2 ひみつのともだち
りこちゃんは、言われたとおりに、そっと手をのばしました。ひろってみると、それは、うすいみどり色とオレンジ色にそめわけられて、全体に黒い糸があみこまれた、きれいなあやとり用のくみひもでした。
「いっしょにやろう。りょうほうのおやゆびとこゆびにかけて、はじめのカタチ!」
「うん!」
なめらかなひもは、りこちゃんの手によりそうように、するするとうごきます。
「なかゆび、なかゆび、お山のカタチ!」
いつもはぎくしゃくしてひもをうまくすくえないりこちゃんのなかゆびは、まるで魔法がかかったように、おやゆびとこゆびのあいだをわたっていたひもをひっかけました。くっつけていた左右の手を顔の前でそっとひろげると、きらきらしたオレンジとみどり色のひもが、りこちゃんの家の二かいのまどから見える、夕やけのじかんの山のように、ふっくらとまるい姿をえがきました。
「きれい! ほんとうに、お山みたい!」
りこちゃんはびっくりしてさけびました。
「そうでしょ、そうでしょ」
とくいそうに、ひもになったへびがいいます。
りこちゃんがいつも困っていたのは、じつは、このことなのでした。
お山といわれても、どこが? と、りこちゃんは思ってしまいます。あぶらあげ、といわれても、ぜんぜん、あぶらあげに見えないし、うまのめ、なんて、それなに? と思っていたのです。そんなことを思っているうちに、技はどんどんすすんでしまいます。
ひとたび、気がちってしまうと、もともと細かいことがそんなに上手ではないりこちゃんの指に、ひもはぎくしゃくとからんだり、ひっかけたはずのひもがするりとぬけてしまったり。そうして、あっという間に、ひもは、お山でもあぶらあげでもない、ただのもちゃもちゃのクモの巣みたいになって、りこちゃんはすっかりかなしくなってしまうのです。
みんな、どうして、わざのカタチが見えるんだろう、と、りこちゃんにはとってもフシギでした。でも、りこちゃんにだけ見えない、というのは、なんだかすごくはずかしいことのようで、先生にも、お母さんにも、うまくいえなかったのです。
「もっと、やってみようよ!」
へびにさそわれて、りこちゃんは楽しくなりました。
「うん!」
『手前にグー、向こうにグー。
おやゆび、おやゆび、子どもがにげた』
二人で、声をそろえてうたいながら、手をうごかします。
『今のうちだよ、あぶらあげ!』
りこちゃんの親指と人差し指がぴんと伸びると、その間には、こんがりと焼き色のついたおいしそうなあぶらあげが浮かびました。
「ほんとうだ。あぶらあげ、切ってなくて、焼いたやつだったんだあ!」
りこちゃんはまた、さけびました。お父さんがビールをのんでいて、おつまみが何もなくなってしまったときに、自分であぶらあげを焼いておしょうゆを少しかけて食べているのを、りこちゃんはしっかり見ていました。
「なるほど。おつまみだから、子どもがいない、今のうち、なんだ」
一回見えたら、もう、見まちがえようはありません。
『左手はずして、ドンブラコ、ドンブラコ。
川にながれていっちゃった』
あぶらあげのコゲめがしゅるりとほどけて、あっという間に、りこちゃんの両手の間に、さらさらと流れる小川があらわれました。
『子どもがドボンととびこんだ。
あわてて父さんもとびこんだ、それドボンドボン』
りこちゃんのゆびは、あやとりのひもでできた川の波をくぐって、わたったひもをすくいとります。
『子どもがぴょんっととびだして、
おれいをいうのはお母さん』
ひとさしゆびのお母さんがふかぶかとおじぎをすると、下のひもがするりと逃げて外れます。
りこちゃんは、失敗したかと思ってどきっとしました。安心させるようなへびの声が聞こえます。
「これでいいんだよ、りこちゃん」
『おれいにあぶらあげ、あげましょう』
「あ、また、あぶらあげ!」
『こんどは子どももたべたいな。ひとくち、ふたくち。
あれあれ、父さんの分がなくなった!
うまのめにも、なみだがポロリ』
「ねえ、へびさん、うまのめってなあに?」
「よーく、見ていてごらん」
へびさんが自信たっぷりに言っておうたをやめたので、りこちゃんもおうたをやめて、ひとさしゆびとこゆびの間にうかんだ、へびさんのひもをじっと見つめました。
りこちゃんには、どう見ても、トランプのダイヤのエースにしか見えなかったそのもようの、まんなかのひし形に、もやもやと色が固まってきます。
りこちゃんはまばたきしました。
次のしゅんかん、そこにうかんでいたのは、ナミダをいっぱいにうかべた、やさしそうな動物の目なのでした。にんげんの目とちがうのは、白目がなくて、ひし形かアーモンドのカタチみたいなところが、ぜんぶ、うるうると光をきらめかせる、くろぐろとしたひとみなのです。
「うまのめって、お馬さんの目の、どアップなんだあ。それはわかんないよ」
りこちゃんはおかしくなって、けらけらわらいました。
「でも、見えたでしょ」
とくいげにへびがいいます。
「うん!」
「じゃあ、つづきをやろう」
『おうまさんが目をとじて、くるんとちゅうがえり。
空中ブランコつかまえて、』
「あー、ここがむずかしいんだよ。みんな、ここでしっぱいしちゃうの」
りこちゃんはここまで来たのははじめてですが、他の子がやるのをいつも見ていたので、大変そうなのはよくわかりました。
「コツがあるんだよ。両手をひっぱらないで、ゆるんでいるうちに、はんたいがわの空中ブランコをキャッチするみたいに、小指でつかまえるの」
へびが教えてくれました。
「ここ?」
「そうそう。それで、両方の小指がつかまえたら、左右にひっぱって。ほら!」
「うわあ!」
『つづみがぽんと、できあがり』
「つづみって、なあに? プレゼント?」
「ちがうよ。それは、つつみ。……ひろこ先生が、節分のあとに、おひなさまをかざったじゃない。五人ばやしって知ってる?」
りこちゃんはうなずきました。
「楽器をもってる男の子たち」
「うん、それの、たいこみたいなの、かたにかついでたのがあったでしょう。あれ」
「ああ! ひもでむすんであるやつね!」
りこちゃんの手の中に、黒いウルシが塗られて、赤いくみひもがきゅっとかけわたされたつづみがうかんで見えてきました。
「なんだ、そういうことか。プレゼントのリボンのまき方にしちゃ、おかしいと思ってたんだ」
「りこちゃん、そんなこと考えてたんだ」
へびはしゅうしゅうと楽しそうに笑いました。
『母さんのひもを父さんが、父さんのひもを母さんが、
とれば、おふねがどんぶらこ』
さっきまで、つづみだったひもは、あっという間に、おばあちゃんが朝ごはんの前に見ているちょんまげドラマで見るような、下のところがV字に細くなったふねの形になりました。
『みんなでぐるっとわをくぐり、
おとうさんがおでむかえ。
なかゆび、なかゆび、小さなお山。
おててをあわせておいのりすれば、
大きなお山に、早がわり』
おうたにあわせて、へびのひもはしゅるしゅると動きます。その動きにつられるように、りこちゃんの指も動いて、ひもをすくったり、はずしたりしていました。
おじぞうさまをおがむみたいに両手を合わせて、かるくふってから、そっと開くと……。
「うわあ、さいしょのお山だあ! できた!」
連続技のスタートのかたちまで、いつの間にかもどってきていたのでした。
夕やけのお山が、ふたたび、りこちゃんの手の中にうかんでいます。
「りこ、ぐるっと一周、できちゃった!」
「やったね!」
へびもうれしそうに言いました。
それから、りこちゃんとへびは、いっしょにおうたをうたいながら、くりかえし、練習をしました。いままでは、うまくいかなくてもちゃもちゃになるたびに、いらいらして、いやな気持ちになっていたのに、へびのひもで練習すると、なぜだか、しっぱいしても、その形がおもしろかったりして、二人でわらいながらもう一度はじめのお山にもどって練習をつづけられるのです。へびのひもはいろんな形になって、りこちゃんの手の中で変身をつづけました。
◇
とおくの方で、声が聞こえました。
「すいか組さん。おへやにもどって、おべんとうのおしたくをしてくださーい!」
「あっ。ゆうな先生がよんでる。りこ、行かなくちゃ」
りこちゃんが立ち上がると、りこちゃんの手の中にあったへびのひもは、しゅるしゅると地面に下りて、またもとのへびにもどりました。
「へびさん、ありがとう! またあそぼうね!」
「うん! またね!」
こうして、りこちゃんには、ひみつのともだちができたのです。
◇
むかしあそび会で、りこちゃんのあやとりが、おとしよりたちにとってもよろこんでもらえたのは、いうまでもありません。
あっという間にあやとりが上手になったりこちゃんに、みんながフシギがって、どうやって練習したのかたずねましたが、りこちゃんは、にっこりして、ないしょないしょ、というだけでした。
おしまい