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白の魔女との旅  作者: 鶯餡
1章 旅立ち
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1.白の魔女

 ふかふかの芝生。緑豊かな景色。風で揺らめく木々。まるで合奏をしているような葉の擦れる音。小鳥の美しいさえずり。そのすべてが、東京では見れないものだった。






「……カップラーメン食いたい」


 中村(なかむら)愛華(あいか)、私の第一声だった。


 突然だが、私は今、異世界であろう所にいる。

 どうしてかは、トラックに轢かれただけとしか言いようがないほどそこまでわからない。それにどうして森のなかなのかも意味不明すぎる。そこは異世界から来た聖女としてちやほやされるんちゃうんか。

 夢を見てみるも、現実は何ら変わらない。そして今は空腹と言う文字が私を支配している。お腹すきすぎた。


 日本の東京にいる頃は、独り暮らしでブラック企業に就職していて自炊する暇もなく毎日インスタントラーメン三昧。休む暇もなく栄養失調に過労を重ねたせいか、トラックが目の前にあっても反応することさえまままならなかった。

 

 当然通勤途中だったのでパリッとしたスーツだ。スーツをキテ森にいこうだなんていう輩がどこにいるんだろうか。きっと他人から見れば私は完全に変人扱いされるだろう。

 

 ここは異世界。決定的にそう告げたが、本来は確実にそうとは言い切れない。それは私が高校時代ネットの異世界小説を読み漁りすぎていたからで、それの名残と言うべきだろうか。


 とりあえず、人がいないか探してみよう。

 鞄がなぜないため、携帯もない。土地勘なんてほとんど皆無だがそれでも当てずっぽうでいくしかないだろう。



歩き始めて三十分。


「……ぜぇっ、ぜえっ、……な、なんなの……」


 日本でほとんど運動していなかったことが裏目に出て、今や息切れで座り込んでいる。何処をいっても木だらけ。川もない。目印になる場所もなく、当然人もいなかった。

 どうあるいても、さらに森の奥不覚に入っているような感じがする。迷うなら、あの場所にいたままの方がよかったのかもしれない。



「誰か、いないのかな……」


 ポツリ、と言葉を溢したときだった。

 ガサッ、と何処からか葉音がして、直ぐに顔をあげる。顔をあげた先には、森の中にいるのは大層珍しい猫がいた。

 真っ白い毛並みに、真っ赤な瞳の猫。行儀よくお座りしていて、その長い尻尾をフリフリと揺らしている。

 

 か、かわいい!……

 当然私は心惹かれた。にゃおんと鳴いた猫に、それは虜にされた。声もかわいい。見た目もかわいい。きっと撫でたらふわふわしているんだろうなあ。

 妄想に妄想を重ね、現実はどうだろうと無意識に試していた。ゆっくりと、あの猫に近づき、撫でようと手を伸ばす。そして……



「にゃんっ!……」

「えっ!?……ね、ねこちゃん!?」


 私に撫でられるのを嫌がったのか、思い出したかのように猫は草むらへとかけていき、飛び込んだ。そんな猫を追うようにして、私も草むらへ飛び込む。チクチクと枝が刺さるが、あの猫ちゃんに一撫でしたい。不思議とそのためなら先程のどんよりしていた気分も忘れるほど夢中になっていた。





 そして猫と私のおいかけっこが終わった。

ぜえぜえと案の定俯き息を切らしている私を見て、猫はスッと去っていく。


「ま、まって!……」


 必死で猫を止めたが、あの子は止まらない。そして猫のいく先をみやると、そこには大きな屋敷があった。豪邸と言わんばかりに建てられている家。そこで私は思った。

 人がいるかもしれない!……まさか、この猫は私を助けようと……!?

 猫の温情に甘えて、急いで猫を追いかけて抱き締める。なんともなさそうな顔をしていたので別にいいだろう。そして私は人を求めて、さもはいれと言わんばかりに開いている門を目前に進んだ。


 ざく、ざく、と音が鳴る。私の足音だ。

 ここに人がいる。いるはすだ……。庭をちらりと見ると、さも裕福ということを自慢したいのか大きな噴水や花が立ち並ぶ花壇がある。どれも丁寧に手入れされていて、人がいると信じるには十分な判断材料だった。


 本邸に向かうと、また大きな扉は開かれている。それに招かれるように前に進むと、ゆっくりと扉は開いた。

 急に扉が閉じたことにビックリしたが、ここの家主を探してとえばいいだろう。そんなことしか考えていなかったのだ。


「すみませーん!誰かいませんかー!」


 目の前にはレッドカーペットの道。その奥に階段。天井には豪華なシャンデリア。お城のような内装に驚きつつも、声をあげた。しかし、私の声が反響するだけで何も返ってこない。留守にしているのだろうか。でもあんなに不用心に……。

 何処かにいるかもしれない。そう信じて、私はレッドカーペットの、庶民が歩くには些か豪華すぎる床を踏んだ。


 階段を登ると、無数の扉が立ち並んでいる。どの部屋にいけばいいのだろうか。迷ってしまう。

 ちらり、と抱き抱えている猫を見てみる。猫は、奥の扉を一点に見ている。この屋敷を見つけたことからも、きっとあの奥の部屋に人はいるんだろう。

 猫には重すぎるほどの信頼を持ち、私は奥の部屋へと向かった。





「……あれ?」


 ぽつり、と私の声が溢れる。人がいると信じて疑わなかった先には、人などいなかった。ただなんもない殺風景の部屋。辺鄙な部屋のなかには、一つの棺桶がぽつんと置かれていた。

 いつのまにか抱き抱えていた猫は床に降り、その棺桶の上でにゃあにゃあと寂しげに鳴く。まさか、お亡くなりに?でも、庭の手入れもきちんとされていたし、何より門が空いていた。それはあまりにも不自然じゃないか。


 まさか、ユウレイ?

 ひいいいいいいい!!!!中村愛華は24年間生きてきてその類いの話は苦手なのおおおおお!



「にゃあ、にゃあ」

「…………え?なに?え?」


 猫は人間のようにその棺桶を前足で指し、まるでここだと言わんばかりに鳴き始める。え、なに?死体の場所教えてくれるの?そ、そんな、私の見知らぬ人の死体を見れるほど強くないんだけど……。

 ブルブルと身を震わせながら、猫のもとへ向かう。そして棺桶間近と言う所で、猫は急に棺桶から降りて、前足二つだけで棺桶の蓋を取ろうとしていた。



「いやそんな猫がとれるわけ……」




 すぽんっ、と音をたてて棺桶の蓋はとれた。

 えええええええええええええええええええ!?!?

 怖い怖い怖い怖い怖い!!見たくないみたくないみたくないみたくない!!無理いいいいいいいいいい!!!

 必死で耳を押さえて、目を閉じしゃがみこむ。死体何てみたくない!!!幽霊が出てくるうううううう!!!



「……あれ?」



 幽霊は出てこない。何も変化は起こらない。

 ど、どういうこと?

 周りを見渡しても森の中にいたときと同じように猫が行儀よく前足を揃えて座っているだけ。

  ちらり、と棺桶の中を横目で覗きこんでみる。


 真っ白な手一番に映った。両手ともに交わっていて、まるで自ら眠ったような手。

 ゆっくりと、目線を変えていく。

 所々花があるのは、棺桶に死体を入れたからだろうけど、どうにもその手は細く白い。ご年配の方は持たないであろうシミもシワもひとつとしてない手。きっとまだ青いうちに死んでしまった人なのだろう。


 そして、首元。

 首元も白い。少し骨が浮き上がっていて、その下の鎖骨も一目でわかる。これは男の人なのかな。ちょっと喉仏もみえる。


 そして……肝心な顔。

 小刻みに震える手は、私がその顔を見ることを一番に拒絶していると分からせてくれる。なんの変哲もない手や首元なら何とか大丈夫だったが、顔は違う。お葬式で見たことはあれど、中々慣れない。



「にゃあ……!」

「へぶしっ!?」


 早くしろと急かすように猫は私の頬に肉球で殴られる。痛みこそはないものの、勢いがあって肉球は私の頬に食い込んだ。そのせいで今まで目をそらしていたものを、私は見ることになってしまったのである。







「______え?」


 美しい、死に顔だった。目を見張って、動くことさえもままならない。

 真っ白で張りのある肌は再三言っているが、その魅力はそれだけではなかった。

 閉じられた薄い桃色の唇。すらりと痩せ細った輪郭。固く閉じている瞳。それを隠すように散らばっている美しい白髪。美男子。美青年といったところか。この世のものとは思えないほどの美しさだった。

 何故だろうか。死に顔というのに、恐怖は持たなかった。美しいと思えるほど、私の心に余裕はあったのか。それに、思うのは美しいと言うことだけではない。


 どこか。どこか。


 彼に手を伸ばす。頬に触れようとしたから。無意識のうちに、私は彼を求めている。


 どこか。懐かしい。

 会ったことなどないはずなのに。

 もし会ったとしてもこんな白髪のイケメンなんて忘れるわけないのに。

 

 そしてゆっくりと、白い頬に触れた。


「ぎゃっっ!?……」


 徐に、可愛くない声をあげる。

 目映い光が、私を包み込んだからだった。

ここまでお読みくださり、誠にありがとうございます!

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