2.犬の名前かよ。
驚きのあまり、可愛くない声を出して、目をつぶった。光がやんだかどうかを確認するため、ゆっくりと瞳を開いた。先程の光は、あの死体のもの?その疑問を解くためにも、目を開かざるを得なかったというべきか。
「________くろ?」
「は?」
クロ?
唐突に、犬の名前のような言葉が聞こえた。その声は少し高めだが男性の声。驚きのあまり声をあげる。
いつから男性が?でもこれでようやく……。と思ったときだった。
ことごとく未来は私の予想を裏切りたいらしい。
「ぎゃあぁぁぁぁぁぁ!?!?」
またもや可愛くない声が上がる。
理由?そんなの簡単だ。
目の前には先程眠っていた男が棺桶から上半身を起こしあげ、じっとこちらを見ていたから。白眼というかなり不気味な瞳は容赦なく私を見つめている。
コワイコワイコワイ!!これは生き返り!?悪霊!?無理!!本当にむりだって!!
「くろ?ねえ、くろなの?」
「ひいいいいいいいいい!!すみませんすみませんすみません!!」
「……くろ?どうしたの?何処か痛いの?」
「殺さないでえぇぇ!殺さないでぇぇ!」
「殺さないよ?ねえ、くろ、僕たちどうなったの?」
___________は?
「いや私、くろじゃないんですけど、誰だよくろっておい」
先程から会話が成立していない。私は怖がるだけ怖がって、彼は問い質すだけ問い質している。何と自分勝手だったんだろうか。彼も混乱している……。
って!!わたしも混乱してるよ!さっきまで棺桶で寝てたやつがいきなり目覚めたんだぞ!?やべえよ!それで驚かないやつとかいんの!?いたら教えてくださいそしてここに来てください代わってくださいぃ!
「え?くろじゃない?で、でも、その髪とか……」
「失礼ですがどなたかと勘違いされているんでじゃないでしょうか???」
「で、でもっ!あの黒髪は、黒の魔女特有のもので……!」
待て待て、なんや黒の魔女て。
聞き捨てならない言葉が聞こえてきた。
「魔女……?まさか、いるの?」
まさか、異世界の特色ってやつ?
魔法が使える女、魔女。なんかハッシュタグとかで見かけたことあるよ。よくお姉さんの麗しい魔女を見つけたことがあります。
「え、もうこの世界にはいないの?」
「え?」
待って待って。混乱してきた。
ドユコト?ドユコト?
「……とりあえず、話し合わない?僕たち二人とも、混乱してるみたい」
「了解」
お互いの了承のもと、話し合おうとする。彼は棺桶からよっこらしょと出てきて、棺桶の前で床に座りつく。私とこの男の中から出てきた幾多の悩みを私たちで相談しようとそう持ちかけられたのだ。
「……自己紹介しよっか」
「うん」
何処から話せばいいのかわからなくて、とりあえずまずは自己紹介から始める。うん、我ながら無難でいいと思う。この人の招待もわかるかもしれないし。
男と向かい合って話しているわけだけど、彼は髪が長かった。真っ白で絹のような髪は肩より下まで伸びていてなにも縛り付けるものがなく無防備に跳ねている。
「私は愛華。えぇと、なんか元の世界で死んじゃって、この森にやって来て、そこの白猫に招かれて、ここにやって来た……女の子?」
女の子と呼べる年齢ではないため女の子?と疑問符をつけたが、誤解されていないだろうか。実は男の子でしたとかじゃないからな。
「元の世界?」
「ええっと、私が住んでた世界のことだよ、科学技術が結構上がってて……多分ここは違うと思うんだけれど」
異世界転生、転移では科学技術があまり進んでいないお約束だ。その代わり魔法が存在するという素晴らしきものもある。
「僕もわかんない」
「え?」
え、わかんないの?
え?この世界の住民でしょ?
混乱してきた。この人が変なこと言うからだ。
「あ、僕はシロ。んーと、魔女って知ってる?」
いやシロて。犬の名前かよ。
ん?待てよ?クロってやつと、双子かなんかとか?
いや、違うか。
「知ってるよ。箒に乗って帽子かぶって魔法が使えるおばあちゃんでしょ?」
「……な、なんか違うけど、魔法が使えるのはあってるよ」
「あ、さっきくろのことを黒の魔女って言ってたね」
ピコン、と頭のなかで電球マークがつく。手を叩くと、男、もといシロは頷いた。じゃあ、くろって言う人が黒の魔女ってことか。てかくろかぶりはわざと?黒の魔女だからくろになったの?
「僕たちは髪色、瞳の色。そして魔力の色を見て何色の魔女かを決めるんだよ」
へぇ……。魔女にも色があるんだ。
………………って。ちょとまて。今聞き捨てならない言葉が聞こえてきたぞ。
「僕たちって、……シロも魔女なの?」
「うん」
えええええええええええええええええええ!?!?!?
あれ!?魔女っておばあちゃんかどうかは置いといて女でしょ!?え!?もう漢字に魔の女って書いてあるじゃん!男なん?じゃあ、魔男になるだろ!?
驚いた。確かに見た目は女の子に見間違えるほどだが男が魔女と呼ぶだなんて。意味がわからない。
「話せば長くなるんだけど、僕はずーっと眠りについてた。それを君、アイカが起こしてくれたんだよ」
にっこり、と魔女には似合わないような優しげな笑みを彼は浮かべた。美形の笑顔はやっぱり来るものがある。
……だが、ずーっと眠っていたと言うのはどう言うことなのだろうか。多少時間の長さによれども、屋敷の庭とかは手入れされていたし、この部屋もほこりだらけではなかった。それはどう言うことなのだろう。
「僕が眠る際に、屋敷全体に魔法をかけたんだ。目覚めたとき屋敷がぐちゃぐちゃになってたら死んじゃうからね。それに、森も」
「森?」
あの、私が迷った森?
首をかしげると、笑みを崩さないシロはこくんと頷いた。
「この森全体は僕の聖域。領域。部外者は立ち入れられないんだ。そこに立ち入るには試練がいる。そして試練を突破してもこの屋敷を見つけられる可能性は低かった。それに、僕を目覚めさせる可能性も」
「試練?」
聖域にはいるのに試練がいるのか。でも、私、試練なんて受けてないよ?あの世界でトラックに轢かれて死んで、気がつけば森にいて。そして猫に導かれるままこの屋敷にきただけだったのに。
あ、そうだ。
あの猫は?……。
「あれ?」
いない。
先程までお行儀よくお座りしていた白猫がいない。
どう言うことか。
周りを見渡しても気配すらない。目の前にはキョトンと目をぱちくりさせているシロの姿だけだ。
「どうしたの?」
「猫がいないの。私をここまで連れてきてくれた猫が」
「……猫、が?」
「うん」
ふむ、とシロは顎に手をおく。知的な仕草をしているのを見ていると、とても様になっていると感心する。しかし、シロはあの猫の招待を知らなかったのか。てっきり知ってるのかと思った。白いし、あの猫もきっと迷子になる対象だと思うのだけれど。
「……覚えがない。猫なんて、僕が眠る前にはいなかったはず」
「ま、まさか……」
いや、そ、そんな!そんなわけないよね!
あの猫が、幽霊だ、だとか……。
嫌でも、目の前に男なのに魔女って名乗るやつがいるんだし……。
コワイコワイコワイ!!コワイコワイコワイ!!コワイコワイコワイ!!ムリムリムリムリリ!!むりいいいいいいい!!!
「ど、どうしたの?」
放心状態になった私を、シロは心配げに見詰める。
「ナ、ナンデモナイヨ……」
何でもないはずがない。
だけど、大の大人が幽霊を怖がるなんてきっと笑われる。白猫が怖いなどと言う発言は控えた。
当初のシロの名前案
・ワイト
・ホワ
・ワト
いや単純すぎ!
ならシロにしちまえ!!
ってな感じでシロになりました。(・-・ )