第4話 再会までのひととき
ハリス隊が健闘しているのを横目に見ながら、遼太朗、琥珀、泰斗は水瓶の護りを取り囲むようにして腰掛けている。
「あなたのお話を聞かせて頂けますか」
代表して口を開いた遼太朗に、水瓶の護りは「なにをだ」と言う。
「今回の水運びで疑問に思ったことがあったのです。ネイバーシティから次元の扉を通ってやってきた水は、リトルダイヤに形を変えてここまで運ばれる。リトルには自分たちの生息地があって、普通はその境界を超えられない。ただし、一角獣がいればなぜだか融合が出来るのです」
ここまで眉ひとつ動かさずに聞いていた水瓶の護りが、一息ついた遼太朗に、続きを促すようにかすかに首をかしげる。
「ただ、あのときひとつ問題が浮かび上がりました。ご存じかと思いますが、ここへ来る途中に吹き止まない砂嵐があり、その前後のあたりには、一角獣がいなかったのです、一頭も。そこで、一角獣をあのあたりに連れて行き、事なきを得たのですが、もし一角獣が生存していないのなら、前回の水運びの時はどうしたのだろうと思って。教えて頂けませんか?」
遼太朗の問いに、水瓶の護りは首を横に振る。
「いや、それは出来ない」
「え、どうして。教えてくれても……」
言いつのろうとする泰斗を手で制して、水瓶の護りは言った。
「なぜなら、私も前回の水運びの事は知らない。私が生まれる前の事だから。……私が生まれたのは、ここがこのような世界になってからだ。そのときにはもう、水瓶はあふれんばかりに水をたたえていた。たぶん水運びが終わったあとだったのだろう」
「それって」
泰斗はさっき聞いたジャック国との歴史を思い出しているのだろう。
そこで、遼太朗や琥珀にも、ここがなぜこのような姿になったのかを話して聞かせるのだった。
「ジャック国か」
「どこまで征服すれば気が済んだんだろうね」
琥珀があきれたように、そして少し悲しそうに言う。けれどすぐに気を取り直して遼太朗に問いかけた。
「今の話の中で、風が吹き荒れ火が燃えさかり、と言うのがあるよね。風が吹き荒れ、は、あの砂嵐のことだってわかるけど、火は?」
「ああ、どこに行ってしまったんだろうな」
「何か言い伝えられていませんか?」
泰斗が水瓶の護りに聞くが、彼はまた首を横に振るだけだった。
「ネイバーシティだと火と言えば火山なんだけど、こっちには火山どころか高い山もないもんね」
「ああ! あの1000℃にもなるって言う溶岩だったっけ。すごいよねえ、何でそんなものがあるんだろう」
「それを説明するためには、惑星の成り立ちから話さなきゃならないから、今は割愛するよ。今度、綴が鈴丸にでも聞いてくれ」
塩の水たまりが出来たときのことを思い出して、少し興奮気味になる泰斗を上手く抑えて、琥珀が言う。
「とにかく、水瓶の護りさんが生まれる前の話なら仕方がないよね。ですよね?」
最後の問いは水瓶の護りに向けてだ。
それを受けた水瓶の護りが、また少し口元を上げながら言う。
「ああ、だが考えても見ろ。このような姿になる前は、ここはお前たちの国と地続きだったのだ。当然、一角獣もいたと言う前提にならないか?」
「あ……」
「そうか、だったら話は簡単だな」
今更のように気づく遼太朗と琥珀。けれどそれは彼らのせいではない。なにせ昔話を聞いたのがついさっきなのだから。
「一角獣はこのあたりにもいた。と言うより、実際いるんだからな。推測だがそう考えるのが一番つじつまが合う。あとは火の謎だけだが、それはおいおい調べていくことにしよう」
そんな経緯があって彼らの会談? は終わり、同じくハリス隊の訓練も一段落ついたようだった。
「それでは、僕たちは一度帰りますが、出張の許可が下り次第また来ますので」
「すぐに来るから、よろしくお願いしますね」
琥珀と泰斗が言うのに、最近表情が出るようになってきた水瓶の護りが、苦笑いするように口元を上げた。
「ゆっくりでいい」
そんなセリフに、「いいえ、すぐ来ます」と、ぴょこんとお辞儀をした泰斗は、手を繋いでいたロボットに向き合う。
「じゃあ、またね」
ロボットは彼がまたすぐ来てくれるのを知っているのか、カクンとうなずいて手を離した。
琥珀も一角獣をなでながら「またな」と挨拶している。
そして3人と一体は足を進めて、世界の果てへ落ちて行った。
そのあと、遼太朗、泰斗、琥珀の3人は、本人に特別な許可をもらって、R4たちの移動部屋でクイーンシティに帰ることになった。
本人とは、もちろんR4の事だ。
ここに至る経緯の途中では、ご推察のごとく時田が猛抗議をしたのは言うまでもない。
「へえ、中はこんな風になってるんだね」
初めて移動部屋に入った琥珀は、時田や丁央のように無断であちこちさわりまくったりせず、物珍しそうにぐるりを見回すだけだ。
「窓があるんだね。まるで一軒の家をそのまま移動部屋にしたみたい」
「うん、でもこの窓、移動するときには覆われて壁になるんだよ」
「そうなんだ、すごいな」
説明して回る泰斗のあとをついて歩きながら、「ちょっとこの窓さわってもいい?」と、R4に断ってから手を伸ばす。
「いいヨー」
と気軽に言うR4に微笑んで、窓枠からガラスにかけてをなでていた琥珀の手が、何気なく壁に触れた。
「?」
不思議そうに首をかしげる琥珀。
「どうしたの?」
その様子に泰斗が聞いた。
だが琥珀はしばらく無言でいたかと思うと、唐突にR4の方を向く。
「……R4、この壁は何で出来てるの? 素材は?」
「エ、なにデスカ」
「一角獣の、なにか、……なにかを、使ってない?」
「え、ええっ?! 琥珀そんなことまでわかるの?」
驚く泰斗に、琥珀は壁をなで続けている。
それを見ていたR4が、まるで人のようにため息をついた。
「ハア……さすがダネ。天笠の血ハ、伊達ジャない」
「え?」
琥珀が天笠の名前を聞いて振り向くと、仕方がないと言う顔で(そう見えるだけだが)R4は話し始めた。
「いいヨー、教えてアゲル。あのネ、この移動部屋ハ、高い壁の扉カラ出来た素材で補強シテあるの」
「え? じゃあもしかして、あの、はじめからなかった片方の扉を使ったの?」
泰斗が驚いて言う。
クイーンシティの外れへ続く場所にある扉が、何故かもとから片方しかなかったのだ。
それがとても不思議ではあったが、バランスが悪く危険だと言う理由と素材の分析結果から、天文台型移動部屋を作るときに、残っていたもう片方の扉を使ったという経緯がある。
素材には、一角獣の角を粉砕したものが使われている。琥珀に流れる血がそれを察知したのだろう。
「そ。200年以上も昔ダけれど、クイーンの技術ハ、目を見張るホド素晴らしかったノ。……と言ってモ、ボクも、作ってる所ハ、見た事ないんだケドね」
「へえ、でもそれなら、この部屋のこの強度はうなずけるね。……でもさ、こんなすごいもの本当に誰が作ったんだろう。覚えてる? R4」
「R4ガ、生まれたときニハ、もうあった」
「そうなんだ、残念」
「昔々ニモ、泰斗や、トニー&時田トカ、斎みたいなすごい人ガ、いたんだよきっと。新行内 久瀨ハ、今デモ伝説ニなってるデショ」
「ああ、そうか」
「新行内 久瀨の名前を出すと、丁央が語り出すもんね。どんなにすごい人だったかって」
「フフ、そうだね」
遼太朗、泰斗、琥珀の3人は、丁央の熱い語りぶりを思い出して可笑しそうに笑いあった。
そうこうするうち、移動部屋はあっという間にダイヤ国へ到着した。
ここでいったん琥珀が降りると、あとに残った遼太朗と泰斗を乗せた移動部屋はクイーンシティへと向かう。
「着いたヨー」
と相変わらずゆるく言うR4の声に2人は出入り口へ。
「そう言えばどこに下ろしてくれたんだ」
遼太朗がひらくドアから一歩外へ出ると、なんとそこは王宮広場だった。
「おかえり」
声のした方を見ると、そこには丁央が待ち構えていた。
「丁央!」
泰斗がちょっと驚いたように、けれど嬉しそうに言うと、丁央はニヤリと微笑む。
ああ、これは国王様、また執務を放り出して何かしようと企んでいるな、と、遼太朗は感づいた。
「ただいま。国王じきじきのお出迎えか、俺たちも偉くなったものだ」
「そりゃあそうさ。で? なんだね、君たちはせっかく帰ってきたのに、またすぐに水瓶の国へ行こうと思っているんだって?」
「俺は違う。泰斗と琥珀だけだ」
「うん、琥珀は一角獣の研究のため、僕は向こうのロボットを少し改良するためにね」
帰る途中の移動部屋の中から、泰斗と琥珀は各々出張の申請を出してある。丁央はそれを見たのだろう。
「そうか、まあそれはいい。実はな、近衛隊がハリス隊だけ演習なんてずるい! と言い出してだな。ハリス隊が帰り次第、近衛隊が交代で演習に向かう事になったんだ」
「え?」
「近衛隊と言えば王宮直属の隊。何を隠そう俺もそのメンバーの1人だ。だから、今回俺も水瓶の国の演習に参加する運びとなったんだ」
「丁央……」
やはりそうだった。
調査隊の話が出たときに、遼太朗は丁央も一緒に来るのだと思っていた。けれどなぜか彼は参加しなかった。珍しいこともあるものだなと思っていたのだが、さてはこういうわけだったのか。
「お前、近衛隊に何か吹き込んだんじゃないだろうな」
「まさか~、あ、でも蓮くんには、ハリス隊がさ、あの水瓶の護りんとこのロボットと演習するんだってーいいよねえ、って言った記憶が……」
「まったく」
あの蓮にそんなことを言えば、行きたい行きたいと駄々をこねるのは目に見えているだろう。
「わざとだな、俺たちの自慢の国王のくせに」
「ええー国王がそんなことするわけないじゃない~、遼太朗くんひどい~」
丁央は今度はくねくねと身体をくねらせて言っていたが、こらえきれずに吹き出してしまう。
「ブフッ、まあお前たちが出発した時は執務が一番押しててな。本当は行きたかったんだけど、我慢したんだぜえ、この俺が」
これには遼太朗も苦笑いだ。
「でも、ハリスたちが帰ってくるまで結構時間がかかるじゃない。それまで僕たちの出張もお預け?」
今度は泰斗が珍しく不服そうに言う。彼の頭の中には、すでにロボットの改良シミュレーションが、それこそ数え切れないほど浮かんでいるのだから。
丁央はそんな泰斗をよく知っているので、そこは臨機応変に言う。
「いいや、お前と琥珀は、準備が整い次第出発してくれていいぜ。俺は残りの執務を片付けて、あとのことを父上に引き継がなきゃならないから、どのみちそんなにすぐにはクイーンシティを離れられないんだ」
そんな言葉が丁央の口から飛び出してきたので、泰斗はまじまじと彼の顔を見てしまう。
「ん? なんだ? 俺の顔に何かついてるか?」
不思議そうに言って顔を手でこする丁央に、泰斗が「ううん」と答える。
「丁央も国王らしくなったなって思ったんだよな」
遼太朗が泰斗に代わって言う。
「なんだそれ」
「でも、結局水瓶の国へ行っちゃう所が丁央らしいんだけどね」
「それこそなんだそれ」
「まあ、お前は俺たちの自慢の国王って事だ」
「うんうん!」
2人は納得したようだが、ひとり丁央は頭をひねるばかりだった。
そのあと丁央たちと別れた泰斗は、ロボット研究所へと向かう。
「わあ、泰斗くんだあ、久しぶりだねえ、ジュリー寂しかったよお」
そしていつもの通り、研究室へ入るなり熱烈歓迎の抱擁が待っていた。
「……ふが、…せんぱい、ぐるじい~」
「もう! またジュリー先輩は!」
ナオが慌てて飛んできて引っぱがそうとするが、久しぶりだからか、なかなかどうしてその吸引力は侮れない。
しびれを切らしたナオが、パチンと指を鳴らした。
ウィーン、ススス……
すると、なめらかな音とともに一体のロボットがやってきた。
彼はナオに加勢して2人を引き剥がそうとするが、どうやら人を傷つけないようにプログラムされているらしく、かなりソフトな感じである。
「やっぱりダメか、じゃあ最後の手段!」
ナオはさっきと微妙に違う音で、今度は2回パチンパチンと指をならす。
すると。
「へ? うわっハハハハハ! くすぐったい! わあ~やめてえ~」
なんとそのロボットはジュリーをくすぐり始めたのだ。絶妙の力加減で、くすぐったさの急所? とおぼしきあたりをピンポイントで。これにはさすがのジュリーもお手上げ、文字通り手を上げて離れるしかない。
「ナオ~なんてことしてくれるんだよもう」
ジュリーはまだ笑い顔のまま、ナオに食ってかかるが。
「え? 君はなに? 介護ロボ? どうしたのこの子? ナオ、ちょっと見せてもらってもいい?」
ようやく呪縛が解けたあと、留守にしている間に現れた新ロボットに、泰斗が興味を示さないはずがない。
たちまちクルクルとまわりを回りながら、「へえ」とか「ふん」とか「ああそうか」とか言っている。
「はい、名付けてジュリー先輩撃退ロボです、なんちゃって。……本当は子どもとか、お年寄りとかと接するときに、こう、もっとソフトにかかわれないかなって思って、家事介護ロボに改良を加えてみたんです。身体の素材はもちろんですけど、力加減とか受け止め方とか。けれど、なかなかその、なんて言うのかな、受け止めるときに引く感じのプログラムが上手くいかなくて、泰斗先輩が帰ってきたら見てもらおうかなって思ってたんです」
ナオの説明に、ちょっとだけ心が飛んでいた泰斗が、ハタと気がついたように戻ってきた。
「じゃあすぐ見てみよう」
そう言うと、ナオとロボットを引っ張ってしばらく留守だった自分の席へと向かう。
「あらら、また泰斗の睡眠時間が削られそうだねえ」
「フフ、でもナオも成長したわね。以前は泰斗がいないと寂しくて魂が抜けたようになってたのに」
いつの間にかジュリーの横に水澄がやってきて微笑んでいる。通りすがりに彼らのやり取りが耳に入ったのだろうか。
「そりゃあ、彼女も前途ある研究所のホープだからね」
「日々成長していくって? じゃあ私たちも負けていられないわよ、先輩として」
「もちろん! とは言え、泰斗を超えられるとは思ってないけどお」
「それは当たり前よ、泰斗を超えられるのは泰斗だけよ」
クスクス笑いながら、ジュリーの腕をポンと叩いて、水澄は自分のラボへと行ってしまった。
ジュリーはそんな水澄を肩をすくめて見送ると、「さあーて俺も仕事、仕事」と自席へ向かうのだった。
しばらくプログラムを確認していた泰斗が、
「ああ、これかな」
とディスプレイを指さして言うと、ナオが嬉しそうに言った。
「そうです! ここのところがどうも……変な言い方ですけど、ギクシャクしてて」
「うーん、そうだね……、うん、……、えーと、フフ……ギクシャクって、ものすごくぴったりな言い方」
可笑しそうに考えながら言いつつ、組み替えのためキーボードを打っていく泰斗。
カタカタカタ
時間がかかるかもしれないので、ナオがお茶を入れるべくその場を離れようとしたとき。
「えっと、こんな感じにしてみたんだけと」
ふっと手を止めた泰斗が言った。
「え? もう出来たんですか?」
「うん、ここだけだからね」
変更されたところを見てナオが目を丸くしたあと、合わせた手のひらを口元に持って行く。
「ああ……、そうか……。さすがは先輩です、わあ」
感嘆の声を発するナオに覆い被さるひとつの影。
「どれどれ? どこがどうなったの?」
「もう、ジュリー先輩重いです!」
ナオに押し返されながらディスプレイを見たジュリーは、態度こそ飄々としているが、目は研究者のそれに変わっている。
「なるほどね。あとはロボットに入力したときにどう動くか、だよね」
「泰斗先輩のプログラムなら大丈夫です」
自信満々に言うナオに、泰斗は「それはわからないよ」と言う。
「どんなに完璧に見えたプログラムも、起動してみると、思っていたのと違うときがある。そこを調整してやり直して悩んで悩んで、また発想がひらめいて……」
説明している泰斗の頭に、なぜかR4が思い浮かぶ。
「……あれ? やり直して、やり直して……、ひらめいて……」
「どうしたんですか? 先輩」
心ここにあらずになる泰斗に、心配そうにナオが声をかけた。
「え? ううん、何でもない。なんでもないよ」
泰斗はそのとき、まだ起動されていないR4に、何度も何度も走り寄る自分の幻影を見たような気がしていた。
「さて、ロボットちゃん、上手く動いてよお」
書き換えたプログラムを搭載したロボットがウィーンと起動し始める。それは、ナオが思っていた以上のなめらかさとしなやかさを備えていた。
「すごい! これです、私が考えていた動き」
ロボットを押したり引いたり、あげくには手を取って踊り出したりするナオ。楽しそうなその様子を見て自分も楽しそうにしている泰斗。
「これこそ泰斗が泰斗たるゆえんだよね」
うんうんとうなずいたあと、ジュリーが、ナオにとっては魅力的な、泰斗にとっては驚きの発表を繰り出す。
「さて、ひとつ課題をクリアしたばかりで悪いけど、泰斗とナオは俺と一緒に明後日から出張だよ」
「え?」
「ジュリー先輩、僕は水瓶の国へ行かなくちゃならないんです」
「聞いたよ、かの国のロボットをすべて改良するって言ったそうじゃないの」
「はい、だから……」
「チッチッチッ」
あとを言わせないように泰斗の顔の前で指を振りながら、ジュリーが宣言した。
「だから、3人で行くんだよ、水瓶の国に、ね」