第8話 第6拠点と水瓶の国
突然第6拠点に現れたR4に、有無を言わせずかっさらわれた斎が事情を知ったあと、彼は第6拠点で仕事を続けるチームに連絡を入れ、帰りたい者は帰って来られるように手配をした。
もちろんR4の移動部屋を使ってだ。
小さい子どもがいるメンバーが1度帰りたいと申し出たのは当然として。
そのほかには、ちゃっかりR4の移動部屋に乗りたいと言うメンバーが2人ほど。
だが、
「アチコチさわル、ノハ、御法度! ダヨー」
R4に厳しく? 言われた2人は、「絶対にさわりません」と宣言させられていた。
彼らはいったんクイーンシティに帰りはするが、また後日、蓮が率いる近衛隊の第2班とともに、こちらへ来ることになっている。
彼らがR4の移動部屋で出発したのと入れ替わるように、第6拠点のあたりの空間がグニャグニャとゆがみ始め、また陽炎のように天文台型移動部屋がそこに現れた。
「お疲れ様」
丁央が外に降り立つと、出迎えてくれたのは泰斗と、「「月羽さま!」」と、嬉しそうに月羽に走り寄るララとナオの2人だった。
「おう、出迎えご苦労」
「ふふ、国王の言い方も板についてきたね」
向こうでハグし合う女子を横目に見ながら、泰斗と丁央はグータッチをする。
「何事もありませんでしたか」
そのあとから降りてきたイエルドが聞くのに、泰斗は頷いて言う。
「はい、僕の方は特に。けれど建築の方はさっぱりなので、そこら辺はチームに聞いてみてくれますか」
「了解しました」
イエルドが4つの部隊を率いて建設現場へ行く。
建設チームは待ってましたとばかりに、拠点のあちこちを示しながら解体作業の説明を始めたようだ。
「演習の方が先だったんじゃないの?」
「ああ、まずは待ってもらっている建設チームの労をねぎらう意味で」
「そうなんだ。だったら丁央も説明を聞きに行ってきなよ」
「おう」
泰斗が言うと丁央は笑顔になってふと世界の果ての方を見て、そして目を見開いた。
「?」
泰斗が不思議そうにそちらを見やると、ちょうどララとナオに挟まれて、月羽が世界の果てから落ち込んでいくところだった。
「ごめんなさい丁央、お先にね~」
手を振る月羽に、丁央は両頬に手を当てて情けなく叫んでいる。
「うっそおー! ひどい、月羽あ~」
その丁央の声は、建設現場にも当然届く。
しばらくこちらを見ていたメンバーと部隊の連中が、何やら苦笑いで話をしていたかと思うと。
「国王」
イエルドがやってきた。
「今、建設現場の方に了解を取りました。先に演習に向かいましょう」
「え?」
その提案に、さすがの丁央もただぽかんとするばかりだ。
すると泰斗が可笑しそうに笑いだす。
「アハハ、丁央。これは一本取られちゃったね」
「え? え? けど、俺たちは」
「第6拠点の解体と演習、この2つの目的でここに来ています。ですが、どちらが先になっても結果は同じ事、ですよね」
「あ、ああ、……まあ、そうだけど」
頷く丁央を見て、イエルドがさっと合図をすると、4つの部隊は何の躊躇もなく世界の果てから落ち込んでいった。
「なんだあ?!」
驚く丁央に対してこちらは静かな口調で、
「では、私も。お先に失礼します」
と、イエルドも世界の果てに足を踏み出すと、その姿が向こう側へ消える。
「えーと、あれ?」
1人残された丁央が、振り返って第6拠点の方を見ると、建設チームの連中がニコニコしながら手を振ったり親指を立てて健闘を祈っていたり。
なのに彼はなかなか動こうとしない。丁央にしては珍しく自分自身のことを決めかねているようだ。
それを察した泰斗が後押しをして上げなくちゃと声をかける。
「丁央はさ、本当に僕たちの自慢の国王なんだよ?」
本人は多分わかっていないだろうが、皆にかなり愛されている国王に敬意を表して、
「それえ!」
と、かけ声をかけると、その背中をどんと押して世界の果てから落としてやったのだった。
「うわっ」
落ちながら足を壁に付くと、ぐるんと回った感じがして見慣れた草原が目に入る。
と同時に。
ドオン
どこからか銃声が聞こえてきた。
「国王!」
イエルドの叫び声とともに、さっと誰かが目の前に立つ。
だがよく見るとそれはイエルドではなく、クジャクの羽を広げた護衛ロボだった。
「もう演習始まってるのかあ」
あきれて言うが、さすがにそこはただ者ではない。
さっと頭を切り替えた丁央は、「よし、いくか」と、護衛ロボが差し出した銃を手に取った。
それからしばらくして。
「うがあー」
叫ぶ丁央が、草原にぶっ倒れていた。
丁央だけではなく、近衛隊の中でさえ座り込んでいる者がいる。
さすがにイエルドは肩で息をしつつも、まだしっかりと地に足をつけて立っている。
「つええー」
丁央はよっこいしょと起き上がると座り込んだままでまた叫ぶ。
「何なんだよこいつら。前に来たときより数段強くなってないかあ」
あきれたように言う丁央に、イエルドが声をかけた。
「そうなのですか? 彼らも日々訓練しているのでしょうか」
そこへナオが飲み物のボトルを手にやってくる。
「お疲れ様です、国王、イエルドさん」
「ああ、ありがと」
「ありがとうございます」
丁央は喉を鳴らしてドリンクをあおると、ぷはあーと息をついた。
「ああ~演習のあとの一杯はいいなあ、生き返る!」
「ふふ、丁央らしい」
と言いながら、他の隊員たちにボトルを配る泰斗。
彼もあのあとこちらへ落ちて来ると、護衛ロボに守られながら演習の間をかいくぐって安全地帯へ抜け出ていたのだ。
「けどこいつら、どうしちまったんだ? なんかやたらと動きが良いな」
丁央が座り込んだまま言うと、泰斗がパッと顔を輝かせて言う。
「ホント?! ああ、だったら改良した甲斐があった」
「改良って、ああそうか、そんなこと言ってたな」
「うん。関節の可動域を大きくしてみたんだよね。護衛するときの動きと、戦闘するときの動きって、全然違うんだよ。戦闘の方がかなり領域が広いんだ。だからこの子たちも結構無理してて、きつかったと思うんだよね」
そんな風に話す泰斗の隣に、いつの間にかロボットが一体立っている。
「そうか」
「良かったね、丁央のお墨付き」
嬉しそうに言う泰斗に、ロボットがカクンと頭を縦に振る。
「……あとは」
「まだ何か改良するのか?」
あきれたように言う丁央に、泰斗が答える。
「うん、出来れば、自己修復機能をつけてあげたいんだ」
「自己修復って、自分で自分を修復するのか?」
「僕たちが自然治癒するみたいにね」
これにはイエルドが驚く。
「自己修復……、それは、戦闘ロボットに搭載するのは、あまりにも危険では」
それを聞いたジュリーがまあまあという感じで説明する。
「もともと戦闘ロボなら、そうだけどね。彼らはもともとは護衛ロボットなんだ。決して人に致命傷は負わせない。むしろ助けるようにプログラムされている。その彼らなら自己修復機能をつけても良いだろう、っていうのが泰斗の見解。もちろん俺もナオも同意見だよ」
「そうなのか……、だったら了解した」
イエルドは何とかわかってくれたようだ。
そのあと泰斗が水瓶のある方を振り向いて言う。
「一番につけてあげたいのが、あの子たち」
丁央とイエルドがそちらに目をやると、水瓶の四方で、あまりにも回りの景観に溶け込んでいるので存在の薄い大きな影が目に入る。
水瓶の最後の護りの巨大なロボットだ。
「見た目や動きにはどこにも無理や無駄がない。本当に、舌を巻くほどすごい技術で作られているようだけど。けど、自己修復の機能が付いているのかどうか……きちんと調べてみなくちゃって思うんだ」
泰斗が舌を巻くほどの技術と言うのがどれほどすごいのか、丁央には皆目見当も付かない。
「だったらお前が納得するまで調べに来ればいいんじゃないか」
「うん、ありがとう」
嬉しそうに言う泰斗に、ロボット研究所の者は容赦ない。
「ただし! 研究所の仕事はきちんとこなすこと!」
「そうです! 来るのなら休暇を取って、ですよ、先輩!」
「ええ~? でもあの子たちのためだから了解。頑張るよ」
また泰斗の睡眠時間が削られてしまいそうだ。
第1班の演習と時を同じくして、月羽は、ララと琥珀、そして水瓶の護りとともに、演習場から離れたあたりを散策していた。
琥珀の横には一角獣が常にいて、一頭がどこかへ行くと、また違う一頭がどこからか現れるということを繰り返していた。琥珀も特に呼び寄せたり追いかけたりはせず、流れるままに彼らに接している。
「ここも、果てがないように感じるな」
やってきた一頭の首のあたりを優しくなでながら、琥珀がふとつぶやいた。
「え?」
月羽が不思議そうに聞くと、琥珀は望遠鏡で世界の果てを見た時の事を教えてやる。
「果てがない……」
「聞いてなかったけど、ララなら何かわかるのかな、それとも水瓶の護りなら?」
琥珀が2人を順に見ながら言う。
「………」
ララは少しトランスに入っているのか、心ここにあらずの様子で黙り込んでいる。
「………」
水瓶の護りも何も答えない。
琥珀はちょっと肩をすくめて月羽を見る。彼女も、さあね、と言うように肩をすくめて首を横に振る。
先に口を開いたのは、水瓶の護りだった。
「私にもわからない。ここはそういうものだから」
「そうですか。……ネイバーシティの宇宙がそういうものだから、と言うのと、同じなのかな」
琥珀は、次元の向こうにある、真っ暗であまたの星が浮かぶ宇宙を思い描く。
「……心が作り出すもの」
「え?」
するとララがふっと息を吐いてつぶやいた。琥珀が彼女の方を見る。
「ここがこのように落とし込まれたのは慢心のなせる技。それが今、暴かれている。この意味を考えよ………」
琥珀と月羽は驚いた様子で彼女を見ている。
ただ、水瓶の護りだけは、落ち着いた凪いだ瞳でその言葉を受け止めていた。
「あなた方がここへ来たと言う事。それはここがあなた方を受け入れた証拠。この世界はまた変わろうとしているのかも、しれない」
「それは」
「何か起こるのかしら?」
琥珀と月羽が言うのに、水瓶の護りではなく、ララが答えた。
「そうね。まだ先かもしれないし、今すぐかもしれない。ただ、私たちは平和であれと願いそれを望んでいる。だったら?」
と、月羽に問いかける。
「良い方向へすすむ、のかしら……」
「そうかもね」
微笑みながらララが言うと、月羽は嬉しそうだ。
「でも、油断は禁物よ」
ララは釘を刺すことも忘れない。月羽もブラックホールに飲み込まれた世界を忘れるほど愚かではない。
「心しています」
そうこうするうち、演習も終わったようだ。
丁央と近衛隊の隊員たちは、第6拠点へ帰ると、各々がやりたい形で休憩に入る。
食事を取る者。
午睡をする者。
シャワーや入浴で汗を流す者。
もちろん疲れていなければ休憩はいらないが、さすがに今日の演習のあとにそれを言う者はいなかった。午後は体力が戻った者から順に第6拠点の解体に入ることに、話はついている。
こちらの次元では、いわゆる軍隊にすら厳しい規律はない。彼らが守らなければならないのは、揃って動くときの集合時間と、こういう所では当番になっている夕食準備だけだ。
あとは自分の采配で動く。
だらだらしたければするときもあるが、大抵1日で嫌になるし、彼らは毎日の積み重ねがどれほど大切かを身をもって知っているのだ。基本的には身体を動かすことが好きな者たちだ。
今も、あちらこちらでクールダウンのストレッチをしたり。その横では今日の当番だろうか、料理が得意な者に夕飯の献立の相談をしていたり。
そのうち、リフレッシュした隊員が頃合いを見て建設チームに教えを請うと、同じような何人かがやって来て解体作業の手順を聞いて作業を始め出す。彼らが疲れてきたあたりで次にリフレッシュした者が交代し、また疲れれば次へ、また次へと交代していくと、自然にローテーションができあがっていると言うわけだ。
丁央はいつもならその作業に参加するのだが、今日は先にやることがあった。
建設チームが見えやすいあたりに音声画像のディスプレイを浮かび上がらせると、ブレイン地区を呼び出した。
「こちら第6拠点の丁央です。多久和さん、今、話せますか?」
すると、しばらく何も映っていなかったディスプレイがウィンと音を立てて映像を映し始めた。
「ああ、丁央か。大丈夫だよ、すぐに出られなくてすまない」
斎が画面の向こうで手を上げて答えている。
「ああ良かった、つながった~。で、多久和さん、移動部屋はどうなりました? どんな具合ですか? 使えそうですか?」
矢継ぎ早に質問を繰り出す丁央に、斎は苦笑しながら言う。
「まあまあ、そんなに慌てないで。実物がここにあるから見せてあげるよ」
そう言いながら斎は何やら操作をしていたが、しばらくすると画像が切り替わり、そこには今となっては懐かしい、あの二重底の移動部屋が映し出される。
「「おおー」」
感嘆の声がして思わず丁央が振り向くと、建設チームのメンバーが何人か来て彼と同じように画像を見ていた。
「皆、解体を任せてしまってすまない」
こちらの様子が見えるのか、斎がそのメンバーに呼びかけるように言う。
「いえいえ」
「こいつを設計し直すんですよね」
「やりがいがありそうだ」
チームのメンバーはほとんど気にしていないどころか、映し出された移動部屋に気持ちを持って行かれているようだ。
「そうなんだよ。で、僕1人で設計するのはあまりにも色気がないから、皆にも手伝ってもらおうと思っている」
「やったぜ!」
一番に喜んだのは丁央。
「斎ならそう言うと思ってたよ」
「そいつの図面を送っておいてくれ」
「久しぶりに腕が鳴る仕事だ」
他のメンバーはさすがに日頃ともに仕事をしているだけあって、落ち着いたものだ。
けれど彼らの瞳も控えめに輝いている。
「ああ、すぐ送る。早くしないと時田が粉々にしてしまいそうなんだ。そうならないうちに」
「ええ?! そりゃ大変だ! ……あ、図面来ました。じゃあこっちでもプランを作りますので、多久和さんも頑張って下さい」
「よろしく頼むよ。日に何度か設計図のやり取りと意見交換もするつもりでいるから。じゃあ、また連絡するよ」
そう言うと、斎は音声画像を切った。
「よおーっし、多久和さんが舌を巻くような設計をしてやるぜ!」
送られた図面を見ながら丁央は鼻息も荒く言う。
「けど、国王。解体作業もきちんとこなしてもらいますよ。国王だからって異例は認めません」
「おわ! そうだった! だったら今日の解体作業、半分の時間で終わらせてやる!」
そんなふうに宣言した丁央は、全力疾走で解体現場へ行ってしまう。
可笑しそうにそれを見送ったメンバーは、真剣に図面に目を向けるのだった。
第6拠点では、解体作業と新しい移動部屋の設計が着々と進んでいく。
水瓶の国では、演習と、ロボットの改良と、一角獣の身体検査や生態の観察が続けられている。
そんな日々が続いたあとに、第1班は交代のためクイーンシティへ帰っていった。