第2話 世界の果てふたたび
「ここへ来るのも久しぶりだな」
移動車のひとつから降り立ったハリスが、左右に延々と続く落ち込む大地を眺めて言った。
ここは世界の果て。
遼太朗と琥珀は2人だけで砂嵐を調査するつもりだったが、いつの間にか名ばかりの調査隊が結成され、おまけに護衛のハリス隊までが来ることになっていた。
「ああ。……けど、本当にすまないな。ハリスもこんなことに付き合わされる羽目になって」
いくら幼なじみとは言え、丁央の気まぐれに付き合わされるハリスもたまったものではないだろうと、遼太朗は友達として心の底から謝った。
けれどハリスは珍しくきょとんとした顔を遼太朗に向けたあと、なぜか豪快に笑い出した。
「あっははは。そうだなあ、国王さまにはいつも振り回されっぱなしだなあ」
「ハリス……」
「ああ、気にしなくていい。実は今回の護衛は隊の奴らが言い出したことなんだ」
「え?」
このハリスのセリフに、今度は遼太朗の方が驚く番だった。
「水瓶の護りの所にいたあいつら、覚えてるか?」
「ん?」
遼太朗がわからないと言うように首をかしげると、ハリスは「まあ遼太朗は戦いはしないからな」と言ったあと、あ、と気づいた遼太朗に頷いて話を続けた。
「そう、あの戦闘ロボット。俺たちの隊とほぼ互角に戦った奴らだ。ここの護衛はまあ、なんと言うかほとんどなくてもいいようなもんだろ?」
すまなそうに言うハリスに、考えてみればこんな何もないところに、本来なら護衛は必要ないだろう。
「ただ、俺たちの中に、最初にここへ来たときのあの戦闘ロボットとの一戦がけっこう印象に残っててな。出来るなら訓練という形でいいから、あいつらともう一度一戦交えて腕を磨きたいていうのが俺たちの本音だ」
「ああ、そうか」
遼太朗はやっと納得したようにうなずいた。そして、そんなハリス隊の願いを聞き入れた上に、無理なく実行してしまう丁央を、国王として、友達としてあらためて見直したのだった。
「だったら俺たちのことは心配せずに、行ってこいよ」
「いや、護衛で来ている限りはきっちり任務は遂行する。とりあえず二班に分かれて護衛と戦闘訓練とを交互に行わせてもらうよ」
そのあたりは真面目なハリスのことだ。遼太朗はここでもまたあらためて友達を見直すことになった。
「それに、泰斗も心配だしな」
「ああ、そうだったな」
遼太朗は思わず微笑んだ。
ハリスは学生のころから、すぐに誰かにちょっかいをかけられる泰斗の身の安全を一番に心配していたから。何故かは知らないがこの2人はとても気が合うらしい。
その泰斗が今回、彼らとともに水瓶の護りに話を聞く役目を仰せつかっている。
先にR4が水瓶の護りに話を持ち込んだところ、水瓶の護りは泰斗が来るのなら、と言う条件を出したそうだ。
そのR4はあれからこちら、何故かちょくちょくこの世界の果てに来ているらしい。まあ、移動部屋という便利なものがあるので、拠点を何度も飛ぶ必要はないし、ロボットが大勢いるのでR4たちにとっても居心地が良いのかもしれない。
時田などは移動部屋に乗りたい口実で、「ずるいぞR4! たまには俺も連れて行け!」と息巻いて言うのだが、毎回R4にスルーされていた。
そんなわけで、ここには遼太朗、琥珀、泰斗、ハリス隊が揃っている。
他にはなんと、トニー&時田のコンビと、多久和 斎がスタッフを伴ってやってきていた。
と言うのは、今までの装置は人と、せいぜい小型の移動車を転送するものだったが、果てしなく左右に続く砂漠を自由に調査するためには、移動車がどうしても必要だろうと結論づけられた。
そこでダイヤ国からここまでの拠点に、移動車ごと転送できるような頑丈な装置を設置してはどうかと言うことになった。そこで空間移動の第一人者コンビと、建築設計のプロが派遣される運びとなったわけだ。
とは言え、まだそれらが実現していない今回、遼太朗たちとハリス隊は、2台の移動車で何日もかけて先ほど到着したばかりだった。
琥珀がハリス隊とは別の移動車から降りてくる。
琥珀は何やら大きな筒のようなものを出してきて砂の上に置く。
「これはなんだ?」
初めて見る装置に、遼太朗が聞いてくる。
「天体望遠鏡だよ。そうか、こっちの次元にはないんだよね」
そう。
あんなに立派な天文台があるのに、何故か個人が持つような望遠鏡はこちらの次元にはひとつもない。それを知った琥珀が、今回の調査のためにネイバーシティに連絡を入れてわざわざ取り寄せたものだ。
「天文台にある、大きな望遠鏡は知ってるだろ? あれのミニチュア版だよ」
「へえ。だが、星を見てどうするんだ?」
「ああ、違うよ。この左右に続く果てがどうなっているのか、これで見てみればわかるかなと思ってね。なんせこいつを使えば、惑星の輪っかが見えるんだからさ」
「惑星? 輪っか?」
「ああ、ごめんごめん。ネイバーシティでの話だよ。向こうにある星はすべて丸い惑星なんだ」
「ああ、なるほど。そうだった」
ここへ来てようやく彼らは自分たちの話の食い違いに気がついた。
「今度、惑星の輪っかを見に、ネイバーシティへ行きたいな」
遼太朗が空を見上げて言うと、琥珀は「うん、行こう」と嬉しそうだ。
「じゃあ僕も」
ひょいと2人の間から顔を出して、泰斗が言った。
「お、泰斗もか」
「うん、鈴丸にも会いたいし」
「泰斗はそっちが本命だろう?」
「ばれちゃった」
ペロッと舌を出す泰斗に、遼太朗が「コイツ」とほおにげんこつを当てる。泰斗はさして痛くもないのに、わあ、などと大げさに言う。3人がそうやってはしゃいでいると、少し上方の空間がグニャグニャとゆがみはじめた。
「あ、R4が来たみたい」
泰斗の言葉が終わらないうちに、
「そうだな」
と、どこから現れたのか時田が腕組みをして彼らの横に立っていた。
「わあ、時田さん!」
「いつの間に」
「さすがですね」
R4の移動部屋大好きの時田は、誰よりも早くその到着を察知できるのだ。
グニャグニャとゆがんでいた空間に、移動部屋の入り口が現れてそれが砂の上に静かに降り立つ。中からR4が顔を出した。
「おせーぞ」
「ア、やっぱり時田ガ、イル」
「あったり前だ!」
そう言った時田は、今日は到着シーンを見て満足したのかそれとも忙しいのか、「じゃあな」とあっさり拠点の設置調査をしている現場へと戻っていった。
そんな時田を苦笑しながら見送る遼太朗たちに、R4が声をかける。
「とりあエず、泰斗ダケ来てクレル? 水瓶の護りに話ヲつけてくるのデ」
「ああ、よろしく頼む」
「その間にこっちの調査を色々しておくよ」
遼太朗と琥珀が言ったあとに、ハリスも付け加えるのを忘れない。
「ロボットとの演習も、頼んだぜ」
「ええっと、そっちの方は僕がロボットたちに頼んでみるね」
水瓶の護りはロボットとハリス隊の事も快く了解してくれたが、本人〈ロボットたち〉には話をつけていない様子だった。けれど、泰斗のことをたいそう気に入っているロボットたちのことだから、彼が話せばきっとOKしてくれるだろう。
「そうだったな。よろしくな」
「うん!」
そして今回も、R4が泰斗にしがみつくと、2人は世界の果てから底へと落ちていった。
「ロボットなのに、本当に怖がりなんだな、R4ってやつは」
「あれじゃどっちがロボットなんだか」
そんな風に言われているとはつゆ知らず、泰斗は今日もしばらくは降下を楽しんでいたが、R4の「泰斗ー!」と言う叫びに仕方なく? 足を壁につける。
ぐるん、と天地が入れ替わったような感じがして、ふっと意識を戻すと、もうそこは水瓶の国だ。
きちんと到着したのを確認して、R4はしがみついていた手を離す。
サアーッ
それを待っていたように草原が美しく揺れる。あ、と思った次の瞬間には、泰斗はこちらの戦闘ロボットに手を取られていた。
「わあ、もう来たんだね。久しぶり。君はこの間見送ってくれた子かな?」
泰斗が聞くと、そのロボットはカクンと音を立ててうなずく。
「お出迎えありがとう。君が水瓶の護りさんの所へ連れてってくれるの?」
「いいや、私はここにいる」
いきなり声がしてそちらを見ると、そこにはすでに水瓶の護りが立っていた。
「え? うわ」
ちょうど泰斗からは真後ろだったので、慌てて振り向きざまによろけた泰斗をロボットが優しく支える。
「あ、ありがとうね」
律儀にロボットにお礼を言ったあと、泰斗は水瓶の護りに向かってぴょこんとお辞儀をした。
「お久しぶりです、水瓶の護りさん」
そんな泰斗の仕草がおかしかったのか、珍しく口元に微笑みを浮かべた水瓶の護りが、「ああ、そうだな」と答える。
「ええっと、とりあえず僕だけと聞いたので1人で来たんですが……」
「ああ。まずはロボットたちに事情を説明して欲しかったからだ。お前以外が来ると、こいつらがすぐに反応する」
「え? 僕にも反応しましたよ?」
と、泰斗は繋いだ手を持ち上げる。
「お前のとは反対の反応だよ」
「それって」
「攻撃しようとする」
「ええ? 駄目だよお、皆。僕たちは友達になりたくて来てるんだから」
水瓶の護りの言葉を聞いた泰斗が、ロボットの両手を取って言い聞かせるように言う。すると、ロボットの目のあたりがチカチカと輝き出した。どうやら仲間に通信を送っているらしい。
しばらくするとチカチカがやんで、ロボットはまたカクンとうなずいた。
「皆ニ、伝えたッテ」
後ろにいたR4が翻訳する。
「ありがとう。それでね」
と、ここまで言ったあと、泰斗はもう一度確認するように水瓶の護りを見る。彼がうんとうなずいたのを見て、ロボットに今日の演習の説明を始める。
ハリス隊は優秀な彼らの胸を借りに来たのだと言うこと。
見た目は厳ついけど、本当はとっても優しいのだと言うこと(これはハリスとか、ゾーイとかに限ってだが)
「だからね、彼らの訓練のお手伝いをしてあげてくれないかな」
泰斗が一言話すたびに、ロボットの目がチカチカして、通信しているのがわかる。彼らの通信はこの国のどこにいても届くと以前に水瓶の護りから聞いていた。
「ワカッタって」
またカクンとうなずいたロボットのあとから、R4が説明した。
「ホント? わあ、ありがとう。でも絶対に君たちを傷つけるようなことはしないから」
「こちらもだ」
泰斗の言葉に、水瓶の護りが言った。
「こいつらは本来、人の命を奪うようには作られていない。だから攻撃はするが、致命傷は負わせない。動けなくはするがな。それに、もともと彼らは護衛のためのロボットだったのだ」
「え?」
「私が生まれる前の話だ。まだここは砂漠で、このように落ち込んでおらず、他国と地続きだった。その頃、水瓶を独り占めしようと攻めてきたジャックの国に対抗するため、護衛専門だった彼らは、強力な武器と化されてしまった。だがジャックの国は容赦もない。むごいやり方でここに攻め入る。しかし、とうとう彼らの傲慢が度を超えたとき、天地はそれを許さず、風が吹き荒れ火が燃えさかり、挙げ句の果てに地がなくなった。ジャックの者どもは1人残らず奈落の底へと引きずられていき、この国はようやく静かになった。そのなごりから、今でもここに入る者を彼らは排除しようとする」
「そんな……」
水瓶の護りの話に泰斗は絶句する。だが次に出て来た言葉は、水の護りが思ってもみないことだった。
「けれどジャック国はなくなりました。そのほかの争いばかりする国も、すべてブラックホールに飲み込まれ消え去りました。そして今あるのは平和を願うダイヤ国とクイーンシティだけ。もう水瓶を奪おうなんてする者はいません、だから」
「?」
「だから、もう一度、僕に彼らのプログラムを書き換えさせてくれませんか? 彼らだって好きで戦闘ロボットになったわけじゃない。本当は人を守りたいと思っているはず」
今度は水瓶の護りが黙る番だった。ああ、この泰斗と言うヤツは本当にロボットが好きで、心の底から平和を願っているのだとあらためて思う。
けれど水瓶の護りの答えは決まっていた。
「それは出来ない」
「何故ですか? だってもう戦っている国はどこにもありません」
「そう、今はな。けれどいついかなる時に、またジャックの国のような輩が現れるとも限らない」
「それは……」
泰斗は言葉に詰まった。ダイヤ国の事はよくわからないが、クイーンシティの人たちは、紛れもなくキングと言う戦闘民族の血を引いている。
「これからのことは僕にもわかりません。僕は争いは良くないと思っているけれど、後々生まれてくる子孫がすべてそんな考えを持ってくれるかどうかは、確信できません」
うつむいて苦しそうに言う泰斗に、水瓶の護りは感情を見せない。
「けど、この子たちが……。ごめんね、人の勝手で君たちは……」
顔を上げて繋いだ手を離すと、泰斗はロボットを優しく抱きしめる。
「ア」
R4が珍しく焦ったように言ったのを、水瓶の護りが不思議そうに見やる。
ロボットの目が、先ほどとは比べものにならないほどヂカヂカと輝いた。
かと思うと。
サァー……ザザッ……ザァー!
草原のそこここからロボットが姿を現す。遠くからものすごいスピードでやってくる者もいる。
「マズイ、デス、水瓶の護り、止めテ!」
R4が言うそばから、泰斗にハグしてもらいたいロボットたちが押し寄せ、どんどん回りを取り囲んで押し合いへし合いになる。
「なんだ?」
水瓶の護りはよく事情が飲み込めていないようだ。
「回りのロボット、たちガ、あいつだけ、ズルイッテ。自分モ、ハグしてクレーっテ」
「そうか……」
けれど水瓶の護りはただただその光景をぽかんとして見ているだけ。
どんどん膨れ上がるロボットの隙間から、「た、たすけて……」と言う泰斗のか細い声が聞こえてきたところで、はっと気がついた水瓶の護りが、
「☆◎⌒∪§⊥★★▽!」
慌てて厳しい命令を出したおかげで、泰斗は押しつぶされずにすんだ。
そのあとにやってきた遼太朗は、泰斗の前にずらっと並ぶロボットと、ヘロヘロになりながらも、笑顔で一体一体とハグする泰斗という光景を目にするのだった。