1 りこちゃんのゆううつ
「もうやだ。あたしだけ、できないんだもん」
りこちゃんは、園芸倉庫のうらがわでひざをかかえました。
あした、ようちえんでは、おじいちゃん、おばあちゃんたちをおむかえして、むかしあそび会をやるのです。
すいか組さんの出しものは、リズムあやとり。小さなグループに分かれて、おじいちゃん、おばあちゃんたちと円になってすわり、担任のゆうな先生がひいてくれるピアノの音にあわせておうたをうたいながら、あやとりの連続技をおひろめすることになっています。
この日のために、先生たちが、みんなにあやとりを教えてくれました。
あやとり名人のまもるくんや、細かいことが上手なゆみちゃんは、あっという間に連続技をおぼえて、小さな先生になって、みんなにおしえてくれるようになりました。
そのつぎに、何でもできるリキくんができるようになったときは、りこちゃんは、ふうん、くらいでした。リキくんは、キョウリュウにもくわしいし、ひらがなだってすらすら読めちゃうし、なんと、一年生でならう、算数の足し算も、もうできるらしいのです。リキくんなら、あやとりくらいすぐにできるようになるよね。
だんだん、クラスのお友だちで、おぼえている子がふえてきても、りこちゃんはのんびりかまえていました。まあ、なんとかなるでしょう。
でも、はるかちゃんも連続技をおぼえてきたので、りこちゃんは、これはまずいことになった、と思いました。
はるかちゃんは、とっても物おぼえがよくて、電車ハカセで、数をかぞえるのも早いし、もしかすると、じまんしないだけで、じつはリキくんよりも計算が上手なんじゃないか、と、りこちゃんは思っています。
そうなんだけど、はるかちゃんは、自分が好きじゃないことはぜんぜんおぼえないし、やらないタイプの子なのです。
そして、はるかちゃんがあやとり名人だったことはありません。りこちゃんは、なんとなく、はるかちゃんはさいごまであやとりを好きにならないんじゃないか、と思っていました。だから、じぶんができなくても、きっと、はるかちゃんが「できないなかま」で、いっしょに、のこってくれると思っていたのです。
でも、どうしたことか、はるかちゃんも覚えてきてしまいました。
ほわんとやさしいけれど、いつも色々おしたくがのんびりなひろきくんも、おばあちゃんと猛特訓した、といって、つっかえつっかえではあったけれど、さいごまで連続技をやりとおして、まもるくんに合格シールをはってもらっていました。
ホンモノの先生か、「小さな先生」になったお友だちの見ているまえで、連続技がさいごまでできたら、ゆうな先生のピアノのよこにはってある、あやとりポスターの、じぶんの名前のところに、合格シールをはってもらえるのです。
もう、シールをはられていないのは、りこちゃんのなまえだけでした。
合格シールが三つたまったら、小さな先生になれます。小さな先生になった子もどんどんふえてきていました。小さな先生は、まだおぼえていないお友だちに教えてあげるのがお仕事です。まだおぼえていないりこちゃんは、やっと先生になれた子たちが「教えてあげる!」と口々に言いながらあつまってくるので、びっくりして、にげだしてしまいました。
りこちゃんは、クラスのだれより足がはやいのです。ジャングルジムだって一番上まですばやく上って下りてこられるし、つき山のトンネルくぐりも上手です。
そんなりこちゃんが全力で走って逃げたものですから、クラスのだれも追いつけなくて、みんな、りこちゃんのことを見失ってしまいました。
だれにも見つからないうちに、ひみつのかくれ場所、園芸倉庫のうらにもぐりこんだりこちゃんは、ひとり、ため息をついていたのでした。
◇
「りこちゃん、りこちゃん」
ふいに、よびかけられて、りこちゃんはあたりを見回しました。ここはだれにもひみつのかくれ場所です。りこちゃん以外に、ここを知っている人がいるとは思えません。
「だあれ?」
おそるおそるりこちゃんがたずねると、ふせてつみあげられたバケツのかげから、そっと顔を出したものがいました。
「ぼくだよ」
「ぎゃっ!」
りこちゃんは思わずひめいをあげましたが、よくよくそれを見て、ほっとむねをなでおろしました。
「なんだ、へびか」
「なんだって、なんだよ。たいていの子は、へび、のあとに、きゃーって言うよ」
ちょっと不満そうに口答えしたのは、頭とおなかが、さやえんどうみたいな、うすいみどり色で、せなかが夕やけみたいなオレンジ色で、全体にくさりのような黒いもようが入った、小さなへびでした。
「えー。だって、へびはへびでしょ。図かんにものってるじゃん。お化けだったら、りこもきゃーって言うよ」
りこちゃんがこしに手をあてて言うと、へびはしゅうっとため息をつきました。
「図かんにのっているへびは、りこちゃんとおしゃべりしないと思うけど」
「あ、それもそうか。じゃあ、きゃーって、言ったほうがいい?」
「やめて」
こんどは、あわてたのはへびのほうでした。
「ドクへびだっていわれて、クジョされちゃたまんないや。主任のひろこ先生、こわいんだ。じぶんもへびがこわいくせにさ、ようちえんにでたときだけ、火ばさみでぼくらをおっかけまわすんだよ」
たくましく火ばさみをぶん回すひろこ先生のすがたを思いうかべて、りこちゃんはぷっとふきだしてしまいました。うん。ひろこ先生なら、やるな。
「それで、へびさんは、何しに来たの?」
りこちゃんがたずねると、へびは、きゅっと頭をあげました。人間なら、きっと、むねをはった、というところでしょう。
「ここはようちえんで、お友だちと楽しくあそぶところでしょ。ぼく、友だちをさがしにきたんだ」
「へえ。みつかった?」
「うん、お友だちになれそうな子はみつけた。だからきたんだ」
「ええー、だれだれ?」
りこちゃんはわくわくしてききました。ゆみちゃんはぜったい、きゃーって大声上げちゃうからムリでしょ。元気なまもるくんかな。おすなば名人のひろきくんかな。
へびは、おずおずと、しっぽの先で、りこちゃんをさしました。
「りこ?」
「うん。会ったことあるじゃん。りこちゃん、はじめましてじゃないよ」
「そうだっけ? りこ、へびに知り合いはいないと思うんだけど」
りこちゃんは首をかしげました。
「会ったよ。このまえ、朝、雨がふって、おむかえの時間にはもうやんでたこと、あったでしょ。りこちゃんは、ながぐつがうれしくて、水のたまったどうろのはしっこを歩いていたよね」
「うん。いつもやるよ」
「そのとき、地面に長いひもがおちてて、こんなのにだれかが引っかかってころんだら、あぶないよって、かさの先で、どうろのすみっこによせたの、おぼえてない?」
「あー、あった! あれ? それで、そのひもが、うごいたんだよ。そのときも、りこ、言ったんだ」
りこちゃんの声と、へびの声が、ぴったりかさなりました
『なんだ、へびか』
へびとりこちゃんは、目を見合わせて、大笑いしてしまいました。
「ぼくって、見た目がこわいのかな。いつも、ひろこ先生にはおいかけまわされちゃうし、子どもたちにもにげられちゃうんだ。でも、りこちゃんは、きゃーっとも言わないで、なんだへびか、でしょ」
へびはしっぽの先をくるんと顔の下に持ってきて、しおらしく頭を下げました。
「だから、りこちゃんがここにひとりでいるなら、いっしょに遊べるかな、と思って、ぼく、来たんだ」
「ええー、じゃあへびさんは、りこなら友だちになれるって思ったの」
りこちゃんはうれしくなってほおに手を当てましたが、次のしゅんかん、しゅん、としょげてしまいました。
「りこ、こまってるんだよね。明日までにあやとりをおぼえなくちゃいけないの。なのに、ぜんぜん、できないんだよ。ホントは、あそんでないで、練習しなくちゃいけないんだ」
へびはうれしそうに目をきらきらさせました。
「あやとりなの!?」
「うん」
りこちゃんがうなずくと、へびは身体をくねくねさせて言いました。
「りこちゃん、すいか組さんでしょ」
「そうだよ」
「年長のすいか組さんとメロン組さんは、まいとし、むかしあそび会であやとりをやるでしょう。
ぼくはおうたをきいて、みんながやるのをこっそり見て、ぜーんぶおぼえてるんだ。ずっと、いっしょにやってみたかったんだよね。りこちゃんはほかのだれに教わるより、ぼくに教わるのが、うまくなる早道だよ」
「教わるって、どうやって?」
りこちゃんはぽかんとしました。手どころか、まえ足もうしろ足もないへびが、どうやって、りこちゃんとあやとりをするのでしょう。
「見てて」
へびは、地面の上でしゅるしゅると大きな丸を作るように体をうごかすと、自分のしっぽをぱくりとくわえました。そのまましゅるしゅると回りつづけます。
あっという間に、へびの体がぐんぐんのびていくのを、りこちゃんはびっくりして、かたまったまま、見つめていました。
しゅるしゅると回る動きがだんだんゆっくりになって、やがて止まりました。細く長い、ひものような輪っかが落ちています。
「りこちゃん、ひろって」
へびの声が言いました。