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ふたり  作者: 碧衣 奈美
11/19

襲撃

 予想外すぎる言葉に、アッシュは思考も動きも一瞬止まってしまった。

「は? 何を……」

 視線が外れた隙にさっさと逃げればよかったのだろうが、話が次第におかしな方向へ流れ出したらしく、魔物達はその場に座ったままで人間達(プラス竜)の話を聞いていた。

「お前……自分が何言ってるか、わかっているんだろうな」

「わかってるわよ。アッシュが行ってくれないなら、あたしが自分でラノーラを助けに行くって言ってるの」

「これはまた……すごい結論に至ったねぇ」

 ジークは、驚くより感心している。

「ラノーラを見付ける前に、殺されるぞ」

「そうなったらそうなったで、仕方ないわ。あたしの家はもうわかってるんだし、家も家具も古いけど、全部売れば依頼料くらいにはなるでしょ。小さいけど、畑もあるから」

「そういう金の話じゃなくてっ」

「だったら何よ。あたしはラノーラを助けるの。それだけよ。ここまで付き合ってくれて、アッシュには感謝してるわ。どうもありがとう。あなたはもう帰ってくれて構わないわ。後はあたしがやるから」

「やるからって……そんな簡単にできるかよ。だいたい、お前に何ができるんだ。魔法も何も知らないのに」

「魔法を知ってて何もできないなら、あたしが行っても同じじゃない」

 その言葉には、アッシュも詰まった。

「魔法使いに手が出せないなら、あたしが出すわ。黄泉(よみ)も魔界も、あたしにはそんなの関係ないもん」

「アッシュの負け、かな」

 ジークがのほほんとした口調でつぶやく。

「負けって……あのなぁ。どういう勝負だよ」

「だって、ここまで言われたんだ。アッシュは黙って引き下がれる?」

 魔法使いは役立たず、と言われたも同じ。魔法使いとしてのプライドを粉砕されたようなものだ。

「仮にリモールを強引に連れ帰ったとしても、この子なら自分で来ようとするんじゃないのかな。森の中については、オレ達よりも詳しい訳だし」

 リモールはよく転びそうになるようなドジな女の子だが、方向オンチではない。普段はそうそう入らない森でも、ラノーラを捜すために何度も走り回った。今日のように奥へ入ることは少なかったとしても、魔界へ来るまでの方向はだいたい覚えている。

 魔界とあの森を隔てる見えない扉は常に開いたままで、魔法の力は必要ない。普通の人間でも、特別意識しなくてもこちらの世界へ入れるのだ。

 危ないからと言ってリモールを連れ戻しても、アッシュやジークが帰ればきっと一人で来るだろう。いや、必ず来る。

 しかし、次に来た時はすぐに人間の気配に気付かれ、魔物達の注意を集めるだろう。中には今回のように絡んで来る魔物もいたりする。

 その時、リモールは相手の力を防ぐ方法も、逃げる手段も持たない。そんな状態でランシェの城へ、ラノーラの元へ行けるはずがないのだ。もちろん、最悪の事態になる可能性は特大。

 そして、そのことを誰にも知られることはなく……。

「戻れないよう、あの周辺に結界を張れば済む」

 アッシュがあっさりと解決策を出す。

「確かにね。けどさ……」

 ジークがアッシュの耳元でささやいた。

「お前は本当にそれでいいのか?」

「……」

「何とかできると思って、ここまで来たんだろ」

 アッシュはジークの言葉に、肯定も否定もしない。いや、何も言わないのは、肯定したも同じだ。

 ルクの森から自分達の世界とは違う場所へ来たとわかった時、これ以上の深入りはできない、とリモールに告げるべきだった。あの時点では魔界だとわかっていなかったが、危険度が高い場所だということは確かに感じられたのだ。

 それなら、この先は自分の力が通用しないとか何とか理由をつけ、ラノーラの捜索をそこで打ち切って森へ戻るべきだった。

 他の魔法使いなら、きっとそうしている。この世界そのものが魔物のテリトリーなのだから、その中で動き回るのはあまりにもリスクが大きいからだ。

 リモールが無理に捜しに行こうとしても、これ以上は場所を特定できないし、危険だと説得すべきであり、あの時点なら捜す範囲が広すぎるからリモールも不承不承ながらあきらめざるをえない。

 アッシュがそうしなかったのは、魔界のどこかでラノーラが生きていることを知り、助け出せるのではないかと考えたから。そう、リモールには言わなかっただけで、アッシュもかなり無茶なことをしていたのだ。

 勇気があるのと無茶をするのでは意味が違うが、アッシュの考えに気付いたジークはあえて口をはさまずにいた。アッシュがやる気を出したなら、できるところまで見ていてやろうと考えて。

 ラノーラを本当に見付けられるかも知れないし、逃げ切れなくなれば人間の二人や三人くらいならルクの森まで連れて戻れると思ったのだ。

 さすがにジークも、魔王を相手にするとは予想していなかったが。

「危険だっていうのは承知している。だけど、ここで帰ったらずっと後悔するのはお前じゃないのか?」

「……」

 黙ったままジークの言葉を聞いていたアッシュだが、座らされたままでいる魔物達の方を向いた。

「お前ら、立て」

「へ……?」

 逃げるのを忘れてなりゆきを見ていた魔物達は、急に言われてすぐには反応できない。

「いつまでもここに結界を張ってると、いい加減ばれる。一旦、場所を変えて城内部について教えてもらう。ほら、立て」

 おたおたしながら立ち上がった魔物達を先に歩かせ、その後をアッシュがつく。

「何ぼーっとしてるんだ。行くぞ」

「え……あの……」

 きょとんとした顔で立っているリモールに言うと、アッシュはさっさと歩き出した。

 リモールもあの魔物達同様すぐに反応できず、振り返ってジークの顔を見る。

「もう少し、行ける所まで進んでみようか。みんなでね」

 ジークは笑みを浮かべながらリモールの背中を押して歩くように(うなが)し、アッシュの後を追った。

☆☆☆

 アッシュ達は、街から少し離れた。

 街の中ではどうしても誰かの目を気にしなくてはならないし、そうなるとゆっくり話ができない。二匹の魔物達にもう少し話がしやすい場所へ連れて行くように言い、街の外れにある廃墟へとやって来た。

 ここには人間界でいうところの村があったらしいが、魔物同士の戦いで壊滅状態になったのだと言う。

「魔物も人間と同じように、くだらないことをやってるんだな」

 焼け野原にかろうじて残っているいくつかの建物。少し風が吹けば崩れてしまいそうだ。

 黒く焦げた跡や落とし穴のように深くうがたれた穴が、何となく見回すだけでもあちこちで目につく。浅くて広い穴には池のように雨水がたまっていた。

「リモール、一人であっちの方へは行かないようにね。障気が残ってるから」

「ショーキ?」

 ジークの言葉がよくわからず、リモールは聞き返した。

「魔物の毒ってことだよ。中毒状態になる程には害もないけれど、気分が悪くなって寝込むことにもなりかねないからね」

 リモールがジークの示す方向を見ても、これと言って何もない。他と同じようにいびつで不気味な穴がぼこぼことあいていて、建物だった物の残骸らしき石が転がってるくらいだ。

 かげろうのように空気が揺らめいているのでもないのに、ジークには離れた場所のそういう気配を感じ取れるらしい。

「この辺りは何ともないです。わしらもよく使ってるんで」

 障気が残っているせいか、他の魔物達はあまり近寄らないと言う。だが、この周辺一帯に漂っている訳ではなく、安全な場所もあるので、一時的に逃げ隠れする分にはいい場所らしい。

 アッシュ達は、レンガ造りのような建物に案内された。人間界で使われるレンガとは少し違うようだが、他の材料で造るよりもずっと頑丈のようだ。周辺に残った建物の中では、一番まともに近い状態で建っていた。

 それでも、激しい傷みはあちこちにある。扉のない入口から中へ入ると、外にいる時とほとんど変わらないような砂ぼこりが宙を舞った。天井はどうにか残っている状態だが、ずっとここにいるのは危険かも知れない。

 家具などは一つも残っておらず、床に平たい石がいくつか置かれている。どうやらこの魔物達が来た時のイス代わりらしい。

 壁にあいた穴と変わらないような窓からは、時折気持ちのいい風が入る。窓と穴はあちこちにあるので、風通しがいいことこの上ない。今が寒い季節でなかったのが幸いだ。

「くつろいで……という訳にはいかないけど、ゆっくりと話はできるな」

 それぞれ石の上に座り、アッシュは改めて魔物達と向き合う。

「ランシェの……北の城って言ったか、そこへはどうやって入るのか、内部構造はどうなっているのか、教えてくれ」

「あの……本当に行くんですか?」

 ヘビ顔がおずおずと尋ねる。

「行く。お前らだって、潜り込んで無事に戻って来たんだ。俺だってそれくらいのことはやってやる」

「でも……あの……わしら、潜り込んだだけで、結局何も盗れずに帰って来たんです」

「だけど、こうして帰って来て、今は俺達と話をしてるだろう。城までの道と、城の内部を教えてくれればそれでいいんだ。お前らも一緒に来い、なんて言わない」

 魔物達は互いに顔を見合わせていたが、自分達が使った城へのルートと城の見取図を床……と言うよりほとんど地面に描き出した。

 魔力が弱い魔物だけに、魔法を使わなければ通れないような場所はないようだ。魔法が必要でもアッシュは構わないが、使わないで済むならそれに越したことはない。

 人間と魔物では魔力の質が違う。余計な魔法を使うことで、城の主に自分達の存在がばれないとも限らない。こっそり忍び込めるようなので、その点では助かった。

「見た限り、そう複雑な構造の城ではなさそうだな」

 魔物達が描いた見取図と話では、城そのものは大きいが迷ってしまうような造りにはなっていない。これなら、ティンスの王宮の方がずっとややこしい。

「で、ラノーラを見たのはどの辺りだ?」

「えっと……あれはたぶん……この辺りじゃないかと……」

「しっ」

 ふいにジークが会話をやめさせた。リモール以外の誰もが、空気の変化を感じ取って身体をかたくする。

「なーんか、変わった臭いがするぜぇ」

 外でそんな声が聞こえた。リモールがビクッと身体を震わせる。ジークがすっとそばに寄り、彼女を部屋の隅に移動させた。その前に自分が立つ。

 もっとも、この程度では隠したうちに入らないだろう。壁は穴だらけなのだし、少し中を覗けばどこからかリモールの姿は見えてしまう。とりあえず、一番に手を出されないように、というだけだ。

「うまそうな匂いだよなぁ。こんな所に誰かうまいメシを置いてってくれたみたいだぜ。親切な奴だよなぁ。で、メシはどこだぁ?」

 アッシュが外を窺うと、人間とはかけ離れた姿をした魔物達が数匹いる。前にいるヘビ顔やゴブリンもどきなんて、まだかわいい方だ。

「他の奴は来ないんじゃなかったのか」

「わしらがここを使ってた時は、誰も来たことがなかったんです」

 外に聞こえないよう、姿勢を低くしながらこそこそと言い合う。

 どうやら間の悪い時に、余計な連中が現われたようだ。

 アッシュとリモールに移されたジークの気配は、時間が経って薄れつつあった。長時間効果を持続させることもできるが、あまり強い魔法をかけると返って目立ちかねない。なので、あえてゆるくかけられていたのだ。

 その効果が弱まり、本来の人間の気配やにおいが戻りつつある。建物内にいる人間のにおいをかぎ取るくらいだから、すぐにここを見付けられるだろう。

「この中かなぁ」

 リモールの頭が二つか三つあっても一掴みにできそうな巨大な手が、窓枠に現われた。厚く、先が鋭く尖った爪を持ったその手は、窓枠をいとも簡単に掴み取る。窓枠と一緒に、その周囲の壁まで崩れてしまった。

 元々が老朽化していたのだろうが、石のような素材でできているはずの建物を、まるでお菓子の家のようにやすやすと壊そうとしている。かなりの怪力だ。

 それを見て、リモールは懸命に悲鳴をこらえている。

「くそ……このままだと、ガレキに押しつぶされるな」

 壁をこうも楽々と壊したのだ、天井だってそのうち同じ運命をたどってしまう。それ以前に支えがなくなって落ちてくるかも知れない。外は危険だが、中にいても別の危険が迫っている。腹をくくるしかなさそうだ。

「お前ら、逃げるなり隠れるなりして、自分のことは自分で何とかしろ。どうせあいつらの目当ては俺達だろうからな」

 アッシュに言われ、魔物達は小さなヘビとイタチのような獣に姿を変えてそそくさと逃げ出した。

「外にいる魔物は……あたし達を喰うつもりなの?」

「そうらしい。叫ぶなとは言わないけど、邪魔するなよ」

「リモールはオレがみてるよ。あっちの始末はアッシュにまかせるから」

「ああ」

 短い会話の間にも、外の魔物はどんどん壁を壊している。もうどこが玄関か、わかったものじゃない。どこからでも出入り自由だ。

 恐らく、わざと少しずつ壊し、中の獲物を追い出そうとしている。追い詰めることを楽しんでいるのだ。

 壁を壊していた魔物が、自分の壊した穴から顔を覗かせた。一つ目の鬼だ。

 顔だけでアッシュの身長ほどもある。この壁の向こうにはどれだけ大きな身体があるのか。さっき外を窺った時には見えなかったが、大きすぎて全体像が掴めなかったからだろう。

 だが、アッシュはそんな鬼の身体を拝むつもりなど、さらさらない。

「みぃつけたぁ」

 アッシュの姿を見て、一つ目鬼は間延びした声を出した。裂けた口から、並びの悪い牙と長い舌が伸びる。

「臭い息を吐きかけるな」

 その言葉と同時に、無数の風の刃が一つ目鬼へと飛んだ。顔が大きい分、当たる数も多い。

「うぎゃっ」

 傷だらけにされて、一つ目鬼は悲鳴をあげながら顔を引っ込めた。その穴からアッシュが飛び出す。

 同時に、ジークがリモールを連れて別の穴から外へ出た。その直後、それまでいた建物が大きな音をたてて崩れ落ちる。

 屋根部分に岩のような身体をした魔物が飛び降り、その重量に耐えかねて建物が崩れたのだ。もう少し出るのが遅ければ、つぶされていた。

 竜のジークがそばにいてそんなヘマをするはずはないのだが、リモールは建物の残骸を見て背筋が凍る。

 突然、大きな悲鳴が聞こえた。その声に驚いたリモールがそちらを見ると、さっきの一つ目鬼がまた悲鳴をあげている。

 アッシュに風の魔法で顔を攻撃された一つ目鬼だったが、反撃する暇もなく、またアッシュに攻撃されていた。今度は巨大な竜巻が起こり、一つ目鬼は風の渦に飲み込まれていたのだ。

 風は人間の五倍以上はありそうな魔物の巨体を翻弄しながら、同時に切り刻んでゆく。頑丈な身体でも、ダメージは相当なもの。

 風がやみ、巨体が地面に転がる。目を回し、全身が傷だらけになった一つ目鬼に、もう戦闘意欲はなさそうだった、

「てめぇ、エサのくせに」

「おとなしく喰われろっ」

 自分の仲間がやられたのを見て、他の魔物達数匹がアッシュに襲いかかる。

「俺はお前らのエサなんかになった覚えはないっ」

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