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炎上系配信者の俺様が異世界を燃やしてみた!

作者: スタジオI
掲載日:2021/08/05

異世界に転移したYouTuberのコメディ。

以前投稿した作品を基本を見直した上で、大幅に改変したものです。


◆【獣人の町】獣人さんの正体を変身前に当ててみた!


☆第一節 配信者、異世界に来たる


 寒風吹きすさぶ繁華街。

 俺の眼前で唸り声をあげているのは、フロックコートを着た豹頭の男であった。

「グルゥゥ……下界のニンゲンがこの町にくるとはな」

 驚くべき長身だ。俺のつむじまで悠々と見下ろせているに違いない。

 生きている心地が失せてゆく。

 だが俺は勇敢な男だ。堂々たる意志を以て男にマイクを向ける。

「あ、あの……俺のこと知っています!? 人気者ですけど!? 動画配信者ですけど!?」

 豹頭の男は無遠慮に顔を近づけてきた。

「ほう、動画配信者か……面白い……」

 鼻先をクンクンと鳴らす。 肉とその下を流れる血の匂いを嗅いでいるようだ。

 口端から覗く牙……。

 これに突かれたら、容易く筋肉を貫かれ、骨まで砕かれるだろう。

 緊張に耐えきれず、俺は言葉を続けた。

「“イマドキの若い連中”のダンっていうんですけど、知りませんか? チャンネル登録者数100万人の人気配信者ですよ? 知りませんか?」

 返事は来ない。

 圧力に耐えられなくなってきた俺は切り札を繰り出した。

「実にケシカラン! “イマドキの若い連中”のダンだ!」

 敬礼に似たポーズを作り、シルバーグレーに染めた髪の上でビシリと止める!

 いつも動画の冒頭挨拶で使っているポーズ。人気者たる俺の象徴である!

 何かしらの反応が返ってきて然るべきなのだ。

 だが、豹頭の男の返事は非情だった。

「知らん」

 周りの野次馬たちまでが口々に無慈悲な答えを返してくる。

「知らんなぁ……」

「あたしゃ知らんね」

「知らねえなあ」

 獣人の言葉は、絶望の闇へと誘う呪詛にも等しかった。

 改めて思い知らされる。

 ここは俺の世界と似て非なる異世界なのだ。

 人気者だった俺を知るものはいない。

 周囲から舌なめずりの音が聞こえる。

 獣人の町において人間は餌なのだ。圧倒的弱者であり、捕食対象。

 どこにも俺の逃げ場はない。

「詰んだ……」

 両ひざが力を失い、歩道のタイルに崩れ落ちる。

「詰んだ~~~~っ!」

 胸を染める絶望は、叫びとなって灰色の空を振るわせた。


「ダンくんお立ちになってください!」

 俺様に叱咤を浴びせてきたのは、朝日色に波打つロングヘアの少女であった。

「インタビュー中に座ってはなりませんわ!」

 こいつはメディ・ゴルゴーン。俺の動画プロデューサーを名乗る女。

 まだ14歳のくせに上品ぶった顔立ち。旧家のご令嬢という特権階級民である。

 だが実際のところは、この異世界に俺を勝手に召喚してコキ使っている許しがたき誘拐犯だ。

「お立ちになって! 周りにいる獣人さんが映りこんでしまいますわ!」

 メディの構える撮影用カメラの前には、獣人たちが群がっていた。

 カバ獣人とネコ獣人がマヌケな会話をしている。

「もしかしてテレビ局の人かば~?」

「見たことがないタレントさんだにゃ~?」

 豹頭の男に至っては、カメラに向かって ピースサインを連打している。

「いぇーい! 母ちゃん見てるぅ? ピスピスピスピス!」

 散々にビビらせてくれたが、完全なる田舎者ムーヴだ。

 ようやく恐怖から己を奪い返せた。

 こいつらはテレビカメラを珍しがるような田舎者なのだ。委縮などすべき相手ではない!

「散れ! 散れ! カッペども邪魔だ!」

「これ、いつテレビで放送されるのかば~?」

 カバ獣人が眠そうにあくびをしながら尋ねてくる。

「テレビじゃねえ! 動画だ! 人気配信者たる俺様のためのカメラだぞ! 見るな! 映るな! 近寄るな!」

 シッシッと掌を振ると、獣人どもはつまらなさそうにカメラの前から去っていった。

「ダンくん、失礼ですわ! これからわたくしたちのチャンネルのファンになってくれるかもしれない方たちに!」

「都会派配信者たる俺様にカッペのファンはいらん!」

「ダンくんは性格が悪すぎますわ!」

「それが俺様のいいところだ!」

 胸を張ってはっきり言ってやった。

 元の世界でもこのキャラでチャンネル登録者100万人を集めた。

 そんな人気者をこのメスガキが勝手に呼びつけ、誰も俺のことを知らない世界に連れてきたのだ。

 実にケシカラン!

 俺は必ず帰る! 100万人のファンが待っている元の世界へ。


 俺が召喚されたこの地は、パラレルワールドの日本である。

 文明レベルは俺の知る日本と大差がない。

 インターネットは生活の中に溶け込んでいるし、有名動画サイトも存在する。

 決定的な違いは、俺たちの世界において伝説に過ぎなかった獣人やエルフ、果ては神々までもが実在することである。

 最初は戸惑ったが、どの種族も精神的には人間と差がない。一ヶ月も経つと馴染んでしまった。

 俺のいた世界とこの世界がどんな関係なのかは不明だ。

 メディも詳しいことは分らないという。

 いろいろ調べたが分からなかったので、とりあえず考えないことにした。

 ともかく、今日からこちらの世界で配信者活動を開始することになった。

 元の世界に帰るためには諸般の理由で、それが必要なのだ。


 最初の撮影現場は、この獣人の町。

 オオカミ男に代表される、半人半獣が住む町である。

 今、立っている場所は飲み屋や賭博店などが立ち並ぶ、いわゆる繁華街だ。

 風俗関係らしき店が、昼間から悪趣味な電飾をギラつかせていた。

 電柱の陰ではハンチング帽をかぶったキリン男が、長い首をキョロキョロとさせている。

 チケットの束を手に持っているところを見ると、たぶんダフ屋なのだろう。

 通行人も肩で風を切って歩いているような荒くれものが多い。

「実に下品だ! 育ちの良い俺様にふさわしくない! 撮影は中止だ!」

「プロデューサーとして撮影中止は許可できません!」

 人気配信者たる俺様の命令に逆らうとは、実に生意気なプロデューサーである。

「ダンくん、わたくしたちのチャンネルの記念すべき第一号動画を完成させましょう。“獣人さんの正体を変身前に当ててみた!”を」

 メディは俺たちのデビュー作となる予定の動画タイトルをそのまま言葉にした。

 変身前の獣人にインタビューをして、外見や性格からどんな動物に変身するかを予想するという企画である。

 どうやって予想するかというと――。

「獣人はその魂の姿の獣に変身する――この町にはそんな伝説があるのですわ」

 例えるならば、勇敢でカリスマ性のある奴はライオンの獣人になり、おおらかでのんびりした奴は象の獣人に変身する、ような感じらしい。

 ガキが考えたにしては悪くない企画。俺も少しはやる気を出していた。

「だが、この町にきて分かった! 不可能だ! 詰んでいる!」

 獣人たちは最初から一人残らず獣に変身しているのである。

 最初から変身されていては、企画が成り立たない。

「ちゃんと探してくださいまし、変身していない獣人さんがきっといますわ」

「そう思うなら、お前ひとりで探せ!」

 俺に面倒な仕事を押し付けようとするメディを突き放す。

「嫌なことをレディに押し付けるだなんて、殿方として恥ずかしくてよ?」

「お? 何だ、ビビッてんのか? お前、神様の一族だろ? 獣人ごとき雑魚にビビるなよ」

 俺が煽ると、メディはムッとした顔をした。

「……今、我が家は神の座にありませんわ」

「そうだったなあ! 落ちぶれた没落令嬢だったんだよなあ!」

「くっ……必ず取り戻して見せますわ! ゴルゴーン家がいるべき神の座を!」

 悔しそうににらみ返してきた。

 ビビる必要はない。こいつには祖先であるメデューサのような石化能力はない。

 先祖が持っていた諸々の力を取り戻しお家を再興するために、こいつは神を目指しているのだ。

 今は役に立つのか怪しい魔法を一つ使えるだけ。

 だが、このメディに神になってもらわねば俺は元の世界に帰れないのだ。


 この世界における神とは、政治的指導者のことである。

 俺の世界にあてはめれば大臣に該当する地位だ。

 神は選挙で選ばれるのだが、立候補をするには二つ条件を満たさねばならない。

 一つはこの世界の特権階級である神族であること。

 これに関してメディはクリアしている。古よりの神の家系なのだ。

 もう一つの条件が、担当分野における指導者としての実力を示すこと。

 戦争の神なら戦闘指揮官として実績を挙げる。知恵の神なら国を富ませる政策を実現させるなど基準となる要件は分野によって様々だ、。

 今回メディが目指しているのは、娯楽の神。

 今までなかったポストである。

 その最初の選挙が、一年後に控えているのだ。

 よって、それまでに娯楽分野で実績を挙げねばならない。

 映画監督としてのもの、漫画家としてのもの、テレビプロデューサーとしてのもの、ゲーム開発者プロデューサーとしてのもの。

 メディが選んだのは、動画プロデューサーとしての道だった。

「バズる動画を作ることですわ! 目指せ10億再生!」

 息まいてはいるものの、メディは娯楽分野に関わった経験すらない。

 そこで魔術で召喚したのが、人気者の俺様というわけである。

「最強の人気者である俺様を召喚できて、お前は運がいい!」

「頼もしいですわ! わたくしには、ダンくんのどこが人気なのかさっぱり分かりませんけど」

 にも関わらず、こいつは生意気ばかりを言う。実にケシカラン!

「分からんか? 有能さのにじみ出るイケメンフェイスを見ても!」

「見た瞬間に、顔パンしたくなるお顔立ちであることだけは分かりますわ」

「ちんちくりんめが! 顔パンしてみせろ! ジャンプしても届かんのだろぉ~?」

「うぅ~、わたくしちんちくりんじゃないもん!」

 俺に抗議してくるメディ。俺は百八十センチ弱ある。百四十センチ弱のちんちくりんでは対抗できまい!

 からかい続けていると、右肩に圧迫感を覚えた。

 ふと見れば黒い獣の手に肩を掴まれている。

「よう、人気者の兄ちゃん」

「酒場でおごってくれよ、人気者!」

 恐る恐る振り向く。

 グラサンをかけた虎と、たてがみをリーゼントにしたライオンがそこにいた。

 1960年代のアメリカ映画に出てくるような革ジャンのライダー姿。古き良き時代のワルである。

「そ、その……俺は人気者ですがお金はないんです」

「本当か? ジャンプしてみろよ」

「こ、こうっすか?」

「小銭の音がするぜ、ウソをついちゃあいけねえなあ」

 撮影をやめ、この町を離れたい真の理由がこれである。

 俺様は極めてカツアゲされやすいタイプなのだ。


 獣人たちに裏路地に連れ去られこまれて数分後、ようやく解放された。

「奪われた……何もかも……」

 下着のシャツにパンツ一丁という情けない姿である。

「まあダンくんたら……。異性から見たら最低の性格でも、同性にはモテモテですのね」

 いかがわしい妄想をしているのは、赤らんだ頬をみれば丸わかりだ。

 幼く純粋そう、かつ上品なお嬢様フェイスをしているが、その内面は腐女子なのである。

「何もされていない! 身ぐるみ剥がされただけだ!」

「フフッ……裏路地で何をされてしまったか、お顔に書いてありますわ!」

 そりゃそうであろう。奴らに思い切り顔パンされたのだ!

 鼻血はダラダラ、皮膚は腫れている。

 どんな顔になっているのか、鏡を見るのが怖い。

 だが、今はそれどころではない。

 首から下の方がさらに深刻なのだ。鳥肌が立ち、骨にまで冷気が凍み渡っている。

「さ、寒い……」

 冬のこの時期、下着姿で外にいてはあまりにも危険だ。

 着ていたコートもセーターも奪われてしまった。歯の根がガタガタ言っている。

「ど、ど、どこか建物へ……」

 四肢の関節もマヒし、歩くことすらおぼつかない。

「この辺りはまだ空いていないお店ばかりですわ」

 辺りにある建物は、ヤバイ組織が営業していそうな風俗店や、昼間は開いていない飲み屋ばかり。

 裸の俺を、道行く獣人たちは見て見ぬふりをしている。

 何という冷たい奴らだ……!

「極寒の中で死線をさまよう配信者! 再生数が稼げそうですわね! さあ撮影再開ですわ!」

 非人道的な命令が返ってきた。メディには無駄に前向きだ。そして前しか見てない。

「……む、無理だ……寒すぎる」

「仕方がありませんわね……迎えの車を呼びましょう」

 メディは携帯を取り出し、屋敷に電話をかけ始めた。

「もしもしじいや? ダンくんの着替えを持ってきてくださる?」

 メディの屋敷からこの町にまで二時間以上はかかる。

 それまで寒さに体が耐えられるのか?

 ……無理だ!

 ああ……元の世界に帰りたい。

 多少、嫌なことがあったからといって、メディの呼びかけに応じるんじゃなかった。

 こいつには異世界人を召喚する力はあっても、送還する力はない。

 神にならない限りそれはできないのだ。

 今日ここで俺は果てる……見知らぬ世界の片隅で……。

 死の予感が冷気の形をして全身を包み込み始めた。


 冷気が濃度を増し、意識がかすみ始めていたそのとき。両肩からふわりとしたぬくもりが降り注いできた。

 紳士もののロングコートだ。

「あのー、大丈夫でしょうか?」

 男が俺の前に立っていた。 

 背広姿の男。彼はシマウマの顔をしていた。


「その恰好ではお寒いでしょう? 良かったら着ていてください」 

 シマウマ男はサラリーマンらしき風体をしている。

 スーツもネクタイもそう高級品ではないものの、実直な印象を受けた。

 繁華街を往来しているチンピラまがいとは一線を画している。

「お兄さん、あったかい?」

 シマウマ男の隣には、ボアつきの赤いコートを着た少女が立っている。

「娘があなたのことを見つけて心配しましてね。もしかしてカツアゲにでも遭ったんでしょうか?」

「……そうです」

「やっぱり! この辺りのカツアゲ魔はおまけに追い剝ぎもしますからね」

「そうだったんですか……」

 シマウマ男の言葉を聞き、自然にため息がでる。

「実は私、カツアゲによく遭うんですよ! それで、ついおせっかいしてしまって」

「俺もです! 困りますよね、カツアゲ!」

 情けない部分でシンパシーが発生した。

「ありがとうございます、助かりました」

 コートのぬくもりで血が体に巡りはじめ、ようやく立てるようになった。

 この男は恩人である。

 極寒の中で人を撮影を続行しようとした前向きなバカガキとは異なる。

 敬語を使うに値する人物だ。

「お兄さん、手が冷たいね、ミオが暖めてあげる」

 ミオは、自分の手袋を脱ぎ、小さな両掌で俺の右掌を握り、暖めてくれていた

「ありがとう……」

 体温以上に感じる心の温もり……。

 さきほどまで凍てついていた心が溶け、雪解け水が心の中に滴った。

 この親子は温かな善性を共有している……!

「ご親切な方、わたくしたちこういうものです」

 メディが名刺を渡すとシマウマ父は目を見開きつつ、娘にそれを見せた。

「おお! この人たちは動画配信者さんだぞ、ミオ!」

 ミオと呼ばれた娘も、名刺を見て色めき立つ。

「すっごーい! あのね、ミオのお兄ちゃんも動画配信者になりたいって言っているんだよ!」

 素直で良い娘だ。俺を尊敬しているっぽいのが特に良い。

「私はこういうものです」

 シマウマ父も名刺を出してきた。

 メディだけではなく俺にも渡してくれる。

 ビジネスマナーに則ったきちんとした社会人だ。

「株式会社ラスカンカンパニーの係長さんでいらっしゃいますのね」

「有名な会社なのか?」

 尋ねるとメディは困り眉になった。

 慌てたようにシマウマ父が否定する。

「いえいえ!ご存知ないと思いますよ。社員二十人程度の小さな会社ですから!」

「係長さんなのか、パパは偉いんだな」

 娘のミオに話しを振った。

 俺的にはシマウマ父をフォローしたつもりだったのだが、シマウマ父本人からは恥ずかしそうな声が返ってきた。

「いえいえ、下っ端でして……」

「ご謙遜なさらずに」

「出世を追い抜かされて、アゴで使われている始末……年齢が半分くらいの後輩にも呼び捨てにされているんですよ」

「……大変ですね」

 この男、おひとよし過ぎる。それだけに出世は難しいかもしれない。

 とはいえ、俺にとっては恩人。 軽くあしらうことはできない。


 借りたコート姿で街を歩き、ブティックを見つけて冬着一式を買う。

 店を出ると、シマウマ親子はそこで待っていてくれた。

「ありがとうございました、こちらはお返しいたします!」

 丁寧に折りたたんだコートを渡すと、シマウマ親子は笑顔で受け取ってくれた。

「では、私たちはこれで」

「お兄ちゃん、お姉ちゃんバイバイ!」

 コートを元通り着込むシマウマ父と、その横で右手をふるミオ。

 凍てついていた判断力を取り戻した俺は、重要なことに気付いた。

 去りかけたシマウマ親子の背中に、再び声をかける。

「失礼ですが、お二人は実の親子ですか!?」

 シマウマ父は振り向いて答える。

「もちろんです、それが何か?」

「けど、娘さんは普通の人間の顔をしているじゃないですか?」

 テンションが上がってきた!

 “獣化していない獣人”が眼前にいるのだ。

 しかも画面映えも充分なとびきり可愛い女の子だ。

「ミオちゃんも、満月を見れば獣の姿になるのかな?」

 ミオの答えは残念ながら、期待通りのものではなかった。

「なれるわけないよー。 ミオ、まだ八歳だもん!」

 シマウマ父が笑って補足をする。

「獣人は十五歳になって初めて迎える十五夜に“魂の姿の獣”になるんです。ミオにはまだ早いですね」

 メディがため息をついた。

「では、七年後ですのね」

 さすがにそれは遠すぎる。ミオを主役にした動画作りは無理そうだ。

 だが、急上昇したテンションはまだ下がり切っていない。めげずに別の可能性を探ってみる。

「普段は獣化せずに生活している獣人さんはいないんですか?」

「いませんね、最初の変身をしたらその後、獣人が元の姿に戻ることはまずありません」

「戻れないんですか?」

「いえ、戻ることは可能なのですがメリットがないので……」

「メリット?」

「人間の姿と獣人の姿では力がまるで違いますから」

 獣人が圧倒的身体能力を有しているというのは、俺がいた世界の伝説通りである。

「私もひ弱なシマウマではありますが、獣化しておけばいざというとき娘を担いで逃げることくらいはできます。まあ、ボーっと歩いているときにたまにカツアゲされちゃいますがね」

 シマウマ父は、自嘲的な笑いをあげる。

 確かにこの治安の悪い町では、獣化状態でいることが身を守る手段になるだろう。

「大人の獣人は常に変身した姿で、子供の獣人は変身できない……か」

 詰んだ。これはマジで詰んだ! 

「参りましたわね……企画段階から練り直しでしょうか?」

 メディにも、諦めムードが漂い始める。

「どうしました? まさか私たちが何か気に障ることでも?」

 俺たちの表情が優れないのを気にしているシマウマ父。

 彼にこの企画に関して説明してやる。

 すると、隣で聞いていたミオが頬を嬉しそうに紅潮させた。

「じゃあ、うちのお兄ちゃんがいいよ!」

 そういえば動画配信者を目指している兄がいると、ミオは言っていた。

「ウチのお兄ちゃん、こないだ十五歳になったんだよ! 初めての満月だから今夜、獣人化するんだ!」

 俺とメディが顔を見合わせる。

「……そうか! 大人がダメで子供もダメでも!」

「大人が子供になる瞬間なら企画が成立しますわ!」

俺たち人間には、厳密に子供が大人になる瞬間というものがない。

 法律上の成人年齢はあるが、あくまで形だけだ。

 人がいつ大人になるのかというのは永遠の謎である。

 だが、獣人は違うようだ。

「ね! だからお家に来てよ! お兄ちゃんを動画に出してあげてよ!」

 無邪気にはしゃぐミオ。対してシマウマ父は表情を曇らせた。

「ミオ……それは……」

「いいでしょ、お兄ちゃん動画配信者になりたいって言ってたもん!」

 シマウマ父は言葉を濁らせていたが、やがてはっきりと反論の声をあげた。

「お断りしよう! 今のレイはこの人たちに怪我をさせてしまうかもしれない」

 穏やかではない言いぐさに、俺は危険を感じ始めた。

 ミオは父親に対して食い下がる。

「ミオが話すよ! お兄ちゃん、ああなっちゃってからもミオには優しいもん!」

 空気読みゲームガチ勢の俺様は確信した。

 この親子に関わると、確実に面倒なことになる!

「メディ、帰るぞ」

 だがメディは俺様の明察を無視し、シマウマ父に話しかけてしまった。

「お家にお邪魔するとご迷惑でしょうか?」

「迷惑だなんてとんでもない! ただ息子の方がご迷惑をかけてしまうことが心配なのです」

 腰が低く、大人な断り方である。

 ところがメディときたら……!

「ご迷惑でないのですね? ではお邪魔いたしますわ♪」

「ええ……?」

 シマウマ家での取材を決めてしまったのだ!

 こいつ、上品な顔をして強引すぎる!俺を召喚したときと同じだ!


 こうして話の流れは決まってしまった。

 果たしてシマウマ父の息子のレイはどんな少年なのか……?

 シマウマ父の家に向かう道中、不安しか湧かなかった。


 獣人の町の郊外にある団地。

 そのA棟301号室がシマウマ一家の家だった。

 ドアをくぐったとたん、顔面が衝撃に見舞われた。

「邪魔するぞ……グハッ!?」

 鼻先に当ったものがスリッパだと、それが足元に落ちてから気付く。

「てめぇらどこ中のモンよ!?」

 続いて飛んできたのは恫喝。

 さらにはめちゃくちゃに物が飛んでくる。

「どこ中のもんよ!? どこ中のもんよ!?」

 投げつけてくるのは、ジャージを着た中学生くらいの少年だった。

 俺たちと同じ、人間の顔である。

 野球部員を思わせる五分刈り頭。だが、険のある表情とドスの効いた声が相まって爽やかさはゼロだった。典型的な田舎ヤンキーである。

「オレは獣一中のレイやぞ!

 間違いない、シマウマ父の息子で、取材対象者のレイだ。

 この少年がどんな獣に変身するのかを当てるのが、今回撮影する動画の主旨なのだが……。

「やはり詰んでいる! 帰ろう!」

 逃げようと背中を向けると、そこをめがけてさらに物が投げつけられてきた。

「いてっ! いてっ!」

 俺様ボコボコである。

「獣一中なめてんのか! お前、何中よ!?」

「お前の評価基準は中学の校名しかないのか!?」

 こちらとら19歳で、元の世界では大学生だったのである。

「お兄ちゃんやめて、怖いよ……」

 ミオが目を潤ませると物体の嵐が止まった。

 さきほど“お兄ちゃんは今でも自分の言うことなら聞く”と言っていたミオだが、ハッタリではなかったようだ。

 ヤンキー少年が狂騒を治める。

「すまなかった、ミオ……今夜、獣化すると思うと興奮しちまってな」

「落ち着いて、お兄ちゃんならきっと大丈夫!」

「ああ! 立派な肉食獣になってお前を守ってやるからな!」

 幼い妹に優しい眼差しを向けるレイ。元は善き兄であること、理性を取り戻しつつあることが見て取れた。

「あのね、今日は動画配信者さんを連れて来たんだよ!」

「配信者! カムヒアさんか!?」

 レイの声が興味の色を帯びていた。

 カムヒアといえば、俺がいた世界のレジェンド配信者だ。

 10年以上毎日動画投稿を続けながら、一度も炎上したことのない聖人。俺が配信者を目指したきっかけでもある大スターだ。

 なぜ彼の名がこの異世界で知られているのかは分からない。だが、カムヒアがいけるのならばこの俺も……?

 期待を込めていつもの挨拶をしてみた。

「実にケシカラン! “イマドキの若い連中”のダンだ!」

「誰だよ、知らねえよ!」

「痛い! 痛い!」

 再び物をめちゃくちゃに投げつけられた。完全なる藪蛇である。


 そこにシマウマ父が口を挟んできた。

「レイ、やめなさい!」

 父親に腕を抑えられ、レイはモノを投げる手を止めた。

「この人たちは変身の瞬間を動画にしたいそうだ。お前が一人前の獣人になる門出には悪くないと思うぞ」

 とたん、レイの顔に狂暴な怒りが蘇った。

「何だと、オレを見世物にする気かよ!?」

「え、いや……この人たちが困っているから……」

 シマウマ父は、息子の迫力に圧されている。

「ふさげんな!」

 逆上したレイは棚に置かれていた花瓶を手に取り、父親めがけて投げつけた。

 今までレイが投げていたものはスリッパや古新聞などであった。

 花瓶はそれらとは危険性が桁違いだ。当たり所によっては致命傷を与えかねない。

「グッ!」

 長い鼻先を撃たれたシマウマ父はよろめき、カーペットに膝をついた。

 それでも少年の狂気は止まらない。

「お前、何でシマウマになんかなったんだよ! 父親がシマウマなせいで、オレたちがどんな思いをしているか分かってんのか!?」

 今度はガラスの水差しが飛ぶ!

 シマウマ父の右肩から鈍い音がした。投げ付けられた水差しからこぼれた水でスーツが濡れ、無残な姿になる。

「お兄ちゃん、やめて!」

 さきほどは効力を発した妹の声。

 それさえレイの耳にはもはや届いていなかった。

 激情に我を失った表情で重厚な置時計を手にとる。

「オレはオヤジみたいな弱い草食獣にはならねえ! 獰猛な肉食獣になってやる!」

 双眸を赤く濁らせる憎しみは、明らかに父親へ向いている。だが、投げ付けた置時計はその標的と異なる方向に飛んだ。

 「ぁ……」

 ミオの小さな体が、大きく仰け反った。

 置時計の着弾地点は、幼い妹の額だった。

 赤い筋が滴って白い額を染める。

「ミオ!」

 レイの瞳から狂暴な光が消えた。 理性を取り戻したのだ。

 時すでに遅く、ミオは動かなくなっていた。

 呼吸はしているようだが、声をかけても反応がない。

「すまねえ! オレ……!」

 声を震わせつつレイが駆け寄ろうとしたとき、シマウマ父がいなないた。

「触るな!」

 ミオの体を予備動作なしに抱き上げる。

「父さんが病院に連れて行く、お前は自分が何をすべきか考えなさい」

 娘を軽々と両腕で抱き抱えたまま玄関へと向かう。

 まさに成人した獣人の膂力、いや父の強さだった。

「ダンさん、メディさん、すみません。私が戻るまで息子をお願いします」

 家を出ていく際に残した確固たる意志には逆らいがたいものあった。



☆第二節 不良少年は狼男になりたい


「どうする? 情緒不安定な不良少年を押し付けられたぞ」

 リビングのソファーに座らされている俺たち。

 レイの監視を頼まれたわけだが、当の本人は奥に引っ込んだまま出てこない。

「ここまで来たのです、何とか撮影協力を取り付けましょう」

「まだ続けるのかよ」

「もちろんです! わたくしがイメージしていたほのぼの系の動画とは違うイメージになってしまいそうですが、それはそれで」

 苦笑するメディ。

 このままレイを放置して立ち去ると、どんなトラブルが起きるか分からない。

 やむをえまいと俺も頷いた。

 だが、せっかくならこの状況を利用すべきである。

 ほのぼの系など笑止!

 この状況は炎上させるにふさわしい!

 俺が元の世界で登録者数を増やせた秘訣は炎上!

 視聴者を怒らせることでネット上の注目を集め、数字に繋げてきたのだ。

 配信者界における炎上は、勝利の炎! 悪名は無名に勝る!

「ただ収録を続けるにしても、本人がアレじゃあなあ……」

 レイが引きこもったままでてこないのでは、薪に使うどころか、撮影すらできない。

「なかなか上手くいかないものですわね……。さっきも絶好の撮れ高にカメラを回していなかったなんて」

 メディがしょげているのは、レイが荒れ狂っていた場面を撮れなかったことだろう。

 あれは、“撮れ高”と呼ばれる見せ場になる場面だった。

 ハプニング動画として公開すれば話題になり再生数も稼げた可能性はある。

 それを撮り逃したのは惜しくはあるが――。

「気にするな、兄が幼い妹に怪我をさせる場面はさすがに動画にしたくない。二人にとっても忌まわしい思い出となるだろう。あれは撮らなくてよい場面だったんだ」

「ダン君……? 珍しくお優しいことをおっしゃいますのね?」

 その言葉に俺は慌てた。

「や、優しくないぞ! 何故、カメラを回さなかった? このゴミプロデューサーめが!」

「急に態度が変わりすぎて不自然ですわ」

 危なかった。また弱い自分がでてしまうところだった。

 俺はデビュー当初の弱小配信者に戻りかけていたのだ。

 特に今は、元の世界へ帰るために数字が必要。

 優しさは捨て、容赦なく炎上させねばならんのだ!

「それにしてもレイ君、お部屋からでてきませんわね」

「首でも吊っているんじゃないか? 撮りにいくか?」

「悪趣味ですわ!」

 そんなことを話しているうち噂をすれば影、というべきかレイがこのリビングに戻ってきた。


 不可解なのはレイの行動だった。

 お盆を左手に乗せ、俺たちの前のテーブルに右手で配膳を始めたのだ。

「ほう、中学生にもなっておままごとか?」

「食えよ、腹が減っているだろ?」

 ぶっきらぼうな言い方ながら、レイは食事を勧めてきた。

「綺麗なレッドベリータルトですわね、レイ君の手作りですか?」

 メディの問いかけにレイは恥ずかしそうにうなずく。

「誕生会だからオヤジとリオと三人で食おうと思ってこっそり作っておいたんだ……でもこんなことになっちまった」

 田舎ヤンキーの目に、深い後悔の色が見てとれた。

「捨てるのももったいないし、食ってくれ」

 今日のために作ったのに、忌まわしい思い出と紐づいてしまった。

 レッドベリーの鮮やかな赤すら、妹に流させた血を連想してしまうのだろう。

 家族に食べさせることも、食べ物を無駄にすることも忍びないとあらば、残された選択肢は数少ない。

「仕方がない、俺たちが食ってやるからありがたく思え」

 昼間は獣人に脅されたり、カツアゲされたりして飯どころではなかったので腹ペコなのは事実だ。

 それに食ってケチョンケチョンに味をけなしてやれば、新たな炎上の種になる。罪のない幼女が怪我をするシーンよりは、遥かに燃料として質が良い!

「うまっ!」

 口に入れたとたん褒めてしまった。

 甘さと酸味のバランス、それを支える土台の歯ごたえが絶妙だ。

「美味しい……レイ君はお料理が上手ですのね」

「うちはオフクロがいないし、オヤジは仕事だから、食事は俺が作っていたんだ」

「美味い! 悔しいが美味いぞ!」

 どれだけ食べても、新たなピースに手が伸びてゆく。

 小食な俺の胃袋がここまで活性化するのは稀だ。

「レイくんは食べないのですか?」

「食欲がなくてな……」

 レイは思いつめた顔をしていた。

「あんたたち全部食べてくれ」

 一口も食べずに席を立つ。

「なら、遠慮なくいただくぞ」

 タルトの甘さと歯ざわりを楽しむ俺たち。

 それを前に、レイはハンガーにかけてあったスカジャンを着こんでいた。

 手には大きなカバンを持っている。

「お出かけですか?」

 メディの問いにレイは、乾いた声で答えた。

「家を出るんだ」

「出かける? 俺たちを置いてか?」

「もう戻らない。オヤジとミオにはあんたたちから伝えておいてくれ。“あばよ”ってな!」

 指を振り、ニヒルな笑いを浮かべるレイ。

 こいつはネットで古い漫画でも読んだのか!?。

「勝手なことをするな! 俺たちはお前をネタにするために撮影に来たんだぞ」

「勝手なのはお前らだろ! ネタがないならゲーム実況でも撮っていろ!」

「勝手に企画変更しないでください」

 勝手という言葉が飛び交っている。何と勝手な連中だ!

「男の責任は取るぜ、あばよ!」

 ポケットに手を突っ込み、背中を煤けさせて歩き出すレイ。まだ薄い少年の背中からは本心が透けて見えた。

 こいつは向き合えないのだ。妹を傷つけた己の罪と……。

「逃げるのか?」

 背中に声をぶつけると、レイは立ち止まった。

 振り向いたレイの不愉快そうな顔面にさらに声をぶつける。

「今、家出すればウサギ獣人になるぞ」

「ウサギだと? 何でそうなる!?」

「お前、脱兎のごとくという言葉を知らないのか?」

「し、知ってるし……」

 勢いで言ってみたが、こちらの世界にもあることわざのようだ。

 さすがはパラレルワールドである。

「お前、もうじき性格を反映した獣になるんだろ? 肝心なときに逃げだすような奴は、ウサギになるってことだよな?」

 挑発をすると、レイはやけくそ気味にその場に腰を下ろした。

「逃げねえよ! 家出するつもりなんか最初からねえ!」

 カバンを放り捨て、ジャンパーも脱ぎ捨てる。リビングのカーペットの上にどっかと座り込み、威勢よく啖呵を切った。

 こいつは虚勢を張りたいだけだ。あまりに見え透いている。

「すげえ狂暴な肉食獣に変身してやるからな! そのカメラでよく撮っておけ! てめえらが怯える顔をな!」

 気まずさを脅しでごまかそうとしている。精神がとことんまで幼い。

「レイくんは、どんな肉食獣さんになりたいんです? ワーライオンさんですか? ワータイガーさんですか?」

 獣人は冠にワーを付けてその種類を呼び分ける。ライオン獣人ならワーライオン、シマウマ獣人ならワーゼブラというようにだ。

「なりたいとかじゃねえ! なるんだよ今夜! オレは!」

 レイは最高にイキッた顔で断言した。

「ワーウルフにな!」

「狼男か?」

 俺の認識でワーウルフは獣人の代表だ。ときにヒーローとして、ときにヴィラン(悪役)として物語に登場する。スタイリッシュ、ワイルド、ダーティーの三拍子を兼ね備えた人気クリーチャーである。

「何で自分がワーウルフになると予想しましたの?」

 メディの問いにレイは自信満々に答えた。

「ワーウルフは獣人界のスターなんだ! トップアスリートや世界的アーティストにもたくさんいる」

「いますわね、アーベル・アーロンとかイオリ・リンクスとか」

「ベルリック・ヒロもだ!」

「ヒロの名を出すなら、ディミトリ・ヤマオカのこともご存知?」

「白狼のディミトリを知らないわけがない! ディミトリこそワーウルフの中のワーウルフ! 日本にこの町を作った英雄だ!」

「何を言っているのか分からん……」

 召喚されたばかりの俺にはまったく付いていけないが、この世界における有名人の名前なのだろう。

「シンパシー感じるんだよね、あいつらに……! 同族の匂いっていうかさ……。 だからオレ……ワーウルフになると思うんだよね!」

「あ、そうなんですか」

「こいつ凄いイキリ虫だな」

 巻き舌での自意識過剰発言。レイと一緒に獣人談義をしていたメディですら、対応を塩味に変えた。

「ええ、ダン君とどっこいのイキリ虫さんですわ」

 俺に矛先を向けてきたが、スルーだ。

 せっかく面白い玩具が目の前にいるののに、メディに構っている暇はない!

「で? そういうスターになるために、お前は何か努力してんの?」

「いや、していないよ。必要ない。だって分かるからさ、本質的にあいつらと同じだって! オレ、才能あるからさ、何やっても余裕だと思うんだよね! 学校の勉強とかはできないけど、そういうのはスターに関係ないからさ」

「レイ君、すごい早口になってますわ!」

「つまりお前は高望みをほざいているだけ、ってことだな」

 俺が嫌味を言ってやると、レイは思惑通りムキになった。

「高望みだと!? オレの本質が分かんねえか? 大胆不敵かつ冷酷、獰猛にして凶悪な孤高の存在だろ! まさにオオカミのソウル!」

 ソウルのところだけ、過去最高に巻き舌だった。

「オレのダチに聞いてみろよ! みんな絶対、そう言うから!」

「よし聞いてやるから電話番号を教えろ」

「え……? だ、誰がいいかな……? 夜遅いし、電話したら迷惑かも……?」

 またレイの態度が一変した。俯き加減になり、声も小さくなっている。

 あまりにも脆い自信である。

「やっぱり言わないかも……? オレは奥の深い男だから、ダチにも本質は見抜かれていないかも……?」

 そろそろトドメを刺してやるべきだろう。これ以上は見るに堪えない。

「無理だろ? 根はヘタレだもん、お前」

「うっ……」

 俺の言葉にレイは顔をしかめた。図星だったらしい。

「本来は優しくて気遣いができる方ですわね、手作りタルトからもそれが伝わってきますわ」

 レイは頭を抱え、駄々をこねはじめた。

「いやだ、草食獣はいやだ! 俺は肉食獣になるんだ!」

「良いではありませんか草食獣さんでも、わたくしはレイくんがお父様と同じシマウマになると予想していますわ」

 獣人は親と同じ獣になるとは限らない。反映されるのはあくまで魂の姿であり、遺伝子は無関係とされている。

 だが、家族間で性格が似ることは多々ある。

 父親から受け継いだ臆病さに反発し、それを隠すために強がっている可能性は十分にあった。

「俺の予想はウサギ。メディの予想はシマウマ。レイの予想はオオカミ。さてどれが当たるかだな」

 変身前の獣人が、どんな動物になるのかを当てる。 その動画のコンセプト的においては大事なポイントである。

 賞品がでるわけではないが、当たればマウントが取れる。

 だがレイには、予想を楽しむ余裕さえないようだった。

「草食獣は嫌だ! 絶対になるもんか!」

「何でそこまで嫌がる?」

「……ナメられるんだよ、草食獣は」

 レイの言葉には、深刻な響きがあった。

「法律上はどの獣人も平等とされている。けど現実は違う。草食獣は肉食獣の前にでると本能でビビっちまう。獣人同士の人間関係で損をしがちだし、就職や結婚だって不利を背負わされる。“獣人皆、平等“なんて建前に意味がないことは子どもだって知っているさ」

「差別格差社会というやつか」

「オヤジは毎日、会社のために馬車馬のように働いている。周りへの気配りも欠かさない。それでも草食獣だから昇進が遅れて、後輩の肉食獣にアゴで使われている」

 そういえば、そんなことをシマウマ父自身も嘆いていた。

「ミオだって草食獣の子で気が優しいから学校じゃいじめられている。家族に肉食獣がいない家の子は、肩身の狭い思いをするんだ」

「優しさや穏やかさのような美徳が、必ずしもプラスに働くとは限らない……どの世界にも共通した現実だな」

 それはかつて俺が身を以て痛感したことだった。


 俺は“良い子”だった。

 やりたいことや言いたいことは抑え、周りに気を使って生きる。

 それが美徳で正しいことだと、大人たちに教えられて育ったのだ。

 だから侮辱されても我慢してきた。

「お前、内心では人を見下しているだろ?」

「そのムカつく顔に傲慢さが滲み出ているんだよ!」

 高校のクラスメイトに、心ない言葉を幾度投げかけても、言い返さずにきたのだ。

 奴らを軽蔑してはいたが、本音を口に出しはしないし、出したら終わりだと思っていた。

 ストレスはカムヒアを始め、配信者たちの動画を見ることで解消していた。


 俺はいつしか自分でも配信を始めていた。

 動画は毎日投稿、一本一本丁寧に作る。

 ゲーム実況や商品のレビューをしても、決して悪口は言わない。

 見るものに不快感を与えないよう、一言一言に気を遣った。

 なのに再生数も登録者数も稼げない!

 虚無と戦うような日々。

 それが変わったのは、クリスマスに同期の配信者たちとパーティ生放送をしたときのことだ。

 仲間に顔がムカツクと言われ、さらには顔パンまでされた。

 その配信者は口が悪く、遅刻や約束破りの常習犯。

 俺が頑張って守ってきたことを何一つ守っていなかった。なのに、俺より再生数も登録者数も遥かに多かったのだ。

 パーティのときの俺への悪がらみも酔ったことを理由にしていたが、実は奴は酒が飲めない。

 本当は最初から俺をいじってウケをとろうとしていたのだ。

 俺の中で溜まっていたものが一気に爆発した。

 本性をむき出しにして言い返し、奴を罵倒しまくった。

 お互い、凄まじい罵倒と誹謗中傷の応酬。聖夜の雰囲気ぶち壊しな配信。

 俺が今まで真面目にコツコツと積み上げてきたものが、一夜で無意味になった。


 バズったのだ!

 SNS上で生放送のアーカイブが炎上、無に等しかった視聴者数がうなぎ登りに増えたのだ!

 好青年を辞めたのは、それがきっかけだ。

 動画も生配信も相手を煽り、ズケズケものを言うスタイルに変えていった。

 コメント欄は荒れ、視聴者からは批難コメントが飛んでくる。

 視聴者は大半がファンではなく、いわゆるアンチである。

 だが、それで結構!

 アンチだって数字になるし、数字は金になる!

 配信で稼いだ金でファッションを整え、叩かれ上等で堂々とするようになった。

 リアルでも人気者になり、底辺だったスクールカーストも急上昇。

 気の置けない仲間もできた。

 19年間生きた末に、俺は二つの真理を得たのだ。


“良い人”は損をする!

“憎まれっ子世にはばかる!


 おそらくレイも感じ取っているのだろう。良い人、すなわち草食獣になってはいけないと。

 悲壮さと決意が入り混じった複雑な表情で呟いた。

「肉食獣になるんだ……踏みつけられる立場はもう嫌だ」

 年少者が弱っている。ここで大人の俺様がとるべき態度は。

「この豆腐メンタルのクソガキが!」

 こうして思い切り笑いを浴びせてやることだ!

「お前みたいなやつが強い獣になれるわけがない! このまま社会的弱者になってみじめな人生を送るがいい!」

「うぁぁぁぁ! 言うなぁぁぁ!」

 レイは両耳を塞いで泣きわめきはじめた。

「ダンくん、何てことを言いますの!? 弱っている少年をさらに叩くなんて!」

 分かっている……俺だって心が痛む。

 だが、やらねばならないのだ……!

「泣いて強くなれるものか! なりたいのなら、なれるようにあがけ!」

「あがく……?」

「獣人は十五歳最初の十五夜にその魂の姿になるのだろう? まだ月が出るまでにまだ四十分ばかりある、その間に変わればいい! オオカミの魂に!」

「たった四十分で強くなれってか?」

 俺はカメラを持っている女に話しかけた。

「メディ、企画を変更するぞ!」

「変更? 何を?」

「今からこの企画は“レイをワーウルフに変身させる”ことを目的とする!」

 収録の流れの中でフレキシブルに企画を変更できるのは、配信者の強みだ。

 スポンサーにお伺いを立てねばならないテレビ番組よりも、優れた部分である。

 “獣人さんの正体を変身前に当ててみた!”として進めてきたが、成功した場合、動画タイトルも変えるべきだろう。

「さしずめ、“獣人の少年をワーウルフに変身させてみた!”というところかな?」

 俺の提案にメディは、思い悩む顔をした。

「そうですわね……わたくしも可能なら、レイくんを狼さんにしてあげたいとは思います」

「その割に歯切れが悪いな」

「心はそう簡単に変えられるものではありません……それに、もう時間が」

 窓から見える獣人の町は、すでに薄闇に包まれている。レイにとって運命の満月も、天へ昇らんとしているのだ。

「人間いつだって変われる! 俺は変わった! 人気者の俺様に任せておけ!」


「四十分で魂をオオカミに変える秘策! そのためには……ここを使うんだ」

 頭を人差し指で示してみせる。

「かなり悪そうだが?」

「性格と同じくらい悪いのですわ」

 レイに向かってメディが頷いている。

 何というメスガキだ! その言葉をそっくりそのまま返してやりたい!

 だが今は時間がない、スルーだ! ……恨みは後にとっておく。

「髪形だ! ヘアスタイルを変えて気分を変えろ!」

「なんだ、バカバカしい……そんな小細工で心まで変われたら、苦労はしねえよ」

 憮然としているレイに向け、俺はファイティングポーズをとってみせた。

 レイがギロリとこちらを睨む。

「アン? やんのか?」

 喧嘩を売られたと解釈したらしい。

「違う、お前も俺様と同じポーズをとってみろ」

 レイは首を傾げつつも、鏡合わせにファイティングポーズをとった

「どうだ、強くなったような気分にならんか?」

「……気分だけなら、何となくな」

「こうしてカメラを通して見ても、精悍なお顔になっていますわ」

 弱気で萎んでいたレイの顔に、最初に会った頃のような好戦性が戻っていた。

 遥か昔、ボクシングの映画が流行したとき、映画館からでてくる男たちは皆、ファイティングポーズを取っていたという。

 彼らは映画の主人公に自分を重ね合わせ、強くなったと錯覚していたのだ。

「人間など単純なものだ。 ポーズや外見を変えただけで気持ちも変わる」

「外見に中身がつられる、ということですか?」

「そうだ、肉食獣になった獣人が自信を持ち、草食獣になった獣人が弱気になるのもそういう理屈なのだろう」

「理屈は納得してやる、だが物理的に無理だろ」

 レイは自らの五分刈り頭を指で示した。

「短いんだよ、生活指導の教師に切られちまったからな」

 そこにメディが口を挟んだ。

「レイくん、安心なさって。 髪の毛の長さは気にしなくていいですわ。 すべてわたくしに任せて」

 メディは自分の携帯を取り出した。

「ここから好きな髪形を選んでくださいな」

 ヘアカタログサイトを開いてレイに渡している。

「強そうな髪形か……」

 二人で携帯をのぞき込み、ヘアスタイルを模索している。

「なかなか見つかりませんわね……」

「モデルがヒョロガリばかりじゃねえか! 気合入ってねえなあ!」

 そんな折、メディが笑顔を浮かべた。

「あら、このモデルさんダンくんと同じ髪形ですわね」

 携帯の画面を確認する。確かに俺と同じヘアスタイルである。

「ツーブロックビジカジフェザーマッシュという髪形だ。知的でスタイリッシュ! 俺様にお似合いだろ?」

 シルバーグレーに染めた髪をかき上げてみせた。

 配信者として人気者になり、ブランドものの服をそろえ、髪形をこれに変えてから俺はリアルでも人気者になった。俺の栄光を象徴する自慢のヘアスタイルだ。

 ところが、返ってきた反応は心外なものだった。

「髪形はかっこいいが顔がムカツク」

「素敵な髪形に、お顔が似合っていませんわ」

「お前ら、無礼すぎだろ!?」

 協力してやっているのに、この態度!

 ……大人の怖さを思い知らせてやらねばなるまい、このクソガキどもに!


 まだヘアカタログを見ているレイの焦りを促す。

「グズグズせず早く決めろ! もう時間がないぞ!」

「見つからないんだよ、強そうな髪形ってのが」

 レイは焦り始めている。 残り時間は三十分とない。

「いいことを教えてやろう、ウルフヘアという髪形が世の中にはある」

「ウルフ? ズバリ、オオカミって意味じゃねえか! それにしてくれ!」

「ウルフヘア? あんなものでいいのですか?」

 メディは首を傾げた。

「あんなものって、どんなものだよ?」

 レイは不安になったのか、ヘアカタログサイトでそれを確認しようとした。

 俺はすかさず彼から携帯を取り上げる。

「注文は受付済だ! 変更している時間はない!」

「おい、確認くらいさせろ!?」

「レイ、お前は目を閉じていろ! 合図するまで絶対に開けるなよ!」

「はい……レイくん申し訳ないですが、お目々をつぶってください」

「何でだよ?」

「精神衛生上の問題だ。メディのヘアメイクを直視してしまうと発狂する恐れがある」

「何だそれ!?」

「正気を保ちたくば目を閉じろ!」

 レイは怯えたように目を閉じた。

 やはり根は臆病かつ、従順だ。

「ではいきますわよ……」

 メディはレイの頭に両掌をかざし、そして叫んだ。

「ヘアーーッ! ゴルゴーン!」」

 叫びに呼応して、レイの髪がゾワッと蠢いた!

 毛穴から数万の寄生虫の群れのごとく、髪の毛が這い出してくる!

「キモッ!」

 俺様も思わず口に出してしまう。

 前に一度見たことがあるが、その光景がとにかく気持ち悪いのだ。

 耐性がないものなら、気がおかしくなるだろう。

「あああああああ、気持ち悪いぃぃ~! 何だこれぇぇ!」

 レイが目を閉じたまま悶える。

 伸び始めた髪の毛は、数万匹の毒蛇の如くのたうっている。

 皮膚感覚だけで悪寒がするのだろう。少女のような悲鳴をあげていた。

「正気が惜しくば目を開けてはなりません!」

 不安に瞼を開きかけたレイの視界を、メディの掌が覆う。

「どうなってんだ! 怖い! 怖い!」

「お動きにならないで! 髪が毛穴を食い破ってしまいますわ!」

「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 完全にグロ動画である。公開する際はカットせねばならない。

「ゴルゴーン神族秘伝の頭蛇術ですわ! 形を自由に変えるばかりではなく、色や長さ、量までをも自由に変えられるのです!」

 これがメディの魔術である。自分の髪はもちろん、他人の頭髪をも操れる。

 俺がいた世界の神話上で、ゴルゴーン一族が蛇の髪を持つ怪物にされてしまったのはこれが原因だろう。

 レイの髪はその量を増大させ、うねうねと変幻自在に踊りつつ姿を変えていった。


「レイくん、もう目を開けてもよくてよ」

 数分前はで五分刈りだったレイの髪は、ウルフヘアに変化していた。

「……誰だ、この美少女?」

 俺の口を突いた感想がこれだった。

 今までドスの利いた表情を作っていたのでその印象がなかったが、よく見ればレイはかなりの女顔だ。

 妹のミオと基本は同じ顔なのである。

 レイ本人はといえば、鏡を見ながら微妙な顔をしている。

「ウルフヘアってこういうのだったのか……? もっとワイルドなのだと思っていたぜ」

 名前こそ勇ましいが、肩まで伸びたシャギーヘア。中性的なイメージになる。

「これはさぞかし可愛い獣人になるだろうよ、例えばウサギとかな!」

「てめぇ!? ハメやがったな!」

「バカめ! 言葉の響きだけで勇ましげな髪形だと判断した情報弱者の敗北なのだよ」

 俺様をコケにした報いである。

「冗談じゃねえ、やりなおしだ! もっとワルっぽいヘアスタイルにしろ!」

 怒鳴り声でリテイク要請をするレイ。

 しかし、ヘアスタイリストであるメディはほんわかした顔になっている。

「このままでよろしくありませんか? これほど女性的な少年ならば、逞しい男性と素敵な恋物語を繰り広げられそうですわ」

「オレを腐った妄想のネタにするな!」


 以降、レイはますます焦り、携帯のヘアカタログを探り始めた。

 月の出の時刻が近づいてきているのだ。

「ああ! もう時間がない! 何か見つけないと!」

 この慌てぶりは良い! 人の心の乱れこそエンターテインメントだ!

 コケにされた仕返しはできたし、最低限は撮れ高となる映像も獲得した。

 そろそろ当初の予定通り強い獣になる方向で協力してやろう。

 実のところ、とうに答えは用意してある。

 見た目にインパクトがあり、勇ましく、動画映えもする髪形があるのだ。

 メディもレイも俺に感謝をし、さきほどの無礼を詫びるに違いない!

 俺は自分の携帯を開き、そのヘアスタイルを表示した。


「レイ、この髪形はどうだ?」

 携帯に表示させたのはモヒカンヘア。

 メディが紹介したヘアカタログには載っていなかったが、パンクロックーのサイトには掲載されていたのだ。

「まあ! ワルワルのワルですわね!」

「いいじゃねえか! ワイルドでイカす!この髪形にしてくれ」

 レイは目を輝かせている。

 あとはメディの術でモヒカンヘアに変えるだけだ。

 すべてが理想のシナリオ通りに進むかに思えたそのとき、俺の脳裏に得体のしれない不安がよぎった。

「……待て、この髪型はどこかで見た気がするぞ?」

 呟く俺に、いぶかしげな顔をレイが向ける。

「当たり前だろう、お前が見つけたんだから」

「それはそうだが……身近な誰かと同じ髪形のような?」

 何かが引っかかる。

 壮絶に嫌な予感がするのだが正体が掴めないので、言葉にできない。

「いいから急いでやってくれ!」

「女の子のように可愛いレイくんに似合うとは思えませんが、仕方がありませんわね」

 レイに促され、メディは再び施術に入った。

「ヘアーーッ……」 

 ゴルゴーン家の魔術が再び発動せんとした瞬間だった。

「やめたまえ! モヒカンヘアは!」

 嘶きにも似た野太い声とともに、あの男が部屋に入ってきた。



☆第三節 変身のとき


「やめたまえ、モヒカンヘアは!」

 バラエティー番組のCM開けの如く、言葉を繰り返してリビングに入ってきたのは、この家の主でもあるシマウマ父である。

「オヤジ、帰ってきたのか! ミオはどうした?」

 問いかけるレイに、頷きをみせるシマウマ父。

「大丈夫だ、検査はしたが脳に問題はない。 念のため今日は入院させるが、明日には帰って来られるはずだ」

「よかった……そして、ごめんな」

「いいんだ、私も父としてだらしがなさすぎた」

 親子は互いの肩を抱き寄せ合った。

 だが、暖かな時間はそう長く続かない。

 先に焦りを見せたのはシマウマ父だった。

「それよりモヒカンはやめるんだ! 父さんと同じ人生を歩むことになってしまうぞ!」

 その言葉で俺は、渦巻いていた予感の正体に気づいた。

「あの髪形って……」

 レイも俺と同じくシマウマ父の頭上を見ている。

「オヤジと同じ髪形じゃあねえか!」

 野生のものも含め、シマウマはモヒカンなのだ。デジャヴの正体は、これだと納得した。

「私は15歳になったとき弱い自分に暗示をかけ、強い獣になろうとしたんだ」

「オヤジもオレと同じかよ」

「まずは形からと思って美容室に行った。最後まで二つのヘアスタイルで悩みながらな」

「二つのヘアスタイル……?」

「最終的に選んだのはこのモヒカンヘアだ。ところが友人たちに見せると、シマウマみたいだと笑われてね……」

 後悔のにじみ出るシマウマ父の語りに、息子が憐れみの目を向ける。

「それでその姿になっちまったのか……」

「ああ……からかわれて、本来の弱気な部分がでてしまったんだ」

 結局は強そうな髪形などハッタリである。ちょっと心に揺さぶりをかけられると、すぐに崩れるのだ。

「レイ……お前には、私と同じ道を歩んでほしくない」

 息子の前でうなだれるシマウマ父。悲しい過去である。


 メディが窓の外を見て、声を張った。

「もう月が昇ります、変身が始まってしまう時間ですわ!」

「クッ、何の準備もできてねえ! お前が余計な茶々を入れるから時間が……!」

 俺がウルフヘアを勧めてからかったことを、ここぞとばかりに責めてくる。

「俺に罪悪感を着せて、マウントを取るつもりか!?」

「他人の人生の大事な場面でふさけて横やりを入れるとか最低だろ!」

 正論である。

 だがそれだけに気に食わん!

 何か言ってやらねば……マウントの取れそうなことを!

「……やはり、お前もモヒカンにすべきだな」

「何でだよ!?」

「男手一つで育ててくれた父親の人生を否定するな! お前はその苦労を体で知った方が成長する!」

 一瞬、辺りが静寂に包まれた。

 レイは意表を突かれたように俺の顔を見つめ、悟りきったかのようにうなずいた。

「かもしれねえ……」

 やけくそで思いついた適当な言葉。なのに、予想外に納得されてしまった。

「ダンくんのくせに一理ありますわ」

「まさにその通りです……ダンさんに会えてよかった」

 まずい……! メディやシマウマ父まで同意しだした。

 シマウマ獣人になれば、父親と同じ人生を歩むようにも見える。

 シマウマ父の人生や人格が、否定されるべきものではないことは明らかだ。

 だがレイは年齢差を差し引いても、父親より精神力が弱い! より悲惨な人生を送るかもしれない。

 今さらどうやって言葉を取り消せばいいんだ!?

 葛藤している俺の眼前で、メディが何かを思い出したかのように声をあげた。

「そういえば、お父様」

「何でしょう、メディさん」

「さほどモヒカンの他にもう一つ候補があったとおっしゃっていましたわよね? お父様が獣人になるときに……」

「ええ、しかしあの選択肢をレイに見せるべきなのか……」

「何だオヤジ? 時間がないんだから話せよ」

 息子に促されシマウマ父は、棚の扉を開けて、古い木箱を取り出した。

「これが私が用意していたもう一つの選択肢だ」

 木箱を開けると、中には写真の束が入っていた。

 ふた昔ほど前の時代のものとおぼしき、ヘアモデルの写真だ。

「何だこりゃ? とんでもない髪形だな」

「ガラ悪すぎですわ~」

 俺もメディも、それを見て半笑いになってしまう。

「リーゼントパーマというんだ、父さんが若いころ流行ったヤンキー映画の主人公のヘアスタイルでね。 みんな真似したもんだ!」

 チリチリのパーマにした大量の髪が、生え際から砲弾状に突き出している。

「ダセー! 昔はこんなのが流行ったのかよ?」

「今の子からしたダサいのか……憧れたんだがなあ」

 シマウマ父は肩を落としつつ、メディに頼みごとをした。

「メディさん。すみませんが、息子を元の髪形に戻していただけませんか?」

「レイくんをですか?」

「ええ、もはや普段通りのレイで変身させるしかありません」

 ウルフヘアも、モヒカンも、リーゼントパーマもダメ。ならば本来のスポーツ刈りに戻すしかあるまい。

「確かに……時間もありませんし、ありのままのレイ君で勝負するよりほかないですわね」

 俺もそれに同意する。

 本人以外の三人が妥協案を勧めようとしていた。

 だがレイ本人が出した結論は別のものだった。

「今すぐこの髪形にしてくれ!」

「リーゼントパーマに!?」

「よく見りゃイカすぜ!」

「お前、センスが変わるの早すぎないか?」

 俺がツッコむと、レイは本音を告げた。

「ダサくてもいいんだよ……オヤジが選ばなかった人生の選択肢を、オレが選びたいんだ!」

「レイ……お前」

 息子の宣言に、シマウマ父の瞳からは涙があふれ出す。

 本人は照れたようにそっぽを向き、頭を掻いていた。


「ヘアーーーッ! ゴルゴーン!」

 メディは術を再び発動させ、レイの髪形を変えた。

「イカスじゃねえか、気合が入っているぜ」

 レイは手鏡の角度を変えながら満足そうにリーゼントパーマを眺めている。

 俺の目から見ると、まったく似合っていない。

「いいのか父親として? あんなのマイルドヤンキー通り越して、ガチのチンピラだぞ!?」

「いいのです、あの子が望む自分になれるのならば……」

 大切なときに本人の判断を重んじるのは当然のことだろう。

 だが、俺は今回それを肯定できなかった。

「この髪形は狂暴すぎる」

 精神の未熟なレイが、獰猛な肉体を手に入れたらどうなるか……?

 暴力的なふるまいを繰り返し、犯罪者になってしまうかもしれない。

 シマウマ父は俺の不安を理解しつつも、レイの判断を否定しなかった。

「レイが狂暴な獣になり、その爪で私の皮を切り裂き牙で肉を噛みちぎりたいのなら、そうすればいい。 血肉となって子を育むのが親の役目です」

「お父様……」

「温厚で優しいだけでは、他人様の餌となる人生しか送れない。それは誰よりも私がよく知っております」

 シマウマ父の言葉は重かった。

「それが獣人社会というものか……いや、俺たちの社会も……」

 その時、頬を撫でる涼しい風。

 レイがベランダの戸を開けたのだ。

 外はすっかり闇に包まれ、運命の月は暗き天上へ姿を現している。

「いろいろ迷惑もかけたし、世話にもなったな」

 レイが、夜空を背に俺たちに語り掛けた。

 その髪はリーゼントパーマに固められている。

 女顔にまったく似合っていない髪形。だが、その目は精悍さと決意に満ちていた。

「オオカミになってくるぜ!」


 宵闇の中、地平線の向こうから顔をだした大きな月。

 月光を浴びて、少年の肉体が変化を始めた。

 齢十五を迎えた獣人は月齢十五の時、その魂を表す獣へと変貌する。

 伝説が今、実現するのだ!

「う、うぉぉぉぉ……」

 呻き声に伴い、骨のきしむ音が聞こえ始める。

 壮絶な苦しみが肉体を襲っている。

 それに耐えて大人になろうとしているのだ。

 神聖と表現できる光景であり、直視さえはばかられる眩さだった。

 ふと隣にいるシマウマ父の方を見る。

 息子が成人する瞬間を見守る父親の表情を確かめたかったのだ。

「ヒヒィーーン、ダメです、もう見ていられない!」

 シマウマ父は、掌に顔を伏せていた。

「どうしました!?」

「私は余計なアドバイスをしてしまった! レイがチンピラになったら亡き妻に顔向けができません!」

「いまさら!?」

「やっぱりお前がいないとダメだぁぁ! 男手一つじゃ無理だったよぉぉ!」

 どうやら天国にいる妻に謝罪しているらしい。

「お父さま、落ち着いてください」

「結果を見るまではまだ分かりませんよ!」

 メディと二人でシマウマ父をなだめているうちに、布が裂けるような音が聞こえた。

 レイが着ていたジャージの繊維が裂けたのだろう。 

 全身の筋肉が膨張し、狭かった肩が左右に張り出してくる。

 鼻先が長く突き出して、鋭い犬歯を持つ獣の顔へと変貌した。

「おお! あれは!」

「オオカミさんのお顔でしょうか!?」

 最後の変化は獣毛だった、白い肌に縮れた獣の毛が生え、覆い尽くしたのだ。

「白い毛……まさか!」

「白狼!? うちの息子が白狼に!?」

 シマウマ父も息子の変貌に打ち震えている。

「白狼とは?」

 俺の問いにシマウマ父が答える。

「獣人社会において、百年に一度しか現れないと言われる伝説の獣人です! 社会を大きく変える英雄の相だとされています」

「この獣人の町を作った方も白狼なのですわ! 欧州で迫害されていた獣人族をまとめあげて日本に移民した獣人界の偉人、ディミトリ・ヤマオカも!」

 さきほどメディがレイと盛り上がっていた獣人談義の中に、確かそんな響きの名があった。

 つまり白狼は獣人社会において、頂点に立つ種族なのだ

「レイがまさかその白狼に……!」

「ありがとうございますダンさん! 貴方のお蔭です!」

 シマウマ父が俺の手を取って目を潤ませている。

 方向は違えど、嬉しいのは俺も同じだった。

 確信を拳の内に握り締める。

「これはバズる……!」

 伝説の白狼に変身する瞬間、これが話題にならないわけがない。

 マスメディアでも話題になり、チャンネル登録者数も爆増するだろう。

 それをきっかけに面白い動画を出し続ければ、メディは娯楽の神になり、俺は元の世界に帰れる!

 夜空を照らす月光の中に勝利への道を見出したその時、遠吠えが響いた。

「ウォォォォォォン!」

 少年は白き体を持つ獣人への変身を遂げ終えたのだ。


 レイは、変幻した自分の体を無言のまま眺めまわしている。

「……オレはワーウルフになれたのか?」

 まだ鏡を見ていないから、自分がどんな獣人になったか確信はできないのだろう。

 レイの問いかけに俺とメディは互いに顔を見合わせる。

 そして答えた。

「オオカミの仲間ではある」

「強い獣か?」

「ああ、狩りが得意だ」

「やったぜ! へへっ、コレのお陰かもな!」

 リーゼントパーマをレイは満足げな手つきで撫で上げる。

 獣化しても髪形は引き継いでいた。

「リーゼントが似合う獣だぞ……レイ、お前の魂そのままの姿だ」

 父親に認められたレイは月に向かって喜びの遠吠えをあげた。

「やったぜ! イカしてるぅ! ウォォォォォォォォォォォォォォォォォォン!」


 レイが月に向かって歓喜の咆哮をあげているうちに、シマウマ父が俺たちの腕を引っ張った。

「ダンさん、メディさん、今のうちに逃げましょう!」

「ええ!?」

「レイが鏡を見てしまったら終わりです! あいつ、めちゃくちゃキレますよ!」

「しかし、お父様まで逃げたらレイくんは……」

 心配するメディに向け、シマウマ父は首を横に振った。

「一晩も荒れ狂えば落ち着きます! レイが疲れきったタイミングで、話し合えばいいんです!」

「情けなくはあるが、大人のやり方ではあるな」

 肯定せざるをえない。面倒くさい連中に絡まれ続けた俺の経験に照らし合わせれば、それが正解なのだ。

「レイくんが、こうなるとは思いませんでしたからね……」

 メディとともに、満月を背後に歓喜の遠吠えするレイの姿を改めて眺める。

「まさか、トイプードルだなんて」

 レイが変身したのは、獣人族の英雄たる白狼ではなかった。

 トイプードルの獣人、ワートイプードル……。

 主に愛玩用として飼われている犬種。甘えん坊でフレンドリーだが、時として激しい反抗期を迎え、寂しいとよく吠える。狩りも得意である。

 そして何よりリーゼントパーマがよく似合う。

 まだ事実を知らないレイは、獣人となった歓喜の雄叫びをあげ続けていた。

「オヤジ! ミオ! これからはオレが守ってやるからな! ウォォォォォォォォォォォォォォォォォォン!」


 翌日、寝室のドアが激しくノックされる音で俺は目を覚ました。

「ダンくん! 開けてくださいまし! 非常事態ですわ!」

 現在、俺はゴルゴーン館の一室に寝泊まりしている。ギリシャ出身のメディが日本に移り住んできた時に買ったという古い洋館。アンティーク家具に飾られた歴史の趣ある部屋だ。

 召喚されてより一ヶ月余り、ここが俺の住まいとなっている。

 鍵を外してドアを開けた。

「やかましいぞ、どうした?」

 メディは薄桃色のネグリジェ姿だ。

 時計を見ると、すでに昼と呼べる時刻。

 普段ならとっくに起きて活動を開始している時間だ。

 ただ、昨夜は動画の編集作業で夜更かしをした。俺もメディも睡眠時間がズレてしまったのだ。

 とはいえ、旧家で厳しく躾けられたお嬢様がこの格好で男の部屋に駆け込んでくるというのは、よほどの事態に違いない。

「再生数を見て!」

 メディは俺に自分の携帯を突き付けてきた。

「バズったのか!?」

 期待を膨らませて携帯を見る。

 だが、それはすぐにしぼんだ。

「15回か……」

 そもそも徹夜で編集作業をして、明け方にアップしたのである。

 それからたった数時間。初動画をあげたばかりのチャンネルで、そんなに再生数があがるわけがない。

「こんなに少ないはずが……バグでしょうか?」

「いや、こんなもんだろ」

「ええ? わたくしがいつも見ている動画は一晩あれば、少なくとも30万再生はいきますわ?」

「分かってないな、全然分かってない! お前ダメ、全然ダメ! まったくもってダメだ!」

「徹底的すぎるご否定ですわね!」

 メディはぷくぅと頬を膨らませている。

「お前、メジャーな配信者の動画しか見てないだろ? 無名の新人配信者の動画なんて基本的に見てもらえないもんなんだ」

 こちらの世界のネット事情は、調査済だ。元の世界のそれとほぼ一緒である。

 人気配信者の動画はとてつもない再生数を日々稼いでいる。

 一方で誰にも見て貰えないままネットの片隅に眠り続ける動画が圧倒的に多い。いくら活動しても知ってさえもらえない配信者もいる。

 かつての俺がそうだったように……。

 残酷なまでの格差がネットの海にはあるのだ。

 むろん、当初の予定通り炎上させて話題作りをしたり、あるいは白狼に変身させて伝説的動画を作ったりできれば一気に再生数は稼げただろう。

 だが、そうはならなかった。

 現実的に考えれば、15回は妥当どころか、上出来な再生数だ。

「知りませんでした……厳しい道のりになりそうですわね」

 メディは一年間で10億再生というとてつもない壁を越えねばならないのだ。

 前途の遼遠さに呆然としているように見えた。

「まあ、これから何とかするしかないさ」

 メディが娯楽の神にならない限り元の世界に帰れないのだから。

 携帯の画面を眺めていると、あることに気付いた。

「動画にコメントがついているじゃないか?」

 再生数15の動画にコメントをつけるとはヒマなリスナーもいたもんだ……。

 そう思いつつ、コメント欄を見て戦慄した

 投稿者名は“獣一中のレイ”

 ワープードルになった、あのレイのものだったのだ。

「あら、レイくん! 動画を見てくださったのですね?」

 メディは呑気に喜んでいるがそれどころではない。

「アドレスを教えていないのにこのチャンネルに辿りついたのか!? あいつ、エゴサしやがったな!」

 レイが望まない人生を歩むことが決定づけられた瞬間、それをテーマにしたのが俺たちの動画なのだ。

 本人にとっては屈辱に違いない。

 しかも俺たちが余計なちょっかいを出した結果、トイプードルになってしまったのである!

 あの田舎ヤンキーは復讐を企むに違いない!

「荒らしコメントか? 殺害予告か? 運営に即通報するぞ!」

「ダンくん落ち着いて! ちゃんと読んでください!」

 メディに言われ、改めてレイのコメントを見直した。


『昨日は世話になったな! ミオは退院して帰ってきたぜ!』


 そんな文面とともに、画像ページへのリンクが貼ってあった。

 開いてみるとミオに白い獣毛をモフモフされているトイプードル獣人の画像が出てきた。

 妹に怪我をさせたことで落ち込んでいたレイ。だが、幸いにも兄妹仲にヒビは入らなかったようである。

 コメントには続きがあった。


『狼にはなれなかったが、オレはこれでいいと思っている。人を楽しませるのは嫌いじゃない。いつか動画配信者になってお前らのライバルになってやる!』

 さらにもう一枚の画像へリンクが貼られているのに気付く。


『お前らの動画面白かったぜ! 仲間に広めておいたぞ!』


 不良少年仲間と肩を組んでサムズアップしているワートイプードルの画像。

 レイは仲間内では、愛すべきイジられキャラのポジションのようだ。

 それを眺めているうちに、メディが声をあげた。

「ダンくん、ご覧になって! 再生数が!」

 カウンターの数字が、どんどん伸びていく!

 再生数は41にまで上昇していた。

 10億再生という俺たちの目標から見れば足しにもならないような数字だ。

 だが、開設したばかりの無名チャンネルとしては大いなる一歩目である。

「あの悪ガキにも、使える部分はあるじゃないか」

 動画のコメント欄に、友人たちからのレイへの祝福の言葉が次々に並び始めていた。

 言葉は粗削り、文章も内輪向き、誤字や乱文が多い、だが素朴な友情に溢れている。実に田舎のヤンキー仲間らしいやりとりだった。

「バカ丸出しの文章だな」

 不良どもに煽りコメントを入れて、炎上させてやりたくなってきた。

 だが……。

「今回は控えてやるか、こんな小さなところで騒ぎを起こしても仕方があるまい」

 俺はレイとその友人のすべてのコメントに、“いいね”ボタンを押してやるのだった。

(完)


お読みいただきありがとうございました。

続編も構想はありますので、気になる方はコメント、お声がけお願いいたします。

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