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僕が一目惚れした美少女転校生はサキュバスなのか!?  作者: 釈 余白(しやく)
僕が一目惚れした美少女転校生はサキュバスなのか!?【本編】
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ピンチを楽しむヒケツ

 四回表となり矢島実業は代打攻勢をかけてきた。いくら練習試合だと言っても、普段意に介してもいないナナコー程度には負けられないというところか。


「カズ先輩、ネクストの選手は三年生ですよ。

 ベンチにもいつの間にか数人増えてます」


「今日は休みっぽかったのにわざわざ呼び出したのかな。

 なんだかかわいそうになってくるよ」


「それより、さっきせんぱいと話してたこと本当なんですか?

 わざとファールで粘るって……」


「いや、それだけならまだいいよ。

 多分あの二人はホームランを何本も打ったつもりだと思うよ。

 確かにあの程度のボールじゃうちの二人は止められない」


「しかも丸山先輩は左右交互に打ってましたしね……

 こう言ってはなんですけど、なんでスカウト断ったんでしょうね。

 カズ先輩も断ったんですよね?」


「うん、僕は父さんと同じ高校へ行きたかったからナナコーを選んだんだ。

 木戸は家から近いからだって言ってたけど、店の手伝いもあるからだと思うよ。

 丸山はなんでだか聞いたことないからわからないな」


 そう言えば丸山とはあまりじっくりと話をしたことがなかった。木戸と丸山は中学が近かったので練習試合をよくやっていて仲が良かったらしいけど、その辺りに理由がありそうに思える。


 相手の攻撃が始まって、木尾は一人目をキャッチャーフライであっさりと打ち取った。どうやら調子はいいみたいだ。


 しかし次からは三年生のレギュラー陣が登場してくるようだ。うまく抑えられるといいが、どうなることやら心配である。


「木尾君調子いいですね。

 特にフォークがいいみたいです」


「問題はここからかな。

 このバッターとか次もレギュラー?」


「えっと、レギュラーではないかもしれません。

 去年のデータしかないので今年はどうなんでしょうか」


 そうか、選手層から行くとよほどじゃないと二年生でレギュラーは難しい。今年の三年生が二十人くらいいるとすると、三年生だからレギュラーとは限らないということになる。


 そんなことを考えているうちにセンター前へのヒットが出てしまった。続くバッターもレフトへのクリーンヒットだ。次から次へと出てくる代打にあれよあれよと言う間に打ちこまれ、木尾は三点を失ってしまった。


 アドバンテージはあと二点しかない。いや二点もあるんだから落ち着いて投げてくれ。その願いが届いたのか、次は外野フライに打ち取ったが、タッチアップで一点追加となり8-9と一点差だ。


 木戸の指示は出ていないが、もう一度肩を温めておいた方が良さそうだ。その時木戸からタイムがかかった。


「おい、この回はカズの出番は絶対ないから準備しなくていいぞ。

 しっかり温存できなくて何が継投策だ。

 二点逆転されるところまで想定してるからどっしり構えておけ」


「でも木尾がもう限界じゃないか。

 精神的にもきついだろ」


「いや、さっきマウンドへ行ったときに二点ビハインドまで打たれていいって伝えてあるよ。

 そこからまたひっくり返すから問題ない、安心して打たれて経験積めって言ったら納得してたわ」


「本当か?

 それならいいけどさ……

 くれぐれも木尾を壊さないでくれよ?」


 木戸は心配ないさと言いながら戻っていった。その後ろ姿を見ながら僕は渋々とまたベンチへ座る。


「吉田君は意外に仲間を信頼していないようね。

 もっとどっしり構えていなさい」


 完全にただの観客と化していた真弓先生が、突然口を開いたことに僕は驚いてしまった。


「僕がみんなを信頼していない、ですか?

 そんなことないですよ、頼りにしてます」


「あなたや木戸君、丸山君は、確かにスポーツマンとして非凡なものを持っているわ。

 でも野球は三人ではできないわけよ。

 だからこういうときに他の子にも成長してもらわないといけない、それはわかるでしょ?」


 確かに真弓先生の言う通りだけど、ここで木尾が自信を失って立ち直れなくなったりしたら…… 三田のように部活へ来なくなってしまったら全国どころか決勝へすら進むことが難しくなってしまう。


「そうだよカズ。

 僕のように急造ピッチャーじゃないんだからな。

 今はバッテリーを信頼して任せようじゃないか」


 ハカセまで同じようなことを言い始めた。僕はそんなにみんなを信頼していないように見えるのだろうか。


「僕がみんなを信頼していない……

 そんなことはない、そんなことはない……」


 僕がブツブツとつぶやいているとカワが近寄ってきた。


「なあカズよ、俺は元々大した戦力じゃなかった上に、不注意でこんなアホみたいな怪我しちゃってさ。

 本当に悪いと思ってるよ」


「なんだよ唐突にそんなこと。

 びっくりするじゃんか」


「まあ聞いてくれよ。

 こんなこと言える立場じゃないのも承知の上で言うけどな。

 お前が別に誰かを見下してるとかバカにしてるとか、そういうことは全然ないのよ。

 んでさ、木戸もマルマンもすげえ選手だけど、やっぱりカズは別格ななのさ。

 だからこそ、俺らなりについていけるよう頑張りたいのさ。

 足を引っ張りたくないんだよ」


「カワ……」


「だからな、信頼してくれているってのは本当だと思ってるよ。

 でも今はそれに応えるだけの力が俺たちに足りてないって自覚もある。

 ついていけるのはいいとこ木戸とマルマンくらいだろ?」


 確かにそれはそうかもしれないが、それでも僕はこのメンバーで戦っていきたいと思っている。それを信頼していないと思われるのは受け入れがたいことだったのだ。


「吉田君、ちょっと言い方が悪かったみたいでごめんなさい。

 信頼していないということじゃなくて、もっと信頼して任せてあげてほしいのよ。

 特に今日は練習試合だし、今後の糧になるものが得られたなら負けたっていいじゃないの」


「それはそうなんですけど……

 僕は木尾の事が心配なんです」


「三田君みたいにならないかって?

 それは確かに心配かもしれないわ。

 でも三田君と木尾君は別の人間なんだから、きっと違うって考えてあげないとね」


 なにか言いくるめられた感じがしなくもないけど、少しだけ理解できたことがある。僕は僕の目標に向かって日々練習に励んでいるけど、それが周囲からは勝利への執着心に感じられるのかもしれない。


 でも本当はそうじゃないんだ。本当に欲しいのは勝利じゃなく、みんなと一緒の価値観だったり時間だったり、そういうものなんだ。そしてその先に勝利があればそれが一番だってことのはずだ。


 それがうまく伝えられていなかったのは反省すべき点かもしれない。じゃあどうしたらいいんだろうか。


「僕はどうすればいいんだろう……」


 一瞬の沈黙の後、ハカセが声をかけてくれた。


「そんなの簡単さ。

 一緒に楽しめばいい、それだけだよ」


「ハカセ、今、すごくいいこと言ったって思っただろ?

 顔がやけに誇らしげだぞ」


 ハカセは照れくさそうに笑っている。僕もつられて笑ってしまった。


 楽しむ、か。独りよがりのつもりはなかったけどいつの間にかそうなってたのかもしれないな。だからこの間、木戸と衝突することにもなったんだ。これからはないしょで練習したりするのはやめにしよう。


 でもどうしても秘密にしないといけないこともあるから、それだけは絶対譲れないけどさ。頭の中でそうつぶやいた時、おでこの当たりから声が聞こえた気がした。


『うふふ、まじめすぎるのよ、愛しいキミ』


 急に顔が赤くなっていくような気がして、僕は思わずにやけた顔でうつむいてしまった。


「あっ打ち取りました!

 木尾君がやりましたよ!」


 おっと、話し込んでいる間にも試合は進んでいて当然だ。最終的に木尾はこの回七失点で逆転されてしまった。それなのに落ち込んでいる様子はそれほどなく、どちらかというとすっきりとした顔をしている。


「木尾、打たれまくった割に、実は楽しんでたんじゃないか?」


 ハカセがそう尋ねると、木尾は満面の笑みで大きく頷いた。


「なんだよ、想定どおりに進んじまったな。

 あと四点は入れるからよ、二点差じゃうちが勝っちまうぜ?」


「おい木戸、前の回は言うこと聞いたけど今度はどうすんだ?

 ホームランは気持ちいいけどよ、やっぱりお前の後ろだと日陰っぽいからなあ」


「贅沢言うんじゃねえよ。

 さっきのは特別だから、次からは打ち合わせ通りにいくぞ」


 この場面でもまだ続けるつもりなのか。これが楽しむってことなのかは微妙な気もするけど、今はこの二人に乗っかってみようと思う。


「それじゃ同点にしてくるからな。

 カズは軽く肩暖めておけよ。

 さあ、マルマン、行くとするか」


「おうよ、ミスんなよ?」


「誰に物言ってんだ?

 お前こそきっちり返してくれよ、歩きでな」


 二人はバットを担いでケタケタと笑いながらバッターボックスへ向かって歩いていく。その背中は、本当にやってくれそうな自信に満ちあふれている。


 そんな木戸と丸山を頼もしく感じながら、僕はブルペンへ向かった。


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