一箇所目 4
「ねぇねぇ、アンタは私の店のお客?」
「うわぁ!!」
突然、声を掛けられて思わず叫んでしまった。
僕の悲鳴は、静寂に包まれている住宅街に木霊する。
見上げると二階の窓から女性が少し身を乗り出していた。
「うわぁ!!ってアンタ、失礼な男だわねぇ」
覗いている女の人は、怒ったように頬を膨らませた。
月明かりに照らされ、明暗がハッキリついた女性の顔が何だか可愛い。
「あの…雑貨屋ローズマリーって、まだ開いてるんです?」
胸のドキドキが治まらない中、僕は一応礼儀のつもりで聞いてみた。
「そうに決まってんでしょ!!じゃなきゃ、なんで私がアンタに『アナタはお客様ですか?』って聞いたのよ」
えぇっ、そんな丁寧な感じだったか?
アンタ、ウチのお客?みたいな軽い感じで呼ばれたよな…。
何か…変な人に捕まっちゃったな…。
こうなったら、もう逃げるしかない。
「ごめんなさい、ちょ、ちょっと間違えました。さ、さよなら……」
この場から逃げ出そうとした時、女の人の目線が僕の下半身に注がれているのに気が付いた。
ええっ、な…何なんだ。
ものすごく、下の方を見られている……。
あらぬ事を考えて、ドギマギしてしまう。
そんな僕に、女性が掌を返した様に笑いかける。
「ウフフッ。アンタやっぱり私の店の客だわねぇー。も〜う早く階段を上がって来てよネッ」
急に艶っぽい声。
「は‥はぁ」
こうなれば、ヤケだ。
今日で高校生活も終わり。
大人の階段を登って、ピリオドの向こう側を覗くのも悪くない……だろう。
僕は強い決意を固め、階段を登って行く。
…。
……。
ありがとう。
今日までのチェリー臭い自分。
僕は、いや今日から俺は!!
一皮向けた、真田欧介になる。
気持ちとは裏腹に、震えた手で店のドアを開けた。