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ふたり  作者: 碧衣 奈美
12/19

リモールの回想

 アッシュが手を払うと、炎の壁が現われた。そのまま、向かって来た魔物達を包み込んでしまう。魔物達は逃げようにも逃げられず、のたうち回っても火は消えない。

「わしはこっちをもらうぞぉ」

 別の方向から、魔物がリモールに向かってヘドロのような手を伸ばして来た。それを見たリモールは、とうとうこらえられずに悲鳴をあげる。

「この子に手を出せるなんて、本気で思っていたのかな」

 ジークがリモールを背に隠すと、伸びて来た手をあっさり振り払う。たったそれだけのことで、魔物は腕を斬り落とされた。

 痛みに気付く暇もなく、ジークがふっと一息かけただけで魔物は消されてしまった。まるでローソクの火を消す程度の動作だ。

 ジークが少し残念なのは、リモールが恐怖のあまり目をかたく閉じてしまい、今の「活躍」を見てくれていなかったことである。

「リモール、怖がらなくてもいいよ。ほら、もうすぐ終わるから」

 魔物達はアッシュの魔法で次々と倒れてゆく。死んではいないようだが、誰もが戦闘不能だ。

「こういう仕打ちって、優しいのか優しくないのか、微妙なところだね」

 痛みに呻いている魔物を見て、ジークが肩をすくめる。

「どうしてアッシュは魔物達を……殺さないの」

 リモールとしても、余計な殺生はしたくない。だが、相手は魔物。今の場合は殺さなければ、後になって自分達が襲われてしまう可能性が高くなるという不安がある。

「ここは魔界だからね。人間界に現われて人間を襲うような魔物なら、殺されても文句は言えない。でも、魔物のテリトリーで魔物を殺すと、副作用が起きたりすることもあるからね」

「副作用?」

「魔物の仲間が報復に来るとかね。人間界でもそれはありえるけれど、こんな場所ではどれだけ現われるかわかったものじゃないし」

「だけど……さっきジークは……」

 直視はしていなかったが、さっきジークは魔物を消していたような。実際、周囲にリモールを襲ってきた魔物の姿はない。

「痛みを感じる前に消したからね。自分が死んだことにさえ気付いていないかも」

「そんなことって……」

「できるんだよ。まぁ、人間にはちょっと難しいけれど」

 それだけ竜の力は強いということ。

「ねぇ、それじゃ、どうしてアッシュに加勢してあげないの?」

 あんな簡単に魔物の相手ができるなら、アッシュではなくジークがすればいいのに。その方がずっと早く終わるではないか。

「オレがあんまり力を使うと、この世界のトップにいるような魔物達に気付かれるからね。竜の力は特殊だから。今回のように、この世界にいることがあまりばれてほしくない時は使わないに限るんだよ。さっきの魔物は、リモールに手を出してきたから。それにしても、馬鹿だよねぇ。自分がどうこうできる相手かどうか、見極めるのも生きる手立てなのに」

 恐らく、リモールに絡んできたあの魔物達のように、竜の気配を読むことはできても何かの細工だと思ったのだろう。

 でなければ、竜を相手においそれと手は出せない。相当なレベルでもなければ、力の差がありすぎる。

「小僧! てっめぇ、よくもおいらの仲間をやりやがったな」

 最後に残ったのは、さっき建物を自分の重量で壊してしまった岩の魔物だ。いびつな丸い岩に、申し訳程度の短い手足がついている。顔は岩の中央に集中。祭りで笑いを取るための着ぐるみみたいだ。

「押しつぶしてやるっ」

 魔物は自分の体型を利用して、そのままアッシュへ向かってごろごろと転がり出す。ただ、全体的にいびつなのでまっすぐには転がれない。

「子どもだましみたいだな」

 つぶされればその重みでただでは済まないが、スピードも大したことはなく、こちらを狙っているようだが思いっ切り外れているので簡単に逃げられる。

 時々、地面に転がってうめいている不運な仲間がひかれ、悲鳴を上げた。その光景は気の毒と同時に笑える。

 アッシュはまた炎の呪文を唱え、岩の魔物を包み込んだ。

「おいらに炎なんか効くもんか。自分の出した炎で焼かれる気分を味わわせてやる」

 火のついた岩のボールが、アッシュへ向かって転がる。だが、やはり狙いは外れた。それでも、魔物は疲れを知らないようで、いつまでも転がり続ける。

 さらに、転がった後には火が点々と残った。このままだと辺りが火の海になってしまう。

「へっ、そのうち逃げるのに疲れるぞ」

 魔物は勝ち誇ったように言うが、アッシュもまだ疲れたような顔はしていない。

「十分に温まったか?」

「何言ってやがる。今のおいらは火山のマグマみたいなもんよ」

 熱さを感じない魔物は、自慢げに言う。

「それはよかった」

「近付いたら熱気で肌が焼けちまうぞ」

 言いながら、また魔物はアッシュへ向かって転がり出す。

「じゃあ、冷やさないとな」

 アッシュが呪文を唱えると、今度は吹雪が魔物を包み込んだ。魔物を覆っていた炎は雪に消され、大量の湯気を出す。

「ぎっ……」

 魔物がおかしな声を出した。熱かった身体を一気に冷やされ、亀裂が生じたのだ。

 岩のような身体であっても、自分の身体には違いない。あちこちに大きな亀裂が入り、さっき自分が壊した建物のように、自分の身体がガレキになろうとしていた。

 声をあげたくてもその振動でさらに亀裂が深くなり、魔物はとうとう動けなくなってしまう。今動けば、身体が崩壊しかねない。

「終わったな」

 アッシュが短いため息をつく。

「こんな所で予行練習するつもりなんかなかったのに」

 アッシュは平気そうな顔をしているが、こめかみからあごをつたって汗が落ちた。

 すごい……。あんなに怖そうな魔物達、全部やっつけちゃった。やっぱり魔法使いってすごいんだ。

 ジークの後ろで震えながら見ていたリモールだが、魔法使いの力に改めて驚く。

「ジーク、今のでまた余計な奴らが来たりしないかな」

 魔法の気配を感じて、何だろうと興味を持った野次馬的な魔物が現われたりしたらキリがない。

「それは大丈夫。すぐに結界を張っておいたから」

「そうか……」

 隠れていた建物が壊され始め、アッシュが攻撃を始める前からジークはこの周辺一帯に結界を張っていた。これでアッシュが使った魔法の気配がよそへもれることはない。何かもめごとか? と現われる余計な魔物は現われない、という訳だ。

 この場合の竜の力は、ばれない程度のレベルで使われている。

「結界って……ジーク、いつの間にそんなことしてたの? あたし、ジークが呪文を唱えるところなんて見てないわよ」

「こっそりとできるんだよ、オレは。アッシュみたいに派手じゃなくても、色々とね。リモールみたいにびっくりしてくれると、やりがいがあるよ」

 目を丸くしてこちらを見ているリモールに、ジークは微笑む。子どもがほめられて喜んでいるみたいだ。

「この世界にも、昼と夜の区別があるようだな」

 アッシュに言われて、リモールも気付いた。ここへ来た時よりも空が暗くなっている。自分達の世界と同じように、時間は流れているようだ。

「城へ向かうにしても、少し休みたい。けど……こんな所じゃ、ゆっくりできないな」

 すぐそこに、魔物達が転がって呻いている。これでは気分が休まらない。彼らの回復力によっては、復活してまた襲われる。

「あの魔物達、ずっとあのままなの?」

「ああいう奴らは、長くても数日もすれば動けるようになる。たぶん、俺達が動いている間はここに転がったままだろうけどな。俺達だってこの世界に長居する訳じゃないから、帰った頃には復活ってところか」

 人間のように、深手を受けてそのまま……なんてことはあまりない。どう見たって、しぶとく生き残るタイプばかりだ。

「休むのなら、できれば屋根がある場所がいいね。その方が二人も落ち着けるだろうし。……ということで、案内をよろしく」

 ジークが言いながら向いた方を、誰に言ってるんだろうとアッシュとリモールも向いた。そこには、さっき逃げたはずの魔物が二匹。

「逃げろって言ったじゃないっすか~」

 魔物達は逃げた時の獣姿で、情けない声を出した。小さいので、余計情けなく映る。

 彼らはアッシュ達と一緒にいた建物から逃げたはいいが、さっさとズラかるぞ、と走り出したら見えない壁にぶつかってしまったのだ。ジークが張った結界で、逃げられなかったのである。

「お前達のことを忘れて結界を張っちゃったからね。まぁ、いいじゃないか。無事だったんだし、ここまできたら関わりついでだよ」

 ジークの言葉に、魔物達はあきらめのため息をつく。

「あいつ、絶対に知っててやってるぜ」

 アッシュがこっそりとリモールに耳打ちした。

☆☆☆

 次に連れて来られたのは、さっきと大して代わり映えのしない廃屋だった。

 だが、こちらは二階建てだし、建物自体の傷みもやや少なく思える。玄関には、外れかけてはいるものの、扉も付いていた。

 ここも、一時的に逃げ隠れするために使われているようだ。

 人間も魔物も、コソ泥タイプはこうしていくつかの隠れ場所を持ってるのね。何だか、村の悪ガキみたい。イタズラしたら、すぐにこういう場所へ隠れるのよね。

 そんなことを考えると、何だか笑いがこみ上げてくる。自分一人になったら何をされるかわからないが、こうして見慣れると相手の姿に対する恐怖心もずいぶんと薄らいできた。

 汚れが少しマシ、ということで、二階へ上がる。床が崩れ落ちないかはジークが確かめたので、安全なはずだ。

 ひっくり返ったテーブルや、脚が三本しかないイスなどが転がっている。ここで休むにしても、床に腰を下ろすしかなさそうだ。

「ありがとう。今度こそ、もういいよ。あとはオレ達でやるから」

 また結界を張られてしまわないうちに、解放された魔物達はダッシュでその場から消えた。

 今後、彼らが人間と竜に関わろうとすることはないだろう。今回のことで絶対に懲りたはずだ。

「ここから改めて城へ向かうにしろ、何か口にしておいた方がいいな。人間に影響のない物もなくはないだろうから、ちょっと見て来るよ」

 ジークは小さな竜に姿を変えると、ガラスのない窓から外へ出て行った。

「……リモール」

「え?」

 出て行くジークを見送っていたリモールは、アッシュに呼ばれて振り返った。アッシュは壁にもたれて座っている。その表情には覇気がない。

「悪いけど……少し眠る。ジークが結界を張ってくれてるから滅多なことはないはずだけど、何かあったら……すぐに……起こせ」

「あ……うん」

 リモールがわかったと返事をするまでに、アッシュは左側を下に身体を横たえていた。腕枕をし、目を閉じた途端に寝息をたて始める。

 はや……。あたしも寝付きは悪い方じゃないけど、ここまで早くないわよ。

 さっきの魔法で疲れたのだろうか。魔法使いでないリモールは平気なのだから、やはり力を使った影響だろう。

 リモールは自分の上着を脱ぐと、そっとアッシュにかけた。少年はぴくりともせず、眠り続ける。

 あたしが行くって言ったから、ついて来てくれたのかな。放っておかれたら、あたしなんてとっくに魔物の餌食よね。怖くてまともに進めなかっただろうし、ラノーラに会うどころか城へ行くまでにおしまいよね。

 一人で行く、と言い出した時にも、そういう危険性はわかっていた。冷静になった今、何てことを言い出したんだろう、と自分でも思う。

 ジークに何か言われて来てくれたみたいだけど……何にしろ、あたしにとってはありがたいわ。これでラノーラを助けられるんだもん。でも……これだと依頼料、いくらになるのかしら。払えるかなぁ。本当に一生かかったりして。無償で、なんてことをジークが言い出した時、遠慮せずに乗っかっておけばよかったわね。

 ふと現実に戻れるあたり、リモールもそれなりにしっかりしているのかも知れない。

 ラノーラ、大丈夫かな……。

 こうしている間にも、ラノーラが魔物にひどいことをされていないかと心配になる。

 あの魔物達の話や、アッシュとジークが考えている可能性からして、死にそうにひどい目には遭ってない……と思いたい。でも、死んだ方がまし、という状態ではない、と言い切れないのがつらかった。

 リモールが自分の目でラノーラの状況を確認するまでは、全てが噂レベルの話と同じだ。

 楽しそうだったって……そんなことがあるの? だって、魔物にこんな所へ連れて来られたんだよ。一緒にいるのは魔物だよ。聞いた話が本当なら、魔王なのに。一番怖い存在のはずなのに。楽しいはずないじゃない。

 それに、もし……もしそうだったとしても、ラノーラがあたしに黙ってこんな所へ一人で来るはずないじゃない。

 そんなことを考えているリモールの頭に、ふとラノーラの顔が浮かんだ。

 あれは何日前だっただろう。何かの用事で出ていたラノーラが家へ戻って来た時、やけに頬が紅潮していた。そんなに暑い季節でもなく、走って帰って来た訳でもないのに赤い顔をしているので、どうしたの? と尋ねた記憶がある。

「え? そう? 今日はいつもより暖かいから、きっとそのせいよ」

 ラノーラはそんな返事をしていた。その時は「そうなの?」と深く突っ込むこともせず、聞き流していたのだが……。

 その後も何度か同じことがあったような気がする。同じようなことを言い、ラノーラも同じような返事をして。

 もしかして……あの時から魔物にあやつられていたのかしら。

 ラノーラ自身は何でもないような顔をしていた。でも、リモールは心のどこかで、ラノーラの中で何かが変わっているような気はしていたのだ。

 ただ、それが何なのかわからず、まさかラノーラに尋ねる訳にもいかず、気のせいだと自分に言い聞かせていた。それでも、すっきりしない気持ちだけがずっと残って。

 縫い物をしている時でも、普段なら何事もなく仕事をこなしているラノーラが、よく針で指を突いていた。

「ラノーラってば、夢でも見ながらやってるんじゃないの?」

 珍しく何度も指を突くので、リモールはそんなことを言ってラノーラをからかっていた。ラノーラはびっくりしたような顔でリモールを見て、それから少し困ったように笑っていたが……。

 今思えば、なぜラノーラは「びっくりした顔」をしていたのだろう。本当に夢を見ていて、それを見透かされたように感じたのだろうか。それなら、ラノーラは何の夢を見ていたのだろう。

 最後にラノーラを見たあの日。

 畑の様子を見て来ると言って家を出て行くラノーラを見送りながら、リモールは「頼むね。気を付けて」と言った。

「私は大丈夫だから、心配しないで」

 ラノーラはそんな言い方をした。

 それを聞いて、妙な気はしたのだ。いつもなら「行ってきます」くらいで済ませるあいさつを、なぜ「大丈夫」だの「心配するな」だのといった言葉が出てくるのか。

 リモールは別にラノーラを子ども扱いしている訳ではないし、行く先はすぐそこにある畑だ。リモールが「気を付けて」と言ったのは出掛ける家族にかける、何でもない言葉でしかなかったのに。

 心配しないでって言われたって、戻って来なかったら心配するじゃない。

 捜している間はいい。周りには村の人達がいるし、そうでなくても「ラノーラを捜す」という目的があるから他のことは考えられない。

 だが、暗くなってその日の捜索が終了し、家へ戻ると大切な妹はどうなったのかと心配でたまらなくなる。ラノーラが使っていた物が、持ち主がいなくなって死んでしまったように見えた。もうどうしていいかわからなくて……。

「リモール?」

 ふいに声をかけられ、リモールは顔を上げた。

 目の前に、人の姿になったジークがいる。戻って来たことにまったく気付かなかった。それだけリモールは深く考え込んでいたのだろう。

「気分でも悪くなった?」

「あ……ううん、そうじゃないわ。ラノーラのことを考えてたから」

 少し鼻声だ。自覚しないうちに、泣きそうになっていたらしい。

「それならいいけれど。心配するのはわかるけれど、あまり考え込みすぎたらリモールの方がダウンするよ」

「うん、そうね……」

 考えてばかりいたって、ラノーラは帰って来ない。それはわかっている。

 でも、どうしたって考えずにはいられなかった。


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