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僕が一目惚れした美少女転校生はサキュバスなのか!?  作者: 釈 余白(しやく)
僕が一目惚れした美少女転校生はサキュバスなのか!?【本編】
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うぬぼれと反乱

「へえ、けんみんテレビの取材がくるのか。

 俺の時代にはそんなの一回もなかったけどな。

 今年の野球部は一味違うってやつか?」


「いや、サッカー部と剣道部、後は文化部もいくつか回るってさ。

 けんみんテレビだから県立校の部活特集をやるみたいなことを聞いたよ」


 今日からまた父さんと朝のランニングが始まる。玄関前で準備運動をしながら父さんと今日の取材について話をしていた。


「俺たちの時は予選決勝まで行ってようやく取材が来たな。

 その前にも地方紙はいくつか来てたが、決勝以外はテレビ放送もなくてよ。

 まあその試合に勝って甲子園出場を決めたんだけど、あの試合は結局江夏の独り舞台だった」


 この話は子供のころからもう何度も聞いている。でもその度に僕は父さんたちの友情や江夏さんの力量に感心し、闘志が湧き上がってくるのだった。


 決勝は今でも強豪の矢島実業高校だった。最近は甲子園大会出場から遠ざかっているが、その力はきっちり受け継がれているようで、去年は練習試合含めて全敗している。


 父さんたちが予選を制した年は矢島実業に敵なしと言われていたほどの円熟期で、その後プロ入りした選手が三人もいるというすごい世代だったらしい。


 その相手を延長十一回まで完全に抑え投げ続けた江夏さんは、その裏に自らサヨナラホームランを放つという離れ業をやってのけ甲子園出場を決めたのだ。その時の写真が校内へ掲げられているのは、僕にとってはちょっとした誇りだ。


「あの時の江夏は本当に凄かったよ。

 昔はスピードガンなんてなかったからはっきりは分からないが、百五十は出てたんじゃないかな。

 全力投球が持ち味だったからコントロールはいまいちだったけどさ」


「肩を壊さなければプロでも活躍しただろうにね。

 野林監督とはその頃知り合ったのかな?」


「いくつかスカウトが来てたからなあ。

 でもあの頃の野林さんは引退した直後位で、コーチや監督になってなかったはずなんだ。

 その辺りがよくわからんし江夏も話したがらないんだよ」


「きっと何か事情があるんだろうね。

 父さんにも言わないなんて相当の理由だよ、きっと」


 野林監督は江夏さんに借りがあると言っていた。それが何なのかはわからないが、いつか知ることがあるかもしれない。かといってわざわざ聞くのも悪い気がする。


「よし、行くか」


 長話を終わりにして父さんが合図をする。そしていつものように並んで走り始めた。行き先はいつもの場所だが正直僕は気が重い。


 きっと今朝も犬の散歩で若菜亜美が来ているだろう。そして僕が着くまで待っているんじゃないかと考えていたのだ。


「父さん、今日は朝練の時に念入りに片付けしないといけないから休憩なしで帰ろうよ。

 それくらい走り続けても平気だろ?」


「そうか? 別に俺は構わないぜ。

 お前こそついてこられるかな?」


「なに言ってんの、こっちは現役だよ?

 持久力なら負けないさ」


 二人は張り合う様に防災公園まで一気に走っていき、入り口のポールのところでUターンした。その向こうには犬の散歩をしている人が数人いたが、その中に若菜がいたかどうかはわからない顔を合わせてしまったら無視するのは悪い。だからこうやって会わないようにするのが最良の手だろう。


 帰り道もかなり速いペースで走り続ける。さすがに僕でもきつくなってきたというのに父さんは平気な顔で走り続けている。まったくこの人は体力お化けと言うほかはない。


 最後の直線はいつものように全力疾走だ。今日の調子は決して悪いものじゃないが、それでも父さんについていくのがやっとだった。


 しかし咲の家の前を通った際、窓から咲が見ているのがわかった。すると体に力が湧き上がってきて僕は父さんを後ろから追い越すことに成功したのだ。


 家まであと十メートルと言うところから追い抜きをかけ、ほんのわずかな差をつけて今日のランニングを終えた。


「なんだよ、カズに最後抜かれるなんて俺も衰えたぜ。

 道中はそんな絶好調って雰囲気じゃなかったのにどうしちゃったんだよ」


「いやあ、大口叩いちゃったからさ。

 意地になって頑張ったんだよ」


 父さんはそんな会話をしながらもストレッチを始めている。僕はと言えばゼエゼエと息を上げながら膝に手を当てたまま動くことができなかった。


「じゃあ先にシャワー使うぞ。

 夜にでも取材の事聞かせてもらうわ」


「う、うん、僕はストレッチしてから入るよ。

 大会前にはもっと体力つけないとだめだなあ」


 先にゴールはしたものの実質負け気分の僕は、一人玄関先でストレッチをしながら今後の体力アップについて考えていた。


 部員の中でも一番と言っていいくらい体力には自信がある。それなのに現役を離れて十年以上たつ父さんに劣っているなんて悔しい意外に言葉が出てこない。


 いったいどうやったらあんな底なしの体力を身に着けることができるのだろうか。でも父さんはいくら聞いても教えてくれずに、年齢の問題だといって笑うだけだ。


 確かに超高校級と言われる選手でもプロ選手と比べると線が細く、見るからに体力がなさそうに見える。とはいえ普通の高校生と比べたらかなりゴツイ体つきで、それは僕も同じことだ。


 しかしやはりプロを目指すなら、あのくらいの体づくりに向けて今以上のトレーニングを重ねる必要があるだろう。果たして僕にそれができるだろうか。


「キミならできるわ」


 突然後ろから声がしたので思わず体がビクッとなり慌てて振り向く。そこに咲が立っているのは振り向く前から声でわかっていた。


「おはよう、後ろから急に声をかけてくるからびっくりしたよ。

 さっき窓から見てたよね?」


「ええ、今日は早起きしたのよ。

 またクッキーでも焼こうと思ってね」


「クッキーかあ・・・・・・

 昨日みたいなのはもう勘弁してよ」


「あら? お気に召さなくて?

 それにキミのために焼くとは言ってないわよ?

 自分が貰えて当然だなんて随分うぬぼれてるのね」


 まったく返答に困る言葉をよく見つけてくるものだ。確かにうぬぼれてるととられてもおかしくない発言かもしれないが、こうやって二人で話しているときに言われたら自分が貰えるものと取るに決まっている。


「いや、そういうわけじゃないけどさ。

 昨日の今日だからそう思うに決まってるじゃん。

 それとも他にクッキーをあげたい相手がいるの?」


「さあどうかしら。

 キミに上げても口に合わないならもったいないしね」


「だってそれはさ……」


「うふふ、冗談よ。

 ちゃんと甘くておいしいのも食べさせてあげるわ。

 キミが女の子の気持ちなんてわかるわけないのに、私も馬鹿な真似をしたなって反省しているの」


 女の子の気持ちって何の話だろう。さっぱり意味が分からないけど、とりあえずわかったような顔をしてみた。それよりもなんで僕が悩んでいたことが分かったのかが気になり聞いてみる。


「そう言えばさっきさ、キミならできるって言ったじゃん?

 僕がなにかできるかできないかを考えてるってなんでわかったのさ」


「そんなの簡単よ。

 キミの考えてることは私に筒抜けなんだもの。

 なにも隠し事は出来ないのよ」


「またそう言うこと言って……

 本当はそんなことないだろ?

 僕が何でも真に受けると思ったら大間違いさ」


 いつも咲の言動に振り回されたり惑わされたりしているので、たまには強気に出ることを試みた僕は後ほど後悔することになるのだが今はまだそれに気づくことは無かった。


「疑うならそれでも構わないわ。

 私を疑うことは約束に反することと同じよ。

 今日はテレビの取材が来るって言ってたわね。

 恥かかなければいいのだけど」


「そんなの後だしでずるいじゃん。

 僕は咲の事を信頼しているし信じてるよ。

 でも考えてることが全部わかるなんてありえない。

 だから本当の事を聞きたいと思っただけなんだ」


僕はつい声を荒げてしまった。目の前の咲からは笑みが消え、少し悲しそうな表情に見える。僕はまたなにかしでかしてしまったのだろうか。


 自分で反旗をひるがえして勝手に不安を覚えてしまった僕は、振り向いてそのまま立ち去る咲の後ろ姿を呆然と見送っていた。


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