思っているだろ。姿も人間とはかなり違う場合が多いし、少なくともいい印象というのはないんじゃないのかな」

「うん……。よくわからないから、やっぱり怖い」

 実際に魔物を見たのは、今日が初めてだ。話で、こういう存在がいる、とは知っていたが、話の中でも現実でも魔物は怖いと感じる。

「その気持ちはわかるよ。頭でわかっても、どうしても受け入れられない部分があるだろうからね。リモールに限らず、魔物を怖いと思う人間は大勢いる。だけどね、魔物の中にも自分以外の誰かを大切にしたいって考える奴もいるんだよ」

 リモールは改めてジークの顔を見る。

「あの魔物達から話を聞いた時、少しだけ話しただろ。彼らの中にも、そういう気持ちを持つ奴が現実にいるんだ」

 最初にこの話を聞いた時は、意外すぎて言葉もなかった。気持ちが少し落ち着いて聞いても、やっぱり「そうなんだ」とは思えない。

 リモールにすれば、やはり魔物は怖くて、害をなす存在でしかなかった。

「だから、ラン……何とかって奴がラノーラを連れてったの? いくらラノーラを好きになったからって、こんなの誘拐じゃない。その点だけを言えば、人間も魔物も関係ないわ。それに、ラノーラもあたしと同じで魔物のことなんて何も知らない。少し夢見がちな子だけど、魔物について行くような子じゃないもん」

「リモールとラノーラは双子なんだったね。オレにも兄弟はいるけれど、双子はそれよりずっと近しい存在だって聞いたことはある。相手の気持ちが手に取るようにわかるとか、何をするにも同じタイミングでやってしまうとかね。だけど……自分ではないだろ」

「それはそうだけど」

「ラノーラは少し髪が長いって言っていたかな。そんなわずかなことだけれど、二人の間には違いがある。まして、人の心となればね」

「ジーク、それってラノーラが自分の意志でここへ来てるって言いたいの?」

「ラノーラではないきみが、絶対そうだ、とか、そうじゃないってことが言えるかい?」

「……」

 本当なら、言えるわよっ、と言い切ってしまいたかった。

 それを、リモールの中の何かがちゅうちょさせる。それに、ジークの赤い瞳が優しく問いかけるのを見ていると、どうなんだろうと考えさせられてしまう。

 ラノーラはなぜ……ここへ来たの?

「ねぇ、ジーク」

「何だい」

「魔物を好きになった人は……幸せなの?」

「一言では言えないよ」

 ジークの答えは静かなものだった。

「理解ある人間ばかりじゃないからね。本人より周囲に問題を多く抱えることはよくある。でも、人間同士であっても周囲との関係や状況に問題有り、なんてことは珍しくないだろ。それに……お互いが好きで一緒になっているのに、幸せじゃないってことはあるのかな」

 反問され、リモールは答えられない。

 ラノーラは今、どんな気持ちでこの世界にいるのだろう。

☆☆☆

 数時間が過ぎ、アッシュが目を覚ました。

「よぉ、おはよう。と言っても、まだ夜中で暗いけれど」

 部屋の中は、自分が眠りに入ってしまう前よりも暗い。ジークが出した炎だけが、ここでは唯一の明かりだ。

「どれくらい……眠った?」

「四、五時間ってところかな」

「そんなに眠ってたのか……」

 起き上がっても、まだ少し頭がぐらぐらしているように感じる。それでも、ここへ着いた時に比べれば、身体もずいぶん楽になった。

「よその世界で魔法を使った感想は?」

「聞いてたより、かなりきつい」

 言ってしまってから、アッシュははっと顔を上げた。

「リモールは?」

「そっちの隅で休んでる。少しでも身体を休めておいた方が、いざという時によく動けるよって言ったら、ようやく納得して横になった。ついさっきだよ。何? 今の言葉、リモールに聞かれたくなかった?」

「……俺が弱音なんか吐いたら、不安がるだろ」

 言いながら、今更かな、とも思う。いきなり崩れるようにして眠り込んでしまったのだから、どこかおかしいんじゃないかと不審がられても仕方ない。

「心配していたけれど、何ともないって言っておいたから。知らない世界に来て怖くて仕方がないくせに、アッシュの心配までするんだ。思ってた以上にいい子じゃないか」

「……俺が眠ってる間に、また口説いたりしてないだろうな」

「あれ、そっちの方が心配?」

「あのな」

 言いかけた時、服が床にパサリと落ちた。リモールがかけてくれた彼女の上着だ。

 アッシュはそれを持つと、リモールが眠っている方へと歩いた。かすかな寝息をたてている少女に、さっきまで自分にかけられていたその上着をかけてやる。

 リモールの周辺が他より少し暖かく感じたから、ジークが温風を彼女に送っているのだろう。

「新しい情報、何かあったか?」

 ジークが投げて来た果実を受け取りながら、アッシュは尋ねる。ジークが食糧調達だけで戻って来るとは思えなかった。

「特にはね。ランシェはとっても強いらしい、くらいかな」

「……ちぇっ。よりによって、そういう嬉しくない情報か」

 魔王と呼ばれるくらいだから、弱いとは思っていなかったが……。

「向かい合って対決しないことを祈るしかないね」

「おい」

 こういう話し方をする時のジークは、どこまで本気かわからない。

 メルザックに引き取られた時からずっと一緒にいるが、この竜はいつもつかみどころがなかった。端からはあうんの呼吸でやっているように見えるらしいが、アッシュの本音はいつも「振り回されている気分」だ。

「で、本当のところはどうなんだよ」

「本質は銀の狼。年齢は不詳だけれど、外見は若い男ってことだ。魔力で見た目を若作りしていないのなら、相応の歳ってことになる。もちろん、人間と比べれば生存年数ってヤツはかなりのものだけれど。魔法もそれなりに使うけれど、力……まぁ、腕力ってことになるのかな、そっちもかなり強いらしい。そういうことだから、会ったらあんまりそばへは行くなよ。魔法を使うより先に、殴り殺されることもありえるからな」

「わかった」

 向かい合って対決、というのがないに済めば、それに越したことはない。

「……リモールにとっては、つらい結果が待ってるかも知れないね」

「つらいって……それ、どういうことだよ。まさか……」

「まだオレの憶測でしかないから、言わないでおくよ。いくら竜でも、全てを見通せるって訳じゃないんだ」

 あっさりはぐらかされた。リモールでなくても、どういうことかと問い詰めたくなる。

 だが、言わないでおく、とジークが言うのだから、何をどう尋ねようと教えてはくれない。アッシュはさっさとその疑問を手放した。

「やっぱりリモールは家へ置いて来るべきだったかな」

 この世界へ来てから、何度目の反省だろう。

 断固行くと主張し、止めても無駄そうだったから連れて来てしまった。それが無理でも、魔界へ来たとわかった時点で戻すべきだったのに。

 ジークに「女の子一人守れないのか?」と言われ、つい意地を張ってしまった自分が馬鹿だ。己の力量もわきまえず、一般人である少女を連れて来てしまったのは、自分の浅はかさ。

 アッシュは魔法使いとは言っても、まだまだたまごだ。養い親が「ティンスの青き竜」などと世間から賞賛され、その力を褒め称えられても、それはメルザックに対してであり、アッシュのことではない。

 勘違いしていたつもりはないが、そんな人から教えを受けた自分の力をどこかで過信していたのではないか、と言われれば、それは違うと強く言い返せない。

「今更それをここで言っても、仕方ないんじゃない?」

「……ジークが変にそそのかしたりするからだろ」

 責任転嫁をするつもりはないが、文句の一つも言いたくなる。

「リモールには怖い思いをさせて悪かったけれど、この方がアッシュも死ぬ気でやってやるって思えるだろ。守らなきゃいけない人間がそばにいたら、のんびり構えてもいられなくなる。手抜きできなくなるから」

「俺が間違いなく手抜きする、みたいな言い方だな」

「少なくとも、本領発揮できるとは思えなかったな。気力の衰えは魔法にも影響するんだ。大切な師匠を失ってつらいんだろうけれど、乗り越えるくらいの勢いをさっさと持ってほしいからな」

「……じいちゃんは……関係ない」

 視線を外しながら、アッシュは否定した。

「そう? じゃあ、そういうことにしておこう」

 何だか引っ掛かる言い方だが、アッシュは黙っていた。

「アッシュ」

「ん?」

「お前は竜にならなくてもいい」

「え……?」

 言われた意味がわからず、アッシュは首を(かし)げた。

「竜にならなくても、なれなくてもいい。アッシュはアッシュでいいんだ」

「……んなの、当たり前だろ。俺は俺でしかないんだから」

「わかっているならいいんだ」

 ジークは自分だけがわかったように、うんうんと(うなず)いていた。

「とにかく、リモールは帰るまでずっと一緒にいるしかないよ。いくら結界を張っておいても、昼間のような奴らが近くへ来ないとは言い切れないし。彼女にしたって、置いて行かれた方がきっとパニックになるだろうからね」

 いくら結界があるから捕まえられることはない、と言っても、魔物達に取り囲まれればリモールでなくても一般人が平常心ではいられない。

「ああ。かなりの恐がりだからな」

 ジークはともかく、この世界でリモールと離ればなれになるのは危険すぎる。ここまで来たのだ、連れて行くしかない。

「しっかし……しょっぱなからえらい仕事を受けたな」

 メルザックが生きている間にも、アッシュはいくつかこういった仕事をしていた。まずは肩慣らしということで、あまり複雑でない仕事を回してもらっていたのだ。

 今回だって、本当ならそう複雑になるはずはなかったのに。気が付けば、依頼人と一緒に魔界まで来てしまっていた。ハードルが高すぎる。

「これからが楽しみだ。きっと波瀾万丈になる」

「他人事だから、そんなのんきに言えるんだ。……絶対ジークも巻き込んでやるから」

「そう? じゃあ、それも楽しみにしていよう」

 嬉しそうに言うジークを見て「こいつは困るってことがないのかな」などと思いながら、アッシュは持っていた果実に口をつけた。

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