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前編 (担当 八春悠

ここはとある町……そこの郊外に、とある酒場がある。

そこに集まる人は各々の得物を手に持ち、様々な事情を抱えた人たちの依頼を解決することを生業としている。

人々は彼等のことを……冒険者と呼んだ。


これはとある冒険者が織りなす物語の一幕



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



「それで?お前は今回何をしたんだ?」


カウンターに突っ伏した、茶髪を肩口で切りそろえた髪の少女の向かい側で、筋骨隆々の男がグラスを拭きながら声を掛ける。


「えー?いつも通りドーンってやってバーンってやっただけだよ?」

「ハァ……。それでボロボロになって帰ってきてたら話にならんだろううが」


ため息を付きながら少女をジトリと睨みつける


「そんな事を続けていたらいつか……いや、近いうちに死ぬぞ?」

「大げさだなぁ。大丈夫だって!」


そんなこと知ったことではないと言わんばかりに話を切り上げて彼女は立ち上がり


「それじゃ!あ、お代は置いとくからねー!」


そう言って扉を勢いよく開けて酒場を出ていった。


「はぁ……」

「大変そうね。マスター」


そう言ってマスターの前に立つのは、身の丈ほどはあろうかというライフルを肩に担いだ、腰まで伸ばした銀髪を携えた女性。


「ああ……いや、大丈夫だ」

「さっきの子のこと?」


その言葉にまるで図星だというかのように、マスターは頭をガシガシと掻きむしる。

彼女はそのマスターの前、先程まで少女の座っていた椅子に座る。


「大当たりだよ。実は……」


そう言って彼女に事の顛末を説明する。


「要するに」


彼女はマスターから出された琥珀色の洋酒をちびちびと飲みながら要点をまとめる。


「このままだとここから死人が出るからそうなる前になんとかしたいけど、その子が全く意に介さない……といったところかしら?」

「概ねそんなところだ」


マスターは大きなため息を付きながらそう言った。


「大変ね。マスターも」

「……あいつは才能がある。が、周りを見ずに突っ込む癖があるせいで大成する前に命を落とす。もしかしたらそれは明日なのかもしれないし、ずっと遠い先の話なのかもしれない」


その言葉を黙って聞きながら、彼女はグラスに入った洋酒を傾け喉に流し込む。


「それで、マスターはどうしたいの?」

「できることならあいつに色々教えてやりたいんだが……俺はここで業務がある以上つきっきりになる事ができないから、どうしたものか」


そうぼやいたマスターは何かに気がついたように彼女の顔を見た。


「何?」

「なあ。長期依頼を受けてみる気はないか?」

「その子の教育係と言うなら断らせてもらうわ」


先手を打って断りを入れる彼女。だが


「報酬は……こんなものでどうだ?」


羊皮紙に書枯れた金額を見て、彼女は固まった。


「これ……本気で言ってる?」


そこに書かれていた金額は、最上級クラスの依頼とほぼ同等かそれ以上の金額が記されていた。


「ああ、俺は本気で言っている。この程度の金額で優秀な冒険者が増えるなら安いものさ」

「……そう」

「それに、お前さんだって金はいくらあっても困ることはないだろう?」


カウンターに立てかけたライフルを指さしながら放った言葉に、彼女は唸りを上げる。

それもそのはず。マスターが指さしたライフルはつい最近新調したばかりで、それにより貯蓄していた先立つものが心許ない状態なのだった。


「どちらにしても本人に了承をとってからよ。私の一存では決めかねるわね」

「つまり、本人が良いと言えばお前は引き受けてくれるんだな?」

「……考えておくわ」


彼女はグラスに残った洋酒を一気に煽ると、そのまま席を立った。


「ごちそうさま。お題はここに置いておくわね」

「あいよ。また明日な」


彼女は振り向くことなく後ろ手を振りながら酒場を後にした。


「……はぁ」


マスターはその背を見送りながら大きなため息をついた。


「どうしてこうこの酒場にはまともな奴が少ないのか……」


その呟きはどこともなく、誰の耳に入ることもなく夜の酒場の空気となり消えていった。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



翌朝、酒場は依頼を求める多くの冒険者でごった返していた。

そんな中カウンターの隅に座り、怨嗟のこもった目で冒険者の対応をしているマスターを睨みつける少女が一人ジョッキを煽っていた。


「ぐびぐびぐびぐび……マスター!もう一杯!」


カウンターにジョッキを叩きつけながら少女が叫ぶ。


「ちょっと待ってろ」

「大体なんで私に依頼をよこさないのよ!」

「渡さないとは言っていないだろう」


少女の前に蜂蜜入りミルクがなみなみと注がれたジョッキを置きながら、マスターは少女に言う。


「ただちょっと特殊な依頼だから、もう一人お前と一緒に同じ依頼を受けてもらうだけだ」

「それで?そのもうひとりの冒険者とやらはどこに居るのよ?」

「まあ待て。いつもならもう来る頃なんだが」


その言葉と同時くらいだろうか。酒場の扉が開かれ、身の丈ほどのライフルを肩に担いだ女性が入ってきた。


「おう、待ってたぞ」

「別に。何時も通りくらいの時間でしょ?それより今日の依頼は?」

「ちょっと待ってろ……ほれ。それとほら」


女性への依頼書と一緒に少女にも一枚の依頼書が渡された。


「どれどれ……薬草とキノコ集め!?なんで今更こんな誰でもできるような依頼を寄越してくるのよ!」

「そりゃあお前がこの酒場で一番新米だからな」

「うぐっ……」


図星を指されてたじろぐ茶髪の少女。


「ところで……どうして私の依頼も薬草とキノコの採集依頼なのかしら?」


依頼書をピラピラさせながらマスターに詰め寄る。


「量が結構いる依頼だからな。複数人で行ってもらおうと思っていたんだが、あいにく固定でパーティを組んでる連中は全員長期の依頼でしばらくいないからな。そこでお前達に行って貰おうと思ったわけだ」

「別に私以外でも良かったのではないの?」

「だってお前、酒場に依頼受けに来るの一番最後じゃねえか」

「うぐっ……」


図星を指されてたじろぐ銀髪の女性。


「まあ、そういうわけだ。すまんがよろしく頼むぞ」


そう言い残してマスターはカウンターの奥へと引っ込んでいき、そこに残されたのは二人だけになった。


「……」

「……」


お互いに顔を見合わせる。そして長い沈黙の後……


「……とりあえずよろしく」


銀髪の女性が少女に右手を差し出す


「私はカムラ。あなたは?」


茶髪の少女は少し不服そうではあるが、カムラの右手を取り


「リュカよ。よろしく」

「そう。それじゃあ出発しましょう。準備はできているかしら?」

「大丈夫よ。さっさと終わらせてしまいましょう」


そう言ってさっさとリュカは酒場から出ていってしまった。


「はぁ……。本当に大丈夫かしら?」


一抹の不安を覚えながらリュカを追いかけることにする。

まあ……その不安は概ね当たることになるのだが、まだ誰もそれを知らない。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



とある森の中。ここには多くの種類の植物が自生しており、それを餌にする野生動物もまた数多く生息している。

そんな森の中に人影が二つ。


「……何か申し開きはあるかしら?」


カムラが額に青筋を浮かべたまま満面の笑みを顔に貼り付けて、正座しているリュカに問い詰めていた。


「ゴブリンが邪魔だったので排除しました!」

「そう。ところで……私達の今回の依頼、覚えているかしら?」

「薬草とキノコの採集です!」

「だったらなんで一直線にゴブリンに突っ込んだのかしらぁ?」


表情を一切変えることなくライフルに手をかけたカムラに多少の恐れを抱いたのか、リュカの背筋がピンと伸びた。


「採集に飽きたので体を動かしたくなりました!」


両者の間に沈黙が流れる。やがて……


「はぁ……よくそれで冒険者になろうと思ったわね」

「どういうことですか?」

「言葉通りの意味。自分の命を粗末に扱うあなたに冒険者は向いてないわ」

「は?意味がわからないんですけれど。冒険者だったら依頼をこなしてモンスターを倒してなんぼでしょう?」

「そう。つまりあなたは、依頼のためなら命を簡単に投げ捨てられるということなのね?」

「別に簡単にってわけじゃあ……。でも、危険を犯さずに依頼がこなせるんですか?」

「犯さなくていい危険を犯してるからこうして正座させているのよ」


正座しているリュカに、カムラは手を伸ばす。


「冒険者を続けたいなら覚えておきなさい。冒険者には引くべき時と引いてはいけない時があるのよ

「……」


伸ばされた手を掴んだリュカは立ち上がりながらその言葉の意味を頭の中で考えているようだった。


「別にそれを強制するわけではないけれど、願うなら自分なりの答えを見つけてほしいわね」

「カムラさんは……そんなことあったんですか?引いてはいけない時っていうの」


カムラは空を見上げ、口元に笑みを……昔を懐かしむ用な笑みを浮かべ


「さあ?昔のことだもの。もう忘れてしまったわ」


それ以上はもう聞くなという視線をリュカに投げかける。それが答えのようなものだった。


「さあ、残りを採集してしまいましょう。次勝手に突っ込んだら……分かっているわね?」

「は、はいっっっ!」


カムラの氷のような声音にリュカはただイエスと答える他はなかった。



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