葬送と遺品
銀次の探索は、水たまりから1つ上の階層でやや足踏みしている状況である。
最初の水たまり以外に、水が手に入る場所を見つけていないためである。
竜とである銀次が、どの程度水を飲まなくても過ごせるのかは分かっていない。
実際のところは、喉の乾きを覚えたことがないのである。
更に言えば、空腹感すらない。
それでも、人間だったころの記憶、と言うよりは脱水症状の怖さがまだ残っており、無理をする気になれないのである。
真夏の暑い日に、寝不足なうえにきちんとした食事も水分補給もしないままに顧客のところに出かけ、その帰途に熱中症でぶっ倒れて救急搬送されたのである。
その時の、水分補給を怠ることは命に関わる、という強迫観念に近いものが銀次を支配し続けているのだ。
という事で、銀次が自分の感覚で行って帰ってくることが出来る場所、と判断している範囲をしらみつぶしにマップ埋めをしているのだ。
そんなある時に、また未知の魔物を見つけた。
それは人型で緑色の肌、頭に小さな角がある生物。
ある程度ゲームをやっていれば、「こいつはゴブリンだ」と判断できる魔物で、簡易鑑定の結果でもゴブリンと表示されている。
身長は二足立ちした銀次の倍程度。
思ったより筋肉質でガッチリした体格をしている。
5匹ほどいるが、レベルは3から6なのでそれほど高くない。
今の銀次は、既にレベル8まで上がっている。
ただ、目を引くのはみすぼらしいボロ布を羽織っているにも関わらず、やけに綺麗な剣や槍を持っているものがいるのだ。
銀次の勝手なイメージでは、錆びてボロボロになった短剣や、木でできた棍棒を持っていることになっていて、実際にレベルが低い3匹はそのようなものを持っている。
『ゲギョゲギャ』
『ギャギャゲギョ』
と、耳障りな声を出して騒いでいる。
もちろん、何を言っているのか分からないし、そもそも意味のある会話をしているのかも分からない。
先制しようと少しづつ近付いていくと、槍を持ったゴブリンが叫び声をあげる。
『ギャッ!』
それを合図に他の4匹も一斉にこちらを向いて、武器を構えて近付いてくる。
隠れていたつもりだか、捌いた時についた血の臭いに気付かれたのかも知れない。
見つかったのなら隠れていても仕方ないと、銀次は岩陰から飛び出して一気に攻勢に出る。
自分よりも大きな相手なので、頭にとびかかるか足を攻めるか迷うが、まずは先頭に立つ槍ゴブリンの頭を狙って跳躍する。
狙ったのか、偶々なのかは分からないが、構えていた槍の穂先で爪をいなされ、横を通り過ぎてしまう。
構わずその後ろにいた短剣ゴブリンに体当たりをして、岩壁に叩きつける。
そのままクルリと体を回転させ、しっぽで隣にいる棍棒ゴブリンを棍棒ごと地面に叩きつける。
回転を止めて向き直った先からは、剣ゴブリンが剣を横薙に振るってくるので、それを爪で受け止めて逆の前脚の爪を腹に突き刺す。
思い切り貫通して体液まみれになった前脚を抜くと、気持ち悪そうに振るい、付着したものを振り払う。
残りの二匹、槍と棍棒その2は、あっさりと3人倒され警戒しているのか、安易には向かってこない。
銀次は体についた返り血などを一通りふるい落とすと、槍ゴブリンに突進する。
槍の攻撃範囲に入る前に、急激に方向転換し棍棒ゴブリンに体当たりをして潰し、残った槍の様子を伺う。
槍ゴブリンは、仲間がやられて怒っているのか、不快な鳴き声を出し続けている。
振るわれた槍を交わし、爪を突き立てようと距離を詰めるが、ゴブリンはかわされた槍の勢いそのままに、穂先と逆の石突側を使って叩き付けられる。
防御のお陰か痛みはないが、さすがに体格差のためか軽く飛ばされる。
四足を使って踏みとどまり、逆に勢いを付けると、まだ体制を戻していないゴブリンの手に向かって爪を振るう。
ゴブリンの右手を肘のあたりでスッパリと切り落とすと、そのまましっぽで足を払って打ち倒す。
右手を落とされた痛みでのたうち回るゴブリンの首に爪を振るいってとどめを刺すと、やっと一息つく。
ゴブリンが持っていた武器は、鉄製の片手剣と槍だったが、なぜゴブリンがこんないい武器を持っていたのか分からないが、とりあえず回収してストレージに入れておく。
特に他によさそうなものは持っていない。
死体はどうしようかと悩むが、流石にこれを食べる気はしない。
臭そうだし不味そうだ。
しかし、これでスキルが上がる可能性があるのである。
しばらく悩んだ銀次であるが、意を決し一番レベルが高かった槍ゴブリンから切り落とした手に齧り付く。
不快なにおいに顔をしかめながらもなんとか飲み込む。
チャイム音とともに、ログに【悪食】と【痛覚耐性】を表示される。
悪食は、明らかに食べ物ではないものや、食べたくなくなるものでも不快にならずに食べられるスキルらしい。
なんだそれと思いつつ、銀次が足元に転がっている石を食べてみる。
味もしないし硬いので食べにくいが、普通に食べられた自分に銀次が驚く。
本来ならうれしく無いスキルだが、今回のように食べたくない魔物を食べなければならない場合には嬉しい・・・のかもしれない。
痛覚耐性は、痛みを感じにくくなり、感じても怯んだりしにくなるようだ。
しかし、先程のゴブリンは痛みで思い切りのたうち回っていた気がする。
このスキルの効果に疑問が残る・・・。
他にも、鑑定の結果によると、右耳が討伐証明になるようだが、銀次は誰に証明したい訳でもないのでそのまま捨て置くことにする。
◇ ◇ ◇
ゴブリンを倒した奥は行き止まりであった。
しかし、そこに思わぬものがあった。
人と思われる死体である。
既に事切れてからそれなりに時間が経っているのか、腐敗しつつある上に、魔物に食い荒らされたのか一部が散乱もしている。
その数は4人分。
さすがに、猟奇的な推理小説のように、それぞれの死体から一部分ずつ抜き取ることで5人分の死体を4人に見せる、なんてことはわざわざしないだろう。
2人分は金属や皮でできた鎧を付けているので、兵士か何かだろうか。
残り2人は作業服のようなものを着ているが、付近につるはしが落ちていたり、道具類が散乱しているので鉱夫か研究者なのだろうか。
2人がこの洞窟が鉱山として使い物になるか確認しにきて、兵士2人が護衛についてきたが、敢え無く魔物に敗れて命を散らすこととなったというところか。
少し離れたところに、幾つかのトカゲやゴブリンだったと思しき骨が転がっている。
ある程度は撃退できたが、数に押されたか不意を突かれたのか。
(どうか成仏してください)
日本ではなさそうなので、死生観も異なるのであろうが、ここの葬送のやり方が分からないので手を合わせて祈りを捧げる。
(呪ったり祟ったりしないでくださいね・・・)
と言い訳をしつつ、遺品の中に使えそうなものがないかゴソゴソと漁りだす。
兵士の武器が見当たらないのは、先ほどのゴブリンが持って行ったからであろう。
だが、予備のために用意していたのか、短剣が2本見つかったので回収する。
武器ではないが、鶴嘴ももらっておくことにしよう。
鎧は使えるのかどうか分からないが、とりあえず回収しておく。
服はボロボロなので使い道はなさそうだ。
鎧や服を剥いでいる際に、ドッグタグのようなものを首から下げていることに気づいた。
おそらく、個人を識別するための物であろう。
何か書かれているが、銀次の知らない文字で書かれており、解読することはできなかった。
簡易鑑定で確認すると、これはギルド票と呼ばれ冒険者ギルドと鍛冶ギルドの会員に対し発行される身分証のようだ。
何かしら縁があれば、遺族や関係者に届けることができるかもしれない。銀次はそっと回収する。
他にも、兵士がつけていた革のベルトに、いくつかの容器がつけられていた。
半分ほどは空だったが、残りには中身が残っている。
簡易鑑定で確認すると、回復薬(小)で生命力を少し回復させ、傷を癒すことができるようだ。飲んでも傷に直接振りかけても効果があるらしいが、どのような理屈なのだろうか。
また、スキットルもあったが、これは中は酒の匂いが残っているが空だった。
人が住む場所からここが、どの程度の距離なのか分からないが、夜寝る際に一杯ひっかけていたのだろう。
身に着けているものの確認が終わったので、近くにある革の袋の中を確認する。
背負うザック型が4つに、筒型の袋が2つ。
生活用品はさすがに必要ないと思うので、それらは除いておく。
革でできた水入れはまだ使えそうだし、干し肉もまだ傷んではいなさそうだ。
さすがにパンであろうものはカビにまみれていてダメだろう。
他にも本が出てきたが、鑑定すると鉱石図鑑(中級)で、中には確かに鉱石の絵や成分の一覧と思しきものが書かれていた。読めないが。
中に石が詰め込まれている袋もあった。
鑑定すると銅鉱石や鉄鉱石と出たので、やはりここで鉱石が採掘できないか見に来たのであろう。
近くに採掘をしていたであろう場所がある。
試しに、爪を使ってその周囲を掘ってみると、確かに鉱石がここから採れるようだ。
銅と鉄がほとんどだったが、調子に乗って掘っていると、銀も掘ることができた。
さらに稀にだが、霊銀の鉱石も採れた。
霊銀という金属は聞いたことがない。
鑑定するとミスリルという魔法金属のことだ。
もっと手に入るのでは、とガンガン掘り進めてみるが、霊銀はほとんど出てこないまま、鉱石が出てくるところは掘り終えてしまったようだ。
◇ ◇ ◇
遺品として渡せそうなものを、一つの革袋にまとめて入れたうえでストレージに入れておく。
鉱石図鑑や水入れなど、銀次が使えそうなものは遺品とは別にそのまま入れておく。
一通り確認が終わると、再度手・・・ではなく前脚を合わせてこの場を立ち去る。
そのまま銀次は水たまりに戻り、空となっている水入れや回復薬の容器に水を入れておく。
これで探索できる範囲が広がるはず、と銀次は気合を入れる。