そして始まりへ
「それで? あたしに何の用かしら」
シルクは、セリムに向かって前置きもなく単刀直入に聞いてくる。
「単なる興味本位? 珍しい呪いをかけられたい?」
そして、ゆっくりと舐めるようにセリムを見つめて告げる。
「……それとも、"狩る"?」
セリムは、静かに首を横に振る。まっすぐと魔女を見て、姿勢を正す。
「どれも違います。私はあなたにお願いするためにやってきました」
「お願い? この恐ろしい魔女に?」
シルクの眼が、すうっと凍るようにセリムを射抜く。
それと同時に、彼女を取り巻く空気が一変して冷える。今までには無かった静かな威圧感が取り巻く。セリムは一瞬たじろいたが、意を決したように答えた。
「はい。是非あなたの魔術で解いて頂きたいのです」
セリムは、言葉につまり一度深呼吸をした。そうして、覚悟を決めたような表情ではっきりと目的を口にする。
「私の、不老不死の呪いを」
「……不老不死?」
ルークは、予想外の言葉に呆然と聞き返す。
シルクも、その言葉に興味を示したように面白そうな顔をして言った。
「まぁ、呪いとはいえ良い体質じゃないの」
それを聞くと、セリムは一瞬堪えるような表情をしたあとに静かに言葉を返す。
「――この能力は、私には必要のないものです」
それから、少しずつ自分の事を語り始める。
「この呪いがかかったのは、私が16歳の時でした」
セリムは、自分の姿を見下ろしながら語る。
「それまでは普通に成長していたのですが……。その年に、事故で両親が亡くなって以来、何故か私の成長が止まって怪我をしてもすぐに治ってしまうようになったんです」
二人とも、無言でセリムの話に耳を傾けている。
ざり、とセリムが足を正した拍子に鳴った砂利の音が大きく反響した。
「この体を直すために、色々街をまわりました。するとこれは強い魔術で、簡単な術式では解けないと。――でも、もしかしたら"森の魔女"ならば、尋常でない魔術で解けるかもしれないと聞きました」
「残念だけど、無理ね」
シルクは、ため息を一つばかりこぼす。
「あたしも、呪いをかけられているから」
「……あなたも?」
さすがにそれは予想できなかったようで、びっくりしたようにセリムは声を洩らす。
「……何から話せば良いかしらね。やっぱり昔話かしら」
シルクは首を傾げながら、ルークを見つめる。
ルークも頷いて、了解したようにポツポツと話し始めた。
「前に、"魔女"の言い伝えを教えたよな。昔、"魔女"は王国に反逆を起こしてこの森に逃げたって」
「……うん」
「でも真実は、逃げ回るうちにとうとう王国騎士団に捕まったんだ」
セリムが驚きの表情をしているのを横目に、ルークは続ける。
「"魔女"は、そこで処刑される際に告げた。"これからもわたしの意思と能力を継ぐ者が現れる、その後継者はわたしの願いを叶えてくれるだろう"――と」
ルークは、一息つく。
「その後、本当に魔女の後継者が現れて王都を何度か襲撃した。もちろん、その度に王国も処刑した。それが何度も続くうちに、王国も学んでいった。ある程度、"魔女"の魔術を分析して後継者の居場所を辿ることが出来るようになったんだ」
シルクは、そこまで話すのを聞いて静かに目をつむる。
「それから"後継者"は見つかり次第、この"森"から出られないように王国に呪いをかけられて幽閉され続けている、というわけさ」
そこまで話すと、シルクも少しずつ話し始めた。
「六年前に王国は気配を辿ってあたしの所へやってきたの。そして、呪いをかけた。魔力封印と森へ幽閉して出られなくする魔術を」
「……抵抗したオレたちの両親を殺してな」
そういって、ルークは顔を歪めた。
あの時――そう、六年前のあの日は今でも曇りなく覚えている。
あの頃はまだ家族も顕在していて、いつもと変わらない日常が続いていた。
――毎日毎日が普段どおりに、そしてこれからも当たり前に続くと思っていたのに。
その日は、突然ドアベルが慌しく鳴らされてずかずかと騎士団が自分たちの場所に踏み込んできた。
両親は、その非礼な行為に憤りの声を上げたが、一人の騎士は進み出して平然と書状を取り出し何事かを呟くと両親はみるみると顔を青くさせて、お互いのよろける体を支え合う。
騎士は、それに特に気を止めずにずかずかと屋敷を踏み荒らして行く。何かを探しているようだった。
次々と屋敷の扉を開けていく。すると、奥から何しているの! と怒りの声が上がる。顔を向けると姉さんの顔が怒りに満ちていた。騎士はそれを見るや早足で駆けて行く。逃げなさい、という両親の声。強く腕を掴まれる姉さん。痛みで顔が歪んでいる。俺は思わず駆けよる。姉さんを離せ。しかし、それも簡単に騎士にわき腹を蹴られて転がる。あまりの痛みに頭がついていかずに眼が自然と閉じていく。抵抗する姉さん。覚悟を決めた顔で、うおおと絶叫しながら騎士を目掛けて走る父親。騎士はそれを淡々と見つめながら剣を取り出す。
そして。
――そして、世界は赤くなった。
「後はいつの間にか気を失っていて、気がついたらこの森に閉じ込められていたというわけさ」
「そして、あたしは森の魔女"ヴェッテル"に命名されたというわけよ」
シルクは、特に表情を見せずに淡々と答える。
「……そんな。どうして幽閉なんて」
「下手に殺したら、また次の後継者が出てしまうからね」
次々と明かされる真実に、セリムはただ呟くことしか出来ない。
「王国が懸賞金出してるのは、魔女"ヴェッテル"の実力がどの程度か調査したいためさ。ついでに誰かが殺してくれれば万々歳ってところなんだろ。性根が腐ってる」
ルークは、暗い目をしながら声を荒げる。
「でも、"森"に放置されたオレ達もいつまでも馬鹿正直に幽閉されて殺されるのを待っているわけにもいかない。だから、宿場町ができた時にこっそり移り住んだ。あそこは、魔女狩りのために"森"を開拓して新しく出来た町だから」
そう言いながら、何かを思い出したようでルークはため息をつく。
「だから、宿を開いてこっそり街に混じったんだよ。でも、いざ開いたら忙しいし姉さんは全く手伝ってくれないし」
「何であたしを殺そうとする野郎をもてなさなきゃいけないのよ」
シルクはつまらなそうに肩をすくめて、答える。
「……だから、"森"にこのような仕組みを作ったんですか?魔女狩りする人を回避するために」
セリムは、少し厳しい目をしながらも続ける。
「こんな、救いのない仕組みを」
「それは、あたしが言いたいわね。どうして魔女を狩ろうとするのかしら。あたしには世界を害そうとするつもりは身塵もないわ。最初は説明してた。それなのに、いまだ森に人はやってくる」
シルクも、セリムに挑むように見つめ返しながら答える。
「でも、あたしだって彼らのために易々と殺されるわけにはいかないもの。だから、奴らの願いどおりに作ってあげたんじゃない。願いどおりに、"恐ろしい魔女の住む森"を」
「じゃあ、"森"での警告も…?」
「そう、あたしよ。"恐ろしい魔女"っぽかったかしら?」
そういうと、にこりと綺麗な微笑みをセリムに向ける。
「そして、希望通りに入っていっていくのは彼ら自身よ。自業自得ね」
「でも!」
「でも、誰かを犠牲にして名声を得ても、幸せな結末を向かえるとは思わない」
シルクは自嘲しながらも、笑みを浮かべる。
「もちろん、あたしを含めてね」
「……」
セリムは何も答えない。
「同じ呪われた貴女でも、あたしの考えは非道かしら」
シルクが改めて、問いただす。
「――これでも、あたしにまだ頼る気?」
「……それでも」
セリムは無言で首を垂れる。
「私は、呪いを解きたいんです」
泣きそうな顔で手をぎゅっと握りながらも、セリムは顔を上げて答える。
「もう、呪いから解放されたい。貴女もそうではないのですか?」
「そうね」
その答えに、セリムは覚悟を決めた顔で言った。
「あなたがこのようなことを行っているのは、呪いのせいでしょう。そして、その呪いを解いてしまえば、問題がないはずです。そして、私の今まで呪いを解くために学んだ知識と貴女の魔術があれば解ける可能性はあります」
セリムは、真剣な表情でシルクに向き直った。
「一緒に、協力して頂けませんか?」
「あたしは、自分の魔術を無償で教えてあげるほど慈善事業は行ってないの」
シルクの返答は簡潔だった。
その言葉に、セリムは悲痛な表情をする。シルクはそれに構わずに、平然としてルークに顔を向けた。
「他の人たちは?」
ルークは、無言で首を振る。
「同行者の誰かがドラゴンを召喚して……それから行方がわからない」
「あたしの魔術で探しても、生体反応が無いわね。……あら、館の近くにいる男はかろうじて生きてるかしら」
随分と創造力の豊かな猛者がいたこと、とシルクはため息ながら大袈裟に呟く。
「あーあ。これで信用失ってアンタの案内業は当分ダメね。宿屋で稼がないと」
そして、ちらりとセリムに視線を向けながら、
「……セリム、あなたは対価としてウチの従業員として働く気はあるかしら」
その言葉に、セリムは先ほどまで悲痛だった表情がぱっと変わる。
「本当ですか!」
「嫌ならいいのだけど」
「いいえ! よろしくお願いします!」
「素直じゃない……」
ルークがぼそりと呟くと、シルクは無言で弟の脇腹に肘鉄を入れる。
シルクがゆっくりとセリムの方に向き直る。
「そんなに畏まらないで。……こちらとしても、面白そうなことになりそうだし。よろしくね」
森の魔女と不老不死の魔女。
この二人が出会ってこれからどう変化があるのか。興味深い。
(それと、もうひとつ)
面白そうな視線でシルクは、ルークを見つめてきた。
(なんだよ)
ルークは、脇腹の痛さに耐えながらも姉を強く睨み返す。
(――さぁて、今後アンタはどう出るのかしらねぇ?)
そういう言葉が、にやにやと見つめる姉の視線と表情からありありと読み取れた。
(……まさか)
それはこれから、セリムが宿屋で一緒に住んで働くということで。
相変わらず、シルクはにやにや顔でこちらを見つめている。そして、自分は客席で楽しむつもりか!
その考えに行きついたルークは、思わずシルクからバツの悪そうにそっぽを向いた。
セリムは、二人の前に歩を進めてお辞儀をした。
「……では、改めまして。私は、セリム=フォートラドと申します」
不老不死の魔女は、それから顔を上げてにこやかに、晴れ晴れとした笑顔で言った。
「今年で350歳となります。よろしくお願いしますね」
面白そうに見つめてくるシルクと、満面の笑顔なセリムを見ながら。
ルークは目の前が真っ暗になった。
これにて第一章完結です。
ここまで読んでくださりありがとうございました!
第二章も頑張って完結させたいです…。