第10話 砂漠にあらわれるもの
茫然自失で砂漠に座り込んでいる泰斗。
その肩に手を置く者がいた。涙に濡れた目でそちらを見るとそれは。
「R4……」
思わず立ち上がると、泰斗はR4に抱きつく。
「R4、……R4、助けられなかった、一体も」
つぶやく泰斗を優しくハグしてただ頷くR4。
「まったく、思い込むと周りが見えなくなるのは、ロボットを開発するときだけにせい」
後ろから声がする。
立っていたのはラバラだった。
「ラバラさま……」
ラバラはニンマリすると、うんと力強く頷く。
「水瓶の護りがどう言っておったのかは知らんが、水瓶の国はこんな事でどうなるようなものではないわい」
「本当、ですか?」
「おや、お前さんはわしを疑うか」
「いいえ、でも、…こんな事が起こるのがわかっていたら、あの子たちだけでも改良できたかもしれないのに」
泰斗が言うのに目を丸くするラバラ。
そのラバラにR4がうん、とひとつ頷く。
R4は、泰斗なら、少し時間をかければ、ロボットであればあの最後の護りのような大型でさえ果てを飛び越えさせることが出来ると確信している。
「えーとネ、今ハ、そんなコトより、火急ノ件が、あるヨー」
「どうしたの?」
砂漠の果てに目を向けながら言うR4に、思わず泰斗が聞き返す。
「ダレカ、あのあたりヲ、望遠鏡で見てミテー」
R4が指さすのは、少し前まで落ち込む果てとこちらの境界線が続いていたあたり。
ラバラはうぬ、と頷いている。
フットワークの軽い蓮が、望遠鏡に飛んでいき、早速覗いている。
「うーんと……、え? なにあれ? 何かが近づいてくる。どっかで見た事があるような……、ああっ」
蓮は望遠鏡から目を離して言う。
「あれは戦闘ロボだ! ビョーンと飛ぶ奴までいる。それも結構な数!」
「コレハ、ヤバイですね」
「落ち着いてる場合か!」
妙に落ち着いた声で言うR4に叫ぶと、蓮は丁央の方を見る。
「R4、それが見えるの? すげえ……」
「もう、国王! そっちに感心してる場合じゃない!」
蓮が地団駄を踏むようなそぶりで言うので、丁央はちょっと頭をかく。
「だよな、ふざけてる場合じゃないな」
と言ったあとは、国王の顔に戻る。
「近衛隊、今は第5から第8まで、戦闘態勢に入れ。護衛ロボは?」
「1人一体です」
「最低限だな。皆、気を抜くなよ」
「「ラジャ!」」
そこまで指示すると、丁央はちょっと顔を緩めて、
「ラバラさまと泰斗は、あっち」
と、天文台型移動部屋を指さす。
見ると、ジュリーとナオ、琥珀とララが乗り込もうとしている所だ。
そして。
「まったく、泣き虫もいい加減に卒業しろよ」
その天文台型移動部屋に乗ってきたのだろう、遼太朗とステラがそこにいた。
「遼太朗! ステラさん!」
泰斗が嬉しそうに走り寄っていく。
そのあとをR4とのんびり歩きながらラバラが言う。
「泣き虫のくせに、思い込みが激しくて大胆じゃったりするのう、うちの天才は」
「それが、ナクテハ、研究者ハ、やっておれヌ」
「ははは、まあそうじゃの」
ラバラの手を取って天文台型移動部屋にエスコートしたR4は、今さらながら丁央に助言をする。
「丁央~」
「なんだ?」
「えーとネ、あっちだけじゃ、ナイヨー」
と、今度は反対側の遠くを指さして言う。
「?」
望遠鏡を覗いていた第5部隊の隊員が、そちらに焦点を合わせて言う。
「こちら側からも戦闘ロボ、やってきます」
「ええっ?! 挟み撃ちかよ! こらR4! そういうことはもっと早く言え」
「ダッテ、丁央たちナラ、大丈夫だ、モーン」
R4はそんなことを言ったあと、自分はそそくさと移動部屋へと引っ込んでしまう。
「まったく……、けど、そんな風に期待されちゃあ、頑張らない訳にはいかないな」
「そうよ、それにしても毎回毎回、私たちってけっこう窮地に立たされるわね」
隣に並んだ月羽が言う。当然彼女も戦闘に参加するからだ。
「まあな」
などと、のんきなことを言っていた時だった。
「今回は窮地じゃねえぜ」
音声通信からよく知る声が聞こえてくる。
見ると、天文台型移動部屋の前あたりの空間が、グニャグニャゆがんでいるのが見えた。
「時田さん?」
そして、そこにあらわれたのは。
フィン
心地よい羽音とともに、見覚えがあるが前とは違う縦に長い移動部屋が現れる。
二重底を利用したそれの、出入り口とおぼしきあたりが開くと、2階建てになったそこから3台の移動車と、そのあとに続いてダブルリトルが何台も飛び出す。
「お待たせー」
その1台に乗っていたカレブが、丁央たちのすぐ横に着陸する。
「完成したのか! 早かったじゃないか」
嬉しそうに言う丁央に、時田が音声で答える。
「あったり前よ、俺たちの能力をなめんなよ」
「なめてないですよお。うー、早く終わらせて中を見たい!」
移動車からは、イエルドを先頭に第1から第4までの部隊が降りてきた。
ハリス隊はダブルリトルに乗っている者もいるので、ハリス、イサック、ゾーイの重戦車トリオだ。
そして、鞍をつけた一角獣たちとたくさんの護衛ロボ。
「よおし、クイーンシティの精鋭が揃ったな。負ける気がしねえ」
「あったりまえです!」
「俺たちをなめてはいけませんよお」
蓮とカレブはいつもの通りだ。
「皆、行くぞ!」
二手に分かれて戦闘ロボを迎え撃つ近衛隊とハリス隊。
彼らの様子を確認すると、2階建て移動部屋は、またグニャグニャとどこかへ消えてしまう。
ダイヤ国へ行くためだ。
緊急だったので、来るときはダイヤ国に寄る間も惜しんでいたのだ。このあと、ダイヤ国の戦闘ロボが応援に駆けつけてくれるはずだ。
キュイーン ドオン、ドオン!
パアン! サア!
戦闘が始まったものの、丁央たちはおかしな事に気づく。
出て来た戦闘ロボットの中に、まっすぐこちらへ向かって来ずに、それて行く者がいるのだ。世界の果てがあったあたりから、向こう側へ向かって。
新しく出来た砂漠を我が物にしようとしているのだろうか。
「なんだよあいつら」
「未だに広大な領地が欲しいんじゃないの?」
そう言って追いかけようとした隊員に、ラバラから通信が入る。
「追いかけてはならぬ!」
「ラバラさま」
「世界の果てから向こうへ行っては、ならぬ!」
いつになく厳しい口調のラバラに、隊員たちは素直に従う。
「戻れ! 俺たちはこっちに来る奴らに集中だ」
「ラジャ」
「イエッサー」
半分ほどの戦闘ロボが果ての向こう側へ行こうとしたとき、砂漠でまた変化が起こる。
ボゴッ バアン!
ズザァーーー!
なんと、戦闘ロボの行く手を阻むかのごとく、再び砂嵐が復活したのだ。
それは、水瓶の国があったあたりを起点として半円を描くように広がって行く。果敢にその中に入ろうとする戦闘ロボがいるが、それらはまるで紙吹雪のように吹き飛ばされてしまう。
あのときにラバラの言いつけを破っていたら、自分たちも同じような目に遭っていたのだと今さらながらに気づく隊員たち。
だが変化はそれだけではなかった。
カツン
心地よい蹄の音がしたかと思うと、あの、緋色の一角獣がどこからともなく現れたのだ。
ヒュウン
そして一角獣が炎をまといながら空へ上がると、また炎のカーテンが開かれていく。
「うわ!」
「焼かれる~って、あれ? あんまり熱くない?」
砂嵐の少し近くにいた隊員たちは炎の熱さを覚悟したが、何故かあまり熱さを感じない。
けれど戦闘ロボが近づくと、炎がまるで彼らに手を伸ばしたかのように、まわりを囲んで焼き尽くす。
そんな状況に気が付いた戦闘ロボたちは、標的をこちら一点に絞り込んできた。
「あちら側はあきらめたみたいですわ」
「げんきんな奴ら! けどこっちも容赦しないわよ」
パールと花音がダブルリトルで縦横無尽に駆け巡る。
「おう、待たせたな」
するとまたグニャグニャと空間がゆがんで時田の声がして、2階建て移動部屋が現れ、今度はダイヤ国の戦闘ロボットが飛び出してきた。
「待ってました!」
カレブが手を振って言うと、ジャンプ型戦闘ロボがそのリトルダイヤを狙う。
キュイン!
「うお、不意打ちは卑怯だぞ」
ドン ドン!
性格は軽いが、カレブも腕は確かだ。瞬く間に戦闘ロボは落ちていった。
クイーンシティとダイヤ国の精鋭たちは、次々戦闘ロボを倒していく。
だがその数は尋常ではない。
後から後から、どこまで続くのかと言うように湧いてくる。
「さすがにこれは、きつそうだよ」
「ああ」
天文台型移動部屋で事の成り行きを見守る泰斗たちは、自分が何も出来ないのが本当にもどかしい。
「そうでもないぞ?」
「ラバラさま、僕たちになにか出来ることあるんですか?」
勢い込んで言う泰斗に、ラバラは、
「本当にお前さんは思い込んだら命がけじゃの。だが、残念ながら手出しはできん」
「そんなことわかってます!」
「お前の思いを届けることは出来る」
「……え?」
泰斗は虚を突かれたように黙り込んだが、ステラとララには何か感じるものがあるようだ。
「泰斗」
「はい」
ステラが泰斗の両手を取って言う。
「水瓶の国の、ロボットたちを思い浮かべて。なるべくリアルに」
「……はい」
温かいステラの手から、温かい思いが泰斗に流れ込んできた。
彼は頷いて目を閉じると、ステラから手を離して胸の前で合わせ、言われるままロボットを思い浮かべた。
「他の者も、それぞれ思いを届けるのじゃ」
ラバラの言葉に、ララと手を繋いだ琥珀も目を閉じて一角獣を思い浮かべる。
ジュリーは難しい顔で、ナオは泰斗のように手を合わせてそれぞれ目を閉じる。
遼太朗はステラと手を繋ぎ、美しい草原にたたずむ水瓶の護りとその歴史に思いをはせる。
♪~♪~~、♪ー♪、♪~
ラバラの、星読みとはまた違う呪文が、彼らの心を潤していく。
「あ」
どのくらいそうしていたのか、泰斗が急に目を開けた。
「あの子たち」
そう言って移動部屋の窓に駆け寄り、燃えさかる砂嵐を見る。
すると。
ゴオウ~
ザッザッザッ
なんと、まるで炎も風もそこにないかのように、水瓶の国のロボットが砂嵐の中から歩いて出て来たのだ。そのロボットの数も相当なものだ。
ロボットたちは砂嵐を抜けると猛スピードで戦いの場へと走り込み、蹴散らすように敵の戦闘ロボを倒していく。さすがにその昔、水瓶を守り抜こうとしただけのことはある。
ただ泰斗は、複雑な思いでその光景を眺めていた。
「あいつらも出て来た」
そして一角獣も。
ロボットの一部は一角獣に乗ると、大空へと駆け上がった。
「あいつら、こちらでは飛べるんだ!」
琥珀が驚きながら、けれど嬉しそうに言う。
ジャンプ型ロボの目と鼻の先まで行くと、こちらのロボットは一角獣から飛び移り破壊して次、また次へと移動しながら破壊していき、最後はひらひらと地面に降り立つ。
その光景を目を丸くしながら隊員たちは見ていたが、彼らの負けず嫌い精神に火が付いたのは言うまでもない。
誰もが持てる力を最大限引き出して、いやそれ以上が引き出されていたかもしれない。
クイーンシティと、ダイヤ国と、水瓶の国とが助け合い大きなうねりとなる。戦いのノウハウを持たない者は思いと祈りをそこに乗せる。
やがて、あたりに静寂が訪れた。
もう、戦闘ロボはいない。
燃えさかっていた炎もいつの間にか静まっている、ただ、砂嵐はやんでいない。
その向こうから、ひとつの影がこちらへとやってきた。
水瓶の護りだ。
反対側から彼に近づく影。
ラバラだった。
「思いを、ありがとうございました」
「なんの、礼ならわしではなくあいつらに」
振り返ると、泰斗が水瓶の国のロボットたちの方へ走っていく。ナオが嬉しそうにあとを追う。
一角獣には、琥珀がララの手を引いて走り寄る。
遼太朗はステラと腕を組んでこちらへ歩いてきている。
「復活したかの」
「はい」
「それは良きかな」
2人の会話のあと遼太朗がひとつ頷くと、水瓶の護りとがっちり握手した。
水瓶の国のロボットと一角獣にもみくちゃにされる誰かと誰か。
ここからでは中心にいる人物はよく見えない。けれど皆、誰がいるのかはわかっている。
「あ~あ、いいなあ泰斗と琥珀。俺たちも頑張ったんだけどなあ」
「だよねえ。俺たちもこう、グラマーな美女にギュウギュウされたいよねえ」
砂漠に座り込んで愚痴る蓮とカレブの後ろから声がする。
「もう、本当に殿方と言うのはしようのない方ばかりですのね」
「そうよねえ。でも、2人ともよく働いたんだから、ご褒美が欲しいのも当然ね」
パールと花音だ。
蓮とカレブが、期待しつつ、にやけつつ振り向こうとすると、急にガバッと後ろから誰かが抱きついてきた。
「やーだあもう、俺の方は、パール? 花音? どっちかなあ」
鼻の下を伸ばしてお尻に手をやろうとして。
「ん? でもなんかゴツゴツしてる、ゴツゴツ……?」
「悪かったな、ゴツゴツで」
野太い声に、恐る恐る振り向いたカレブが見たのは。
「うわあ! ワイアット! なんでだよ」
「と言う事はこちらは?」
蓮が困ったように言うと、後ろの誰かも困ったように言う。
「すみません。逆らうと彼女たち怖いんです」
レヴィだった。
「勘弁してえ」
情けなく叫んだ彼らだったが、大丈夫。
彼らもこのあと、ロボットと一角獣にもみくちゃにされるのだから。
そして……。
「おい、お前たち、わかった、わかたから」
「そんなになめるな」
それは、真面目で超厳しい、イエルドと第5部隊長にすら、平等に降りかかったんだからね。
丁央は、立ち上がると月羽の姿を探す。
彼女はすぐそばで疲れたように座り込んでいたので、手を取って立ち上がらせる。腰を抱いて支えながら、丁央は優しい目で月羽を見た。
「月羽、無事で良かった」
「あなたも」
「さてと、イチャイチャするのはあとにして、まずは」
と、あきれる月羽を横目に見ながら、丁央は音声通信で隊員に呼びかけた。
「皆、無事か? 負傷した者は遠慮せずに言え。医療班は来てるか?」
「はい、移動車が来ています。ダブルリトルが負傷者の元へ向かいます」
すると、鞍をつけた一角獣が負傷者の元へ近づいて、乗っている隊員に変われと言うように合図する。
「ははは、わかったよ、気絶している者は無理だけどな。お前は乗れるか?」
そばで腕から血を流しつつ座り込んでいる隊員に声をかけると、彼は「ああ、ありがとう」と遠慮せずに一角獣に乗せてもらっている。しっかりと手綱をつかんだのを確認すると、一角獣はそのままゆっくりと地から足を離し静かに移動車へと飛んでいく。
すると、泰斗と琥珀をぎゅう詰めにしていた水瓶の国のロボットと一角獣が、ぞろぞろとその場を離れていく。
不思議に思ったがすぐにその訳が判明した。
ロボットは、負傷者とその周りにいる者に移動車まで運びたいとボディランゲージで示してみせる。
了解を得られると、横抱きにしたりおんぶしたりして、医療班の所まで運んでいくのだ。
「優しい奴らじゃ」
「もともとは、護衛ロボだ」
ラバラと水瓶の護りの言葉は、砂漠の果てへと吸い込まれていった。