後編 (担当 すずしろ
相方の投稿が遅れたので初投稿です
カムラにこってりしぼられた後のリュカは、不服そうにしながらもきちんと依頼をこなしていた。
物音がする度に兎のようにピクンっと跳ねて反応するが、その度にカムラがニッコリと笑ってリュカを牽制する。そういったやり取りを幾度も行なった末に、依頼に必要な量の薬草とキノコの採取を終えることができた。
「あー、終わったぁ……」
リュカは薬草とキノコを摘み終えると地面に倒れこんで空を見上げる。木漏れ日が差し込み、その先には青空が見えて、空模様は平和としか言いようがないほどに穏やかだ。
「正直この量を一人で終わらせられるとは思っていなかったのだけど……予想外だったわ」
「ふふん、あまり私の事を甘くみない方がいいですよ?」
「倒れたままで言っていても説得力ないわよ」
カムラはというと、リュカが量の大半を摘んだ薬草達を依頼用の麻袋に詰め込んでいた。全て詰めた後にそれを担いで見るとそれなりの重量があり、リュカに持たせるのは無理があるだろうと判断したカムラが薬草とキノコ摘みをリュカに任せる代わりに自分が町まで持っていくという交換条件を提示したのだ。
真意としては討伐以外の普通の依頼を受けてもいいようにというのと、単純に自分が教育役であるが故にあまり手を出したくなかった事、最後に面倒だった事。以上の点を踏まえてカムラはリュカに薬草とキノコ摘みを任せたのだ。
「少し休んだら帰りましょうか。見張りくらいはやってあげるから、今は思う存分休んでいいわよ」
「ほんとですか? カムラさんやさしいっ」
「よく動いたのは私が見てたからね」
カムラはそう言うと腰に下げていた二丁拳銃にいくつか弾を込める。普段はライフルを使用しているが、帰りの荷物持ちをする事も考えていたので、小型の銃も今回は持ってきていた。
リュカはというと身体への疲れがたまっていたのか、眠ってしまっていた。遠目でリュカを見つめるカムラは小さく微笑むと、昔の事をふと思い出す。
◇◆◇◆◇◆◇
「本当に、それでいいの……?」
「大丈夫ですよ、私はカムラさんを信じていますから」
カムラともう一人の少女が話しているそこは、魔物が大量発生した原因とされている洞窟の中の一角。ここは何故か魔物達が嫌っているのか、意図的にここを避けているように思えた。実際、ここまで来るまでは探索をしていようが、同じ場所で待っていようがお構いなしに襲ってきていたのだ。
彼女達は今、魔物の発生の原因と思われる瘴気の結晶を発見したのだが、その周りには今まで以上に強力な魔物達が結晶を守っていてまともに近づけそうにない。そこで、カムラが結晶を狙い撃ち、それを破壊する為に少女が囮となって周りの魔物達の気を引こう、という作戦を少女が立ててきたのだ。今この場で結晶を破壊することが出来れば被害は最小限に食い止められる。援軍を呼びに戻れば、洞窟から魔物が溢れ出し、周辺に被害が出るかもしれないという非常に難しい状況になっていた。
「……私は、戻るべきだと思う。まだ被害が出ると決まったわけじゃないわ」
「そう……ですね。それでも、私は今私達だけでやらないといけないと思います。それが……カムラさんの言う『引いてはいけない時』だってそう思うから」
その言葉に、カムラはどう答えればいいのか分からなかった。少女にとっては今ここで被害を最小限に食い止める事が、やらなければいけない事なのだと、そう思っているのだろう。
「それなら、約束して」
「何をですか?」
「必ず、二人で生きて戻る……約束できる? シエル」
「勿論ですよ、カムラさん。私だって死にたくないですから」
◇◆◇◆◇◆◇
「――ラさん、カムラさん!」
「……え?」
「カムラさん、寝てましたよ?」
「ね、寝てた……? 私が?」
「うん。しかもずっとごめんなさいって謝ってたけど……」
「……そう。帰りましょうか。見張りの私が眠っていたなんて、疲れているのかしら……冒険者として失格だわ」
リュカにはカムラが急いて帰るように見えた。だが、その理由を訪ねようとは思わなかったし、尋ねられるとも思えなかった。
「帰ったか、二人とも。」
街に帰り、酒場に戻ると店主の男が出迎えてくれる。カムラは依頼の品をカウンターに置いて、椅子に座る。店主はそれを秤に置いて重さを計り、規定の重さを超えていることを確かめると、報酬金を二人に渡す。
「今回の報酬金だ。受け取ってくれ」
「あら? 少し多いじゃない。気前いいわね」
「私が活躍したの分かっちゃった?」
「ん? お前さんが活躍したかどうかは知らんが、依頼した量よりも多かったからな。その分の上乗せ報酬だよ」
「有難く貰っておくわね」
「あんたにはこいつの教育の為に時間を割いてもらってる分の金も入ってるしな」
店主は麻袋をカウンターの後ろに下げると、二人の為に洋酒と蜂蜜入りのミルクを出す。
「今回の依頼くらいならよゆーです、よゆー」
ミルクのジョッキを受け取りグビグビと飲みながらリュカがそう言うと、店主はニヤリと笑みを浮かべ、リュカに聞く。
「ほう? じゃあお前さん一人で怪我なく、無駄な戦い無しに依頼をこなす自信はあるか?」
「あ、ありますよ! 当然じゃないですか」
「じゃあ物音がする度に腰が浮いて剣を構えようとする事なんてないわよね?」
カムラのその言葉に、リュカは何も言わずに目線を逸らす。それを見て店主はため息を一つついたあと羊皮紙を一枚、二人に見せる。
その内容は、森林奥地に生息しているオーガの討伐。その内容を見て、両者別々の反応を見せる。カムラは複雑な表情を、リュカは嬉しそうな表情を見せた。
「討伐任務だ!」
「本気で言ってるの? この子に討伐任務に行かせるなんて」
「その為にあんたにも行ってもらうんだよ。オーガの討伐は確かに危険度が高いが、あんたなら安全に狩る事が出来るだろう?」
「……そうだけど」
あからさまに不機嫌そうな表情をするカムラに店主は、ポリポリと頭を掻きながら。
「いつまでもあの事を引っ張るなとは言わねぇが、そろそろ前に進んでもいいんじゃねぇのか?」
「……っ、今日は帰るわ。……依頼は、受ける。断る理由は無いから」
カムラはそう言うと出された洋酒に殆ど手をつけないまま酒場を出ていった。
「はぁ……やっぱりまだ引きずってるのかねぇ」
「引きずってるって?」
「……お前には話しておくか。一応、俺が話したって事は黙っておいてくれよ」
そう言うと、店主は懐かしむような顔をしてカムラの過去を語り始めた――
◇◆◇◆◇◆◇
「あいつは昔二人でパーティーを組んでたんだ。もう一人はちょうど今のお前と同じくらいの歳の嬢ちゃんだった。名前はシエル、お前と同じ近接戦を主にする冒険者だったよ」
「……だった?」
「ああ、冒険者だった」
「じゃあ、今は何をしているの?」
「死んだよ、とある依頼でな。無茶をして、魔物に殺されたんだ」
リュカは、それを聞いてミルクを飲む手を止めた。夜の酒場は依頼帰りの騒々しさで彼ら二人の話声など周りには聞こえなかった。だからこそ、話しているのだろう。
「殺されたって……」
「そもそもの依頼の内容は、魔物が異常発生している洞窟の調査だったんだ。このまま放置しておくと近くの村や町に被害が出るかもしれないってな」
「調査だったんでしょ? それなのに何で……」
「二人は、魔物を生み出す原因の結晶を見つけたんだよ。で、シエルが今この場で壊しちまおうって提案したらしいんだ、あいつは乗り気じゃなかったらしいがな。それに、結果論になっちまうがあの二人が結晶を壊さずに戻って報告を入れていれば、被害も最小限に食い止められていたと思う」
「カムラさんはシエルさんを止められなかった事に負い目を感じてるってわけ?」
「だろうな。それ以来あいつは一人で依頼をこなすようになったしな。……俺から言えるのは大体このくらいだ」
店主はカムラが飲まなかった洋酒の入ったジョッキを片付け、お代わりのミルクのジョッキをリュカの前に出す。
リュカは、本当に飲んでいいのか目で訴えかけながらぐびっと飲み始めた。
「……正直、俺はお前に死んでほしくないと思ってるよ」
「私だって死にたくないよ。当たり前じゃない」
「んな事は分かってるよ。でも、お前のやり方は傍から見たら死に急いでいるようにしか見えないんだよ」
「そんな事言われたって……」
「今すぐ治せとは言わないし、どうせ治せないだろ? だから、少しずつでいいから立ち回りを変えて行ってくれ。これは俺の頼みだ。……いや、俺だけじゃないかもしれないがな」
リュカは、ジョッキのミルクを飲み干すと代金をテーブルの上に置いて、席を立つ。
「依頼は、明日なんだよね?」
「ああ。場所自体はそこまで遠い訳じゃないから、一日で行って戻れる距離だ」
「聞きたいのはそう言う事じゃないけど……まあいいや」
リュカはそう言って酒場から出ていくのだった。
◇◆◇◆◇◆◇
「おはよう、カムラさん」
「おはよう、リュカ」
リュカは昨日、店主から聞いた話のせいでカムラとどういう顔で会話をしていいか迷っていると、カムラがリュカの顔を覗き込んで。
「昨日の事は気にしないで、今は依頼に集中しましょう」
「そう、ですね。ごめんなさい」
「あら、貴女も素直に謝れるのね」
「流石に失礼だと思いますよ!?」
リュカの間髪入れないその返しにカムラはくすりと頬を緩ませる。
「これくらい元気な方が貴女らしいわね。さあ、行きましょう」
「ちょ、ちょっと置いていかないでよ!!」
◇◆◇◆◇◆◇
二人はオーガの棲む森の中を注意しながら進む。依頼内容はオーガの討伐だが、森の中に棲むのはオーガだけでは無い。ギルドに指定された危険な魔物もオーガ達の生息地の更に奥に棲んでいるのだが、基本的には今から行く場所に降りてくる事は無い。
「この辺が生息地ね」
「依頼では何体倒す事になってたっけ」
「特に倒す最低数は決まっていないわね。ただ、倒す数に応じて報酬額は増えるらしいわ」
「ふうん、それなら沢山倒せますね!」
「限度はあるわよおバカさん。私の弾が無くなったら帰るわよ。いいわね?」
「分かったわ。それと私は馬鹿じゃないですー!」
朝の気まずい雰囲気は何処へやら。言い合いをしながら森の中を進んでいると、カムラが突然動きを止める。
「……いるわ」
「私の出番ね!」
「ちょっとは様子を見ることを覚えなさいよ……」
カムラが長銃に付けられていたスコープを覗いて、敵の位置を探る。
しばらく無言の間が開き、小さな声でリュカに伝えた。
「四時方向、数は一体。私が一旦気を引くから――」
「一体なら、任せて……っ!」
「こら、待ちなさい!」
リュカは鞘に手をかけると、森の中を迷いなく一瞬で駆け抜ける。その先にいたのは、緑色の体表、醜悪な顔、手には無骨な棍棒を持ったいかにもな魔物がそこにはいた。
オーガがリュカの姿に気づき、棍棒を振り上げた瞬間には、彼女の剣がオーガの喉元を斬り裂き、相手を絶命させる。
「ふふん、ざっとこんなもんよ」
リュカは返り血を払い、オーガを倒した証である巨大な右の犬歯を麻袋の中に入れて、カムラのいた場所に戻る。
「馬鹿! 犯さなくていい危険を犯す様な行動をするなって昨日言ったわよね!?」
「こんなのは危険のうちに入らないもの。勝てる見込みの無い戦いはしないわ。だって馬鹿じゃないもの」
「だからといって、いきなり飛び出すなんてパーティを組んでいる身としては非常識極まりないわ」
「う……そ、それは……そう、だけど……」
「遠距離にいる敵は私に任せておけばいいのよ」
突き放すようなその言葉に、リュカは思わず言葉を返してしまう。
「……それは、またカムラさんが目の前で人が死ぬ所を見たくないからですか?」
リュカの言葉の次の瞬間、カムラは今までに見せたことの無いような本気の怒りの表情を見せた。
「……誰に聞いたの」
「教える義理は無いです」
「そう。まあ、誰からなんて想像はつくわ。……それよりも、二度とその話をしないで頂戴」
「何でですか、図星だからですか?」
リュカの全く退く気のない攻撃的な口調。次の瞬間、カムラが銃口を構え、リュカ目がけて撃ち抜く。それは、リュカの顔横をすり抜け、後ろから今にも襲い掛かろうとしていた、オーガの頭を撃ち抜いた。
「確かに、その通りよ。もう私の目の前で人が死ぬ姿を見たくない。だから、その為に守るための力を身に着けた。敵に見つかる前に全ての敵を倒すための力をね」
「……なら、尚更私は前に出て戦わせてもらうから」
「何を……」
「今が、私の『引いちゃいけない時』だってそう思うから。私を信じて」
カムラにはリュカのその言葉が、シエルの言葉と被って見えた。カムラはぐっと言葉をこらえると、リュカを見つめて。
「……貴女を信じろというのなら、貴女も私の言葉を聞いて」
「……わかった」
二人がそう言葉を交わした、その時。オーガのものではない唸り声が森の奥から聞こえた。
「この声……不味いわね」
「なになに? ヤバい魔物?」
「ええ、とびっきりに危険な奴よ。しかも今の声は威嚇の声じゃない、宣戦布告の鳴き声よ」
カムラの言葉通り、猛烈な殺気の塊がこちらへとぐんぐん近づいてくる。数秒もしないうちに、二人の目の前に現れたのは、羽の生えた巨大な虎の姿をした魔物だった。
「逃げるなんて出来なさそうだね、カムラさん?」
「……そうね。こいつはここで倒さないとダメそうだし……指示はしっかり聞きなさいよ?」
「了解よ!」
リュカは次の瞬間、足を踏み出し魔物に一直線に走り出す。それに対して、リュカの顔程の大きさもある前足を振るってくるが、滑り込むようにして魔物の裏側へと回り込み背後を剣で斬りつけるが、オーガとは違い強靭な体毛でおおわれているのか、身体まで届かずに一本の線を残すに留まった。
リュカに気を引かれて、彼女を集中的に狙っているうちにカムラは一発の弾を込める。竜の牙を使用した特別な弾丸、これであればあの魔物の体毛を貫いて致命の一撃を与える事が出来る。
「合図をしたら左右に避けて!」
「ええ!」
カムラの声にリュカが応え、カムラは致命打を与える為の照準を合わせ、リュカはカムラが狙われないよう素早い動きでかく乱しながら時間を稼ぐ。
幾重の攻防の末、リュカの斬撃で魔物の爪が切り落とされた瞬間、魔物に明確な隙が生まれた。
「今よ!」
リュカが右に飛んだと同時に、カムラの必殺の弾が魔物を一直線に貫いた。あまりに突然で、あっけなく決まったそれに、リュカはぺたんと座り込んで力のない笑いが込み上げてきた。
「あはは……倒せちゃった」
「貴女が気を引いてくれたおかげよリュカ」
カムラは腰が抜けていたリュカを引っ張って立たせると、魔物に近寄り絶命しているかどうかを確かめた。動物型は分かりやすく、基本的に息をしていなければ死んでいると考えていい。
「こいつの素材を剥ぎ取ってからさっさとオーガを倒して帰りましょうか」
「根こそぎ倒しちゃう感じ?」
「……さっきも言ったけれど、私の弾が無くなるか依頼用の袋がいっぱいになるまでね」
「なんか増えてない?」
「気のせいよ」
◇◆◇◆◇◆◇
「戻ったわ、マスター」
「たっだいまー」
日が暮れ、月が昇りだした辺りで二人は酒場へと帰ってくる。依頼用の袋はパンパンに膨れ上がり、普段から酒場にいる冒険者も驚くような量が机の上にドン、と置かれた。
「おいおい……依頼内容には倒してくる量は書いていなかったがまさかここまで倒してくるとは思ってなかったぞ」
「ふふん、これもカムラさんとの連携の賜物ね」
「ほとんど私が貴女に合わせただけだけれどね」
カムラが呆れたようにそう言いながら椅子に座る。リュカは横に座るといつもの蜂蜜入りミルクを寄越せと店主に目で訴えていた。
店主はお前の事なんてお見通しと言わんばかりにすぐにミルク入りのジョッキを目の前に置いてやる。
「オーガの分の精算はその袋の中で頼むわ」
「オーガの分のって事は他にも何か狩ってきたのか?」
「ええ、狩らざるを得なかったしね」
そう言って、羽根つきの虎から剥ぎ取った素材を見せる。すると店主は目の色を変えて、
「おいおい……! こいつはウイングタイガーの素材だろ? こんな相手狩ったのか!?」
「向こうが襲って来たんだもの仕方ないじゃない」
「だよねー、これは私が呼んだわけじゃないから悪くないわよ?」
ジョッキを置いて、ふふんとドヤ顔を見せるリュカ。それに店主とカムラが二人合わせてため息をつく。
「な、なによ! ほんとだもん!」
「そうね、事実だけど普段の行いが悪いのよ」
カムラがそう言ってくすりと笑う。店主はそれを見て、一人心の中で思った。
(こいつら二人なら、意外と良いコンビが組めるのかもしれねぇな。今はまだじゃじゃ馬とその飼い主って所だがな)
「ふ、今日の所は俺の気分がいいから奢りにしてやるよ好きなだけ飲めよ、二人とも!」
「ほんと!? やったー!」
「そうなの? それなら、有難く頂くわね」
彼女達がどうなるのか。その先の話は誰もわからない。